がたん、ごとん。
遠くで、電車がはしる音がする。
江戸240年余りの歴史の中で日本に電車が通ったことはないから、歴代の将軍たちは道路や地下をレールに沿って走る大きな鉄の箱に対して自動車や飛行機と同じように驚きと好奇心、そして少しの恐れを持って敬遠していた。
しかしながら現代社会ではこれらの交通機関に乗らなくては撮影の現場に向かうことすらままならない。新しい物好きの初代様や吉宗さん、幼さ故か何にでも興味津々の家継くんはすぐに慣れ、籠や馬よりも楽で便利な足として利用するようになり、それを見て他の面々も使うようになっていった。
慶喜も普段はバスを、余裕があるときや、先代や他のグループの面々との移動の際はタクシーを、県を跨いだり海外遠征の際は飛行機を使うが…
電車だけは、よほどのことがない限り好んで自分から利用することはなかった。
それでも、こうして15代が揃って長距離を移動する時は大人数故にチケットの関係等で新幹線に乗るという事態が起こる。
地方に行く際に必ず利用する東京駅は、日本有数のハブターミナルだ。
自分たちが利用する新幹線のホームを挟んだ数線先には多くの電車が途切れることなく行き交っている。
1「どうした?慶喜、顔色悪いぞ?」
15「…あー、最近暑かったり寒かったり寒暖差が酷いからですかね?
体調はなんともないんで、平気っすよ。」
…感情を表に出さないのは自分の人生の中で身につけた能力で、わりと自身があったのに。群雄割拠の戦前の腹の探り合いを生き抜いた初代様にはかつて自分の身を助けたその取り繕いすら無意味なようで。
…電車の音が、苦手だ。
慶喜の時代に今のようにガソリンを使って走る車はなかった。道が鉄の塊で渋滞を起こすなど、考えたこともなかった。空を飛ぶ飛行機なんて以ての外だ。
たが、電車はあった。
文明開化の時代。
将軍の職を辞し、240念余り続いた江戸の幕府を自らの代で終わらせて、政治の場から追われ、恥を飲みこみ。助命が許された後は目立たぬように、息を殺して生きてきた。
目まぐるしく変わる風景に自分を忘れた日本は急速に発展し、西洋列強に肩を並べるまでになった。
自分が成したかったこと。
自分が成せなかったこと。
がたん、ごとん。
電車のはしる音を聞く度に自分の罪を、無力をまざまざと思い知らされるような感覚に陥る。
こうして他の将軍たちに囲まれている瞬間は、特に。
自分の価値とは。自分が生きた理由とは。
自分が、将軍になってしまった意味とは。
…ぐるぐると考え続ける脳はもうヒート寸前で、思考回路が纏まるはずはない。
なんなら熱すらでてきたような気もする。
7「慶喜さんの言う通り、最近は寒暖差が酷くて僕も大変でしたから…
熱中症気味であれば、あそこの自販機でスポドリを買ってきましょうか?」
6「それなら、俺は売店で…」
いつもは自分よりも体調が悪そうな家継くんやその様子をみてきた家宣さんには隠し通そうとしていた不調がわかってしまったようで。そう言われて、思わず引き止め大丈夫、と顔を上げ虚勢を張ったところで他の面々も心配そうな顔をしていたことに気づく。
15「っ、平気です!
…ありがとうございます。でも、本当に大丈夫。
皆さんも!心配させちゃってすみません!」
こんなことで駄目になる自分が心底情けなく、自分の不甲斐なさに涙が出そうになる。
乗る予定の新幹線を待ちながらずっと心配そうにこちらを伺っていた初代様が、ふっ、と離れ、誰かに電話をかけ始める。
…迷惑をかけっぱなしだし、ここにおいていかれるんだろうか。
与えられた仕事すら満足にこなせないような…あのとき、何もできずに幕府を終わらせてしまった、そんな自分が皆さんの手を煩わせて予定を狂わせるなんて、あってはならない、のに
とっくにショートしてしまった思考回路では、どんどんマイナスに、ネガティブな方向に思考は転がっていく。
1「…もしもし、P?あ、俺家康。
うん、あのさー、今日の予定、変えてくんね?
あー、いや、そうじゃなくて。移動ね。
いやー、新幹線もいいんだけど将軍がレールの上ってなんか違うじゃん?
俺らは敷く側っていうか?
空飛ぶのとかいいよね。飛行機。家継にも雲の上の景色をみせてやりたいしさ。
なんか、天下人っていう気分になるよね〜!てことで、シクヨロ〜」
そう言うと返事をきく間すらなくケータイを切って、こちらに振り向く。
1「お前らも、きいてた?
俺さ〜、最初から飛行機がいいって思ってたんだよね〜。予定変わるけど、まぁそこはPが上手くやってくれるデショ」
5「仕方ないですね〜。まぁ、僕も変わらない田舎道をずーーーっと眺めるよりは空からの景色をみてたいんで異論はないですけど」
14「今日は天気もいいし 、景色もきっときれいでしょうね。」
3「とはいえ飛行機に乗ったくらいで天下人の気分は味わえないし、せめてファーストクラスにしてほしいけどね」
1「じゃあ家光お前自腹な
ついでに秀忠も」
2「なんで!??」
3「エコノミークラスっていつも財政がヤバい俺らにぴったりだな!」
8「財政がヤバくなったの、家光さんたちの無駄遣いのせいですけどねー」
11「収録に行くための経費ならビジネスクラスに乗っても構わないんじゃないですか?」
12「それなら信長さんか秀吉さんに頼んでプライベートジェット貸してもらってもいいかもね〜」
1「いいわけあるか!?俺の首が飛ぶんだが」
わいわい、がやがや。
電車の音なんて気にするひまもないくらいに騒がしくて、それでも何故か心地よい喧騒にようやく自然に息ができた。
15「…ありがとう、ございます」
1「ん〜?どした?
あ、やっぱり慶喜も飛行機が良かった?俺等将軍だもんな〜
そりゃ新幹線やと気分上がらんわな〜」
気遣いが、ただ嬉しかった。
初代様や先代の皆さん方に将軍として並んで見て頂けていたのだと知って、いつの間にか流れていた涙はついに滝のように溢れて決壊していった。
がたん、ごとん
遠い空から眺めたら。
この大きな恐ろしい箱たちも小さく景色としてみることができるのだろうか。
まだ、乗って景色を楽しむなんてできないけれど…いつか、皆さんと遠くに行ってみたい。
韓国くらいじゃなくて、鉄道を使っていけるだけ遠く、世界の果てまで。
少し、たのしみだと思った。