Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    CRW07678433

    @CRW07678433

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 24

    CRW07678433

    ☆quiet follow

    10/3 ハガレン夢イベントdon't forget you内展示品

    月経ネタあり注意

    あなたのことではないですか? ああ、だめだ。今日と言わず明日も、そして下手をすれば明後日も、私は動けない。せっかくの週末なのに、せっかくの休日なのに。入れていた予定は全部キャンセルだ。家に引きこもって、布団を被って眠り続けるしかない。
     毎月訪れる、煩わしいあれ。生活は豊かで便利になり、身の回りにはこんなにも快適さで溢れているというのに、未だにこの現象は不便不快の権化の顔をして、しかもその上予告なしに憂鬱さと共に私の元へやってくる。
     私はどちらかと言うと重い方で、一般的に知られている症状が全部くる。特に最初の二日間は最悪だ。お陰で、期間中には全てを投げ捨てて体調を整えることしか私には出来ない。といっても、これまでに何を試しても何一つ整いはしなかったので、結局寝るのが一番効く。このせいで平日に休みを取ることも珍しくない。今回は週末にかかっているだけ、貴重な有給を使わなくて済むが、代わりに楽しみにしていた週末の予定がパアだ。もう今この瞬間から、何もしたくない。まだ土曜の朝だというのに。
     まあ、きてしまったものは仕方がない、今更追い返せないのだから。
     最低限の適当な朝食を済ませ、私は再びベッドへ戻った。洗濯も掃除も、もう少し体調が回復してからにしよう。良かった、まだ布団の中があったかい。それだけで、不快感がほんのちょっぴり和らぐ気がした。布団へ潜り込みはしたものの、眠気はもうどこかへ行ってしまっている。眠くなるまでただベッドでゴロゴロしているだけにはなるが、流石に退屈なので本でも読もうかと起き上がった時、玄関のチャイムが鳴る。……居留守を使おうかと一瞬考えたが、この来客は確か、予定されていたものだ。しかも上司。出ないというのは流石に人道に悖る。
    「……はーい」
     到底人前に出られない恰好であることは承知しているが、そんなことを注意してくる相手でもなし。私は『ささっと着替える』という選択肢を瞬時に脳内のゴミ箱に投げ入れ、玄関へ向かった。覗き穴から見えるその顔は、予想通り。我が上司、ゾルフ・J・キンブリー殿だ。確か昨日、返して貰う予定だった本を忘れてしまったので、今日私の家まで持ってきてくれるとのことだった。「その後食事でも」などと誘われれば、「本を返すのは今度でもいいです」などととても言えない。……恐らく、その私の心情を見越してのお誘いだろうが。
    「お邪魔します……おや、起きたばかりでしたか。これは申し訳ない」
     謝罪とは受け取らない。予想していた、とその目が言っているからだ。こんなもの、ただの軽口だ。私とて、それで腹を立てるほど狭量ではない。
    「……体調が、悪くて。これから寝るところでした」
    「体調が悪い……ああ、そうでしたね」
     何を合点がいったのかは計りかねたが、聡い彼のことだ、どういう意味で体調が悪いのか、理解してくれたらしい。
    「この後昼食でもと思っていたのですが、その調子だと外出は無理ですね」
    「そんなに、見てわかります?」
    「顔に生気がないですね。頭痛と腹痛も、辛いのでは?」
    「何で分かるんですか……」
     ピンポイントに今のしんどさを当ててくるゾルフ、本当に何故分かるのか……。
    「何故分かるのか、知りたいですか?」
     と、ゾルフは意味深に微笑む。知りたい気もするが、知ってはいけない気がするので断ろう。
    「今日はいいです。また今度教えてください」
    「おや、残念」
     くつくつとゾルフは笑った。
    「その様子だと、外出はしない方が良さそうですね。折角ですが……」
     まあ、今日はこのまま帰って貰った方がいい。何一つ彼の期待に応えることはできないし。
    「……ふむ。昼食くらいはご馳走しましょうか」
    「え?」
    「少し待っていてくださいね。寝ていても構いませんよ」
     では、とゾルフは私が答える間も無く、我が家から去っていった。
    「……?」
     頭の中は疑問符でいっぱいだったが、寝ていてもいい、と言われたのだ。それなら遠慮なく、寝て待つこととしよう。
     
