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    10/3 ハガレン夢イベントdon't forget you内展示品

    原作後の世界線

    認められない弱い私 ほんの、出来心だった。ことの顛末を全て知った後で、あの人が『彼』の中にまだいるかもしれないという希望を抱いてから、わたしは『そう』せずには居られなかった。少しだけ、その顔を見たいと思っただけだった。
     ゾルフのいない世界は、静かで平和だ。多くの人々が望んだ世界なのだろう。長くこの国、或いは近隣の国との境で燻っていた争いの種はなくなり、和平へと続いていくのだろう。そういう『世界』は、ゾルフを選ばなかったということなのだろう。だからだろうか、世界が変容する前に、彼はあの人造人間――プライドに飲み込まれた。まるで変容へのプロセスの一部であるかのように。彼のような『異端』を残していては、平和な世界は訪れないのだとでも言うように。
     それが私には、納得がいかなかった。私一人の意思でどうにかなる問題でもなかろうが、私はゾルフのいる世界を選びたかった。彼がいなくなってやっとこんなにも彼を求めている自分に気付き、自嘲したものだ。ゾルフが知れば笑うだろうか。
     
     
     そんな折、セリム坊ちゃんが『育て直されて』いるということを、とある筋から耳にした。人造人間達の中で、唯一残った傲慢。あの『約束の日』から二年少々しか経っていないのに、もう元通りの少年にまで成長しているという。やはり、元の人造人間の特殊な性質が残っているのだろうか。
     ……だとすると、セリム坊ちゃんの中には、今までに取り込んだ者達の人格なども残っているのではないだろうか。随分食欲旺盛だとも聞くのは、成長期だからなのか、はたまた。
     そこへ考えが到れば、次に思うのはあの人のこと。ゾルフも、あの時人造人間に取り込まれた。姿はアメストリス国民のほとんどが知っているセリム坊ちゃんだったが、中身はただの子供ではなかったらしい。戦いの末ゾルフが人造人間に取り込まれるのを、私は呆然と見ているだけしか出来なかった。情けないことだ。程なくして日蝕が訪れ、私は気を失った。目覚めた時には、全てが終わっていた。平和へと続くことを予感させる世界に、変わってしまっていた。その世界に、ゾルフがいることは許されなかった。
     ひと目セリム坊ちゃんを見て、それで諦めようと思った。ほら、やっぱりゾルフの面影なんて一つもない。ゾルフはもうこの世界のどこにもいないんだと、私はなんて馬鹿なんだろうと、それを思い知ってこの気持ちを捨てるつもりだった。
     茂みからこっそりと覗き見た少年は、やっぱりセリム坊ちゃんそのもので、ゾルフの面影など影も形もなかった。ほらね、やっぱりね、と自分を無理矢理納得させて、泣くのを堪えながらその場を離れた。
     次の日も、何故か同じ場所へ足が向いてしまった。ブラッドレイ夫人と戯れるセリム坊ちゃんは、もうただの幸せそうな子供にしか見えない。それが、辛かった。
     もうここには来ないようにしよう、ゾルフのことは忘れよう、退役して実家に帰ろうか、いっそ外国にでも行こうかなどと思いながら歩き始めた時、声をかけられた。
    「あなた……確か……」
     声の主は、ブラッドレイ夫人だった。以前会ったことがあったのを、覚えていたらしい。とはいえ、今のこの状況は完全に不審者だ。決して不埒を働こうと様子を窺っていたわけではないことを、信じてもらえるだろうか?
    「あ……あの……」
     だが、なんと言えばいい?かつての上司――ここにきて私は、彼とは『恋人同士』ではなかったことに気付いた――の人格がお宅の坊ちゃんの中にあるかも知れないから、様子を窺っていたなどと? 気がふれたとしか思われないだろう。そんなことで、自分の息子をよく分からない女に引き合わせるわけがない。
