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    天生麻菜

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    天生麻菜

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    2月叡智14の新刊予定です。
    ゼン蛍。
    アルハイゼンと蛍ちゃんが婚前旅行するお話。
    この後年齢制限ありの話が入ります。

    #ゼン蛍

    陽だまりを知る 11.天ノ弱

    「君に結婚を前提に交際を申し込みたい」
    「………………は?」
     明日どこかへ出かけないか、と同じくらい簡単に切り出された言葉に蛍は言葉を失った。確かに今日の彼はどこか変な感じではあった。たまたまスメールの冒険者協会で依頼を受けていたところに彼と出会して任務に同行すると言い出したのだ。
     普段自分の興味のあることしか同行しない彼にしては珍しい申し出だった。今日の依頼は単純なドレイクの討伐のみで彼の知識欲が唆られるような内容ではなかった。
     一瞬、ドレイクの構造に興味でも持ち始めたのかと尋ねてみたが、それも違うと言われてしまった。
     違和感を感じたまま、依頼場所へ行きあっさりとドレイクを倒した後、再びスメールシティに戻って昼食を取ることになったがカフェのテラスの椅子に座り食事をしている最中、あっさりと先程の言葉を彼は口にした。
     卯の花色に白緑の瞳、狐色の少し不思議な形をした瞳孔。それは彼が使用する草鏡のようだ。その瞳がじっと蛍を見つめている。
    「何、言ってる、の?」
     彼が冗談をいうような人であるか、正確には蛍はわからない。もしあったとしても真顔で冗談を言いそうだと思う気持ちもあるが冗談にしては質が悪い内容だと思う。しかし、内容がとても今の蛍には理解できない。
    「わかりやすく言ったつもりだったが伝わらなかったか?ふむ――いずれ夫婦になることを前提に恋人になってほしい」
    「や、あの、意味は、わかる、よ」
    「そうか」
     そう言って彼は優雅にコーヒーを飲んでいる。そのコーヒーが普段の彼では考えられないくらい、蛍が甘いと思うほどの砂糖が入れられていることを知っている。少なくとも蛍はそんなことを覚えてしまう程彼とは付き合いがあるし、僅かな変化や癖を見ていた。
     彼が、好きだったから。
     知識欲の塊であり無愛想で傍若無人を体現したかのような彼のどこに惹かれたのだと、小さな相棒や彼の同居人には詰め寄られそうだが、きっかけなんて蛍自身も忘れてしまった。
     ただ、思ったより口調が優しいだとか、大切な蛍の小さな相棒をちゃんと女性として扱うことだとか、蛍が知識を得た時微かに笑ってくれることだとか。そんな僅かな積み重ねだった。
     気が付いたら、彼を見かければ目で追っている自分と彼へ抱く恋心が芽生えていたのだ。
     ただ、同時に絶望もした。この恋は叶えてはいけないものだと。
    「……一つ、聞いてもいい?」
    「なんだ」
    「どうして、私なの?」
     彼は見目が良い。惚れた欲目を抜きにしても美男子に人の目には映るだろう。体格も何故かしっかりと鍛えられており整った身体付きに高身長と世の女性が放っては置かない容姿をしている。性格は少し難があるかもしれないが。
     コーヒーを机に置くと彼は口元に手を当てた。それが彼が思案する時の仕草だということも蛍は知っている。
    「……そうだな。オルモス港で出会ったのが君で、追いかけてきたのも君だから、だろうか」
     当時、彼は賢者に協力する気がなかったとはいえ異邦の旅人を、蛍の存在を知っていた。なんなら、知識として姿をも知っていただろう。蛍からすればあの時缶詰知識の手がかりが彼しかいなかったことが追いかけた原因ではあるが、彼は淡々と蛍に接していたはずだ。それが、彼から好意を受けるきっかけになったことが、蛍にはわからない。
    「そんなこと、誰でも」
    「君がそう思っても、俺にとってはそうではなかったのだよ」
     話しかけられる声音が柔らかく耳に響く。初めて出会った時から、今日までの間で彼の声音が変わったと思ったことはあまりない。初めから、彼が蛍に話かける時は優しかった。それは女性に対する態度の違いかとも思ったがそうでもなく、僅かに蛍だけに優しいのかもしれないと思うのは惚れた恋心が聴かせる幻聴だと思っていたが。
    「蛍」
     名を呼ばれる。低く柔らかく優しい声で。それだけで蛍の鼓動は外に音が聞こえてしまうのではないかと思う程速く高鳴るのに。
    「わ、私は応えられないよ」
    「何故?」
    「っ、だって旅人だし」
    「恋人が冒険者だなんて人は大勢いる」
    「……いずれテイワットからいなくなる」
    「離れたくない、と君に思わせればいいのだろう」
     あっさりと答える彼に蛍は絶句してしまう。その自信はどこから来るのだろうか。
    「アルハイゼン……」
    「それぐらいで諦められるぐらいなら、最初から告げようとは思わない」
     白緑の瞳が蛍の姿を映す。真っ直ぐな瞳に蛍の心の中まで覗かれそうで蛍は視線を逸らす。この恋心だけは彼に知られてはいけない。
    「……嫌われてはいないと自負しているが、今日のところはいい。返事は急いでいない。今日は応えられなくとも、明日の君がそうとは限らないからな」
     それは、彼と出会った時のアフマルの目のメンバーとの交渉を思い出すような言葉だった。そうだ、彼は本当に何度も何度も蛍に思いを伝えてくるだろう。そんな確信を得てしまった。
    「帰る、今日は手伝ってくれてありがとう」
    「送るよ」
     かた、と立ち上がれば彼も続く。どこまでも紳士的な態度に蛍は何も言えず、本当に塵歌壺の邸宅の前まで送られることになったのだった。


