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    tako__s

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    クリスマスばじふゆ♀
    ※千冬だけ女体化
    ※ペトショ軸

    前半は場地さんと一虎が駄弁ってるだけ、
    後半は場地さんが千冬を迎えに行く話です

    Twitterにあげてましたが、横読みの方が好き!という方はこちらからお願いします(修正や加筆はしておりません)

    クリスマスなんていらない「ヤローばっか」
    その言葉ではじめて店内を見渡して、確かにと口の中で呟いた。
    店内にスーツ姿の人間はいない。トレーナーやパーカーといったラフな格好の男が半分、あとの半分は作業着姿の体格の良い男だ。今この店の中で一番華やかなのは料理を取り分ける小皿に描かれた模様かもしれない。そんなことを思いながらグラスに口をつける。喉を通るビールは炭酸が抜けかけているのに、冷たさは一口目と大差ない。席が入口に近いせいだろうか。
    「まあ、こんな日に居酒屋連れて来たら、文句言われんの目に見えてるもんな」
    「ふーん。そーなん」
    「アイツが特殊なだけで、女は色々難しいんだよ」
    アイツ、というのはいうまでもなく千冬のことだろう。一虎は渋い顔のまま、真ほっけの開きに箸をつけた。華やかな顔に似合わない箸の持ち方と魚の解し方の美しさに感心してしまう。オレと千冬は魚を食うのがちょっと苦手だ。
    「アイツは場地がいりゃあ何処でも良いっていうけど、普通の女はクリスマスにこんな居酒屋連れてきたら、次のクリスマスまでそのこと言い続けっからな」
    「こんなって言うな。うめーじゃん、ここの飯」
    「まあ、うめーけど、そうじゃなくて」
    呆れ顔でそう言う一虎を無視して、食べかけの肉豆腐を摘む。肉を一切れと、蕩ける寸前まで煮込まれた葱を一緒に咀嚼すると口の中にじゅわりと甘めの出汁が広がる。途端に、白米が恋しくなった。酒を飲んでるときは飯は食わないことが多いオレがこんなことを思うのは、きっと千冬がそう言うのではないかと思ったから。牛肉と半熟の卵を白米の上に乗せて、おいしそう、と得意げに笑う顔が鮮明に脳裏に浮かぶ。
    「フツー、クリスマスに煮物は食わねーじゃん」
    「肉豆腐は煮物じゃねーよ」
    「だから、そうじゃねぇよ、バカ」
    言いながら、一虎がオレの皿から卵をさらった。お前、と声と顔を上げるが卵は既に一虎の口の中に放り込まれていた。もごもごと口を動かす一虎を、千冬だったらきっと信じられないと目を細めていただろう。それが例え自分の卵でなくても。いや、むしろオレのものに手を出した時の方が声のトーンは低くなるかもしれない。
    それを想像して笑いそうになったところで自分の頭の真ん中に常に千冬がいるということに気付いた。そういえば一緒に暮らし始めてから、こうしたイベントに千冬がいないのは初めてだ。
    「しっかし、このクソ忙しいときにインフル罹るなんて、ついてねーな」
    千冬は昨日と今日、他店舗の手伝いに駆り出されている。インフルエンザに罹ったトップが職場離脱中で、慣れた社員と入ったばかりのバイトが一人ずつという地獄のような店舗。
    イベント時期は書き入れ時。多くの来客が見込めるこのタイミングで店を閉めるわけにはいかない。おまけにその店舗はオープンしたばかりで、新聞にチラシを折り込んでしまったから余計に。
    張り切り過ぎるからと一頻り呆れると、次に出たのはそんな店舗に誰がヘルプに行くかというもので。言い出した一虎の言葉に、間を空けず、自分が行くと手を挙げたのは千冬だった。
    「ここは二人がいれば、なんの心配もいらないので」
