あと少し 小鳥の鳴き声に、ふわりと意識が浮上する。薄っすら開けた視界はまだぼやけていて、頭もぼんやりとしていることもあり、ただただ前を眺めているだけ。布団の白色、自らの手の肌色、そして正面には障子の白色と茶色が目に入る。まだ朝が早いのか、薄暗くはあるが――。
「なんじ……」
瞬きを繰り返す毎に、少しずつ視界は明瞭になってくる。時間を見る為に時計へ手を伸ばそうとしたところで、腕が動かないことに気付いた。と、いうよりはがっちりと拘束されている。背中と胸の前へ回された腕に感じる穏やかな心地良さ。抱き締められているからの安心感なのか、それとも自らの体温に融けてしまったからなのか。彼がいることを“当たり前”のように感じていた。ちらりと回された腕に目をやれば、茶褐色の腕に龍の彫り物。
――いつ来たんだろ……。
確か、昨日彼は夜戦に出ていたはずだ。日付が変わる前に送り出したのを覚えている。それが今、ここにいるということは、どうやら無事に早く戻ってきてくれたらしい。
昨日は寂しく床に就いたというのに、目覚めればここにいてくれるなんて、なんと優しいことか。思わずくすりと笑いが溢れる。
「……おきたのか」
微かに掠れた声が後ろから聞こえる。位置的なものだろう。耳元で急に聞こえたものだから、驚きに跳ねる。そして、色が含まれた声に反応して顔が赤く染まっていく。きっと、彼は知る由もないけれど。
「おはよう、大倶利伽羅」
「あぁ……」
「任務お疲れ様」
「…………あぁ」
うとうとと舟を漕ぐ彼の返事は、生返事なものばかり。任務から帰ってそのまま来てくれたのだろう。それならば、まだ眠たいはずだ。
「私、先に起きて支度しちゃうから。大倶利伽羅はゆっくりしてて」
彼の腕を外すために手をやれば、ぐるりと回った視界。何が起こったかわからずに目を白黒させていれば、ぱちりと合った金色の瞳。
「まだ……ここにいろ…………」
するりと髪を掬い上げたかと思えば、それに軽く口付けをする。私を捕えて離さない視線はそのままに。そんな出来事に感情が追い付かず、言葉にならない声を上げていれば、私を抱き締め直して安心したのか金色が隠れていく。ようやく金色が隠れた頃、聞こえてきた寝息と感じる体温に発せた言葉はただ一つ。
「もう少しだけだからね……」
結局は彼を好きな気持ちと行動に振り回されているのだと思いながら、“ずるい”と言いかけた言葉を飲み込む。視線に捕らわれなくなったとしても、こうして彼は私を離さないのだから。
“もう少し”ともう一度心の中で唱えては、そっと闇の中へと意識を手放した。
『伽羅ちゃん!主!起きて』と大きな声で燭台切に起こされ、楽しそうな太鼓鐘とにやにやと笑う鶴丸に揶揄されるまでも、あと少し。