彼と酔いと微睡みと私「……意外ですね。ゾルフがこんなにアルコールに弱いなんて」
すっかり酔ってしまった我が上司に向かって、つい呆れた本音が出てしまう。
思い返せばあまりゾルフとは飲んだことがないし、私も別にお酒が特別好きというわけではないので、実は彼が酔い易いということを知る機会もなかった。
「…………」
ぐったりと机に突っ伏しているゾルフは、普段は澄ました白い顔がすっかり赤らんでいる。酔って人格が変わるタイプでないのが幸いだ。
「ゾルフ、大丈夫ですか」
「……これが大丈夫なように見えますか……」
「こんな所で寝ていると風邪ひいちゃいますから。立てます?ベッド行けます?」
ふるふる、と首を横に降る彼が、いつもの不敵なあの紅蓮の錬金術師とはあまりにもかけ離れている。ちょっと面白いが、こんな所で寝られるのは迷惑だ。
「ここで寝るので、毛布を持って来てください……」
「そういう訳にはいきません。ほら、支えてあげますから」
私だって一応軍人なのだから、成人男性の一人くらいは楽に抱えられる。ゾルフの腕を自分の肩に回し、さあ立ち上がろうとしたその時――
「あっ」
ぐら、と視界が揺れる。私だってそうアルコールに強い体質ではない。ゾルフよりは飲めるという程度で、弱い部類ではある。
そのまま床に、二人して倒れ込んでしまった。
「いったた……すみません」
謝るが、反応はない。
「ゾルフ?」
「…………」
「……寝ちゃいました?」
「……寝てないです」
一応まだ頑張って起きているらしいが、時間の問題だろう。ゾルフが私に覆い被さっている形で転んでいるので、ちょっと重い。
むぎゅ、と、唐突に抱き締められた。腰の辺りに回された腕の力がやけに強い。
「ちょっと、ゾルフ、困りますこんなとこで」
逃れようと踠くが、酔っていると言えど男性の力には敵わない。だが、諦めて抵抗を止めても、ゾルフが更に何かしてくる様子はない。
「……? あのー、ゾルフ?」
恐る恐る声を掛けると、ぽつりと彼は呟いた。
「……暖かいですね、貴女は……」
「……寒いんですか?」
予想外の言葉に、そんな馬鹿な返答しか出来ない私も大概酔いが回っているのかもしれない。
「だから、毛布を持って来て欲しいと言ったでしょう」
ムッとしたようにゾルフは言うが、その様子にいつもの圧力はまるで見当たらず、子供のようだ。まさか、アルコールのせいでちょっとした幼児退行?
「ああもう、分かりましたから、ちょっと退いてください!ベッドまで連れて行きますから!」
このまま抱き枕にされて、二人仲良く風邪を引くのは勘弁してほしい。私はえいやっと気合を入れて身体を起こし、ゾルフを再び担ぎ上げる。なんとかズルズルと彼を寝室まで連れて行き、ベッドに彼を寝っ転がせてから自分もベッドへ倒れ込んだ。今日の日中に頑張って陽に当てておいたマットレスは、太陽の香りがして非常に心地よい。併せて換えたおろしたてのシーツも、快適さを更に上乗せしてくれる。
横を見ると、ゾルフはもう既にベッドの魔力に取り込まれてしまったのか、すうすうと安らかな寝息を立てて眠っていた。こうして見てみると、顔立ちの整った善良な男性に見えるのになあと勿体無く思う。彼の普段の言動や功績がそれを見事にぶち壊しているので、密かな彼のファンというのはあまり聞かない。こんなにもノーマルな自分がそんなゾルフと関わり合いになっているのが不思議なくらいだが、それが縁というものだ。
などと考え事をしているうちに、私も眠くなってきた。布団をかけ直し、少しだけゾルフにすり寄れば、人肌の暖かさが眠気に拍車をかけてくる。このまま眠ってしまえば、朝まで目覚めることはないだろう。明日は二人とも非番だし、ゆったりだらだら過ごすのも悪くない。
「おやすみなさい、ゾルフ」
聞こえたか聞こえないくらいのトーンで、私はゾルフに呟いて目を閉じた。
終