    信頼を強く感じさせる言葉。嬉しくて、誇らしくて、胸がぎゅっと熱くなった。隣にいた一虎も何かに堪えるような顔をしていたから、抱いた感情は、きっと同じだ。
    二人で声を詰まらせて、できた無音の間を千冬がどう捉えたのかは分からない。負担を掛けてしまったと不安になったのかもしれないし、らしくない言葉を掛けたと恥ずかしくなったのかもしれない。氷のように固まったオレ達の顔を見て、責任者として当然です、なんて言葉を付け足した千冬の顔は薄らと赤くて、恥ずかしそうに見えたから、おそらくは後者だったのだろう。落ち着きなく指を絡めたり、離したり、そんなもじもじとする仕草が愛おしくて、一虎がいることも忘れてその場で力いっぱい抱き締めてやりたくなった。あのとき、寸前でぐっと手を引っ込められた自分を褒めてやりたい。

    その店舗までは電車で一時間程掛かる。駅からは歩いて十五分。通えない距離ではない。でも、朝が早いからという理由で千冬はこの二日間店舗近くのホテルに泊まっている。メッセージのやり取りはしているが顔は見ていないし、声だって、聞いていない。たかが二日と言われればそれまでだが、一度意識をしてしまうと頭の中は千冬がいないということばかり考えてしまう。
    ぴたりと食事の手が止まる。
    「……ハンバーグ」
    「は?」
    「いや、去年のクリスマスは千冬がハンバーグ作ってくれたなと思って」
    「……その急な惚気、なに。オレに対する当て付け?」
    苦い薬を飲んだようにくっと眉を寄せて、一虎はグラスに残っていた酒を一気に煽った。陽気な声が溢れる店内に、おかわり、同じやつ、と不機嫌な声が響く。
    去年のクリスマスは見たこともないくらいに大きなハンバーグだった。デミグラスソースがたっぷりかかって、中にチーズが入ってる特別仕様。お世辞にも綺麗な丸とは呼べない形のハンバーグを見て、頑張って作ってくれたんだなと嬉しくなったが、実はハートの形なんですと告げられて、幸福感でいっぱいになった胸の熱さはついさっきのことのように覚えている。
    一昨年はルーを使わないシチューで、その前の年は店で買ってきたチキン。でも、食後に食べたケーキは千冬の手作りだった。生クリームを泡立てるのは思いの外重労働で、二人で交替しながらボウルを抱えた。あまりにもクリームが固まらなくて、イライラして、オレが力任せにやるもんだから勢いよく二人の顔にクリームが飛んで、二人で大笑いしたんだっけ。オレの顔についたクリームは千冬が拭いてくれたし、千冬の顔についたクリームはオレが丁寧にとってやった。
    「砂糖もうちょい入れるか」
    舌の上に残ったクリームの感想を告げると千冬は、もう、とイチゴに負けないくらいに顔を真っ赤にさせるから飯の前にデザートを食うなんてマナー違反をしたことも、覚えてる。表情も声も縋り方も、全部、しっかり。

    今までイベントなんて、どうでも良かったのに。
    誕生日も、クリスマスも。あってもいいし、なくてもいい。段ボールに仕舞い込まれたやたら賑やかな飾りを渡されて漸く、そうか、もうすぐクリスマスなのか、と思う程度だったのに。
    こんなに興味がなかったのは、物欲のなさが一つの理由かもしれない。中学に入ってから、欲しいものを聞かれて即答できた記憶はない。働き始めて、ある程度の収入を得るようになった今なんて、余計に。
    今も昔も欲しい『もの』はない。変わったのは、世間的に特別と呼ばれる時間を共に過ごしたいと思う人が現れたことだ。千冬と過ごしたイベントは楽しさと、愛おしさしかない。
    「…会いてぇな」
    思い出して、つい緩んだ唇からぽつりと声が出た。その一言が心に波紋を広げる。
    「……会いてー」
    一度声に出すと、もうダメだった。キツく締めていた紐が緩んで、重力に逆らえずにばらばらと本音が落ちる。
    会いたい。できることなら、今すぐに。
    会って、思いきり抱き締めたい。千冬の体の温度を、やわらかさを、この手で感じたい。
