【💛💜】Even if it's not destiny 闇ノシュウには秘密がある。
例えば、これは。
そう、ちょっと厄介なだけの体質。
「…………」
枕元に置いていたスマートフォンを操作する。ディスプレイに表示された時刻は朝の四時過ぎ。カーテンの向こうはまだ暗い。
深夜とも早朝とも呼べない時間。珍しく日付の変わる前にベッドに入ったというのに、ちっとも寝付けなかった。ベッドを抜け出したシュウは、のろのろと洗面所に向かった。
洗面台の前に立って、鏡に映った自分を見つめる。眠れなかったからか目の下には隈ができているし、全体的に血色も悪い。不健康そうだ。濃い紫色の瞳にはどこか疲労が見えた。
洗面台に両手をついて、ふう、と息を吐く。うなだれると、髪が一房零れ落ちた。
シャワーを浴びて、コーヒーを淹れよう。のんびりテレビでも眺めながら朝焼けを待とう。
朝食を食べたら薬を飲んで、新しいスニーカーを卸して家を出よう。
「……」
顔を上げて、鏡の中の自分と対峙する。さっきよりは幾分かマシに見える。
きっと旅行前で緊張しているだけだ。
シュウはちょっとだけ厄介な体質を持つ人間だった。
ひとより風邪をひきやすいとか、太陽に晒されると湿疹が出てしまうとか、食べ物にアレルギーがあるとか。
きっと、きっとそういうものと変わらない。
変わらないのだと、その事実を医者から知らされてからはずっと、何度も自分に言い聞かせてきた。
一日に二回、薬さえ飲み忘れなければいい。
病気で朝昼晩と何種類もの薬を飲むひとだっているのだ。
そのひとたちよりは僕はマシだろう。
シュウはそこまで考えて、息を吐いた。
――この世界には、肉体と精神の性別の他にも、三つの性がある。
人口のほんの一握り、種として優秀なアルファ。人口の大半を占める、最も一般的と言えるベータ。そしてもうひとつ、もっとも希少種とされるオメガ。
オメガはすこし、特殊な体質だった。
オメガは肉体の性別に関わらず腹に子を宿すことができる。いわゆる発情期というものが存在する。発情期になってしまうと自分の意志とはまったく関係なくフェロモンを放って、アルファやベータを誘淫してしまう。
うなじを噛まれてしまえば、その相手の番にされてしまう。
「――――」
馬鹿げてる。そう考えながら、シュウはうなじをさすった。
過去からこの時代へやってきたとき、にわかにはその事実が信じられなかった。シュウが生まれ育った時代ではそんなものは存在しなかったのだ。
呪術師の家に生まれて、人ならざるものと対峙して、時空を超えて未来へやってきた。そんな経験をしているくせに、何をいまさらと思うけれど。
とは言え過去を生きていた自分には関わりのないことだと思っていた。本当に、そう思っていたのだ。
けれど蓋を開ければ自分が――その希少種のオメガだった。
闇ノシュウには秘密がある。
「はあ……」
シュウはため息を吐くと、洗面台の下にしゃがみこんだ。
正直、実感はない。だってまだ、実際に発情期を迎えたことがない。運よくヒートの時期を迎える前に自分がオメガだと知り、それからはずっと抑制剤を欠かさず飲んでいる。
この時代にやってきてからまだ一年も経っちゃいないが、今のところはベータとしてうまくやっている。
元々職種柄、ひととそう多く関わることもない。呪術師としてどこかへ出向かなければならないとき以外はほとんど家に引きこもっているから、誰かにばれる機会もそうなかった。
一度だけ、街中でヒートを起こしたオメガの女性を目にしたことがある。
オメガの自分にもわかるほどの甘い色香を放って、苦しそうに道にうずくまっていた。シュウはすぐさま彼女を助けようとそばに寄ったが、そのとき近くにいた誰も彼もが、彼女を助けようとしながらも物欲しそうに眺めていた。
オメガというのはこういう扱いを受けるのか、とシュウはそのとき少なからず衝撃を受けた。同時に、自分が望まず誰かに触れられる可能性と、相手だって望まず自分に触れなければいけない可能性を思って、絶対に誰にもばれてはいけないと感じた。