     それから数日後、アルハイゼンとはち合わせないようにスメールでの依頼を受けているとドリーからの依頼があり、蛍は彼女の下を訪れた。
    「商品だった特殊な薬を宝盗団に盗まれてしまいましたので、蛍さんにはその奪還をお願いしたいのですわ」
     商品を盗まれた、と言ってもドリーは焦った様子も悲しむ様子もなく普段と同じく高いテンションのまま話し、宝盗団のいる場所を記したメモを蛍に渡した。その場所はオルモス港とスメールシティの間、ヴィマラ村より北西、むしろパルディスディアイに近い場所だった。依頼とはいえ、商売の内容を全て話す必要はドリーにはない。ただ、それでも蛍は聞かざる得なかった。
    「特殊な薬ってなんなの?」
    「おや、蛍さんそこにご興味がおありで?そうですわね。他人の言動を強制的に変えてしまう程の物、とでも言いいましょうか。最近では恋人たちのマンネリ化防止にも使用されるみたいですわよ。効果は強力ですが使い方を間違えなければ危険性はありません。もっと詳しく説明しますと!」
    「も、もういいや」
     勢いよく説明するドリーを蛍は手を翳して制する。彼女が特殊というのなら扱いによってはその危険が蛍に及ぶ場合があったため聞いたのだが、彼女の説明した内容に少しげんなりとしてしまう。他人に効果を与え、恋人たちのマンネリ化にも使用されるなんて言われれば、催淫効果があると言っているようなものだ。
    「……ドリーの商売に口を出す気はないけど、そんなものまで扱ってるの?」
    「た、たまたまですわよ!そんなものばかりではありませんわ!というわけで、そのままにしておくのは私とても不安ですので回収をよろしくお願い致しますわよ!おほほほほっ!」
     誤魔化すように笑うドリーに蛍は一息吐き出して、渡されたメモをもう一度確認する。確かに、蛍としても悪い話ではないのだ。宝盗団を倒し、薬を回収するのみ。依頼人はドリーのため報酬は普段行う任務の倍の金額であった。仲間として、ドリーには手を貸してもらうこともあるため報酬はいらないと伝えたのだが、商売人としての彼女のプライドが許さなかったようで蛍は素直に受け取ることにした。
     そう、簡単な依頼のはずだった。