    腕の中でオレの名前を呼ぶ声、なんですかって戸惑い気味に上を向く瞳、照れと嬉しさが混ざった顔、全部、堪能したい。
    「スゲェな」
    横から聞こえてきた一虎の冷静な声に顔を上げる。何が、と口にしかけたところで先に一虎が口を開いた。
    「一緒に住んでて、いまだにそんなこと思えんの、スゲェよ」
    確かに、と首を振る。千冬が人に与える影響力は大きい。その大きさを何で喩えたら伝わるのかは分からないし、オレの知ってる単位じゃ絶対に足りない。億の次は、なんて言うんだろう。
    「そう、スゲェんだよ、千冬って」
    千冬を褒められると嬉しくて、また口元が緩む。今のオレはとてつもなくだらしない顔をしているだろうけど、一虎の前ならいいだろう。
    一虎も千冬の影響を受けた一人だ。だから仲間の中でも殊更一虎には包み隠さず千冬のことを言うことができる。
    「……千冬ってさ、やたらイベントの時はしゃぐんだよ。誕生日とかクリスマスとか…ああ、あとバレンタインも。節分だってさ、どっからとってきたのか知らねーけど、鬼の面持ってきて、豆撒きしましょう、って笑うんだ。お前が鬼なのかよって言うと、場地さんに豆なんてぶつけられませんって、言ってさぁ。いい歳して、何やってんだろって思うけど……スゲェ、楽しくて」
    口にすると、頭の中にその時の映像が鮮明に流れる。ガキの頃から記憶力が悪いと思っていたけど、案外そんなことないのかもしれない。
    「そういうのが当たり前になってるから、こういう時にいねーの、なんか、調子狂うっていうか……」
    一息で喋ったせいで喉は乾いているのに、水分を入れるよりも気持ちを外に出したくて仕方ない。グラスには口をつけず、縁についた水滴を親指で拭う。
    「あー、ちげぇな。ちげぇワ。イベントだから、じゃなくて、ここに千冬がいねーから、落ち着かねぇのかも。クリスマスじゃなくても、一緒にいてーもん、オレ。なんなら、クリスマスなんていらねーし」
    いよいよ自分が何を言っているのか分からなくなった頃、視界の端で一虎がグラスを持ち上げるのが見えた。カランと氷のぶつかる冷たい音。
    「なんか、お前ら見てると、そういうのもいいなって、思うよ」
    丁寧な所作で一虎がレモンサワーに口をつける。グラスに唇を寄せた静かな横顔をぼんやり眺めていると、常連客の誰かが一虎のことを美人と称したことを思い出した。
    ハイネックの下で喉が動く。一口分だけ減ったグラスをテーブルに置いてから、一虎はじっとオレの顔を見る。酒で濡れた唇がふっと笑った。
    「オレも、無意識のうちに人のマフラー巻いてみてーなー」
    意地の悪そうな声で放たれたその一言が、強制的に今朝の出来事を思い出させる。酒ではないものがじわりと体温を上げる。
    「るっせぇ、言うな」
    だって本当に、無意識だったんだ。
    マフラーを持っていくのを忘れたと千冬がメッセージを送ってきたから、リビングにぽつんと置かれたマフラーが目について、つい手に取ってしまった。そのまま外に出てしまったのは時間が迫っていたからであって、他意はなかった。と、思う。確かに先月買った白色のマフラーは手触りが良いし、ここ最近ずっとつけているだけあってオレの洗濯物からはしない甘い香りがしていたけれど。
    今日の朝は特に寒かった。
    服の隙間から入り込む風は冷たくて、触れた皮膚が痛いくらいに。そんな時に手元にマフラーがあったら、巻くのが普通だろう。確かにそれは自分のものではないけど、落ちていたものを拾ったわけでもないし。だから巻いた。
    「あれ、それ千冬のやつじゃん」
    そしたら、見つかった。店に着く前、コンビニから出てきた一虎に。それまでは後ろめたさなんて一ミリもなかったのに、言われた途端、妙な罪悪感に苛まれた。
    「ホントに、ちげーからな。手に掴んだの、持ってきただけだっつの」
