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    ラーヒュン ワンライ 「鬼」 2024.02.03.

    #ラーヒュン
    rahun

    「そろそろ別れよう」
     ラーハルトからそう切り出され、ヒュンケルの思考は停止した。
     永遠の契りだと信じていた。まさか終わりがあるとは想像もしていなかった。彼からもそれだけの想いを注がれていると感じていたのに。
    「そ……」
     そんなこと嘘だろう。
     そうかわかった。
     それはどうして。
     どれも言えないまま時間が流れるいつもみたいなティータイム。ラーハルトが溜息と共に諭してくる。
    「おまえな、そこは想定しておくべきだったぞ? 世の中の一体どれだけの者が初恋の人と添い遂げるとおもっているのだ? 大抵は何人目かの恋人と結婚しているのだ。大体の恋はお試しだ。付き合ってみて、違ったとなれば次の相手を探すものだ」
     ラーハルトが席を立つのを見上げ、縋り付くようにカップを両手に握りこんだ。
     喉が詰まってなにも言葉が出てこない。
    「だが今まで楽しかったぞ? 達者でな」
     踵を返して片手を上げる彼を見送った。



     その後、ラーハルトは山中に暮らし、麻薬を育てていた。
     一仕事を終え、一面を埋め尽くす同じ形の葉を満足げに見渡す。
     すでに前シーズンは実の収穫に成功している。地に鋤をいれて植物を育てるなどは、幼い頃、家の裏に作っていた小さな菜園以来のことであったが。よくできている。
     事の発端は偶然で、武器の修繕のためロン・ベルクを訪ねた際であった。
     爪を見せろと言われた。
     それから、食が細くなったか、甘いものなら食えるか、痛むか、と矢継ぎ早に質問をされ、すべてに是と答えると、魔族にだって不治の病はあるんだぞと教えられた。爪が青を通り越して黒くなっているなら末期だとも。
     一刻も早くと、ヒュンケルを自分の人生から無理矢理に切り離した。普通の振る舞いが出来るうちにせねばならなかった。三分足らずの会話だけで恋人を捨てるという鬼畜の如き所業。でなければ情の深いあの男は、己の墓守として生涯を過ごし兼ねない。
     ラーハルトという男を心底から見損なってもらう必要があったのだ。次の愛を探せるように。
     これから益々臓器の痛みが強くなってゆくだろう。医者に掛かるなどは御免だ。誰にも知られずに終わらねばならない。半年、一年、着々とその準備してきた。麻薬の実を育てて、精製して鎮痛剤を用意した。突然の大波のように押し寄せる傷みに、既に何度か使用したが効き目はあった。いざとなればあれを過剰摂取すれば夢見るように絶命することも可能だろう。栽培を続けねばならない。
     それ以外の時間は黙々と生きた。食料を調達して調理をし、清潔を保つため布を洗う。この山中の小屋には、そうして終末まで過ごせるだけの備品を持ち込んであった。
     だがひとつだけ無い道具がある。筆記具だ。
     ヒュンケルの最後の顔が瞼の裏に焼き付いて離れないのだ。どれほどの驚きだったのだろう。初めての愛を与え、初めての唇を許し、初めての体をひらいた相手に手酷く裏切られるというのは。目は見開かれて、口だけ震えていた。だがそれでよかったのだ。
     心を鬼にして、出来るだけ傷付けて去るのがラーハルトの使命だったのだから。それはきっとこの上なく達成されたであろう。
     それでもあの顔を思い出すと言い募りたくなる。おまえだけだ、おまえは素晴らしい、おまえのほかは無い、おまえしかいらない、おまえに会いたい。心の中の鬼がくずおれて泣き喚きそうになる。
     溢れる想いをしたためるためにペンを取ったラーハルトは、我に返り、即座に手にした物を床に叩き付けて踏みつけて粉々に砕いた。インクと便せんも合わせて土に埋めた。あの日から此処には筆記具は無い。
     耐えろ。本当に彼が好きならば。これは彼に出来る最後のことなのだ。
     毎日の暮らしで彼に関わるものはもう、この、あの時と同じ銘柄の茶葉が立てる香りだけである。これも、いつかはやめねばなるまい。
     あの最低だった男はどこにも痕跡を残さぬまま行方知れず。となる。それがいい。
     けれど、この想いだけは、抱えたままで逝っても害はあるまい。
     ラーハルトは茶を傾けた。
     カチャ。
     戸が開いた。
    「……どうやって此処を」
     如何にヒュンケルが敏い男であろうとも、決して居場所を掴まれぬよう細心の注意を払っていたというのに。
     彼はゆっくりと歩いてきた。床板がキシキシ鳴る。幻でない。
    「リリルーラを魔弾銃で撃ち込んでもらった。もしもおまえがまだ俺を仲間とおもっているのなら、辿り着けるかと」
     ならば、この想いこそが最大の害となったのか。
    「ラーハルト。ルール違反は承知している。ただ……会いたくて」
     椅子から腰を上げて、歩み寄り、腕を広げ、包み込んだ。
     あたたかさを閉じ込めて目を閉じる。
     唇がひとりでに動きだし、捨てた筆記具が意味を失う。









    2024.02.03. 09:10~11:10  SKR
















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