自分が傷つくのはもちろん嫌だが、誰かを傷つけるのも嫌だった。
結局あの時の女性は保安官に保護されていったが、無事に過ごしているだろうか。
運命の番、なんてものはきっと、異質の自分にはいない。
元々この時代の人間ではないのだから、他人を巻き込むわけにはいかない。
「――」
今日から一週間、仕事と休暇をかねて、家を留守にする。同じく過去からやってきた仲間である友人たちに誘われて、旅行に行くことになっていた。
実際に会うのは初めてだ。楽しみな気持ちと、絶対に誰にも秘密を明かしてはならない緊張があった。おかげで寝付けなかったから、飛行機の中ですこしは眠れるといい。
いずれは彼等には、口にしたっていいと思っているけれど。
今回は、まだ。
「さて、」
シュウは立ち上がると、シャワーを浴びようと服を脱ぐ。
不安もすべて流れてしまえばいいと願いながら、シュウは浴室の扉を開けた。
***
「シュウ~!!」
「わ、!」
盛大な出迎え。
ルカに飛びつくように抱き着かれて、シュウは思わずバランスを崩しそうになった。
片道五時間のフライトを終えて、降り立った空港。
キャリーケースを引きずりながら『到着したよ』とメッセージを送れば、ルカとアイクがすぐさま迎えにきてくれた。
「シュウ~! 会いたかったよ!」
「んはは! ルカ、苦しいよ」
マフィアのボスとは思えない人懐こさ。
久々に帰宅した実家の大型犬に迎えられる気持ちでルカのハグを受け入れていると、アイクが可笑しそうに笑った。
「シュウ、フライトお疲れ様」
「ありがとうアイク」
「ほらルカ、そろそろシュウを離してあげて」
アイクの言葉に、ルカがすこし名残惜しそうにしながらもシュウを離してくれた。そうすれば今度はアイクに抱きしめられる。ルカの熱烈なハグを受けたあとだからか、アイクとのハグがすこしおとなしく感じた。
「ヴォックスとミスタは?」
「ああ、二人はいま買い出しに行ってるよ」
「今回は民泊だからね。キッチンも自由に使えるから」
「俺お腹減ったよ」
シュウとアイクの言葉に、ルカがそう零した。シュウはアイクと顔を見合わせて噴き出すと、「それじゃあ行こうか」と歩き出す。
「そういえば宿泊先、同じ場所にあるんだけど二棟に分かれてるんだ」
「へえ、結構広そうだね」
「シュウは俺と一緒の棟なんだ!」
ルカが楽しそうにそう口にする。
「部屋は分かれてるけどさ。シュウと一緒なの、すごく嬉しいよ」
「そうだね」
シュウが頷くとルカが上機嫌に口笛を吹く。
ルカとは特に仲がいい。一見正反対そうに見えるが、なんだかんだとお互いのノリが合うし、からからと明るい彼と話すのはいつも楽しい。
それにこの時代にやってきて、ルカもまた三つの性に困惑したようだった。シュウがちょうど自分がオメガだと知ったときに、ルカもまたファミリーの息のかかった医者のもと、検査をしたらしい。
『この時代にはアルファとかベータとか、そういうのがあるんだろ?』
そう通話でルカに相談された日をまだ、きちんと覚えている。
『正直俺はまだよくわかってないんだけど、検査したらベータだって言われた。シュウは?』
『……僕は、』
『あ! つい聞いちゃったけどさ、もしシュウが言いづらいことだったら言わなくてもいいよ!』
『……』
『俺にとってシュウは大事な友達なんだ。だからシュウの心が嫌だって思うことはしないでいい。同じように、俺がシュウに何かしちゃったときは、必ず教えてほしい』
あのとき、シュウは正直、その言葉に救われた。
ルカは子供っぽいところがたくさんあるし、とてもマフィアのボスを務めているように思えないときだってたくさんある。
けれど彼なりに、相手のパーソナルなところに踏み込むときは気遣ってくれる。思いやる心があって、人を大事にするすべを知っている。
だからこそ、彼は部下たちに愛されている。
シュウもまた、そんなルカだから彼を好ましく思う。
願わくば、ずっと親しくしていたい。
『ありがとう、ルカ』
