受け入れて、受け止めて ライブを終え、今日はもう帰ろうと荷物を手に取って闇プリの楽屋を出ようとすると、まだ楽屋に残っていたコヨイに引き止められる。
「ん?なんだよ?」
「ねぇ、この後時間ある?」
「時間?まぁ、ちょっとぐらいならいいけど……」
「ありがとう。ちょっと話したいことがあって」
「ふーん…てか話って、今日のライブの反省会でもすんのか?それならウシミツも呼ばねぇと──」
そう言って、俺はスマホで先に帰ってしまったウシミツに連絡を取ろうとした。しかし俺がチャットアプリを開くより前にコヨイの手がこちら側にすっ、と伸びてきて、スマホはそのままコヨイの手の中に収まってしまった。
「……ウシミツは呼ばなくて大丈夫。ライブの反省会じゃないから」
「お、おぅ……そうかよ……」
ならそれを最初に言え、と心の中で悪態をつきながら、俺はコヨイにスマホを返すようにと手を差し出した。するとコヨイは薄く笑って、俺の手から奪ったスマホを大人しく返してくれた。
話があるなら聞いてやる、と俺は楽屋で再び腰を下ろそうとしたのだが、何故かコヨイは首を横に振り、ここじゃない場所がいい、と俺の手を取って、闇プリの街をずんずんと歩き出した。
込み入った話がしたいなら闇プリの楽屋ほど適した場所はない、と俺は思っていたのだが、どうやらコヨイにとってはそうでは無いらしい。
コヨイはライブ会場がある場所よりも更に奥の、本当に人気のない廃墟の様な場所に俺を連れてくると、立て付けの悪そうな扉を強引に開けて中に入った。コヨイのやつ、俺より後に闇プリに出入りするようになったのに、もうこんなヤバそうな場所知ってんのかよ……と俺は少し呆れた。
部屋の中は至ってシンプルで、簡素なテーブルやあまり綺麗とは言えないソファ、そして小さなベッドだけが設置されていた。俺は部屋の中を見ながらまぁ、確かにここでならちょっと暇を潰すのにも使えるか、と変に納得してしまった。
「で?結局話ってなんだよ。こんな所まで連れてきてさ」
コヨイがあまり人に聞かれたくない類の話をしたいということはなんとなく察したが、結局それがどんな内容であるかは、コヨイ本人にしか分からない。なので俺はとりあえずコヨイが話すきっかけを作って、本題を待つことにした。
すると部屋の奥で棒立ちになっていたコヨイが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。そして俺の前でピタリと止まると俺の胸ぐらを掴み、そのまま身体ごとベッドへ引きずり込んだ。
「っ!?は……っ!?ちょ、おまえ何す──」
突然の出来事に俺は今の状況が理解できず、思わず声を上げた。人をこんな所まで連れて来ておいてやる事がこれか……!?なんなんだこいつは……!と、俺は軽く腹を立てながらコヨイを睨みつける。俺を組み敷くような体勢でこちらを見下ろしてるコヨイは、どこか掴み所のない虚ろな目をしていた。そしてそのままコヨイは俺に顔を近づけ、俺たちの距離はゼロになった。そう、コヨイは俺にキスをしてきたのだ。
常識的に考えて、俺はここでこいつを殴ってでも止めるべきだったと思う。だが、俺はあえてそうしなかった。と言うよりは、出来なかったという方が正しいかもしれない。何故なら、俺はこいつの気持ちに何となく気付いていたからだった。
コヨイは、大人びた見た目をしている割に、意外と子供っぽい所がある。例えばわざと人の気を引くようなことをして相手がどんな反応をするか試してみたり、普通に考えれば怒られるような事を、淡々とやってみたりするのだ。だから多分これも、その延長線なのだと思う。急にチームメイトにキスして、その相手がどんな反応をするのか試している。そんな気がするのだ。
「ふーん……シンヤ、こういうの嫌がらないんだ」
コヨイの出方を見ようと大人しくしていると、やはり俺を試していたのか、コヨイが不服そうな声をあげる。
「なんだよそれ。嫌がって欲しかったのか?」
「うーん……そういう訳でもないけど、なんか嫌がりそうな気がしてたから」
「……おまえホント意味分かんねぇ」
「うるさい。黙って。嫌じゃないなら続けてもいいってことでしょ」
誰も了承なんてしてないんだが……と再び心の中で悪態をつきつつ、コヨイはまた俺にキスをする。コヨイのするキスはこいつの見た目に反して結構雑で、荒々しくて、それでいてどこか苦しそうだった。
ある程度キスをしたところで満足したのか、コヨイは俺のシャツのボタンに手をかけた。キスはまぁ単なるじゃれあいだと思って見逃していたが、流石にその先までは予想していなかった。正直これ以上先に進めば、色々と取り返しのつかない事になる。こいつの今の状態が正常で無いことは分かっているし、聞いたところであまり意味もないのかもしれないが、聞かないで後悔するよりはマシだ。そう思った俺は、一旦コヨイに待ったをかけた。
「コヨイ。ひとつ聞いていいか」
「……何?」
「お前さ、こういう事する相手が俺でいいのかよ」
俺がそう問いかけると、コヨイは何のこと?と言いたげな顔をして首を傾げた。
「何それ。どういう意味?」
正直、この反応は俺にとって少々意外だった。何故かと言うと、俺の中でこいつは幼馴染の事が好きで、そいつとそういう関係になっている、とう構図が出来上がっていたからだ。
コヨイの話題の中心は、いつだってアサヒという幼馴染だった。そしてコヨイがそいつの話ばかりするせいで、俺は会ったこともないのに、アサヒという人物に無駄に詳しくなってしまっているという始末だ。それほどまでにこいつはアサヒに思いを寄せているのだから、仮に付き合っていたとしてもおかしくはない。そう考えていたのだが、どうやら俺の予想は外れていたらしい。
「え、いやだっておまえ、いつもアサヒとかいうやつの話ばっかするじゃん。だから俺はてっきりおまえはそいつのことが好きで、二人はそういう関係なんだと思ってたんだけど……」
俺がそう言うと、コヨイはふっ、と笑って呟いた。
「あぁ、うん、まぁそうなんだけど……それは俺が勝手に全部壊しちゃったから、もういいんだ」
だからこの話はもうおしまい、と言って、コヨイはまた俺の口を塞いだ。
コヨイはもういい、なんて言ったが、その目は相変わらず虚ろで、そこにちゃんとした意識はなく、まさに上の空といったような状態だった。心ここに在らずというか、何も考えたくないというか、そういうモヤモヤとした感情が、今こいつの中に渦巻いているような気がした。
こういう時は大抵第三者が何を言っても聞く耳を持たないし、酷い時には反発される事だってある。共に過した日はまだ少ないが、コヨイはキレると手が付けられなくなる事がある。だから俺は、コヨイの望みはできるだけ叶えてやろうと思っている。こいつが好きにすることでこいつの気持ちが少しでも楽になるなら、俺はいくらでも協力するつもりだ。何故なら、闇プリは誰も拒まない場所なのだから。