アイドルのぐんそーとぐんそー強火担のおがたアイドルのぐんそーとぐんそー強火担のおがた
ぐんそー!こっち見て~
ぐんそー!投げキッスして~
ぐんそー!ムンキック見せて~
そう、ここは熱狂と狂気が入り交じる通称少女団のコンサート会場。「樺太少女団」は非常に熱いファンが多いことで有名な二人組アイドルユニットである。
「マタギ」ことゲンジロちゃんと「ぐんそー」ことツキシマからなるユニットで、ムキムキな肉体美をもつ二人が可愛いフリフリなスカート姿で踊るギャップが受けている。
最初は「こんなムキムキなオッサンたちの女装とか誰得?」「冷やかしに行ってみるか」と、アイドルというよりは見世物小屋という感じで始まったユニットだった。しかし、マタギがワンテンポ遅れたダンスを必死に踊る姿が、観客たちの母性本能などをくすぐり、「なんかマタギ可愛く見えてきたんだが」「俺はゲンジロちゃんの同担拒否」などの声が大きくなっていった。それに連れて、チケットが取りにくくなり、次第に大きな会場でコンサートをするようになっていく。
すると「マタギに比べるとぐんそーの踊りはソツがなくてつまらない」「いつも無表情だし、何考えているのか分からない」「マタギ一人で良くね?」という声が膨らんでいく。昔からのぐんそーファン達はぐんそーが突然脱退しないかとヒヤヒヤさせられていた。
そんなぐんそーだが、出身地の佐渡弁で「おめが好きらすけ、全部がいとしげら」と真剣な表情で愛を語るイメージビデオが発売されるやいなや、「えっ?ツキシマかっこよくないか?」「俺はぐんそーの女だ」「俺がぐんそーを幸せにする」という声が高まっていく。マタギ~!というコールがほとんどだった会場にぐんそーを呼ぶ声が増えていき、最近では二人のコール数は同等くらいになってきた。
さて、ここに昔からのぐんそー強火担(もちろん同担拒否)の男がいる。名をおがたという。ぐんそーのイメージカラーである緑のサイリウムを右手に四本持ち、「ぐんそー!ムンして!」と書かれたうちわを左手に持ち、毎回最前列でぐんそーへ激しくアピールするおがたはファンの間で有名な存在だった。
おがた自身がとても色気のある顔をしていて、一目見た女性がおがたのファンになってしまうなんてことも少なくない。まぁ、その女性達はぐんそー強火担で周りに全く興味がなく、ぐんそーに認識された同担を必死に排除しようとするおがたの姿を見て、「ないわ~」と夢から覚めるのだが。
今日は少女団の握手会である。ぐんそーの列の一番初めには当然のごとくおがたが並んでいる。「では、樺太少女団の握手会始めます」という声がすると同時におがたはぐんそーの前に足早に進んだ。
「おお、おがた。今日も一番だな」とぐんそーに声をかけられ、推しに認識されている幸せをおがたは噛み締めた。「まぁ、今日もたまたまですよ。アンタのブサイクな女装姿を笑いにきました」と心にもないことを口走るおがたの右手を両手で包み、「それでも構わない。いつもありがとう」とぐんそーが微笑むと、おがたは髪を何度も後ろへと撫で付けた。「チェキどうする?」と聞くぐんそーに「まぁ、俺は金が余っているので、アンタに施してあげます」と言い、ぐんそーの隣にいそいそと並ぶ。
「お前、今日も目が回りそうなシャツ着ているな」
前回の服装を覚えてくれていた推しに、胸の鼓動が早くなるおがた。しかし、それを表に出さず、ベテラン詐欺師の方がよっぽど純粋な顔をしていると言える胡散臭い笑顔でぐんそーの方を向く。
「今日こそ、俺とハートマーク作ってください」
「はーとまーくを作る??」
「俺の手とアンタの手でハートマークにするんですよ」
「うーん、それは難しいから無理だ」
「ツキシマさん、アンタ本当にアイドルですか?ほら、俺の真似して」
撮りますよ~という声で、おがたはお手本のような胡散臭い笑顔でハートマークの片割れを作ったものの、ぐんそーはいつもの如く腕を曲げて筋肉をアピールし、いいねポーズをした。
「……アンタ、またそれですか。たまには違うポーズしてくださいよ」
「前回のとは、上腕二頭筋の膨らみ方が違うんだ」
「ハァー、ちょっと手を貸してください」
おがたはそう言って、ぐんそーの手をグッと引っ張った。内心は「推しの手!二度と離すもんか!」と思っていたとしても、おがたの表情はやはり胡散臭い笑顔で。ぐんそーは面倒くさいことになりそうだと内心で溜息をつく。
「すみません、お時間です!!ツキシマさんから離れてください!!」
「ちっ!」
剥がしが二人の間に入り、おがたを追いやった。
「握手券はまだまだあるんですよ」
そう言って、おがたは胸ポケットからバサッと握手券の束を取り出した。その握手券を手に入れるのにどれだけのCDを買ったのかと考えてしまった剥がしは気持ち悪さにゾワッと背筋を震わせた
「おがた、後ろが詰まるから、一度並び直してくれ。いい子だからできるよな?」
「……ふぁい」
推しからの「いい子」の一言におがたの口からは情けない返事しか出ない。すごすごと列の後ろに並び、大人しく順番を待つ。ただし、ぐんそーが名前を覚えているファンの顔をまじまじと見つめ、お前の顔は覚えたと殺気を放つのは忘れなかった。
握手券を使い果たし、ほぼ同じポーズのぐんそーとハートマークの片割れを手で作る自分自身のツーショットチェキ数十枚がおがたの手に残った。えっ?コピペ?と思えるようなチェキも、おがたにとって一枚も欠かせない大事な宝物である。ファイルに一枚ずつ丁寧にファイルし、神棚に供えた。
数年後、樺太少女団のぐんそーは人気絶頂期に突然引退を表明し、とある熱烈なファンと電撃結婚した話はまた別の機会に。