Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    しょくぱん

    @shoku_pan_ku

    しょくぱんです。エメトセルクが好きです。
    CPはエメアゼ♀メイン。
    お話にならないメモなどおきます

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 27

    しょくぱん

    ☆quiet follow

    こんなのから、可能ならメオトになるまでを本にしようかと思ってるんだ。。。

     アナイダ・アカデミア初等科の青年ハーデスは、街から外れた草むらの中で、じっと辺りを見つめていた。今日の目的は、間近に控える、入学して初めての試験への準備だ。葉からエーテルを与えると根を拡げて放出するという特殊な草を探しに来たのである。
     背の高い草の中にしゃがみこんで、目を凝らす。景色を映していた視界がぼやけ、代わりに数多の輝きが、彼の世界になる。

    (やはり街の外はすごいな。)

     あらゆる物質、空気の中、地の奥底。彼の瞳は、この世界に満ちるエーテルを精緻に視ることができた。総てのものは、それぞれの色を持ち、世界を造り上げている。そして、街からそう離れていないとはいえ、自然の中は、人工物が大半を占める街中とはエーテルの織り成し方が全く違っていた。複雑に絡み合い、グラデーションを作る景色の中で、目的の物はなかなか見つからない。それでも、エーテルの流れには特徴のある草だ。こちらの方が、〝普通に〟探すよりはいくらか効率がいいはずだろう。

    (どうにかして、ヒントを得たい。昨日の先生の指摘は、もっともだ。あの機構では実用性がない。うまいこと、簡略化に役立てばいいのだが……。)

     ハーデスが思い返すのは、昨日の研究テーマ発表でのことだ。

     最初の試験の個人研究課題は『星を善くするイデア』だ。どんな小さなものでもいい。これから星に貢献していく一人の人として、なんらかの形でこの世界を善くする魔法か創造物を創り、提出する。
     本格的な製作に入る前に、予めそれぞれのテーマをプレゼンするその日のクラスを後ろから眺めていたのは、アカデミアの学長であった。

    「ハーデス君。素晴らしい発表だった。ひとつ、質問をいいだろうか? その術の機構は……全て君が一人で構築したのかい?」

     準備したエーテル式模型を見せながら一通りのプレゼンを終えたハーデスに、学長は声を掛けた。講堂に居た全員が、後ろを振り返る。

    「はい、学長先生。これはずっと以前から私の中で構想のあったものですが、一人で創りました」

     不正を疑われているわけではないのだろうが、先生が驚くのも道理だろうとハーデスは思った。
     実際のところ、初等科最初の試験としてこの課題の狙いは、課題に向かう考え方やプレゼンの方法などを学生たちに覚えさせることである。〝どれだけ素晴らしいイデアを創るか〟については、今はさほど求められていない。大体の学生たちが『いい香りのする花』とか『ちょっと便利な文房具』なんかを創ろうとする中、ハーデスの考えたイデアは、『滞った地脈の循環を回復させる機構』という、とても大掛かりなものであった。
     星じゅうを巡るエーテルは、自然の中でのなんらかの要因でその循環がうまく働かなくなることがある。それは最悪の場合、地震や火山の噴火などの災害を引き起こし、専門の研究者や十四人委員会すらも、頭を悩ませる問題だ。類いまれなるエーテル視の才に恵まれ、幼い頃からその輝きと巡りに深い興味を抱いていたハーデスは、この悲劇をもっと簡単に克服できないかと、ずっと長いこと考えていたのだ。
     これを使用する場面は自然の中。彼は自身の考え得るあらゆる術や定理を複雑に絡み合わせ、それを一つの機構としてまとめあげた。これならきっと星を善くすることができるだろう。ハーデスは自信を持ってプレゼンに臨んだ。

