海外通販は諸事情で遅れることが多々あるから気をつけろ 師走も近づきつつある十一月下旬、マサキとシュウの二人は早々に出したこたつで暖を取っていた。
「それにしても急に冷えてきましたね」
「おかげで着替えの入れ替えとか大変だったぜ……っておい、なんで普通にいるんだよ」
なんとなくの流れで会話していたマサキは思わずツッコミを入れた。
何食わぬ顔で籠の中のみかんを手に取り丁寧に皮と白い筋を取っているシュウがいつここに来てなぜこたつに入っているのか、まったく記憶にないのだ。
なんならマサキ自身もこの部屋がなんなのかわからないし、なぜこたつとみかんがあるのかもわからない。
「細かい事は気にしないことです。どうせ一発ネタのようなものなのですから」
「一発……? 何言ってるかわかんねえけど……今はそういう事にしておくか。あとな、シュウ。みかんの白いとこはちゃんと食べろ。そこにも栄養詰まってるんだぞ」
「わかってはいるのですが、どうにも食感が慣れなくて……ああそうだ、ならこれはあなたに差し上げます。若いから栄養は必要でしょう」
「いらねーよ! それにお前だって若いわ!」
マサキにたしなめられたシュウは渋々白い筋単品を口に運ぶ。
「……これなら取らなければよかった」
「そりゃそうだろうな……」
場にぬるついた空気が流れ、なんとなくいたたまれなくなったマサキはみかんを手に取った。
「ところで先月ハロウィンパーティーがあった時、欠席してしまい申し訳ありませんでした」
急に話題を変えたシュウの言葉に虚を突かれる。
そう言えばそんなこともあった。
スパロボDDの周年等の流れでとにかく人を集めてはしゃごうだとかそんな感じのイベントだったのだが、彼はひっそりマサキにだけ
「当日は何かあるかもしれませんね」
と打ち明けていた。
普段の彼の言動や性格からそれは密やかな参加表明だと思っていたのだが、当日いつになっても来なかったのをマサキは訝しんでいたのだ。
「本当に参加するつもりだったのか?」
「ええ。そのために衣装も発注していましたよ。もっとも製作所のトラブルで延期、今になって届きましたが……」
シュウはちらりと隣に視線をやる。そこにはこたつに隠れて見えなかったが、そこそこの大きさの段ボールがあった。
「ハロウィンの仮装ってそこら辺で安いの買ったりすれば良かったんじゃないのか?」
「それも考えたのですが、袖を通した時あまり良くない感触だったので。あなたもあるでしょう、肌がチクチクするだとか」
「あー……。で、何の衣装なんだよそれ」
「今から出します」
段ボールを開き中身を取り出す。
それは黒を基調とした貴族服だった。
ファンタジー漫画の美形悪役が着ていそうな、隙を感じさせない造形。
前身頃には羽根を象った刺繍がさり気なく、しかし緻密に施されていてこの時点で職人の苦労が伺える。
左肩には黒い羽が装飾品として付いていてもしシュウが着ていたならばより端正な顔立ちを際立たせていたことだろう。
「さて……何の衣装かわかりましたか?」
マサキは頭をフル回転させようとした。
こいつの事だ、普通に吸血鬼だとかそんな捻りのない事はしないだろう。第一それならばこれ見がよしに羽なんて装飾に使わないはずだ。
そこまで考えたはいいがマサキには皆目見当がつかなかった。
「悪い、ギブアップだ」
「ならばヒントを与えましょう。有名な童話の登場人物です」
「童話……鳥が出てくるんだよな多分。それだと……ニルスのふしぎな旅、はガチョウだし……七羽のカラスは悪いやつじゃなかったしなあ……やっぱわかんねえわ」
「そこまで知っていて正解が出ない事に驚きましたよ……。正解は白鳥の湖の悪魔です」
「そんなのいたか?」
「えっ」
マサキの言葉にシュウはわずかに目を見開いた。
「いや、小さい頃にテレビか何かで見たことある気はするんだけど、お姫様と王子様が例の曲で踊るところしか覚えてないんだよ」
「……」
「多分他のやつに聞いても似たような反応されたんじゃねえか? 下手したらただの悪役貴族のコスプレで終わりそうだし……」
「そうですか……」
わずかに意気消沈させながらシュウは段ボールに衣装を丁寧にしまった。
「念の為、もう一度聞きますが、白鳥の湖のあらすじはご存じないと」
「ああ」
「オデット姫は侍女共々悪魔に昼は白鳥になる呪いをかけられ、それを解くには愛を捧げられる事が条件でジークフリート王子が紆余曲折あって姫の呪いを解くというあらすじをご存じないと」
「そんな話だったのか……そもそも王子に名前あったんだな……」
「世界的に有名な作品なので皆知っているものとばかり思っていましたが……これは来年までに策を練り直す必要がありますね」
シュウは段ボールを持って立ち上がった。
「帰るのか?」
「ええ。のんきにしている場合ではなくなったので」
「それならこいつを持ってけ」
マサキは段ボールの上に籠ごとみかんを乗せた。
「白いとこちゃんと食えよ」
「あなたがそう言うなら」
みかんをこぼさないようにいそいそとシュウは部屋を去った。
「……にしてもあいつ本当に凝り性だな」
マサキはひとりごちると部屋を後にするのだった。