モブは見た⚠️数年後のプロヒ軸
⚠️モブ女視点でがっつり会話するし絡みます(モブとのCP要素はなし)
⚠️なんでも許せる方のみどうぞ
ちょっと待ってくれと声を大にして言いたい。
わたしはごく普通の会社──とは言い難いブラック企業に勤めるごく普通のOLで、ごく普通の日本人でごく普通の何処にでもいる女である。
半年前から申請していた有給をもぎ取り、1週間の海外旅行の真っ最中だ。
何を隠そうわたしは生粋のヒーローオタクであり、最推しであるデクの聖地巡礼をするためにオセオンに来ていた。
オセオンと言えば、デクが雄英高校在学中に任務の一環で訪れた場所だ。一時は敵の策略により殺人事件の犯人に仕立て上げられてしまったが、ピンチを乗り越え思想団体の指導者を見事逮捕した事件は有名な話だ。
いくらフットワークが軽かろうが海外ともなればそう易々と行ける場所ではなく、上司からの圧と嫌味に耐え抜いた末、有給を勝ち取ったわたしは念願叶って聖地巡礼に勤しんでいた。
デクも昔は同じ景色を見ていたのかな、なんて浮き足立っていた数分前の自分を殴りたい。
いつぞやの雑誌に載っていたショートとの対談で得た情報だが、当時下っ端だった彼らは仲良く買い出しにも行ったらしい。
広大なネットの海を調べ尽くし、かつて彼らが訪れたという市場の特定に成功した。一番大きな都市だったからわかりやすい。
わたし、いまデクが歩いた道を同じように歩いてる…。
デクが滞在していたホテルの予約もとったし、宝石強盗の仲間とやらを追いかけ線路を走ったという噂の地下鉄にも乗ってみたい。
緩む顔も隠そうとしないまま、デクのアクスタをオセオンの街並みに翳し、写真撮影に勤しんでいた時のことだ。
注意力散漫かつ外国の女がひとり。さぞかしいいカモだったのだろう。
不自然なまでに近付いてきた見知らぬ男に、写真撮影に夢中なわたしは気付かない。そしてあろうことかトートバッグを奪われ逃走。
「ひったくり…!」
咄嗟に叫んだが、ここは異国の地。日本語で言ったところで周りの人が怪しげにわたしを見るだけで、誰も事件に気付いてくれやしない。
ひったくりって英語で何ていうの!?もっと勉強しておけば良かった!
パニックになりつつも、周りを見渡すがヒーローらしき人はおらず、自分で追いかけるしか方法はない。今ここで頼れるのは己の身ひとつのみ。
人混みをかき分けて、既にはるか先を走っている犯人の背中を見失わないように追いかける。
あのバッグの中には大事な大事なデクのぬいぐるみとアクスタとブロマイドが入っている。
グッズ一式を失くしたらもう生きていけない。こんなことになるんだったら、たった一部とはいえグッズを持ってこなければ良かった。
給料の全てをつぎ込んで集めるのにどれだけ苦労したかあの犯人にはわかるまい。
デクはわたしの生き甲斐だから。彼が今日も日本の何処かで困っている人を救けてると思うだけでわたしも頑張ろうってなるから。きっと金にならないとわかると捨てられてしまう。そんなことさせるものか。
頑張れわたしの体力と脚、プルスウルトラの精神で…!
