カレーにりんごを入れるとおいしい シュウの手料理が食べられるなんて地球最後の日でもない限り無いだろう、マサキはそう思っていた。
しかし招待されたホテルの一室、しかもキッチン付きという珍しいつくりのそこに自分がいて、キッチンからはカレー特有のスパイシーな香辛料の香りが部屋に漂っているという事実が現実であることを嫌でも嗅覚が伝えてくる。
「今日は特別な日ですからね」
独り言なのかマサキに言っているのかよくわからない言葉をシュウは紡ぐ。
「あなたはスパイスから作るカレーなんて滅多に食べた事はないと思いますが……こういった手間暇をかけた料理も悪くないものです」
「ああそうかよ」
独り言と処理しようとしたが思わず口から言葉が飛び出す。
「じっくりと玉ねぎを何時間も炒め、それが終われば香辛料で具材を炒め、それが終わればじっくりと煮込み……一つ一つは単純な工程ですがコーヒーミルで豆を挽くときのように無心になれるのは良いものですね」
シュウが話し終えると同時にチーンと電子レンジが中の物を温め終えた合図を鳴らした。
「さて、そろそろ食べましょうか」
紙皿の上にパックのご飯を盛り付け、そこにカレーをかけていく。あっという間にキャンプで見るようなカレーライスが出来上がった。
「どうぞ」
マサキの前にカレーライスとスプーンが置かれる。そのカレーライスは大きめのトンカツが乗った、いわゆるカツカレーだった。
「おっカツカレーか。これも作ったのか?」
「いいえ。こればかりはスーパーで買ってきました、さすがにキッチン付きとはいえホテルで揚げ物は気が引けましたからね」
スーパーの惣菜コーナーでトンカツを買うシュウ。普段の彼からは考えられない生活感あふれる様を想像しただけで笑いがこみあげてきそうになるのをなんとか抑え、マサキは手を合わせる。
「いただきます」
ご飯とルウの割合に気を使いながらマサキはカレーを口に運ぶ。
スパイスから作られたカレー特有の目が覚めるような味わいが口に広がる、ほどよい辛みが食欲を促進させカレーを口に運ぶ手が止まらない。
カツは買ってから時間が立ったのか衣がしっとりしているがきちんと温め直したのだろう、噛むたびに肉の旨味が溢れだす。
ほどなくしてマサキはカツカレーを完食した。
「ごちそうさまでしたっと。なかなかおいしかったぜ」
「喜んでもらえて何よりです」
「にしても特別な日ってなんだったんだ? 別に俺の誕生日とかでもないんだけど……」
「おや、今日は十一月二十九日ですよ」
「えーっと……議会開設記念日? はカツカレー関係ないし……あっ、第2次スーパーロボット大戦OGの発売日か」
「……ええ。その通りです」
少し間を開けた返答をしたシュウを一瞬訝しんだがカレーがおいしかったのでマサキは気にしないことにした。
「私としたことがうっかりしていましたね」
マサキと別れ、後片付けをしながらシュウはひとりごちる。
「いい肉の日だから……と言おうとしたのですが。まったく、妙なところで賢しいですね」
悔しげな口調とは裏腹にどこか嬉しげな語気で片付けに励むのであった。
〈了〉