全部、置いて行こうか。【西南】「……隼人?」
突如背後から聞こえた声に、隼人は飛び上がりそうなほど驚いた。
「しゅ、瞬……!?」
「何してるの?こんなところで」
「あ……いや、これは、その、」
慌てふためいて上手く言葉を繋げられない隼人を他所に、瞬は一歩ずつ隼人のいる方へ歩いてくる。足元に転がる「それ」を見つけた瞬間、瞬は顔色一つ変えず呟いた。
「ああ……なるほど」
「ち……違うんだ、瞬。その、こんなことをするつもりはなかったというか、き、気付いたらこうなっていて……」
「隼人」
しどろもどろの言葉を遮ったその声に、隼人の心臓がぎゅっと締め付けられる。次の瞬間聞こえた言葉は、思わず耳を疑うようなものだった。
「もし、今から海か山に行くのなら……どっちがいい?」
「え……?」
「今の気分で良いから。答えて」
どうしてそんなことを聞くのか、とか。何で何も聞かないのか、とか。分からないことも聞きたいことも山のようにあったが、そんな心とは裏腹に隼人の唇は幼なじみの質問に対する答えを紡いでいた。
「や、山……だろうか」
「……そう。分かった。じゃあ、準備するからちょっと待ってて」
「ああ……」
訳も分からぬまま、取り敢えず頷く。今の隼人には、そんな選択肢しか残されていなかった。
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「隼人。それ、運んでくれる?」
「……あ、ああ。分かった」
言われるがまま、隼人は瞬の指差した荷物を運んでいく。中は見ちゃ駄目だよ、と瞬に言われたその荷物は、ずっしりと重かった。
「全部載せた?」
「ああ」
「そう。じゃあ乗って」
「乗るって……車にか?」
「そうだけど。何か問題でもある?」
「い、いや……」
今日の瞬は妙に落ち着き払っていて、何だか少し違和感がある。ここまで感情を見せない瞬を見たのは、隼人の記憶の限りでは初めてだった。
「あ、運転はボクがやるから。キミは助手席に座って」
「珍しいな。普段はオレに運転させるのに」
「動揺している状態で運転して、事故でも起こされたら困るからね」
「……そう、だな」
こういう言い回しはいつも通りだな、と思いながら隼人は車の助手席に乗り込む。久しぶりの幼なじみの運転を楽しむ余裕は、今の隼人にはなかった。
「思ったより早く落ち着いたね。驚いたよ。
キミ、昔からこういう時はずっとそわそわしているというか、落ち着きがない印象だったから」
「それは、まあ……お前が随分落ち着いているから、それを見ていたらいつの間にかオレも落ち着いていたというか……」
「ふうん……そういうこと」
「それより、お前の方こそどうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」
「どうして、って……別に、慌てるようなことでもないでしょ?」
そういうものなのだろうか。考えようとしても、上手く頭が回らない。
信号のない道を、止まることなく車は走る。まだそれほど遅い時間ではないのに別の車とすれ違わないのが、何だか不気味に感じられた。
「そういえば……どこの山がいいとか、希望はある?特にないなら、小さい頃に何度か行ったあの山にするけど」
「どこの山にするかなんて、まったく考えていなかったな……別に希望はないから、あそこの山にするか」
荷物と気分と、行き先と。形が似ているだけの不正解のピースだというのに、それらがすっとはまっていくような心地がする。捨てたい記憶を思い出のある場所に置いて帰るというのは、こういうものなのだろうか。
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「……お疲れ様。これで、全て終わったよ」
「ああ……終わったんだな、本当に」
「まあ、むしろここからが本番だとも言えるけどね。これから先の選択次第では、いくらでも危険に晒される可能性はある訳だし」
「なるほど。確かにそうだな」
風が吹き、二人の髪を揺らす。
「……なあ、瞬。一つ聞いていいか?」
「おや、これはまた随分と唐突だね。何だい?」
「お前……もしかして、前にもこういうことをした経験があるのか?」
少しの沈黙の後、瞬は口を開いた。
「……さあ、どうだろうね?」
暗くてよく分からなかったが、その顔は笑っているように見えた。