雨のち晴れた空に未来「雨とか聞いてないんだがー……」
担当している本丸の定期訪問からの帰り道。青空に似合わず、ポツポツと肌に落ちてくる雨は、瞬く間に肌を叩く頻度を増していく。空を見上げても、雨が止むわけもない。
「びっしょびしょだよ……」
ひとまず、何処かへ避難しようと入ったのはビルの軒天の下。入口はどうやら閉まっているらしい。雨が凌げるだけ良かったと思うべきか。
上から降る雨に意識が行かなくなれば、どうしたって感じるのは他のこと。特に、雨に濡れてしまってじっとりと肌に纏わりつく白いシャツは不快でしかない。
――早く政府に帰らないとな。
そうは思えど、雨はまだ降っている。天気雨。狐の嫁入り。すぐに止むだろうと思ってはいるけれど――。
「……よく降るなぁ」
少し勢いのある雨足は、アスファルトやコンクリート、草木を叩いて音を奏でる。そっと目を閉じてみれば、それらが合わさってざぁっと聞こえる音が拍手のように聞こえた。
――よく聞く例えだなと思ったけど、確かにそうかも。
肌に感じる不快さは変わらない。けれど、ふと笑顔が浮かんだのは、ちょっとしたことに気付けたからか。
「全く、何をにやにやとしているのかな」
「にやにやなんてしてないよ」
雨の音とは別の、水が大きく跳ねる音がほぼ規則正しく離れたところで鳴っていた。その音も、こちらに近付くにつれて少しずつ小さくなっていく。かけられた声に目を開ければ、そこにいたのは政府で相方を組んでいる長義だ。
「ありがとう。迎えに来てくれたんでしょ?」
「俺は、『にわか雨が降る』と予報が出ていたのに、傘も持たないで出掛けた誰かさんを見に来ただけだよ」
意地悪そうにこちらを見た長義。言葉ではそう言いながらも、さしている傘とは別に手にはもう一本傘が握られている。
「ふーん?そうなんだ?」
「……何かな?その間は」
先程よりも、笑顔が溢れていくのを抑えきれない。我慢しようとしても、嬉しさで口角がこれでもかと言うほどに上がってしまうのだから。
「何でもない。ありがとう」
「さぁ、帰るよ」
私を横目で見たと思えば、身に纏っていたストールをバサリと私に巻く。水に濡れている私に巻いては、せっかく濡れずに来た意味がない。それに、今は夏になりつつある。ストールが暑く感じてしまって、ひとまずストールを返そうと長義を見れば、彼は表面上にっこりとしているのに、よくよく見れば目が据わっている。
「これは、流石に暑いよ……」
「俺はここまでこのストールを巻いてきている」
「いや、刀剣男士と一般人比べちゃダメだと思う」
「一般人?何を言っているのかな?元々審神者候補だった人がよく言うよ」
長船らしく品がある笑い方。いつもなら目が惹かれるのだけれど、今日この時は違った。
「一緒だよ。霊力が他の人よりちょっとあっただけなんだから」
思ったよりも辺りに響いた声。その声に宿るのは硬さだった。
私は以前、新しい審神者の候補に上がっていた。霊力も基準以上、男士と話すことも顕現することも出来る。けれど、審神者としての役目でもある手入れや過去の時代に男士を送り込むことが出来なくて、候補から外された。そして、声をかけられたこともあって、時の政府に所属した。
候補だったのは、何年も前のこと。『ちゃんと審神者になれていたら』と思うこともあったけれど、もう気にしないようにしていた――はずだった。けれど、声に全てが現れている。『私は審神者になれなかったことが心残りだ』と。
「ごめん……気にしないで」
『長義は優しいから気にかけるかもしれない』と思って、かけた言葉だったけれど当の本人は変わらずに笑っている。
「長義……?」
「あぁ、すまない。俺は、今の結果で良かったと思っているからね」
“今の結果”というのは、審神者になれなかったことか。声から、きっと私の後悔は感じ取れただろうに。
「あなたが審神者だったなら、きっと隣を歩いていたのは違う刀だっただろう。偽物くんとかね。でも、審神者でない今なら――俺はあなたの隣を一番に歩ける」
『だから、良かったかな』と言ってくれた長義は、何とも晴れやかな顔をしている。
――今の私でも、良いのか。
さぁっと心の内が晴れていく。それに呼応するように、雨の勢いは弱まり、広がるのは真っ青な空だ。
「……確かに、長義が相方で良かったよ」
「当然かな」
先を歩き出した長義を追いかけ、隣に並ぶ。
――彼の隣で、これからも歩けるように。
濡れたアスファルトは、まるでこれからの道を照らしているかのようだ。太陽の光を反射して、キラキラと輝いていた。