【💛💜】想いを通わせて、はじめてキスする話 ふたり並んで腰掛けたベッド。
一瞬とも永遠ともつかない沈黙を先に破ったのはルカだった。
「なんていうか」
どこか照れたような表情を見せたルカはシュウを一瞥して、すぐにまた視線をそらした。
「正直思ってなかったんだ。その……、シュウとこういう風になるなんて」
「うん」
「いや、シュウが嫌だとかそんなんじゃなくてさ! シュウのことはずっとすきだよ!」
焦ったようなルカが、シュウを見つめてそんなストレートな言葉をぶつけてくる。薄い紫の瞳が真摯だ。
「ただそういう対象になるんだって、考えもしなかったっていうか……」
「うん、わかるよ」
そりゃあそうだろう。シュウだってまさか、思っちゃなかった。否、予感はあったかも知れない。
月の問答をした夜から。不可抗力でキスをしてしまった夜から。きっとずっと、予感はあった。
「仲の良い友人で仲間で、一緒にいたら楽しくてさ。俺にとってのシュウは、ずっとそうだったから」
「僕もだよ、ルカ」
「けどいまは、それだけじゃない」
そう告げたルカの声は珍しく静かだ。
そのくせモルガナイトの瞳には、熱が宿る。
「……抱きしめてみても、いい?」
伺うような声音。すこし低く掠れたような。
「きみがしたいなら」
そんなルカに小さく笑って、シュウはルカに向かって両手を広げる。そうすればルカにぎゅっと抱きしめられた。
腕も胸も逞しくて、衣服越しでもルカの身体が熱いのがわかる。子供体温なのか、それとも違う原因なのか。どちらであってもいとしい。シュウもルカの背中に腕を回した。
「うわ、やばい」
「え?」
耳元で聞こえたルカのすこし焦った声を訝しく思えば、ルカは思いもよらない言葉を返してくる。
「すごい、シュウに抱き返してもらえるの、胸がぎゅってなる」
「! なに言ってるのルカ、」
「俺の腕の中に、シュウがいる」
「ルカ……っ」
「すきだよ。シュウがすきだ」
動揺するシュウに追い打ちをかけるように、ルカは熱に浮かされた声音でそんな言葉を零す。
わずかに離れた身体。いつもは子供みたいだ犬みたいだと思っていた生き物は、すっかり雄みたいな顔をして、シュウを見つめる。
この生き物はシュウが欲しいのだ。
本能が訴える。わかる。わかってしまう。
空腹のライオンみたいな、どうしょうもない熱が、モルガナイトの瞳に浮かんでいる。
その瞳に灼かれて息ができなくなりそうだった。
「ま、待って、」
このままじゃ心臓がおかしくなりそうだ。一旦仕切り直したい、とシュウは身体を離そうとするが、ルカの腕はびくともしない。
「シュウ」
――キスしたい。
シュウをしっかりと見つめて、肉食獣は熱を孕んだ声でねだる。ぞく、と背筋をなにかが走った。
「だめ?」
「――――……」
だめともいいとも口にできない。何度か想像もしていたのに、いざとなるとこうも頭が追いつかないものだろうか。
シュウがただルカを見つめるしかできない内に、ルカが顔を寄せた。
「頷いて」
「……っ、」
「シュウ」
お願い。
こんなの、一体、だれが断れるだろう。
やっとの思いでシュウがこくりと頷けば、ルカが嬉しそうに息を吐いた。
「すきだよ」
そうこぼしたくちびるが、ゆっくりとシュウに重なる。キスの作法がわからない。ぎゅっと目を閉じれば、ルカのくちびるの感触が伝わってくる。
重なったくちびるはすこしかさついていて、だけど熱い。ルカの身体はどこもかしこも熱くて、シュウにすぐ移ってしまう。
ほんの短いキス。すぐに剥がされたくちびる。まぶたを開ければ、まだ吐息のかかる距離でルカがこちらをじっと見つめていた。
「……ありがとう、シュウ」
俺を受け入れてくれて。
そう言ったルカが、今度はシュウを包むみたいにぎゅっと抱きしめてくれる。
「そんなの、僕の方が思ってる」
受け入れてくれてありがとう。愛してくれてありがとう。きっとルカよりずっと、そう思っている。
そんな気持ちを込めて笑えば、ルカの手がシュウの顎をすくった。
「あ、」
「……もう一回」
だめともいいとも返せないまま、くちびるを塞がれる。「ん、」と喉の奥が鳴る。それに反応したみたいに、キスのさなかにルカが熱い息をこぼした。
「ル、カ」
「シュウ」
吐息混じりの、甘く掠れた声。
そんな声を出すのを、初めて聞いた。
ぶわ、と身体が熱くなる。心臓が馬鹿みたいに苦しい。
「シュウ、もっと」
「え、」
「ん、口、そのまま」
開けてて。
