六畳一間の天ぐだ(執筆中・抜粋)「精肉コーナーで流れていた曲ですか」帰り道、天草に鼻歌を指摘され、立香は恥ずかしそうに笑った。照れ隠しに、片手に持っている半分に割った焼き芋を一口かじった。
「耳に残るっていうか……。なんか口ずさんじゃうんだよね?」
手を繋ぐ代わりに、買い物袋の取っ手を片方ずつ持ち、空いた手には半分こにした焼き芋。
「んーー、安納芋うまーっ!」
夕方になり、また少し冷たくなってきた秋の風に、熱々の石焼き芋の甘さがしみわたる。
天草も焼き芋をかじり、立香の鼻歌に被さるように「ポポーポポポポ」と歌い出した。弾むように歩く二人を赤い夕焼けが照らす。
「ずっと歌ってたら寝る前まで耳に残りそうなんだけど」
「そのうち忘れますよ」
天草も気に入ったのか、ベースキャンプとしている部屋に到着するまで鼻歌を止めることはなかった。
一軒家やアパートが密集する住宅地。ベースキャンプはコーポの一室を借りていた。階段で二階に上がる。ポストに入っている広告を数枚取り出し、玄関の鍵を開ける。「ただいまー」と言って部屋に入った。といっても、二人暮らしなので他に誰かいるわけではない。天草は台所に買い物袋を置いて、冷蔵庫に買ったものを入れ始めた。ついでに作り置きの麦茶を取り出し、グラスを二つ出して注ぐ。プラスチックの盆に載せ、居間に持っていく。灼けて少し黄ばんだ畳の部屋。端には二組の布団が積まれている。押し入れには布団以外のものを隠しているためだった。二人で住むには少し手狭な六畳一間。小さなテーブルの上には、食べかけのせんべいの袋。
「ありがとう、天草」
「マスター、立ったまま食べるなんて行儀悪いですよ?というか、焼き芋の次はせんべいですか」
天草に小言を言われ、へへっ、と頭をかいて立香は座布団の上に座った。
「ちょうど塩味のものが食べたかったんだよね。ああ、甘いお菓子としょっぱいお菓子。交互だとどうして無限に食べれちゃうんだろう。ダイエットしなきゃなのに」
「マスターがどうしてもダイエットなさりたいと仰るなら、強制的に没収してもかまいませんが?」
天草がリモコンでテレビをつけると、夕方のローカルニュースの時間だった。
「本日十二時頃、■■町の道路にて……歩行者との接触事故が発生、……」
天草も立香の隣に座り、ニュースを見始めた。
===
「先にお味噌汁だけ作ってくるね」塩味のせんべいをもう一枚口に咥えて、立香はパタパタと台所へ。特にルールを決めたわけではないが、朝晩の味噌汁は立香担当になっていた。残りのおかずは二人で作り、デザートや夜食はその時次第。その他の家事は立香が学校に行っている間に天草が済ませていた。
「今日の味噌汁の具は何ですか」
「天草、まだテレビ見てていいのに。今日は初心に帰って絹ごし豆腐とわかめ」
「良いですね。初日は豆腐を手の上で切ろうとしてボロボロになさっていましたが」
「こ、今回は大丈夫だから……!」
「失敗しないように見ていて差し上げましょう」と、天草は半歩下がり、立香が調理するのを見始めた。「余計に緊張するんだけど……」ちらちら後ろを振り返る立香。
「よーし、お湯が沸いてきた。豆腐を手の上に載せて、包丁はただ下におろすだけ……」
「ポポーポポポポ……」
「あ、ま、く、さー!!やっと忘れかけてたのにーっ!」
切りかけの豆腐がボチャボチャと音を立てて鍋に落ちていく。腕まくりしていた立香の腕にお湯がはね、絶叫が台所に響き渡る。結局今回も、綺麗なさいの目切りとは程遠い、不揃いな大きさの豆腐入り味噌汁が完成したのだった。