    「わーったって。千冬がいないクリスマスが寂しくて、つけたワケじゃねーもんな」
    開店準備中、何度もしたやりとり。忘れかけていたそれをまた掘り返されて、思わず肘打ちを喰らわせる。いてぇ、と感情のこもっていない声が響いた時、テーブルの上の携帯が震えた。画面に表示される、新着メッセージの文字。
    「千冬?」
    「ん。今電車乗ったってよ」
    乗り換えアプリで到着時刻を確認する。今の時刻は二十一時二十三分。駅の到着は二十二時三十八分。やっぱり一時間はかかるらしい。
    「なに、迎え行ってやんの?やさしー」
    「うるせぇ」
    千冬からは迎えに来なくていいと言われている。遅いし、寒いから。確かに寒いのは得意ではないけど街灯の少ない道を、一人で歩かせると思っているのだろうか。千冬にそう言えば「まだ腕は鈍ってない」とか「人よりも足が早いから大丈夫」と言うのは目に見えている。
    そうかもしれないけど、そんなことは関係ない。オレが迎えに行きたいから行くだけの話。そっちの方が、早く会えるから。それをそのまま伝えれば千冬は喜ぶのかもしれないけど、駅でオレを見つけた時の千冬の驚いた顔が見たくて、気をつけて帰ってこいと返事をした。
    「つーわけだから、もうちょい付き合えよ」
    そう言って肩を抱くと、一虎は顔を顰めた。
    「オレ、もう腹がいっぱいなんだけど」
    「確かに、昔に比べると量食えなくなったよな」
    「ちげぇよ、ばぁか」
    呆れたように、でも嬉しそうに笑いながら一虎は持ち上げたグラスをほとんど空っぽのオレのグラスにコツンとぶつけた。




    駅から一歩出た時、一番最初に視界に入ってきたのは私が一番会いたい人だった。見間違える筈がない。この私が、あの人のことを。
    我慢できなくて、小走りになった。肩から鞄が落ちそうになって、片手で押さえる。財布が入ってなかったら邪魔だと捨てていたかもしれない。
    「場地さん!」
    空気が乾いているせいか思ったよりも声が響いた。利用者の少ない、小さな駅で良かった。私から見える範囲に、人の姿はない。
    私の声に、場地さんが顔を上げた。暗がりの中では表情は読めない。でも、ひらひらと手を振ってくれてるのはしっかり見えた。バイバイする時のものではなくて、こっちにおいで、と呼ぶ時の振り方。
    「迎え、来てくれたんですか?!」
    場地さんの元に辿り着いたとき、少しだけ息が上がっていた。年齢か、運動不足か、それとも気温のせいか。出来れば最後のものであって欲しい。
    「おー。あぶねーからな」
    その言葉にじんと感動していたところで、電車の暖房に慣れきった体が漸く外の寒さに気付いた。ぶるりと体が震える。そんな私を見て、場地さんは手に持っていたマフラーを首にかけてくれた。今日の朝、持っていくのを忘れたと報告したマフラーは先月場地さんと一緒に買いに行ったお気に入りだ。
    「マフラーも持って来てくれたんですね!へへ、嬉しい」
    さっきまで場地さんの手の中にあったせいだろうか。マフラーからほんのりと場地さんの匂いがして、嬉しくなってしまう。自分でも分かるくらいに表情が緩む。でも視線を上げた先の場地さんは私とは対照的に眉間に皺を寄せていて、背中に力が入る。やばい。そんなに間抜けな顔をしていたのだろうか。
    「千冬ぅ」
    表情筋に喝を入れた時、急に目の前が暗くなった。月の端がちょっとだけ欠けたような、柔らかな暗闇。それをつくったのが場地さんの影だと気付いたのは唇が触れ合った後のこと。
    「………えっ、な、ど、したんですか」
    あまりにも突然だったから、嬉しいより恥ずかしいより、驚きの方が早かった。外でのキスなんて、いつぶりだろう。少なくとも今年に入ってからはしていない。久しぶり過ぎて血が集まるのも間に合わない。視界の明るさが戻る頃になって、ようやく頬が火照る。次いで、胸を満たす幸福感。気温は一度たりとも変わっていないのに、顔と胸だけがさっきよりも熱い。
