ピアノ線と依存症【ウエサウ】きっかけは、そのたった一つの言葉だった。
その時、オレはいつものようにサウラーと話をしていて。どういう流れでそうなったのかは忘れてしまったが、気付けば軽い言い合いのような感じになっていた。サウラーが色々とこちらを苛立たせるようなことを言ってくるものだから、オレもつられて普段言わずにいたことまで言ってしまって。こういうことをウリ何とかと言うのだと、いつだったかサウラーが言っていたが……とにかく、それはそんな中での出来事だった。
思わず口から飛び出したその一言に、自分のことなのに何故か驚いて。
しまった、さすがに言い過ぎたなと思って、謝ろうとサウラーの顔を見た。あいつにしては珍しく、ショックを受けたような顔をしていて。それを見た瞬間ーー心臓の辺りに、何かぞわりとした感覚があった。言葉では上手く言い表せない、不思議な、……でも嫌な感じはしない、そんな感覚だ。心地良い、とも少し違うが、どちらかと言うとそれに近いものだった。
そのよく分からない感覚を追い払うように「すまん、言い過ぎた」と謝れば、サウラーは珍しく素直に「……いや、ボクも少し言葉が過ぎたようだ」と言った。その時の声はあいつが何かを誤魔化そうとしている時と同じものだったが、あいつの目は嘘をついているようには見えなかった。
あれは一体、何だったのだろう。
口喧嘩ではサウラーに勝てないから、あの時までオレはあいつと言い合いみたいなことをしたことがなかった。だから、あの感覚が何だったのかは、よく分からない。
サウラーは物知りだから、聞いてみれば何か知っているかもしれないがーー何故か、それは避けなければいけないことのような気がした。
心地良い、それでいてどこか「いけないもの」のようなあの感覚は、あの時サウラーが見せた表情と共に時々蘇ってくる。そしてその度にオレは、もう一度あの感覚を味わいたい、と思ってしまう。……あいつのことを、貶したい訳ではないはずなのに。
このままでは、まずい。ような気がする。何となくだが、このままだとオレはいつかまたあいつに何かひどいことを言ってしまうような……そんな気がするのだ。
オレは、一体どうすればいいのだろう。
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きっかけは、そのたった一つの言葉だった。
ウエスターの発言に対してボクが皮肉を言ったり、それを理解できない彼をさらに揶揄ったりすること自体は別に珍しくない。言ってしまえば、それはボクたちの間でのある種のコミュニケーションみたいなものだ。
だが、あの日は少し違っていた。いつものように収束するはずだったやり取りは、徐々に棘を増していって。どういう流れでそうなったのかなんてもう覚えていないけれど、半ば口喧嘩のような応酬の中で飛び出してきた言葉が、それだった。
その言葉が届いた瞬間のことは、今でもはっきり思い出せる。
身体中に走る、甘い痺れ。それは電流のようでいて、でも不快なものではなかった。ぞくりとするような、快感に近い何か。そんな感覚を味わったのは、生まれて初めてだった。
突然のことに放心していると、ウエスターがあの感覚の原因となった言葉について謝ってきた。いつものボクなら皮肉の一つでもお見舞いしたのだろうけど、生憎当時のボクにそんな余裕なんてなくて。言葉が過ぎたようだ、と言ったボクを見て、ウエスターが少し驚いたような顔をしていたのはよく覚えている。
……あの感覚が、今でも忘れられない。
突如ボクを襲ってきたそれは、しかしその一瞬のうちにボクの中に深く刻み込まれたようで。ふとした瞬間に、ボクはその到来を望んでしまっている。
だが、現実はどうにもままならない。あの感覚のトリガーはおそらく、言葉に含まれている毒だ。だからボクはそれに手を伸ばして、血のように全身に巡らせようと試みるのだけれど。彼がその扉を閉ざしてしまっているようで、ボクの望みは一向に叶う気配がない。
欲しい。あの感覚を、もう一度味わいたい。あの日芽生えた渇望は、まるで麻薬のようにボクの心を支配している。
棘を増やして、塩も多めに入れて。それでも、彼がそれを吐き出すことはなかった。それがとても、歯痒くて。でも直接伝えると彼は絶対にそれを与えてはくれないから、今日もこうして見えない糸を張り巡らせるしかない。
いっそのこと、あの喉にミントでも植えてやろうか。そうすれば鈍感なウエスターでも、流石に嫌気が差すだろうから。