    「俺も同行しよう」

     パルディスディアイでばったりアルハイゼンに出会うまでは。
    「私が受けた依頼だから気にしなくていいよ。アルハイゼンも忙しいでしょ」
    「今日は植物の生態についてパルディスディアイに確認しにきただけで仕事で来たわけではない。同行しても問題ないはずだ。それに手は多い方が早く終わる」
     その道中や終わった後に話しかけられることが気不味いから嫌がっていることをこの男はわかっているのだろうか。いや、アルハイゼンのことだ、蛍の思っていることはおおよそ予想しているだろう。敢えて一緒に行くと言っていることが考えられて蛍は口を閉ざしてしまう。
     人がどう思い行動するかは予測ができるが、その心を汲むことが彼にはできない。人としては最低である。
     なら何故そんな相手に好意を抱いているか、と言われてしまいそうではあるが。
     彼の行動理由は2つである。本当に全くその事象に興味がないか、彼独自の考えがあるか。そして、今は後者だ。
    『君に結婚を前提に交際を申し込みたい』
     彼にそう言われてから数日経過しているがアルハイゼンの態度は以前と変わりない。まるであの告白などなかったかのようだ。それなら、蛍はこんなに身構えることも考えることもなかったのに。都合が良いように数日前の記憶は消えてくれない。秘めている恋心が知られないようにするために気が気でない。
    「……少し意外だ。ここ数日、君はあまりスメールシティに訪れないようにしていただろう。それか、なるべく日中のみ訪れるようにしていたはずだ。俺に会わないように。君がそこまで俺の言葉で俺を意識するとは思わなかった」
    「試すために言ったってこと?」
    「まさか。俺の本心だよ」
     あっけらかんと返された言葉に蛍の僅かな希望は砕かれる。ただ、蛍の反応を見たかったと言われただけの方がどれほど良かったか。
    「だから返事をもらうまでは俺に構われると思って諦めてくれ」
    「返事ならしたよ、応えられないって言った」
    「その理由に俺は納得していない」
     間入れずに返された言葉に蛍は口を噤む。じっと彼を見ればアルハイゼンもまた蛍を見つめていた。
    「君が語った理由はどれも君を取り巻く環境が理由だった。それは、状況を改変すれば改善できる。君は自分の気持ちを口にしてはいない」
     じっと白緑の瞳が蛍を写す。澄んだその瞳は蛍の心の中まで暴いてしまいそうで早く視線を逸らしてしまいたい。
    「気がないのなら、単純だ。好きじゃないから応えられないとただ言えばいい。だが、君は頑なにその言葉を口にはしない。おそらく、言ってしまえば嘘になるからだろう」
     アルハイゼンの言葉に蛍は瞳を見開く。彼は全く表情を変えずに言葉を続ける。
    「俺の勘違いでなければ、君から好意を寄せられていたと思っている。だから、直接君から言葉を聞くまでは俺は諦めない」
     好意を寄せられていた、とアルハイゼンが自覚をしている。それはつまり、蛍の恋心が彼に知られていると言うことで、蛍は思わず顔を赤らめてしまう。
     そんなこと、全く予想していなかったのだ。だって彼は他人に興味がなくて、感情に疎くて。
     