       ⁂⁂⁂⁂⁂⁂
     
     かちゃかちゃという金属音、そして食欲を唆る香ばしい匂いに、私の意識は表面へと浮上する。本当に寝てしまっていたらしい、ぐっすりと。寝られないかもなどと思っていたが、想定外に眠れる程度には今日の体調は宜しくない。しかし、今は何時だ。いい加減起きないといけない、昼も近いだろうし。
    「……昼、あっ」
     そうだ、ゾルフはどうしたのだろう。あの口振りだと一旦出かけてまた戻ってくるという意味にとれたが。……この匂い、この空気感、もしや。
    「……オハヨウゴザイマス」
    「おや、丁度起こしに行こうと思っていたところですよ」
     くるりと振り向いたゾルフの左手にあるのは、フライパン。右手にはフライ返しが握られている。……我が目を疑ったが、ペールブルーのエプロンまで着けているではないか。
    「えっ、えっ、どうしたんですか、その恰好、えっ、待ってください理解が追いつかない」
    「どうもこうも、料理をしていますが? 衣服が汚れてしまうと困るので、エプロンをお借りしましたよ」
     何が疑問か? という表情で、ゾルフは返してくる。買ったはいいがあまり使用感のない私のエプロンも両手の調理器具も、妙なくらいしっくりきているが、この拭いきれない違和感は何なのだろう。というか、そもそも何故私の家で料理をしているのだろうか?
    「それほど身体が辛いのなら、外へ食事に出るのも億劫かと思いましてね。そんな様子で、放って帰るのも気の毒でしょう」
    「優しい……」
     ゾルフに、そんなふうに人を思いやる感性があったのか。というか、料理ができたのか。食べること自体にあまり興味もなさそうだし、意外だ。
    「得意というほどのことはありませんよ。嗜み程度です」
     涼しい顔で受け答えをしながらも、その手つきに狂いはない。私がリビングへ顔を出してから僅かの間に、それはそれは美味しそうなワンプレートランチが出来上がっていた。
    「えぇ〜〜……ほんとに、作ったんですか、これ」
    「作ったと言っても、サラダは茹でてそれらしく盛りつけただけですし、このハムとベーコンも焼いただけですから。あなたにだって出来ますよ」
     出来るもんか、少なくとも、私にはこんなにお洒落に盛りつけられない。例え人格に問題があろうとも、やはり国家錬金術師。並々ならぬセンスも持ち合わせている。
    「ほら、どうぞ座って。さっさと食べて、また休んでください」
     促されるままに席に着き、ナイフとフォークで厚めのベーコンステーキを一口大に切る。頬張れば、彼方へと追いやられていた食欲が途端に脳内を満たす。もう一口、肉だけでなく野菜も、などと考える余裕もなく、あっという間にベーコンは私の皿から消え失せてしまった。……まあ、私にはまだハムもある。
     茹で野菜のサラダにはドレッシングがかかっているが、この家に果たしてこんな味のドレッシングがあっただろうか。私の疑問を見透かすように、ゾルフは「適当に調味料を混ぜただけですよ」と答えた。適当に調味料を混ぜてこんなに美味しいドレッシングが作れるなどと、私は義務教育で教わった覚えはない。「いつでもどこでもサラダにはマヨネーズ」で生きてきた私にとって、手作りドレッシングなどと言うものは最早都市伝説級の代物だ。
     パンは流石に買ってきたものらしいが、横にはオリーブオイルと塩が添えられている。その心遣いがあまりにも憎い。
    「……美味しいです」
    「それは良かった。『こんなものは食べられない』などと皿をひっくり返されたら、どうしようかと思いましたよ」
     にこ、と微笑むその顔は相変わらず胡散臭いが、美味しいのは本当だ。私のセンスではこの味もこの盛り付けも、到底思い付けない。
    「食べ終わったら、食器はそのまま置いておいていいですよ。後で片付けておきます」
    「さ、流石にそれは……」
     そこまで上司にさせてしまうのはしのびない。自分でやります、と申し出たが、まだ体も辛いでしょう、ゆっくり寝ていてくださいと言われてしまうと、ついつい甘えたくなる。私も大概、意志の弱い人間だ。
    「……意外ですね、ゾルフが尽くすタイプとは」
     こんな嫌味にもならないことしか言えないが、ゾルフはそれを軽く受け流す。
    「何かの世話を焼くのは、嫌いではありませんよ。『尽くすタイプ』と言われるのは心外ですが」
     『世話を焼くという行為自体が好き』なだけだと言うが、そういうのを『尽くすタイプ』と言うのではないだろうか。
    「ゾルフの将来の奥様は、さぞ幸せでしょうね」
     ぽろりと、そんな言葉が口をついて出る。しまった、こういうのはセクハラだったか?
    「おや、それはあなたのことではないのですか?」
     そんな私の心配をよそにさらりと尋ね返されるが、一瞬何と言われたのか分からなかった。どういう意味で言われたのかを理解したところで、照れてムキになるのも、動揺を隠しながらゾルフの顔も見られず淡々と答えるのも、どちらもきっと彼の思う壺なのだろう。恐らくこの『返答』も私の負けに違いないが、それ以上の答えを私は持たない。
    「……それじゃ、お言葉に甘えて寝させてください。あとはお願いします」
    「ええ、ごゆっくり」
     ゾルフの顔も見られず、私は自室へ戻った。というか、今の私の顔をゾルフには見られたくない。ああ、頭から布団を被ったのに、あの勝ち誇ったようなアルカイックスマイルが余りにも鮮明に浮かぶ。今頃、そんな笑顔で皿を片付けてくれているのだろうと思うと何とも言えない気分だ。
     きっと私はゾルフには勝てないし、勝てるという希望すら持てない。『体調不良』で誤魔化して布団を被るという抵抗しかできない私に、彼に敵うという道理もない。今はもう、このまま甘えるだけだ。元気が戻ればきっと、もう少しくらいマシな抵抗ができるかもしれない。
     
     終
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💞💞💗🎃
    Let's send reactions!
    Replies from the creator