たまには手書きもいいよね「何を書けばいいのか……押して何になるのか……それがわからないのです」
シュウはガラスペンやワックス入りの小瓶など卓上の様々な小道具を前にふぅ、とため息をついた。
「いや……好きなの書いたり押せばいいんじゃないのか?」
「こういった創作にまつわる趣味はあまりやってこなかったものでして」
「ロボット作ったやつが言う事じゃねえぞ……」
マサキは呆れながらもガラスペンを手に取ってみた。
シュウがモニカからもらったと言う薄青色のそれは電灯の明かりを反射して透明に輝いている。
「最近は均一ショップで流行の物が気軽に買えるからと買ったはいいものの買いすぎたようで……」
「なるほどなあ……」
色とりどりのインクをしげしげと見ていたマサキはふと顔を上げた。
「クリスマス近いんだしメッセージカードとかはどうだ、カードを袋に入れる時にそのシーリング? とかいうやつ使えるし」
「なるほど……」
シュウは頷いた。
「ならばそうしましょう。もらっておいて死蔵するというのは気が引けますからね。ならまずはメッセージカードを買わなければ」
ほどなくしてメッセージカードを買い終えたシュウはガラスペンを手に取った。
「さて……。何を書けばいいのやら」
「普通にいつもありがとうとか……これからもよろしくとか……そんな感じの言葉でいいだろ」
マサキの言葉に納得がいかないのかシュウは眉間にかすかなシワを寄せた。
「言葉……ですか」
「どうしても決まらないならシーリングの方先にやったらどうだ?」
「それもそうですね」
シュウはガラスペンをペン置きにそっと置いてシーリングスタンプを手に取る。
「説明書によるとまずは炉でワックスを溶かした後、専用の板や封をしたい紙等に広げ判を押すそうです」
「なんだ、火を使うの以外は意外に普通なんだな。さっき調べたけどワックスの色混ぜたり一部分ずつ色変えたり色々なテクがあるみたいだぜ」
「なるほど……ですが初めてですし単色で試してみましょう」
薄紫色のワックスを炉の上の匙に入れゆっくりと混ぜる。ワックスはとろけるように形を失っていき、匙の中で柔らかな蝋になった。
他所に零さないよう慎重に匙を動かし蝋を白一色の無地のカードの上に真円を描くように落としていく。スタンプを押して少し待ってから離すと
そこには薄紫色の薔薇模様の封蝋がカードの中央で存在感を放っていた。
「へぇー、なかなかきれいじゃねえか。そりゃあ流行るわけだ」
「ええ。そしてここに……」
シュウはスタンプヘッドをガラスペンに持ち替え、ペンで質素ながらも封蝋を引き立てる縁飾りをスラスラと描いていった。
「……お前、本当に初めてか?」
「初めてですよ、そもそも手書きの機会自体減っていますし。この模様も本等の見様見真似です」
ほどなくしてカードが出来上がった。何の変哲もない白いカードがベースとは思えない出来の良さは店頭の作例で展示されていてもおかしくないだろう。そう思わせるほどの精巧さだった。
「これで完成……ですね」
「いいじゃねえか」
「せっかくですしこれはあなたに差し上げましょう。何に使うかはおまかせします」
シュウはマサキにカードを持たせた。
「使うって言ってもなあ……飾るくらいしかないだろ」
「なら飾ればいいでしょう」
「まあ……そう、だな」
マサキはカードを見る。スタンプを囲うように銀色のシンプルな円形フレームが描かれたそれはマサキの部屋に置いてもそれほど違和感はなさそうだ。
「ありがたくもらっとくぜ」
「ええ」
後日、マサキは自室でガラスペンを持ってノートに文字を書いていた。デスクの隅にはシュウのカードかひっそりと飾られている。
「あらマサキ。手書きなんてえらいじゃニャい」
「クロか。まあたまにはこうやって手を動かしてなまらないようにしとかないとな」
「でもガラスペンで般若心経はイカツイと思うニャー……」
「仕方ねえだろ、適当な長文がこれしか思いつかなかったんだよ……」
クロとシロに茶々を入れられながらもマサキは写経の続きをするのであった。