     本当に、そうだろうか。

     彼が博識であることなんて、蛍はとっくに知っている。無頓着に見えて知識には貪欲で、好ましいことは好ましいと思い賞賛されるべきだと思うことは素直に認める。ただ、ルームメイト以外は。
     聡明な彼が感情を理解できないなんて誰が決めたのだろうか。実際、彼は人の感情を読み取れるが同調しないだけである。蛍が、彼は感情に疎く理解ができないだろうと勝手に思い込んで、見ようとしていなかっただけで。
    「……っ」
     口を開く。ただ一言、好きじゃないとだけ言えば良い。それなのに、その言葉は、声を忘れてしまったかのように音にならない。
     どんなに彼が好きだったとしても、蛍はいずれテイワットを去る。兄を見つければ去らなければならない。別れがわかってて一時の感情で彼の時間を奪って良いとも思わない。
     だけど、そのための嘘も蛍は口にすることができない。
    「……無理をしなくても良い」
     ぽん、と頭を撫でられる。大きく骨張った手は蛍のとは全く違う男性の手付きでそれなのに触れ方はとても優しい。
    「君が、自分の想いを伝えてもいいと思った時に言ってくれればいい。それぐらい待つことはできる」
     言外にはい、イエスしか受け付けないと言われ蛍は口を閉ざしてしまう。こう言う時の彼は思った以上に頑固であることを蛍は知っている。なら今話すことは得策ではないのだろう。
     今告白を断ることも彼の同行を拒否することも蛍は諦めて、目的地へ歩き出した。そんな彼女の後ろをアルハイゼンも無言でついていく。パルディスディアイへの道から北東に逸れた森林に数人の宝盗団が集まっているのを蛍は物陰から確認する。身を木々の陰に隠し彼等に近づき、手に持っているものを確認する。一人が薄い桃色の小瓶を手に持っており、近くの木箱にはびっしりと同じ小瓶が並んでいて、蛍は思わず呆れ返ってしまう。
     本当に、ドリーの商売に口を出す気はないがこの商品を販売しているのはいかがなものかと蛍は思ってしまう。せめて多くても十個ぐらいだと思っていたが木箱にはその倍の数がありそうである。そして、この薬を使おうと思う客がいることもなんとも言えない。
     恋人たちの営みなんて蛍は考えたこともない。それは、自分には縁がないものだと思っているから。ただ、今蛍の側にいる彼は蛍を恋人にしたいと思っている。その事実に蛍は何故か気恥ずかしくなってきて身を乗り出そうとしたがパシッとアルハイゼンに腕を掴んで止められる。
    「待て、真正面から行く気か」
    「相手は数人だし、宝盗団くらいなんともなるよ」
    「流石に安直すぎる。起こす必要がない争いならそれに越したことはないだろう」
     それはそうかもしれない。蛍としてはあまり考えずに身体を動かして解決したかったが無駄な争いをして目的のものを壊しては意味がない。
    「……わかった。なら、私が囮になるからアルハイゼンはその間に木箱を盗んで」
    「普通そういう役目は俺がやるべきだと思うが」
    「今すごく身体を動かしたいし戦いたいの。はい、早く行って」
     掴まれた手を振り解いて彼の背を押せばアルハイゼンは渋々に納得して茂みへと隠れて行く。それを見届けて蛍はもう一度宝盗団を見据えるとわざと音を立てながら勢いよく身を乗り出した。
     すぐに異変に気づいた宝盗団の二人が蛍に向かってくるが、蛍はその二人をなんなく刀で制する。なるべく打撃のみでのしていき三人目を倒したところで、アルハイゼンが木箱を回収しているのが目に映った。そのことにほっとしてしまい、一瞬の隙ができてしまった。
    「くそっ、これでも喰らえ!」
     頭上に投げられた物に対して条件反射で刀を振るい、視界で捉えた物に蛍は目を見張った。蛍が切ったのは、例の薬の小瓶だ。そして器を失った液体は蛍を目掛けて降りかかる。
    「蛍!」
     躊躇したのは一瞬、蛍は薬を被ったまま目の前の宝盗団へ刀を振り下ろす。頭を殴打された相手はその場で倒れ、残っていた二人もアルハイゼンが既に倒していた。
    「蛍!大丈夫か」
     アルハイゼンが駆け寄る頃には蛍は腕で顔にかかった液体を拭っていた。視界が開けるように、話ができるように拭ったが僅かに目や口に薬が触れ取り込んでしまったことがわかる。この薬が催淫効果があるものならどれほどの効力があるかはわからないが、アルハイゼンの側にいるべきではない。
    「蛍?」
     じっと白緑の瞳に見つめられる。その瞳に心配そうな色が含まれていて居た堪れなくなり、蛍は口を開いた。

    「だ、大丈夫じゃない」

     口に出した言葉は思っていることは全く逆の言葉で蛍も、そして目の前のアルハイゼンも驚いたように目を見張っていた。



    「蛍さん無事に薬を取り戻せるでしょうか。多少無くなっても構いませんけど投げつけられたりしてなければ良いですが。まぁ、薬を飲んだところで出る効力は思ったことと反対の言葉になる程度でそんなに支障はないでしょうけど。効力については説明できませんでしたからね、オホホ」
     オルモス港で小さな桃色の小瓶を手に持ちながらドリーは旅人へ依頼した薬のことを思う。大したことない、と思っていた事態が大した事態を招いていることも知らずに。