きっと、いつか本当のことを打ち明けるから。
それまでは何があっても隠し通すから。
いまはどうか、ささやかな嘘をつくことを許してほしい。
『僕もベータだったよ』
『本当に? じゃあシュウと一緒だ!』
通話越し、喜んだルカの声を聴きながら、すこしだけ胸が痛んだ。
この痛みは代償だ。大切な友人に嘘をついた代償。
皮肉なことに、その一件があってからルカとシュウは一層親しくなった。
「シュウ?」
「……え?」
名前を呼ばれて、シュウは弾かれたように顔を上げた。
そうすれば自分をのぞき込む薄紫の相貌。柔らかそうなブロンドの合間からこちらを窺う、モルガナイトの瞳。
「フライトの疲れが出てるんじゃない?」
「そう、かも」
アイクのフォローにシュウは頷いた。
「昨夜実は寝付けなかったんだよね。楽しみでさ」
「シュウもそんなことがあるんだね」
「そりゃあるよ」
そんな言葉を返しながら、空港を出る。
時差のせいでもう夕暮れ時だった。
落日に燃やされる空は真っ赤で、けれど夜を纏おうとしている。じきに世界は濃藍に飲まれてしまう。
美しい夜がくる。人ならざるものの時間が、やってくる。
その事実に安堵とも不安ともわからない感情を抱きながら、シュウはルカが部下に用意させた車に乗り込んだ。
***
ガシャン! と大きな音を立てて、手から落ちたグラスが粉々に砕け散った。注いでいた水が床にぶちまけられる。いままさに口にしようとしていた抑制剤が転がっていく。
息が上がる。
鼓動が嫌に早い。身体が熱い。力が入らない。
どうして、どうして、どうして。
汗が浮かぶ。くるしい、とても、苦しい。
たぶん、これは。
初めて身をもって経験する発情期。
「~~~~ッ」
破片をよけることも叶わないまま、ずるずると床にへたり込む。だめだ、立てない。動けない。苦しい。熱い。手にグラスの破片が食い込んで、真っ赤な血が滲む。その赤色がすこしだけ、シュウを冷静にさせてくれた。
こんな、なんで。
いつも通り薬だって飲んでいたのに――。
まだ効果の切れる時間ではなかったはずだ。それなのに、どうして。
慣れない旅先だから? あまり眠れていなかったから? それとも滅多に飲まないアルコールを口にしたから?
わからない。わからないけれど、いま優先すべきは。
「シュウ?!」
「――――」
優先すべきは、ルカにばれないこと、だったのに。
グラスの割れた音を聞きつけたルカが、慌てた様子でキッチンへやってきた。そうしてすぐさま倒れこみ手から血を流すシュウに気づいて、迷わずこちらへ駆け寄ってきた。
「シュウどうし――」
「……ッ、」
「こ、の、甘い香り……」
シュウの身体を抱き起そうとしたルカが、何かに気づいたようにモルガナイトの瞳を見開いた。動揺した様子で揺れる薄紫の瞳に、ああ、ばれてしまったのだとシュウは泣きそうになった。
自分のフェロモンがどんな香りかなんて知らない。けれどどうやら、ルカにとっては甘い香りがするらしい。
嫌だな。
誰よりもきみにはばれたくなかった。
こんな形で露呈させたいわけじゃなった。
「ごめん、ルカ」
嘘をついていて。
ろくに口が回らない。ようやくの思いで伝えると、ルカは眉根を寄せて、泣きそうな顔をする。
「なんでシュウが謝るんだよ!」
「だって、さ」
僕のことを同じベータだと信じて、きっと親しみを感じてくれていたのに。
伝えたい言葉はまるで形にならない。息が苦しい。身体が熱い。ルカが支えようと触れてくれる腕や背中ですら、甘く疼いて仕方がない。
触れてほしい。
なんて浅ましい体質だろう、とシュウは視界がぼやけていく。
「ごめ……、ル、カ」
「……薬は?」
どんどん息が上がる。意識が甘く煮詰められていく。
ルカがひどく冷静な声で尋ねてくれる。まっすぐにシュウを見つめる瞳はひどく真摯だった。
「く、すりなら、」
ガラスの破片で傷ついた手を動かして、薬の転がっていった先を指さした。そうすればルカはすぐその薬を拾って、新しいグラスに水を注いだ。
「口、開けられる?」
