支配の為のアルゴリズム 怯える彼女を見て、キンブリーは満足げな表情を見せた。
「これであなたも、理解できましたか?」
優しげな声でのキンブリーの問いかけに、彼女は渋々といった様子で頷いた。分かればよろしい、とキンブリーはその頭を優しく撫でる。
やっと彼女は、自分のものになったのだ。もう彼女は、キンブリーから離れることはなく、彼だけを見つめ、彼だけにその身体を許す。他の誰でもなく、この自分にだけ。その背徳的でさえある安心感に、キンブリーは無意識に笑みを浮かべた。邪心などないかのような、無邪気ともいえる笑みを。
簡単なことだったのだ、彼女を手に入れるにはどうすればよいかなど。自分のことだけを見て、自分だけのことを考えさせるには、そうするよう教え込めばいい。幸いキンブリーはどうすれば効果的にそれを分からせるようにするかという方法を知っていたし、それを実行するのに大した罪悪感も、躊躇いもなかった。
錬成した鎖に彼女を繋ぎ、反抗すれば平手で打った。当初はそれでも抵抗を試みていたが、次第に涙が滲み、言うことを聞くから殴らないでくれと訴え始めた。彼女のその言葉にキンブリーは満足げに、「分かればいいんですよ」と微笑みかけた。
そもそも、キンブリーだって彼女を痛めつけたいわけではないのだ。彼の目的はそこにはない。どうすればより迅速に効率的に、彼女を支配できるか――考えた末が、暴力だった。
社会的、人道的見地からすれば到底許容されるものではないだろう、だがそのような外野の意見など知ったことではない。人にはそれぞれ事情があるし、それにいちいち口を突っ込むのも、突っ込まれるのもキンブリーは嫌いだった。こと自分の好きな事や物に関してそうされるのは、彼にとって虫酸が走る以外の何物でもない。
自分の腕の中でで震えながらキンブリーを見上げる彼女を見つめ、キンブリーはそれまでとはうってかわった様子で優しく彼女に囁きかける。
「私はあなたを傷つけたいわけではないんです」
これはただの過程なのだと。
「あなたの全てを手に入れたいんですよ」
暴力で支配など、ナンセンスであることはなんとなく知っているけれど。
「あなたは私を、受け入れてくれますか?」
拒否されようとも、構わない。受け入れられるまで、何度だってこの『過程』を、繰り返すだけだ。
ゆっくりと指で唇をなぞり、徐に自分のそれを彼女に押し付ける。舌を差し込み、口内を蹂躙する。彼女のくぐもったその声がもっと聞きたくて、更に強くキンブリーは彼女を求めた。
突然、舌に鋭い痛みと血の味が走る。思わず唇を離すと、鉄くさい味が口の中に広がるのを感じた。反射的に顔を離した彼女を見れば、涙が滲んでいるがそれでも反抗的な目でキンブリーを睨みつけていた。口元はギュッと結ばれたままだが、その目が彼女の感情を何よりも物語っている。
通常ならここで、怒りでも湧いてくるのだろう。しかし、そんな『通常』の感覚は、キンブリーの中からはとうの昔に失われていた。寧ろ、自分が見たことのない彼女の裡を見ることができる、という喜びに、知らずキンブリーは震える。すっかり自分に屈服したと思っていたのに、まだこんな風に抵抗する意志が残っていたのかと、驚きすらした。彼女が示すその意志には、仕置きよりも褒美を与えてやりたい気分だ。
「……っくく」
意図しない低い笑い声が、喉の奥から洩れる。それで漸く、今自分が浮かべている表情を理解する。
その様子を警戒して身体を強張らせた彼女の頬に、キンブリーは指の背で優しく触れる。頬を張られるとでも思ったのだろうか、ぎゅっと唇を噛み締めるその姿に、キンブリーは堪らない恍惚感を覚える。口の中を満たす血の味はまるで芳醇なワインのようで、余りに甘美だった。それが彼女が齎したものであるならば、尚更に。
「……いい。それでこそ、あなたらしい」
それでこそ、屈服のさせ甲斐があるというもの。
戸惑う彼女の頬を撫でながら、未だ完全に己のものとならないその瞳を見つめながら、さて次は、とキンブリーは考えを巡らせた。
終