     口から出た言葉に蛍は動揺を隠せなかった。蛍は大丈夫、と言いたかった。それなのに、出てきた言葉は反対の意味。目の前のアルハイゼンの瞳がすっと細まる。このままでは、彼を誤解させてしまう。
    「だ、大丈夫じゃない!あ、あれ、その、ち、ちがっ」
     何度話そうとしても口から出てくる言葉は反対の言葉で、それがわかっているのに突然の状況に思考は停止し考えをまとめることができない。
     なんともない、大丈夫だと言いたいだけなのに。
     すると、ぐっと肩を掴まれて抱き寄せられた。
    「落ち着け」 
     ただ一言、静かに告げられた言葉はとても落ち着いていて、触れている温もりと感じる彼の心臓の音に少しずつ蛍は落ち着きを取り戻す。
    「思ったように話せないのか」
     彼の問いに蛍はこくんと一度頷く。すると、彼はゆっくりと息を吐き出した。
    「なら、無理に話そうとしなくても良い。クローズドクエスチョンで十分だ」
    「クローズドクエスチョン?」
    「はい、いいえなどの二、三択で答えられる質問のことだ。それなら答えやすいだろう」
    「そ、そこまでしてっ!」
     そんな事しなくていい、と言いたくともその言葉すら反対になる。彼に気を使わせたいわけではない。ぐっと彼の身体を押してもアルハイゼンの身体はびくともしない。
    「は、離さないで」
     反対の言葉を言おうとすればその反対の言葉が漏れ出る。ただ、その言葉こそ本当に言いたい言葉だったはずで。
     まるで、天邪鬼だ。
     今言いたくない言葉を、でも伝えたくもない言葉も全てが溢れてきてしまう。
    「今の君を放ってはおけない」
     アルハイゼンの腕に力が籠り身体は更に密着する。優しくされたいわけじゃない。好きになりたいわけじゃない。でも、嫌いになりたいわけでもなかった。
    「……嫌い」
     どうしようもなく、そんな彼が好きで、嫌いだ。本音も傷つける言葉も。そのどちらの言葉も言いたくはなかったのに。
    「嫌い、だけど……好き」
     涙が溢れそうになるのを必死に堪える。しかし、言葉がは溢れてしまう。
     なら、口を閉ざしてしまえばよかったのに。それができない蛍は、自分が弱いと思ってしまう。
    「知っている」
     少しだけ彼の身体が離れる。顎を掬われ上を向かされると唇に柔らかいものが触れた。
     口づけられたことに蛍が目を見張るとアルハイゼンはふっと目元を和らげて笑う。
    「その言葉を聞きたかった」
     顎に添えられていた手は頬に移り、後頭部を抑えられもう一度唇が重なった。触れるだけの口づけ。けれど、先ほどよりも強く触れる感触に酔いしれるように蛍は身を委ねた。


     それから、どうやって塵歌壺の邸宅まで戻ってきたか蛍の記憶は曖昧だった。ただ、ずっとアルハイゼンに手を引かれて歩き、気がついたら塵歌壺の邸宅にたどり着いていた。移動中はお互いに終始無言であったことはなんとなく覚えている。口づけられて、想いを知られて、蛍は何を言っていいかわからなかったからほとんど俯いていた。
    「まず風呂に入れ。濡れたままでは風邪をひく」
     アルハイゼンの言葉に蛍は俯いたままこくんと頷いた。その様子を見て彼がふっと笑ったのがわかった。
    「その間に俺はドリーに薬のことを聞いてくる。木箱もついでに届けてくる。詳しいことはその後話そう」
     もう一度、頷けば彼は蛍の頭を軽く撫でてから邸宅を後にした。扉が閉まる直前に一瞬アルハイゼンの背を見て、見えなくなったことを少し寂しく思いながら蛍は浴室へと向かった。
     薬が粘液性もないただの水剤でよかったとは思った。湯で流せば薬はすぐに洗い流された。しっかりと、念入りに薬が残らないように身体を洗い流して温まってから浴室から出る。タオルで水分を軽く拭き取って簡単な室内着に着替えれば、かたっと音がしたことに気がついて蛍は慌てて浴室から出た。
     予想通りに邸宅内にはアルハイゼンが戻ってきており、リビングに置かれていたソファーに腰掛けている。蛍が風呂に入っていたのは数十分ほどのため、本当にドリーと話してすぐに戻ってきてくれたのだろう。
    「アルハイゼン」
     彼の元へ近づけば、アルハイゼンは顔を上げ蛍の様子を見て一瞬瞠目しはぁ、と溜息を吐いた。どうしたのかわからず蛍が小首を傾げていると手首を掴まれ隣に座るように促され、素直に従う。彼の隣に腰掛ければ首にかけていたタオルを頭に掛けられくしゃっと上から拭き取られる。
    「わっ」
    「髪は乾かせ。それでなくとも濡れて帰ったんだ。風邪を引いたらどうする」
     アルハイゼンってこんなに世話焼きだったっけ、とされるが蛍は思う。ただその触れ方は決して乱暴ではなくて、優しく労わるようで蛍はくすくすと笑ってしまう。
    「擽ったいのか」
     違うよ、と言ってしまいたいがきっとまだ言葉は反対になるだろう。
    「ドリーに薬の話を聞いてきた。あの薬は『天邪鬼の薬』の薬というらしい。思った言葉と反対の言葉が出てしまい一瓶で丸一日の効果があるそうだ。少量取り込んだだけならすぐに効果は切れると言っていた」
     なら、きっとこの薬の効果はもうすぐ解ける。伝えるつもりのなかった想いを吐露してしまったが、蛍はどこかスッキリした気持ちにもなっている。一人で抱えるにはこの恋心は大きくなりすぎていた。
     もう隠すことも、好きではないと偽ることもしなくても良い。