「ん……、」
こく、とうなずいて、あ、と口を開いた。そうすればわずかに息を飲んだルカが、抑制剤をシュウの舌に乗せてくれる。
「グラスは持てそう?」
ルカの問いにゆるくかぶりを振れば、ルカは水の揺れるグラスをそっとシュウのくちびるへ押し当ててくれた。ゆっくりとグラスを傾けてくれるのを受けて、シュウは水を飲む。口の端からうまく呑み込めなかった水が落っこちて、シュウとルカの衣服をじわりと濡らした。
どうにかシュウが薬を飲むと、ルカがグラスをシンクに置いた。
「ルカ」
ありがとうを言いたいのに、言葉の輪郭がぼやけてしまう。
薬はどのくらいで効くだろう。できるだけ早く効いてほしい。
苦しい。熱い。楽になりたい。
ルカを巻き込んだらいけない。そう思うのに、何かに縋りたくて切なくて仕方がない。
無意識にシュウの手はルカのシャツをつかんだ。
「ごめん、ルカ、違、ぼく、は」
どうにかルカから離れようとするのに、離れられない。理性では確かに離れなければと思うのに、完全に本能に身体が乗っ取られている。
そんなシュウの身体を、ルカが抱きしめた。
「え、あ、」
「大丈夫、大丈夫だよ。何も心配しなくていい」
「ル、カ」
彼のやわい金色の髪が、雨だれみたいにシュウの顔にかかる。
「落ち着いて、大丈夫。本当に大丈夫だからね、シュウ」
俺がいるから。
優しくなだめてくれる声に、まなじりに溜まっていた涙が零れ落ちた。ぎゅっと抱きしめてくれる腕が安心する。あやすようにとんとんと背中を叩いてくれるルカの手が優しい。混じる体温が心地いい。
誰かの体温って、こんなにも優しいんだ。
苦しいのが、和らいでいく。
甘い熱が薄れていく。
「――ありが、とう」
どうにか、それだけは言葉にできたと思う。
そこでシュウは意識を手放した。
***
「シュウ? 入るよ」
まだ眠っているだろうとわかっていても、一応ノックをした。
そっとシュウに宛がわれた部屋の扉を開ければ、シュウはまだベッドの上で寝息を立てていた。
旅行の疲れなのか、発情期の反動なのか、それとも薬の影響だろうか。シュウはいまのところよく眠っているようだ。昨夜は寝付けなかったといっていたし、いま穏やかに眠れているならいい。
ルカはベッドの傍らに椅子を引っ張ってきて、そこに腰を下ろした。
シュウの寝顔を眺めて、小さく息を吐いた。
カネシロファミリーが抱える医者を呼び出して、シュウの手の怪我を治療してもらった。幸いにもそんなに深い傷ではなかったようだ。包帯の巻かれた手は痛々しく見えるが、跡は残らないはずだと言っていた。
それから、それから。
本人が口にしなかったものをルカが口にするのも躊躇われたが、シュウがオメガなことも伝えた。医者の見立てではいまのところ問題はないだろう、とのことだった。おそらくシュウも持ってはいるはずだが、念のためにと抑制剤を用意してもらった。
決してこのことは口外しないようにと報酬を多めに握らせて、医者を帰らせて一時間。
グラスの破片と血で汚れたキッチンを片づけて、そうしてシュウの様子を見に来た。
「――――」
はあ、ともう一度息を吐く。
シュウがまさか、こんな秘密を抱えていたなんて。まるで知らなかった。気づかなかった。
もちろんシュウ自身が知られたくなくて隠していたこともあるけれど、それでも。そんなシュウに気づかず、もしかすれば自分はいままで無責任なことをたくさん言っていたかもしれない。ルカはそれにひどく落ち込んだ。
それに、それに。
シュウのあの、甘く濡れたフェロモン。
「――……ッ」
思いだすだけで身体が昂ぶるのを感じた。
そんな自分が情けなくて歯噛みする。
理性を総動員したってだめになりそうなほど甘く濃密な色香。熱っぽい瞳、下がった眉、うっすらと朱を差した白い肌、濡れた吐息をこぼすくちびる――。
苦しそうな、物欲しそうな、切なそうな、泣き出しそうな。そんな顔でルカを見上げた濃い紫色の瞳が、ずっとまぶたの裏から剝がれない。熱を孕んだアメシストの瞳。