    「なんも。ただ、したくなったから」
    嫌だった?と首を傾げた場地さんに、狡い、と言いかけて、ぐっと飲み込む。嫌なんて、思うわけないのに。
    「……びっくりしただけ、です」
    「ン。なら良かった」
    とろりと目が細まった、唇が優しく弧を描く。その顔にやっぱり狡いと、今度は大声で言いたくなった。同時に、好きです、とも。
    「…場地さん、酔っ払ってます?」
    でもどうにか絞り出せたのはそのどちらでもない、小さな強がり。可愛くないな、と思いながら。
    「酔ってねーよ。酒は、まあ、飲んだけど」
    その言葉で、お酒を飲んでいたことを知った。場地さんは酔っても顔色には出ないし、一瞬だけのキスじゃお酒の味までは分からない。
    「一虎くんと?」
    「そ。一虎と、ふたりで」
    続けて告げられた店名に、いいなぁと声をあげると、場地さんはまた笑って今度行こうと言ってくれた。分かりやすく喜ぶ私の視界が、今度は白く染まる。半透明のビニール袋。中身の重さで左右に小さく揺れている。
    「なんですか、これ」
    返事が来る前に両手で受け取る。袋の向こうにあった場地さんの目が、それを求めているような気がしたから。両手で持った袋は、大きさの割に軽かった。
    「ケーキ」
    「ケーキ?」
    「そ。クリスマスだから」
    言われて、ああ、と間抜けな声が出た。そうだ、今日はクリスマスだ。昨日と今日、泊まりの予定が決まった時から私の中のクリスマスは来週に変更していたから、すっかり忘れていた。
    袋の中を覗くとプラスチックのケース越しにイチゴの頭が見えた。コンビニのデザートコーナーで売ってる、二個入りのやつ。中身は変わらないのに、蓋の隅にメリークリスマスと書かれたシールが貼られているだけで特別感がぐっと増す。
    「わざわざ買ってくれたんですか?」
    「コンビニのやつで、ワリィけど」
    「全然、そんなこと…嬉しい、嬉しいです。めちゃくちゃ、嬉しい」
    何度も嬉しいと繰り返していると、常連の女子高生を思い出して、ちょっと恥ずかしくなる。でも、あの子達が子猫を見て可愛いを重ねる理由がなんとなく分かった。溢れそうな気持ちは口に出さないと消化できないからだ。
    「嬉しい?」
    だから、そう聞かれると笑ってしまう。言ってもいいよと、許可が降りたみたいで。
    「はい、すっっごく」
    はっきり言いきった唇は自然と口角が上を向いていた。場地さんは緊張感が抜けたように、そっか、と呟いて私ほどではないけど口元を緩める。どうして不安そうな顔をしていたんだろう。嬉しくないわけないのに。
    イベントの時、はしゃぐのはいつも私だ。特別な時を特別な人と過ごせるんだから、そうなるなという方が無理だ。得意じゃない料理に時間をかけて、甘いものは得意じゃないと知りながらもケーキを用意して、今よりも若い頃なんて、コスプレまでした。あれはやり過ぎだったと、今となっては反省しかない。恥ずかしかった。いい歳して、ミニスカサンタって。あと、いつかは忘れたけど制服も着たことあったっけ。白いセーラー服。テレビでインタビューを受けてた女子高生を、場地さんが可愛いってボソッと言うから。つい似たようなのをネットで買ってしまった。だって、一虎くんが「千冬も着ればいいじゃん」なんて軽く言うから。結果喜んでくれたし、呟いた可愛いの言葉の前には、声には出さなかったけど「千冬が着たら」がついていたらしいし。
    嫌な顔はしないし、参加もしてくれる。でも、場地さんから提案をされたことはない。昔からそうだから寂しいとかは思わないけど、してもらうとやっぱり嬉しい。
    「場地さん、早く帰りましょう」
    二人きりになりたい、は我慢して飲み込んだ。
    「寒くて、ほっぺた赤くなっちゃってます」
    その代わり、これくらいは許して欲しい。