    「好き」

     思った言葉は、思い通りの言葉になり蛍は目を見張った。その様子をアルハイゼンはじっと見つめている。
     思った通りの言葉を伝えられる。それだけなのに嬉しくて、伝えられることに幸福感すら感じられる。
     ぽろり、と大きな黄金色の瞳から涙が溢れる。しかし、蛍は涙を溢したまま微笑んだ。
    「アルハイゼンが好き」
    「ああ。なら、俺の恋人になってくれるか」
     溢れる涙を大きな手で拭われる。その温もりが心地よくて、頬に触れている彼の手に自分の手を重ねた。
    「はい」
     蛍の返事に、アルハイゼンは微笑を浮かべてそっと彼女の唇に口づけた。
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    天生麻菜

    PROGRESS10月神ノ叡智12の新刊の3話目。このお話で終わり+書き下ろしの内容になります。
    綾人蛍綾人で年齢制限あり。
    蛍ちゃん攻め、綾人さん非童貞非処女描写があります。(挿入は綾人→蛍のみ)
    綾人さんと姫蛍ちゃんの政略結婚から始まるお話。
    このお話の続きにも年齢指定入りますが2話目以降は年齢指定ありサンプルはあげませんのでよろしくお願いします🙇‍♀️
    私が私たちであるように 33.私が私たちであるように


    「綾人さん」
     蛍の抱えるものを聞いた日から、綾人と蛍の距離は以前より近いものになった。少しずつではあるが、蛍から綾人に近づいていくことが増えていったのだ。
    「林檎飴の屋台の人から材料が少し足りなくなりそうって手紙が来てますよ。少し調達しておきますか?」
     ただそれは彼女が綾人の公務を手伝うようになり、会話する機会が増えたのも理由ではあるのだが綾人は大きな進展だと思っている。
    「おや、予定量で足りなさそうなのですか?」
    「……実はこの花火大会、社奉行が主催ってことが各国とカーンルイアやアビス教団にも伝わったみたいで。各国からの観光客が二倍に増えてるんだそうです」
    「……なるほど」
     この花火大会は毎年行っており、社奉行が主催していることは特別ではない。ただ今年は、社奉行が――神里家当主である神里綾人がアビス教団の最高指導者であり、カーンルイアの姫君でもある蛍と婚姻を結んだことは当然各国に知れ渡っている。蛍を迎え入れてから初めての花火大会ということで注目を浴びているのだろう。かといって特別何か新しいことを催すということはない、花火は昨年よりも多めに打ち上げるよう依頼はしているが。
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    天生麻菜

    PROGRESS10月神ノ叡智12の新刊の2話目。
    綾人蛍綾人で年齢制限あり。
    蛍ちゃん攻め、綾人さん非童貞非処女描写があります。(挿入は綾人→蛍のみ)
    綾人さんと姫蛍ちゃんの政略結婚から始まるお話。
    このお話の続きにも年齢指定入りますが2話目以降は年齢指定ありサンプルはあげませんのでよろしくお願いします🙇‍♀️
    私が私たちであるように 22.折れた傘をさす


     婚姻が成され、蛍は正式に稲妻で暮らし始め、早くも一月が経過した。初夜を終えた朝、綾人が目覚めた時には、すでに蛍の姿はなかった。ただ、手ぬぐいで軽く清拭された身体に気づいて、彼女の手を煩わせてしまった自負と彼女の変な律儀さに心は掻き乱された。綾人を襲ったことに彼女はある程度の後ろめたさがあるようだった。
    「蛍さん」
     廊下を歩く白い背中に綾人はそっと声を掛けた。きっと、綾人が背後にいたことを彼女は気づいていただろうが。
     毎朝顔を合わせるようになったとしても綾人と蛍の距離はなかなか縮まらなかった。綾人は毎日彼女に声をかけるが彼女の反応はそっけないものだった。ただ、それも少し変化があったように綾人は感じている。婚姻前にあったような、蛍の刺々しさが少しだけなくなった気がしているのだ。それか、単に綾人が彼女の態度に慣れただけかもしれないが。
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