むやみな賭けはやめましょう「えーと……やっぱ……あー……お前の事好きだわ……? 例えば……えーと……言わないとだめか?」
「駄目です。賭けに負けたのだから守ってもらいますよ」
午後のカフェに男二人。横向きにしたスマートフォン片手にマサキはどうやってこの場を切り抜けるか逡巡していた。
「うー……」
「どうしました? 早くしないと他の客が座れなくて困ってしまいますよ」
チェシャ猫のような、と表現するにはいささか気品がありすぎるニヤニヤ笑いを浮かべながらシュウは一口紅茶をすすった。
事の初めはほんの二十分ほど前。新商品のフラペチーノを飲みに来たマサキはたまたま居合わせたシュウと相席になった。
初めは口数は少なくとも他愛のない話をしていたが、マサキの一言が空気をガラリと変えた。
「そういや最近スマホで遊戯王カードやっててさ、これがなかなか面白いんだよな。ブルーアイズドラゴンとか懐かしいやつもいて……」
「おや、奇遇ですね。私も最近始めたところです」
「お前がこんなの遊ぶなんて意外だな……そうだ、一回デュエルしてみるか? 自慢じゃないけど俺のランクだいぶ上だし絶対勝つからな」
「いいでしょう。しかし、ただデュエルするだけではつまらない……一つ賭けでもしてみませんか?」
「おっ、賭けデュエルか。負けたらどうなるんだ?」
「そうですね……敗者は勝者を称えるもの。相手の良いところを目を見てハッキリ言う……というのはどうでしょうか」
「そんなのでいいのか? まっ、俺が勝つだろうし何でもいいけどな」
「賭けは成立ですね。それではマサキ。フレンド申請したいのでプレイヤーIDを教えてもらえませんか」
「おう、俺のIDは……」
と、デュエルしたのはいいのだがマサキはきれいにストレート負けしてしまったのだった。
「卑怯だ……召喚シャドールは卑怯すぎる……」
「鉄獣戦線使いに言われたくはないですね。さて、賭けの内容は覚えていますか?」
「わかってるって……言えばいいんだろ」
というのがここまでの流れである。
ただ一言言えばそれで終わる話なのに、なぜかその一言が出てこない。
悔しさをにじませた目でマサキは眼前の男を見据えようとする。しかし、アメジストを連想させる菫色の瞳をじっと見ているとだんだん恥ずかしさがこみ上げてきて、思わずマサキは視線を外してしまった。
「おやおや、いつもなら私の目を見るくらいなんでもないのに。それとも私の顔にクリームでもついていましたか?」
手元にあるのは紅茶だけだからクリームがつくことなどありえないのに、シュウは挑発するかのように言葉を紡ぐ。
「うるせえ、今考え中だっての……」
気を落ち着かせようとマサキは目線を外したままフラペチーノを吸った。
チョコレートとバナナの甘み、そしてフラペチーノ特有の冷たさが口から喉へと勢い良く通過していく。
ストローから口を外し不意に顔を上げるとシュウが紙ナプキンを片手にマサキの口端をそっとぬぐった。
「なにすんだよ」
「口元が汚れていたのでつい」
「それくらい人にやってもらわなくてもできる! だいたいてめえは変なところでおせっかいなんだよ」
「ほう、おせっかいですか」
ニヤニヤ笑いを崩さないままシュウは言葉の続きを待つ。
「そうだよおせっかいだよ。あー……調子狂うな、なんか食うもの買ってくる」
マサキがカウンターに向かうため離席したのを見届けたシュウはスマートフォンを開きアプリを起動する。
「やはり汎用札の数量が課題ですかね……」
そんな事をつぶやいて、マサキが戻るまでの間デッキ調整に励むのであった。
「待たせたな」
マサキは持っていたトレーに乗った二つのデザートのうち片方をシュウの前に置き席についた。それは茶と白のコントラストが白い陶器皿に映えるカフェオレケーキだった。
「なんですかこれは」
「長々と座ってるしなんか買わないと店に申し訳ないだろ……ったく、こんな事なら賭けに乗るんじゃなかった」
そう言いながらマサキは包み紙をフォークで器用にはがしチョコレートケーキを一口大に切って口に入れた。
それにならいシュウもケーキを口にする。コーヒー風味が広がる褐色のスポンジと純白のミルククリームの甘みが調和を生み出し、ほどよく口内の渋味を緩和させる。
「あー、それでお前の良いところだけどさ。まずはそれ」
マサキはピッ、と紅茶が入ったカップを指差す。
「コーヒーとフラペチーノがウリの店に来てわざわざ素の紅茶を頼むその大胆不敵さだ」
「ほう……続けてもらいましょうか」
「普通こういうとこ来たら大抵期間限定メニューなりその店がウリにしてるものを頼むもんだ。それなのにあえて紅茶を頼む……普通ならなかなかできないと思うけどな」
「なんだか褒められているような気になりませんね……他に無いのですか?」
「えぇ……人がわざわざ言ったのにケチつけるのかよ……そうだな……おせっかい」
「それは先ほども聞きました」
「えーっと……絶対寝坊しなさそう」
「仮定で褒められても」
「人が一生懸命考えてるのに文句ばっかり言ってんじゃねえ!」
腹に据えかねたマサキはつい声を荒げる。
「……たしかに言い過ぎたかもしれませんね、それは謝ります。しかしそこまで困ることでしょうか?」
「困るわ」
「……ならば私が手本を見せるとしましょうか」
「へ?」
「そうですね……まずあなたは私の事をおせっかいだと言いましたが、あなたも大概ですよマサキ。長居するためにケーキを買うのなら自分一人だけでいいのにわざわざ私の分まで自腹を切って買うのはおせっかい以外の何者でもありません」
マサキをしっかりと見据えながらシュウは言った。
「しかも私が紅茶をストレートで飲んでいるから甘さが控えめのカフェオレケーキを注文した、違いますか?」
「……悔しいがお前の言う通りだ」
マサキは観念したようにため息をついた。
「一人だけケーキ食べるのもなんか悪いだろ。男同士で一個のケーキを半分こってのもなんか違うし」
「私はシェアしても構いませんでしたが」
「俺が嫌なんだよ。だいたいそこまでよく観察してるな……探偵か何かかよ」
マサキはあきれた顔でシュウを見ながらぼやいた。
「……ふふっ、やっと言ってくれましたね」
「は?」
「私の目を見てハッキリと良い所を言いました、気づいていなかったんですか?」
「は……はぁ?」
「さて……これで賭けの罰ゲームも終わりですね。私はそろそろ行くとしましょうか」
いつの間にか紅茶もケーキも完食したシュウは椅子を引いて立ち上がろうとした。
「おい待てよ」
それを制止したマサキは片手に持ったナプキンで少し強引にシュウの口元をぬぐった。
「口にクリームついてたからな。おせっかいだからついやっちまった」
やってやったぜ、と言わんばかりの得意気な表情でマサキはニヤリと笑う。
「これは一本取られましたね……」
シュウも笑みを返す。
「次は負けねえからな」
「ええ、何度でもお相手しましょう。勝つのは私ですが」
夕方に差し掛かりつつあるカフェの男二人、再戦が果たされる日が来るのか。それはまた別のお話。
〈了〉