薬を含ませるときに開かれた口があまりに煽情的だった。赤い舌が目に毒だった。思わず息を飲んだ。
大丈夫だとシュウを抱きしめてなだめながら、シュウを傷つけたくなくてルカも必死だった。ともすればそのフェロモンでどうにかなりそうだった。暴いてみたくて欲しくって、おかしくなりそうだった。
どうにかとどまることができてよかった。
「シュウ」
小さな声で名前を呼んでみる。
シュウはルカにとって大切な友人だから、絶対に絶対に傷つけるようなことはしたくなかった。否、いまだってそうだし、この先だって傷つけたくない。
「ごめん」
きっと知られたくない秘密だったはずなのに。あんな形で知ってしまった。不可抗力とは言え、シュウにとっては望まない形だっただろう。
おまけに行為に及ばなかったとはいえ、しっかりフェロモンに充てられてしまった。
「……明日起きたら、きちんと顔を見て謝らせて」
そう請うように告げて。
ルカはそっとシュウの部屋を出た。
***
「――え?」
いま、なんと言った?
まるでいま起こったことが信じられなくて、シュウは目を見開いてルカを見つめる。けれどルカは、やはり同じ言葉を口にした。
「俺、シュウがすきだよ」
「……」
「シュウがすきなんだ」
「ルカ」
「だから、例えば、シュウが俺を嫌なら仕方ないけど」
そうじゃないなら、離れていかないで。
そうシュウに希う声があまりに静かで真摯で、ルカから目が離せない。シュウを捕らえるように、シュウの両脇につかれたルカの両腕。壁とルカに挟まれて、シュウはどうしていいかわからなくなる。
「きみ、その、本気で言ってるの……?」
突然告げられたルカの言葉をうまく処理しきれない。否、こころが追い付かない。
「本気だよ、本当に、シュウがすきだ。友達としてだけじゃなくて、ちゃんとそういう意味で」
「そういう、意味、で」
「シュウに触りたいって思ってる」
「!」
ルカの言葉を反芻したシュウに、ルカがストレートな言葉をぶつけてくる。思わず顔が熱くなった。
「フェロモンに充てられたからとかじゃないよ。ちゃんと俺が、シュウをすきなんだよ。わかる?」
「……わ、かる」
けど、でも、それは。
「俺はアルファじゃないから、シュウの運命の番じゃないかもしれない。でもさ、俺のこれから生きていく時間にはシュウが必要なんだ」
「……」
「どんなアルファよりシュウを幸せにする、誓うよ。自信あるんだ。だからシュウ、俺を選んでほしい」
「ルカ、」
「お願いだよ」
お願いだから、知らないやつのとこなんか行かないで。
そう請うたルカが、シュウの身体をぎゅう、と抱きしめた。抱きしめてくれる腕が、どこにも行くなと言っているのがわかる。シュウはうっかり泣きそうになった。
だってまさか、こんな。
胸がいっぱいだ。あんまり胸が苦しくて、ぎゅっとなって、死んでしまいそうだった。
互いに過去からやってきて。ルカはマフィアのボスで、僕は呪術師で。何事もなく生きていたならきっと、互いの顔も名前も知らなかった。
それでもこうして出会って、オメガであることを抜きにしたって、人とは違うものが視える自分を異質として扱うでなく、大切にしてくれようとするのだ。
どうして、どうしたら。
――こんな温もりを手放せるって言うんだろう。
夜闇を生きてきた自分にとって、ルカはあまりに眩しくて、光そのもので、どうしたって惹かれてしまう。
ルカを大事に思うから離れたかったのに。
それをルカは許さないという。
それならばもう、諦めてもいいだろうか。こころに確かに芽吹いている想いを諦めることを諦めても、許されるだろうか。
シュウはそっと腕をルカの背中に回した。
「! シュウ、」
「……きみが知ってるか、わからないけど」
驚いた声を上げたルカに、シュウはそっと告げた。
「僕はさ、うなじを噛まれるならきみがよかったよ、ルカ」
「!」
シュウの言葉に、ルカがばっとシュウの身体を離した。モルガナイトの瞳をいっぱいに開いて、シュウを見つめる。
「ベータでもアルファの番になれるんだよ」
知ってた?