     人様に事情をまともに説明出来ないようなことをして、挙句それを見咎められるような、そんな自分が情けなかった。そして、そうまでしてももうゾルフと会うことは叶わないという事実が、私の情けなさに拍車をかける。うまく何も言えないまま、わたしは気付けば涙を流していた。情けない、こんな姿、誰にも見られたくない。もう何も言えないまま立ち去ろうとしたが、ブラッドレイ夫人に手を掴まれる。
    「そんな風に泣いてる女性を、放っておけないでしょう?」
     彼女は懐が広い。こんな不審者を、護衛をなんやかやと言いくるめて屋敷に連れ込み、私が落ち着くまで待ってくれた。流石は、あのキング・ブラッドレイの妻だ。
    「落ち着いて話してごらんなさい。温かいものでも飲んで」
     彼女が手ずから淹れてくれた紅茶のカップをそっと持つと、上品な香りがふんわりと鼻腔を擽る。一口啜れば、香りに違わぬ良い紅茶だということが私にも分かった。ブラッドレイ夫人の人柄のようだ。
     落ち着いたのか、私はぽつりぽつりとこれまでのことを話した。この国で仕組まれていたこと。人間ならざるものたちの企み。私の失った人。失ってやっと、その人がどれだけ私にとって大切な人だったかを知ったこと。彼女はそれらを、口を挟むことなく聴いてくれた。そして話は、セリム坊ちゃんとゾルフのことへと続いた。
    「……人造人間の中にゾルフが取り込まれた、あの光景が頭から離れないんです。どうして私は彼を取り込ませまいとしなかったのか、いっそ一緒に喰われて仕舞えばよかったって、この二年間ずっと思ってました。先日ある人が、セリム坊ちゃんのことを教えてくれたんです。真っ直ぐな、正しい心を持つよう育てられてるって」
    「ええ、そうね。正しいことをすれば褒めてやり、道に悖ることをすれば叱ってやる。親なら当たり前のことだけど、とても難しいわ」
     ブラッドレイ夫人は、そう言って苦笑する。
    「大人にとっての正しいことが、子供にとっても正しいとは限らない。それって、大人同士の世界でも同じことでしょう?それがきちんと分かっていない私たちが、果たしてあの子の『正しい心』を育てられるのかって、いつも思うの」
     そんな謙虚な姿勢を持てることこそが、ブラッドレイ夫人の親としての器の大きさを感じさせる。
    「あなたの大切な人が、あの子の中にいるかも知れないと思うのは、決しておかしなことではないわ。私だってまだ、あの人が死んだなんて全部納得出来ていないもの」
     だって、最強の眼を持っていたんでしょう?と微笑むブラッドレイ夫人は、どこか寂しそうだ。彼女もまた、大切な人を失ったのだ。
    「……ねえ、あなたが良ければ、だけど」
     ブラッドレイ夫人は、私にある提案をしてきた。いいんですか、そんなこと、と私は戸惑う。
    「いいのよ。こうすることであなたがもっと辛くなるのなら、いつでも辞めてくれたらいいのだから。でも、あなたの寂しさが少しでも和らぐのなら」
     彼女の提案は、私を戸惑わせるには充分すぎた。『あの』人造人間が憎くないと言えば嘘になる。セリム坊ちゃんは器もそのままに『生まれ変わり』、しかし何も知らないまますくすくと元気に育っている。そのことに複雑な感情がないわけではないが、どうして、と思ったこともある。飲み込んだ全てを吐き出して、ゾルフを私の元へ返して、それから好きに生きてくれと涙を流した夜もある。それに彼女が思い至らない訳がない。理解したうえで、このような提案をしているのだろうか。
    「ブラッドレイ夫人、私は……」
     どう答えていいのか。ある意味憎い人造人間。一方で、その中にゾルフがいるかもしれないという希望。
    「……少し、考えさせてください」
     予想された返答だったのだろう、ブラッドレイ夫人は「ゆっくり考えてみて」と微笑んだ。
     