    「……なるほど。驚いたよ。非常に大掛かりかつ、精巧。今の段階では影響範囲も小さく実験装置に過ぎないが、それでもとても初等科の学生の構築した術とは思えないほどだ。君は確か、地脈風脈地理、もしくは冥界循環系の専攻を希望していたね」
    「はい、先生」
    「この構想は、君が自身の興味に基づき、自ら学びを深めている証と言えるだろう。君がアカデミア最初の個人研究に、この術の創造に挑戦したことを、私は大いに評価したい」
    「は、はい! ありがとうございます……!」

     特大の賛辞にハーデスは胸を撫で下ろした。あまり物怖じしない性格の彼だが、初めてのプレゼンでやはり多少の緊張はあった。学長は穏やかに笑うと、さらに言葉を続ける。

    「そこでだ。ここまでを一人でやりきった君に、ひとつ課題を与えたい」

     なにやら雲行きが変わってきた。ハーデスは背筋を伸ばし直す。

    「この機構は素晴らしいが、制御が難しすぎる。術の起点トリガーが七つでは、同時に正しく大量の魔力を送り起動させることすら困難だ。……君のような特異な能力を持つ者でない限りね」

     ハーデスはぎくりとした。〝イデア〟として創る以上、誰でもが簡単に扱えるというのはとても重要な要素だ。にもかかわらず、自分が使用することことしかまともにイメージしていなかったのだ。

    「複数人で使用することを想定しても構わないが……この大きさで七人。実用の規模とした時にどうなるか……? やはり、せめてトリガーはひとつに。そしてもっと内容を簡略化してこそ、完成と言えるだろう。ここまでやれた君ならきっと出来る。……より良い形を目指してみてくれたまえ」

     そう言われたハーデスだが、その日からすっかり進捗は止まってしまっていた。何しろ、今の彼の知識の全てを以て創り上げた機構だ。どこをどう簡略化すればいいやら。どこかを削ればどこかがおかしくなる。どうにかエーテルの流れだけでも単純化出来ないかと、こうして参考になりそうな草を探しに来たのである。

     あれでもない。これでもない。持ってきた図鑑を片手に、辺りを見回す。
     その時、草の陰に、異質な何かが煌めいた。彼はハッとして瞳を凝らす。自然界の数多のエーテルに紛れるその異質の正体を探ろうしたのは、本能的ともいえる行動だ。

    (なにか、とても綺麗な……? ……人だ!)

     ハーデスは息を呑んだ。色は薄いが、明らかに人のエーテルが地に伏している。人間がこんな街の外れで独り倒れているなど、とんでもない異常事態だ。ハーデスは反射的にその方角へ駆け出す。
     草を掻き分けて行くと、少し開けた場所に黒い塊が倒れていた。一歩踏み出して、ブーツがぬちゃ、と地面に沈む。

    「うわ。なんだこれは……」

     足を上げてハーデスは、顔をしかめた。目を引く不思議な輝きと雑多に絡み合った環境エーテルに気を取られていたが、倒れた人物を中心に、辺り一面が水浸しになっている。まるで水を入れた大きな風船を、空中で思い切り割ったかのような具合だ。

    「……仕方ない」

     ぬかるみに足を取られながら、ハーデスはその人の側まで行く。ローブが汚れるのも厭わずその場にしゃがみこんだ。肩を掴み、まずはれた身体をくるりと仰向けにさせる。仮面もその下の口も、ローブも、ひどく泥だらけだ。

    「おい、大丈夫か?」

     ゆすって声をかけても、返事はない。完全に気を失っている。どうやら体内の使えるだけのエーテルをすっかり使い果たしてしまったようだった。一体どうしたものか。ひっくり返した泥まみれのローブを見渡して、ハーデスはあることに気が付いた。胸元にひとつ、泥にまみれてもすぐにわかる小さな丸いバッジ。

    (……アカデミア生。しかも初等科のバッジじゃないか)

     本当に同級生か? ハーデスは首を傾げる。どう考えても、こんなエーテルは視たことがなかった。まだ、ハーデスとて初等科の全員と顔見知りになったわけではないが──そう、その人の魂は、今は輝きを潜めていても、それでも、一度でも視界に入れば二度と忘れられない、そんな変わった色をしていたのだ。 