ねだった生き物は、シュウのくちびるを吸うと、そのまま舌を潜り込ませてくる。いきなりのことにびっくりして、はじめての感覚に脳髄が痺れていく。
ちゅ、ぢゅ、と濡れた音を響かせながら、ルカの舌がシュウの口の中を探っていく。セックスだって当然したことはないが、こんなキスだってしたことがない。
息が苦しい。胸が苦しい。身体が熱くなって、けれどやめてほしくはない。
どうしていいかわからなくて、合間に息を吸うのがやっとで、シュウは縋りつくみたいにルカのシャツを握りしめた。
「ん……、ふ、ッ、ぁ、」
「は、シュウ」
シュウがはくはくと息をこぼすのに、ルカが興奮した様子でくちづけてくる。シュウ、シュウと夢中で呼ばれる名前に宿る欲情に、意味がわからなくなる。
「シュウ、すき、すきだよ」
「ん、ルカ、」
互いに舌を絡ませて、くちびるを合わせて、気持ちよくて幸せで、わけがわからなくなっていく。のぼせていく。
ルカの手がシュウの後頭部に回る。頭を撫ぜるように指が髪をかき混ぜていく。
そうして口づけ合いながら、ルカに押し倒されるみたいに、シュウの身体はベッドに沈んだ。
ぎ、とスプリングが跳ねる。
やわくくちびるを食まれて、ようやくキスが止んだ。
息を切らすシュウを見下ろすルカが、唾液で濡れたくちびるを舐める。その仕草があんまり色っぽくて、見惚れてしまう。
「……思ってたよりセクシーなんだね」
「え?」
思わずこぼした言葉に、ルカが訝しそうな顔をする。ついいましがたまでの雄の顔はどこへやら、よく知るルカの様子に、シュウは笑った。
「僕が思ってたよりきみは魅力的なんだな、って」
「どういう意味?」
「僕がきみをすきだってこと」
伝えて、ルカの顔を包むと、自分から口づけた。
触れるだけのキス。
それでも自分から口づけたのが照れくさくて、シュウは顔をそらす。
「えっ、あっ、シュウ、?!」
視界の端で、ルカが動揺するのがわかった。恥ずかしい。さっきまでもっと恥ずかしいことをしていたけれど、それとこれとは別だった。
「やだ。何も言わないで」
「無理だよ! こんなかわいい真似しておいて!」
俺の心臓が保たない!
そんなことをわめくルカに、無理やり顔を上向かせられる。
そうすれば、顔を赤くしたルカと目が合って、余計に羞恥が高まった。伝染するみたいに、自分の顔も熱くなるのを感じる。
「もう、なんでルカがそんな顔するの」
「シュウの方が真っ赤だろ」
「さっきまでもっとすごいことしてたのに、」
勘弁して。
深く息を吐いて、騒ぐ心臓をなだめる。
ルカがシュウの横にどさ、と仰向けに寝そべった。顔をこちらへ向けたルカが、「シュウ」と名前を呼ぶ。そっと、手を繋がれた。
「うん?」
「……すきだよ」
「――――」
「俺はシュウがすきだよ。いま、改めて思ったから、きちんと伝えたいんだ」
「ルカ」
「すごい、いま幸せで最高の気分なんだ。俺のこの気持ちをシュウにも分けられたらいいのに」
そう言ったルカはにこにこと笑う。心底に想ってくれているのだとわかって、すこしくすぐったい気持ちになった。
「僕も幸せだよ」
告げて、繋がれた手に力を込めた。
「シュウ」
「僕も、きみがすきだよ。ルカがすき。きみが想像するより、きっと、ずっとね」
伝えれば、ルカは嬉しそうにモルガナイトの瞳を細めた。いつも太陽みたいにからからと笑う彼がたまに見せる、やわらかな笑み。それが向けられるのが嬉しくて幸せで、胸が温かなものでいっぱいになる。
そのうち、ルカの腕がシュウを抱き寄せた。ぎゅう、と抱きしめられて、ルカの体温と甘いパルファムの香りに安堵を覚える。
「今日は一緒に眠ろう」
「……うん」
「あっ、もちろん何もしない! いや、キスは、その、するかもしれない……、させてほしい」
「ふは、!」
必死に訴えるのがかわいくて、シュウは思わず噴き出した。
「笑わないでくれよ」
「Sorry」
ひとしきり笑って、シュウはルカを見つめる。
「いいよ」
「!」
「ルカなら、いい」
キスなんていくらでもしてくれたらいい。その先だって、べつに構いやしない。
「シュウ、それは、だめだ」
「え?」
「いま。いま、キスしたい」
「――――っ、ん、」
言うが早いか、シュウに覆いかぶさったルカにくちびるを塞がれた。
やっぱりルカのくちびるは熱くて、すぐにシュウまで熱くなってしまう。
熱をすこしでも逃したい。縋りたい。
そんな一心で、シュウは両腕をルカの首に回した。