     結局私は、彼女の提案を受け入れた。暫くセリム坊ちゃんの家庭教師をしてみないかというその提案は、色々な意味で私を困惑させた。これまでの感情に加え、そもそも私は誰かにものを教えるなんてしたことがない。ただの遊び相手にしかなれないかもしれないと言ったら、ブラッドレイ夫人は「それでも充分よ。あの子にもそろそろ友人が必要だから」と笑った。
     
    「初めまして、セリム君。今日から君の、家庭教師です」
     ぎこちなく笑った私に、セリム坊ちゃんは笑顔を返してくれた。家庭教師とは言ったものの、最初はただ一緒に遊ぶだけだった。それでも充分彼には良い刺激になったと、ブラッドレイ夫人には感謝されてしまったのは恐縮だ。暫くして机に着くようになり、勉強を教えるという本来の目的へと歩き出す。実際彼はとても賢くて、私の教え方で大丈夫か、浅い知識だと見透かされてはいないかとヒヤヒヤしたが、ゾルフがいなくなって、彼のものだった錬金術の本を読み漁った日々が役に立ったのか、セリム坊ちゃんの大概の質問にはちゃんと答えることが出来た。あの本たち、そしてゾルフには感謝しなければならないだろう。
     そして、セリム坊ちゃんと接していく中で、やはり彼の中にもうゾルフを見出すことは出来ないと確信するようになった。あくまでも取り込まれた――喰われただけで、その魂が表面へと現れることはあり得ないのだ。その確信が私には辛かったが、一方で諦められる材料にもなった。こうやって彼のいない世界に慣れてゆくのだと、思い知った。彼がいなくても、世界は廻る。争いと平和が巡り、時は流れ、人々の記憶から『爆弾狂のキンブリー』は薄れてゆく。ああ、この世はなんと無常なのか。
     
     ある時、セリム坊ちゃんが泣いている現場に出会した。何でも、ブラッドレイ夫人がどうしても家を開けなければならず、彼女の前では平気と嘯いたもののやっぱり寂しくなってしまったのだという。子供らしい感情だ、と微笑ましい気持ちになったが、ぐすぐすと泣くセリム坊ちゃんがあまりに気の毒に見えて、ついそっと抱き締めてしまった。
    「大丈夫ですよ。私ではブラッドレイ夫人の代わりは務まりませんが、少しでも君の寂しさがなくなりますように」
     セリム坊ちゃんは少し落ち着いたらしく、うん、うんと頷いた。そしてそのまま、泣き疲れて眠ってしまった。セリム坊ちゃんを抱っこして、ベッドに寝かせて毛布をかける。すやすやと眠るその様子は、まるで天使だ。人造人間であったあの『彼』と同じ顔の造形だとは、とても思えない。しかし額にある赤い模様が、彼が普通の人間ではないということを無慈悲に証明している。
     どこまで人間なのか。どこまでその意識はセリム・ブラッドレイのものなのか。つい、そんなふうに考えてしまう自分が嫌だ。彼を彼として、見てやりたい。
     控えていた女中に声をかけ、私は屋敷を後にした。このまま眠ってしまって、朝にはブラッドレイ夫人が帰ってくる予定なのだから、私はいなくても大丈夫だろう。
     あんなにも素直に誰かを求められるのは、羨ましい。私にはもう、出来ないから。大人はダメだ、駄々っ子のように泣いて誰かを求めることを、理性で抑えてしまう。ひっそりと静かに、涙を流すくらいしか、私に出来る感情表現はない。
     帰ってきてくださいと、愛していますと泣けたら、どんなにいいだろうか。この行き場のない感情をどうにか出来ないから、私はまだこんなにももやもやしながら生きている。いっそ死ぬことも出来ず、死んだように生きる私をゾルフが見たら、何と言うだろうか。きっと、眉を顰めて「美しくない」と言われてしまうだろう。
     