笑ってそう問えば、ルカが言葉を失くした様子でシュウをただただ見つめている。そんな様子がかわいくて愛しくて、シュウは言葉をつづけた。
「僕の番になる覚悟がきみにあるなら、いいよ」
ずっと諦めようとしていた。けれどひそかに恋焦がれていた他でもないルカが、シュウをすきだというのだ。
それならばもう、いっそ欲張ってしまいたい。
僕の番になってくれるなら、きみの望む通り、きみを選んであげる。
「もちろんきみが嫌なら――」
「嫌なわけない!」
シュウの言葉を跳ねのけるみたいに、ルカが声を上げる。
「嫌なわけないよ。違う、嬉しいんだ、すごく」
「ルカ」
「シュウは後悔しない? 本当に俺でいい?」
さっきまではあんなに誰よりも幸せにすると、自信があるのだと言っていたくせに。どうしてこうもいとしいのだろう。
こういうところが本当にかわいくていとしくて、こころの一等よわいところがきゅう、となる。
「僕を幸せにしてくれるんじゃないの」
「それはもちろん、決まってる!」
シュウの問うたのに、ルカが力強く頷く。
「僕もきみがすきだよ、ルカ」
伝えて、その頬にキスを贈る。そうすればルカは「シュウ~!」と感激した様子でシュウをぎゅっと抱きしめてくれる。いっそ苦しいほどの抱擁も、ルカがシュウを想う気持ちだと思えば幸せだった。
「シュウ、大好きだよ! 絶対に幸せにする!」
「ありがとう。僕もきみを大事にしたい」
きっと本当に奇跡のような出会いで、奇跡のような恋だから。
運命ではなくたって、シュウのこころはルカがいいと言う。
抱き合ううちに混じる体温が心地いい。
「シュウ、あの、さ」
「ん?」
「……その、余裕がないみたいで格好悪いし、嫌なら嫌って言ってほしいし、怒らないでほしいんだけど」
そうやけに真剣な声で零したルカに、シュウはなんとなくルカのこれから言わんとすることがわかった。
「シュウに、触りたい」
「~~ッ」
「キスしてみたいし、その、それ以上も」
してみたい。
ルカの言いたいことは予想していたけれど、それでもこうしてきちんと言葉にされると、思わず心臓がぎゅっとなる。
「いいよ」
ルカの言葉に頷く。何もかも初めてだからわからないし、不安もあるけれど、ルカなら構わない。
「僕も、ルカに触ってほしいし、触ってみたい」
「シュウ」
「でも、あと一時間待って」
「え?」
シュウの言葉に、ルカが訝しそうにする。
ちら、と壁にかかった時計を一瞥して、シュウはルカを見つめた。
「……あと一時間で、たぶん薬が切れるから」
「――!」
ルカが今日一番驚いた顔をした。
シュウは眉を下げて笑うと、理由を付け足した。
「たぶん、発情期の状態の方が、緊張しないと思う」
***
続きはそのうち・・・!