翡翠の小包「…ってことがあったんだ」
望舒旅館の露台で柵に腰掛け蛍は最近あったことを話し終わる。言葉を挟まずじっと蛍の話を聞いていた木賊色の髪の少年は彼女が話終えたのを確認するとゆっくりと口を開いた。
「旅の見聞を共有してくれて、礼を言う。危険な時もあったようだが、無事で何よりだ」
ほっとした表情を浮かべて普段より優しい瞳で蛍を見ている彼に蛍の心臓はとくんと鳴る。
「我に返せる様な物語はないが、代わりにこの菓子をやる」
そう言って彼は小包を蛍に差し出す。彼の袖の布地と同じ翡翠色の小包は薄桃色の紐で口を縛られている。
「魈が用意してくれたの?」
「我一人ではどうしても業障の影響を考えてしまうからな。少しだけ帝君…鍾離様に手を貸していただいた」
魈は少しだけ苦笑しているが蛍は彼女のために港内を歩いてきたというその心遣いがとても嬉しく感じる。
「栄養を効率よく取れる甘味らしい…口に合うかどうかは分からない。とにかく持っていけ。後で食べるといい」
「ありがとう」
小包を両手で受け取ると蛍は大切そうに胸元に抱える。その様子を見て魈は少しだけそっぽを向いてしまう。
「…大事にしてくれるのはいいが、それで食べ忘れては元も子もないぞ」
「大丈夫だよ、大切に食べるよ」
にっこりと微笑む蛍を見て、少しだけ頬を染めたまま魈はぼそりと呟いた。
「…それを食べる時に、我を思い出してくれたら…」
彼の言葉は距離が近いため蛍の耳に届く。蛍が他の国での体験を話している時彼は少しだけ寂しそうに聞いていた様な気がしたのだ。蛍が魈を忘れることなどないのに。
「いつも魈のことを考えてるよ」
こつり、と額を合わせる。目を伏せて彼の手を取るどこの国へ行っても彼ならどうするだろうか、といつも思考する。正義感が強く、真っ直ぐな恋人。
「魈ならどうするかな。今何見てるのかな。業障は大丈夫かな、会いたいなって」
きゅっと握った手に力を入れる。この温もりを離したくはない。
「だから魈と会えて、話ができてすごく嬉しいんだよ」
だから、蛍は旅を続ける。目的のための新しい旅路を。そして、出会った物語を彼に届けるために。
「だから魈、私が璃月に帰ってくるのを待っててね」
彼女の言葉に魈はふっと微笑んだ。
「ああ」
繋いだ手はそのままに自然と唇は重なった。