    「お姉さん!よかった、もう来てくれないかもしれないと思ってました!」
     私がセリム坊ちゃんのところへ赴いたのは、それから二週間以上経ってからだった。何のかのと理由をつけて『家庭教師』を休んでいたのだが、そろそろ誤魔化せなくなってきた。私に会うなり、セリム坊ちゃんは輝くような笑顔で迎えてくれた。ブラッドレイ夫人には詫びの言葉を述べ、手土産のお菓子も渡した。いいのに、と心配してくれたのが申し訳ない。
    「お姉さんがご病気で休んでいた間も、しっかり勉強をしていたんですよ」
     得意げに見せてくれたのは、化学式がびっしりと書かれたノートだった。私が特に熱心に化学を教えていたせいだろうか、専門だとでも思ったのだろう。そんなに偏っていたつもりはなかったが、こんな風に見せられると自分の無意識に笑えてくる。
    「すごいですね。これ、全部覚えたんですか?」
    「はい!もう無機化学は完璧です!ちょっとだけ、有機化学の本も読んだんですよ」
     と、セリム坊ちゃんは本棚から一冊の本を取り出した。見覚えのある表紙。だが、私が知っているその本と違って、彼が今手にしているものは新しい。聞けば、本屋で見かけて『面白そうだったので』買ってみたらしい。
    「物質と物質の組み合わせによって、通常よりも激しい反応が見られるんですね、ほらここ」
     彼が指したページも、見覚えのある文章と挿絵で構成されていた。危険なので慎重に実験を行うべし、と注意書きのあるその部分は、ゾルフがよく読んでいた箇所だった。あなたにも分かりやすいと思いますよ、と貸してくれたその本を返す機会は永遠に失われたが、借りっぱなしのその本を私は頻繁に読んでいた。子供のセリム坊ちゃんが理解できるくらいなのだから、確かに私にも理解しやすい内容だった。ゾルフはその本を子供の頃に手にし、その実験の素晴らしさに心を奪われ、本の内容の一言一句、それぞれのページの挿絵までもを完璧に覚えて別のノートに書き起こしたりしていたらしい。そんなエピソードをいつだったか聞いた時、それほどの情熱を子供の時分に手に入れ、冷めることなく持ち続けていた彼に驚嘆したものだった。
     そして今、目の前の少年は、目を輝かせながらその本の説明を一生懸命私にしてくれている。この情熱は、私が見たことのない幼いゾルフの、いつかの瞳の輝きだったのかもしれない。
    「それで、――? お姉さん?」
     不意に、セリム坊ちゃんの言葉が途切れる。彼が、心配そうにこちらを見ていた。
    「お姉さん、泣かないでください」
     差し出された手には、青いハンカチ。その言葉から、自分が泣いているのだと自覚する。
    「ああ、ごめんなさい。びっくりしましたよね」
     受け取ったハンカチで涙を拭く。どうして、何故涙が溢れる?
    「……僕、お姉さんに悪いことをしてしまいましたか?」
    「いいえ、セリム君は何も悪くないですよ。ただ私が――」
     私が、何だと言えるのだろう。今更ゾルフのことを思い出して、こんな子供の前で――あの人を喰って、なお記憶をリセットされて新たな人生を歩んでいるこの子の前で、当て付けのように泣くなんて。いい大人のすることじゃない。
    「私が、ちょっと、悲しいことを思い出してしまっただけなんですよ」
     上手く誤魔化せていないことは分かっている。聡いセリム坊ちゃんのことだから、何かを察しているのだろう。
    「僕は、あの、えっと、お姉さんの味方です」
     だから泣かないで、と、彼はハンカチを握る私の手にそっと自分の手を添えた。子供の掌は温かくて、意外にも手の温かかったゾルフのことをまた思い出す。けれど、今度は悲しい気持ちにはならない。
    「ありがとうございます。君は本当に、優しい子ですね」
     彼が私を見つめる純真な瞳に、私もつい目が離せなくなってしまう。離れられなく、なってしまう。
     
     ああ、あなたは本当に、私をいつまでも振り回すんですね。
     だから私は、いつまでもあなたを忘れられない。
     
     きっといつか、あなたがまた私にあの不敵な笑みを見せてくれる日まで、私を君のそばに居させてください。
     この歪んだ幸せに、浸らせていてください。
     
     終
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