    手のひらで包むように頬に触れると赤く色付いたそこは氷のように冷たくて、待たせてしまった時間のことを考えてしまう。結構待たせてしまっていたのだろうか。
    「千冬、」
    大きな手のひらが私の手のひらに重なる。場地さんの手のひらは頬よりも少しだけ暖かかった。その心地良さについ力が抜けて、浮いた指の間にするりと指が入り込む。そのまま、深く絡みとられる。
    「千冬」
    たった三文字。名前を呼ばれただけ。それなのにその声があまりにも優しくて一気に感情が乱される。胸が騒つく。まるで、なにかを期待しているみたいに。
    「……はい」
    なんとか絞り出した声に、場地さんが満足そうに笑った。幼さを感じるその顔まま、手のひらにそっと頬が寄せられる。無邪気な子供のような、人懐っこい子猫のような甘え方。可愛いと思って見ていると、手のひらの真ん中に唇が触れて、ぴたりと止まった。伏せられた瞳がゆっくり開く。
    「っ………」
    まるで映画のワンシーンみたいで、一気に現実味がなくなる。私を真っ直ぐに見つめる瞳の強さに胸がぎゅうと締め付けられる。格好いい。この人のものにして欲しい。十代の頃からずっとそんなことを思い続けている。冬を越えるごとに、その長持ちは増すばかりだ。
    「好き」
    「っ……や、やっぱり場地さん、酔っ払って、」
    「ねぇよ。酔ってねぇ」
    言いながら、唇が手のひらから指に移る。薬指の付け根から、ちゅっと短いリップ音が響く。
    「なぁ、千冬ぅ」
    触られてる指が熱い。覗き込まれてる目の奥も、声を受けている耳も、全部、ちりちりと焼けるみたいに、熱い。
    「クリスマスとかカンケーなく、ずっとオレの傍にいて」
    不意をつくような甘い言葉に
    「ひえっ……」
    なんて、とんでもなく場違いな声が出た。バカ。私のバカ。さっきまで我慢できたのに、どうしてもう少し頑張れなかったのかと、頭の中で猛省する。でも、仕方ないじゃんか。だって、あんな、プロポーズみたいなこと言われたら、誰だって。
    「……千冬」
    「は、はい!」
    「返事は?」
    拗ねている、というよりも不安そうな顔。その顔を見て、返事をしなければという焦りがうまれる。
    「あ、う……」
    でも、蕩ける寸前の頭じゃ返す言葉は浮かばない。はい、なんて簡単な言葉で返事をするのは勿体無いし、かと言って居酒屋よろしく「はい喜んで」なんて言うのは絶対に違う。
    そもそも、プロポーズじみていると思っているのは私だけなのではないか。場地さんは天然で人をたらし込むところがあるから、さっきの言葉に深い意味なんてないのかもしれない。お酒も入ってるし。本人は酔っ払ってないって言ってるけど、酔っ払いは皆そう言う。
    そう思うと、少しだけ冷静になれた。頬を撫でる冷たい風のおかげで、顔の火照りもさっきよりはマシになる。多分場地さんのあの言葉は「これからもよろしく」的なやつなのだろう。うん、プロポーズよりもしっくりきた。……ちょっとだけ、残念ではあるけど。
    「場地さん」
    「ん」
    それでも、ずっと、なんて言葉を告げられて、嬉しくないわけがない。頭の中で繰り返すと、幸福で心がふわりと浮いてしまいそうになるくらいには。
    ねえ、場地さん。
    私も、ずっとあなたの傍にいたいです。
    そんな浮かれた言葉を胸の中でだけそう呟いて、踵を上げる。それでも僅かに届かなくて、繋いだ手を自分の方にぐっと引き寄せた。
    「         」
    思いを告げた唇は、ぎりぎり場地さんの唇に届いた。言葉を閉じ込めるようにキスをして、その近さで場地さんの瞳を覗き込む。驚いて丸く開いた琥珀色の中で、赤い顔をした私が幸せそうに笑っていた。
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