    (すごいな。〝あいつ〟が視たら喜びそうだが。)

     しかしひとまず、この人物が誰であるかは問題ではない。街まで連れていくべきだと思うが、こんなに消耗した人間を連れての転移などしたことがない。万が一の事故を考えると気が引けた。とりあえずは応急処置だ。ハーデスは、泥にまみれたその人の手を握る。

    (回復術は不慣れだが……エーテル補給くらいならなんとかなるか)

     何度も本で読んだ手順を頭に思い浮かべる。エーテルを柔らかく練り、握った手から、そっと慎重に送り込む。

    「…………」

     これで大丈夫だろうか。ローブの胸元がゆっくり上下して、深く呼吸をしている。落ち着いているようだ。ハーデスは視線を切り替えていく。
     辺りにたゆたう自然界の大きなうねりの中に紛れた、不思議な色の魂に、送ったエーテルがみるみる満ちていく。どんどん次第に、色濃く、美しく。閉じた蕾が眠りから醒めて、その花びらを陽光の下に柔らかく拡げていくような、そんな力強さと慎ましさ。それが、自分の呼吸と共に、同調している。

    (……綺麗だ。)

     彼はしばし、我を忘れて、その魂が本来の輝きを取り戻していくのを見つめていた。

     ──ぎゅ。
     突然、エーテルを送っていた手が握り返される。

    「‼️」

     その手のひらが、ふにゅりと妙な弾力があったので、ハーデスの心臓はどきりと跳ねた。

    「……ん、は。……あ、わたし……?」

     声が高い。それから、柔らかい手。

    (こいつ、女子だったのか⁉️)
     
     今の今まで相手の性別など気にも留めていなかったハーデスだが、驚いて思わず手を引っ込めた。意識の戻った女は、泥に手を突いて身体を起こす。

    「ん……うわあ。水浸しだ。やっちゃったなぁ」

     水と泥で汚れたローブを見て、女はうなだれた。いや、最初に気にするのはそこなのか? ハーデスのいつも明晰に状況を判断する頭も、状況についていけない。彼はしばし、ぽかんと口を開けていたが、気を取り直して、現状の説明を試みる。

    「お前、気を失っていたぞ。こんなになるまでエーテルを枯渇させるなんて……」

     ハーデスの声に女はニコリと振り向いた。何かを確かめるように、自分の胸に手を当てる。
     
    「この、あったかいの……。あなたがエーテルを分けてくれたの?」
    「ああ、そうだ。お前、アカデミア初等科なのか? こんなところで一体……」
    「あっ! こんなに陽が傾いてる⁉️ 本当に、ありがとう。優しいひと。ごめん、私、もう行かないと……!」

     言うや否や、女はすく、と立ち上がる。何か大切な目的がありそうな目は、アーモロートの街へ向いていた。

    「あ。おい……!」

     ハーデスの止める声も聞かず、女は草を掻き分け、あっという間に街の方へ駆けていく。
     ハーデスは走り去る後ろ姿に手を伸ばす。一体何だったんだ。そもそもあれは本当にヒトか? 会話にすらならなかった。彼は伸ばした手を降ろして、ぼんやりと辺りを見回す。後に残ったのは、泥で汚れた自分のローブと、それから──

    「……見つけた……」

     彼女が倒れていたそのちょうど真下。エーテル視を使うまでもなく、図鑑で散々目に焼き付けた葉が、しなしなになって泥に埋まっていた。地中を視てみれば、こぼれたエーテルがたくさん流れ込んだ根が、それはそれは見事な拡がりを見せている。

    「まあ…………いいか」

     ハーデスはひとりごちる。女は一人で帰れるほど元気になったらしい。ここへ来た目的も達成できた。何がなんだかさっぱり解らないことだらけだが、ひとまずは、一件落着だ。
     ハーデスは泥の中から、丁寧にその草を引き抜き、帰路に着いた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works