犯人はわたしが追いかけてきているのに気付いたのか、大通りから路地裏の方へと身を隠すように走り逃げる。わたしもそれに続いて暗くて狭い路地裏をひた走るが距離は一向に縮まらないどころか、ダストボックスに躓いて盛大に転んでしまった。ダサい、ダサすぎる。
犯人の背中がだんだん遠くなっていく。
いよいよ本気で泣きたくなってきた。脚も擦りむいた腕も痛い。
──救けて、デク。
ここにあのヒーローは居やしないのに、そう願った時だった。
突然わたしの頭上を越え、ふわりと男性がコートを靡かせて目の前に飛んできた。
否、飛んだというよりは落ちてきた。
けれど軽やかに着地し、タイムラグなしに走り出した。
ラセットブラウンの髪をひとつにまとめた頭に赤いヘアバンドとサングラス。そして綺麗な色をした珍しい鳥が彼の横を飛んでいる。
この辺りの地理に慣れているのか、彼の身体能力が高いからなのかわからない。恐らくどちらもなのだろうか、早いのなんの。路地裏を駆け抜け、あっという間にひったくり犯に追いついた。
彼はトートバッグを奪い返すと、わたしの元へ戻ってきてはこっちだ走れ!と手を引いて再び走り出す。
当然、後ろからひったくり犯が罵声を飛ばしながら追いかけてくる。もつれそうになる足を必死に動かした。
追いかける側から追いかけられる側になった恐怖はおそらくこの先一生忘れることはないだろう。
訳も分からぬまま、半ば引きずられるように走ること数分。見事犯人を撒くことに成功し、ここまでくりゃ大丈夫だろと呟いた彼の手がようやく離された。
「大丈夫か?」
「だっ…だい…、じょぶ………」
「ヒーローと警察に通報しといたから、あいつが捕まるのも時間の問題だな」
何でこの人はあれだけ走って平然としていられるんだろう。わたしは肩で息をするのが精一杯だと言うのに。
そういえば、個性を使っているようには見えなかったがあの軽やかな身のこなし。この国のヒーローだと勝手に思い込んでいた。
息も絶え絶えのなかそう言えば、「俺がヒーロー?まさか」と鼻で笑われた。心做しか彼の肩に乗る鳥もやれやれと呆れているように見える。表情豊かな可愛い鳥だなぁと感心した。
呼吸が整うまで待ってくれていた彼はトートバッグを差し出した。
「念のため中身確認しといたほうがいいぜ」
「ありがとう…!」
バッグを受け取り、中のグッズをひとつひとつ丁寧に確認するが傷ひとつなく全て手元に戻ってきた。みんなおかえり…もう一生手放さないからねと感慨に耽っていれば、何故だかじっとそれを眺めている彼と目が合う。
「…なぁ、それデクのグッズか?」
「デクをご存知で!?」
「あー…よく知ってるよ」
「わたし、デクのファンで…このグッズは宝物なの。だから救けてくれて本当にありがとう」
深々と頭を下げれば彼がケラケラと笑う。
「いいって。アイツも同じことしただろうから」
「あいつ?」
「こっちの話さ。それよりあんた、肘から血ィ出てる」
転んだ時に擦りむいた肘からは指摘通り血が滲んでいた。逃げるのに必死で全然気付かなかった。
ちょっと待ってろと言い残しどこかへ行ってしまった。さっきのひったくりのこともあり少し怖いので、大人しく彼を待っていると、ものの数分で戻ってきた。あろうことかその手には救急セットが握られている。
「腕出して」
「えっいやいや、さすがにそこまでしてもらうわけには…!」
「片手だとやりにくいだろ。それにここであんたを放ったらかしにしてバレたら怒られちまう」
冗談じみたように肩を竦める彼はさっきから誰の話をしているんだろうか。詮索したところで知らない人なのはわかりきっているので敢えて訊かない。
一先ず、ここはお言葉に甘えさせていただくことにする。
救けてもらった上に、この歳にもなって怪我の手当てまでしてもらうなんてお恥ずかしい限りだけれど。
消毒は割と雑だが、大した怪我でもないのにくるくると丁寧に包帯まで巻いてくれるその手際はかなり良い。
