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    ArtemisSN0210

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    ArtemisSN0210

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    南さんが髪を切るネタ。暗い

    皮を剥がす髪を、切った。

    メビウス様に、そうするよう命じられたから。
    この国では、この世界では、それが正しいから。

    正しさとは、この世界における絶対の価値だ。正しい存在である限り、ボクたちは居場所を得ることができる。
    人間とは弱いものだ。些細な出来事一つで、簡単に行き先を見失ってしまう。だが、あの方に従っている限りボクたちが迷うことはない。余計なことは何も考えず、正しく、その生涯を終えることができる。

    だから、これもその一環だ。あの方の命令に忠実に従うことができるボクこそが、この世界において正しい。そして正しいということは、価値があるということだ。

    とはいえ、髪を切ったのは久しぶりのことなので、やはり少し慣れない。何というか、首元の辺りが妙にすっきりしているというか。まあ、この感覚にもいずれ慣れるのだろうけど。

    ■□□
    髪を切った。

    あの化け物が「偽物」であることを、証明したかったから。

    ボクがこれまで信じてきたものが全て間違いだったと分かったあの日から、数日、数ヶ月と時が経って。いつからだったかは分からないが、ボクの世界には時折化け物が出現するようになっていた。
    その化け物は、鏡の中にしか現れない。何気なく視線を向けた先にいるそいつは、ボクに向かってにやりと笑うと、その口から呪詛のような言葉を吐くのだ。何とか平静を装おうとするボクを見たそいつは満足げに笑い、気付くとその姿は消えている。

    あの化け物は、どうやらボクにしか見えていないようだ。彼らがあれの存在に気付いたような様子はないし、以前それとなく聞いてみた時も特に有力な情報は得られなかった。あの二人は嘘をつくのが下手なのでーー最も、今ではそれがきっと「正しい」のだろうけどーー、彼らの返答に嘘偽りや誤魔化しなどはないのだろう。

    では何故、あれはボクにだけその姿が見えているのだろうか。これはボクの推論になるが、その理由は恐らく、ボクの使うこの「理解」という言葉がカギ括弧付きのものだからだ。それは、ボクが一番よく分かっている。
    体験に基づかない理解、自己満足のための理解、誤認に気付いていないだけの理解、そしてーー会得していない、理解。これらは全て、紛い物の概念だ。悲劇や不信といった負の結果しか生み出さない、おぞましく、唾棄すべき贋物。そしてそれは、今のボク自身を指すべき言葉でもある。あいつはそれを、ボクという人間を構成する細胞の一つ一つにまで刻み付けようとしているのだろう。本当の化け物はそいつではなく、ボク自身なのだと。

    鬼、悪魔、化け物……人が必死に蓋をして見ないようにしている匣を無理矢理こじ開けてその中身を面白おかしく眼前に吊るしてくるような存在を、どんな言葉で形容すればいいのだろうか。まったく、本当に卑しい奴だ。お前に言われなくたって分かってるさ、そんなこと。
    偽ることも、取り繕うことも。もっともらしい理由をつけて心にもない言葉を吐き出すことも、難しいことじゃない。ティーカップに角砂糖を入れるような、それと同じくらい自然に、ボクにはそれらしい振る舞いができた。元々割と器用なのだ。昔から変わらない。
    ねえ、いつも鏡の中からしか此方を嗤うことのできない卑怯な化け物さん。こうは考えられないかい?それで彼らが安堵するなら、「皆が笑顔になれる」なら。それは紛れもなく、「正しいこと」じゃあないか。だってそうだろう?偽ると言う字は、「人の為」と書くのだから。

    ボクがそう言ってやると、化け物は笑った。否、それは寧ろ逆だ。「人の為」であることこそが、偽りなのさ。人間が何かを偽るのは何故か?それは自分のためだ。叱責されたくないから、責任を感じるのが嫌だから、嫌われたくないから、他人が傷付くのを見て自分も傷付きたくないから。
    お前が偽るのはどうしてだろうな?彼らのため?それは違う。偽りというのはいつだって、自分のために行われるものだ。お前の目的はーー「正しくありたい」から。そうだろう?

    ……ああ、そうだよ。それの何が悪い?この世界において、正しくないというのは生きる価値がないのと同じだ。石を投げられ、正義という名の刃物を振り翳す連中に何もかもを奪われ、無様に死んでもなお辱められ続ける。そんな末路を、このボクが望んで辿るとでも?

    別に、それが悪いとは言ってないだろう?自分で分かっているなら良いんだよ。その催眠術に……自己暗示、とも言うのかな?自分自身でその術をかけたことすらも忘れて、「ボク」と同じような勘違いをしないよう忠告してあげようと思ったのだけれど。どうやらそれは杞憂だったようだね。

    ボクとお前は、……あいつは、違う。そう思いたいのに、頭では分かっているのに、今のボクとは正反対の黒い服を着たそいつの顔があまりにボクと似ているものだから、思考回路が錯乱状態に陥ってしまう。
    あれは、化け物だ。ボクを惑わせるためにわざとボクと同じような姿をしているだけの、ボクとは別の存在だ。そう信じるしかなかった。もう、間違えたくないから。

    だから、ボクはそれを証明しようと思った。その証明が、これだ。
    化け物は変わらず、鏡の中にいる。でも、もう何も気にならない。だって【あれ】が死んだ時、【あれ】の髪は長かったはずだから。ボクと同じ短い髪で笑っているのはおかしい。やっぱりあれは偽物だ、化け物だ。

    残念だったね。この勝負、ボクの勝ちだ。キミのその呪詛も、もうボクには効かないよ。
    ボクと同じような笑顔で笑う黒い服のそいつの姿は、何だかひどく滑稽に見えた。
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