じっと見ていたせいか視線に気付いた彼は「慣れてんのさ。生傷絶えない奴が近くにいるからな」とちょっと誇らしげに言った。
「貴方ほんとうにヒーローじゃないの?」
「ちげーよ。なりたいと思ったことすらないな」
「ならなんで見ず知らずの私を救けてくれたの?」
ここまでしてもらっておいて何だが、リスクを背負ってまで救ける理由が見当たらない。
彼は、ん〜、と唸りながらガシガシと後ろ頭を掻いた。
「俺も少しは感化されてんのかもしれねぇな。誰彼構わず困ってる奴の力になろうとするお人好しにな」
ふっと顔を綻ばせ、きっと誰かを思い浮かべているのであろう彼の瞳はとても優しかった。
確信があるわけじゃないけれど、大切な人を想っている表情だ。
貴方もその人も、デクみたいに優しくて強くて素敵な人なんだなぁ。
思わずそう零したら、ぴくりと眉が微かに反応した気がした。
「…デクってヒーローはあんたの国でどんな存在?」
「オールマイトみたいに身体が大きいわけでもないし、圧倒的な存在感があるわけでもない…。それでも、僕が来たって笑うだけでみんなを安心させてくれるかっこいいヒーロー……かな」
「そーかい」
グレーの瞳がやわらかく細まった。
彼の鳥もうんうんと満足気に微笑んでいるように見える。
「きっとあんたみたいなファンがいるからあいつも頑張れるんだな」
「──それって、」
遠くの方で「ロディ!」と呼ぶ声がした。
二人して顔を上げれば、帽子を目深に被った男性が立っていた。
それに返事するかのように、目の前の彼がひらりと手を振る。ロディって名前だったんだ。
「どこ行ってたの!?」
「先に俺を置いてったのはおまえだぜ」
「うっ…それは、敵がいたから…ごめん。でもそこで待っててって言ったよね!?」
「俺も人助けしてたんだよ」
「…人助け?」
駆け寄ってきた男性が、ちらりとわたしを見遣る。大きな深緑の瞳と目が合った。
──ちょっと待ってくれと声を大にして言いたい。
わたしの幻覚じゃなければ、この人、デクに、見えるんですけど。
待って欲しい。一旦整理させて欲しい。
ここはオセオンだよね、なんでここに?というか細いのに服の上からでも筋肉ついてるのわかる!白い頬に映えるそばかす可愛いし圧倒的ベビーフェイスすぎるんですけど本当に成人してる?
視界の隅でくつくつと笑いを堪えるロディが見える。ちょっと待って、本当にパニックなんですけど。
「ここは日本と違って危ねぇから、大事なソレ、もう盗られないよーにな?」
「……ハイ」
じゃあな、と軽やかに手を振るロディと、ぺこりと律儀に頭を下げたデクは雑踏に紛れていく。
あの彼がデクと知り合いとは露知らず、すっごく恥ずかしいことをペラペラ喋っちゃったのでは。
色々なことが起こりすぎてわたしのポンコツな頭では処理しきれず、未だ呆然と立ち尽くすしかなかった。夢でも見ているかのような気分で二人の背中を見送っていると、ロディの左手がデクの右手を絡めとった。
指を絡ませるその動きは慣れていてどこか艶かしい。友達同士でするようなものではないことくらい、恋愛に疎いわたしでも安易に想像できた。
不意に振り返ったロディと目が合った。
「Shhh」
唇に人差し指をあててニタリと悪戯が成功した子どものように笑う彼に、呆気に取られたままこくこくと首を縦に振ることしか出来なかった。
「さっきの女性、日本人?」
「そ。道に迷ってた」
お忍びのデートを見られて拡散されないようにと出久は帽子をさらに深く被り直す。
どこか声が弾んでいるロディを出久が見上げた。
「ロディ?なんかいいことあった?」
「えー?やっぱわかっちゃう?」
「わかるよ。だってピノが楽しそうに鳴いてるし」
ピノはずりぃだろ、とロディが口を尖らし、手のひらでピノを覆い隠した。
照れてる、と出久はくすくす笑う。
「俺のヒーローは愛されてんなって思って」
「何それ? 」
首を傾げる出久に、何でもねーよとはぐらかすように頭を撫でた。