12/3お題「クリスマスソング」(ぐだ子受アドベントカレンダー2022/天ぐだ♀)――雨は夜更けすぎに 雪へと変わるだろう
クリスマス・キャロルかと思いきや、彼の口から出てきたのは日本のポップスの歌詞だった。
「仰る通り、聖歌も一通り知っていますが、マスターにとって親しみやすいのはこちらかと思いまして」
「うーん、確かに」
正統派のクリスマス・キャロルと言われても『もろびとこぞりて』『もみの木』ぐらいしか出てこない。それすらも最初から最後まで歌えるかあやしいところだ。
「天草、意外と懐メロ詳しいよね」
思えばサンタアイランド仮面も、昔の変身ヒロインのパロディだし。
「おや、何のことでしょう?」
どこで知ったの?と聞くも、天草は答えずテーブルに置いたタブレット端末を操作し始めた。
深夜の新幹線のホームで誰かを待つ女性。
少し背伸びした化粧とアクセサリー。黒のレザージャケットの下はクリスマスに合わせて華やかな赤のワンピースを纏っている。慌ただしくもどこか楽しげに乗り降りする乗客たちの中に、女性の待つその人は見当たらず、新幹線は発車してしまう。ホームに一人残され、強がりながらも涙を浮かべる彼女の前に、柱の影からひょっこりと現れた小さなプレゼント。そして、その持ち主はおどけたダンスをしながら姿を見せて……。
遠距離恋愛の二人は、クリスマスに再会を果たすのだった。
「映像は古いけど、素敵なCMだね」
今や定番曲となったクリスマスソングをバックミュージックに描かれるその物語。
梁山泊でのことを思い出して昔の日本のコマーシャルをライブラリで見ていたのだと天草は言った。
官軍と戦うための仲間を募集するために宝蔵院胤舜が作ったプレゼンは、どことなく地方の古いレジャー施設のCMを彷彿させ、二人して苦笑いしたものだった。
「日本人に宿る心象風景の一つなのかもしれませんね」
軽い笑みを浮かべながら話す天草が密かに宿す心象風景――何もかもを焼き尽くす業火と噎せ返るような死の匂いで溢れた島原の地獄絵図に一人佇む彼が脳裏をよぎる。たとえ世界が平和になっても、きっと彼はその地獄から最後まで離れることはしないのだろう。それでも表向きは冗談にしてしまえる天草はやっぱり遠い場所にいる。
プレゼンの時は少しレトロなところが好みと言っていたが、天草は江戸時代の英霊だ。史実とは別に、わたしが知らない思い出が何かあるのだろうか。
――例えば、受肉していた頃に。
「ところで、マスターはこの曲を通して聞いたことはありますか」
よく考えれば、この歌も最後まで聞いたことがないかもしれない。知らないと首を横に振る。
「この曲の歌詞の結末は……いえ、話が長くなってしまいましたね。マスター、そろそろ眠くなってきましたか?」
言われて、日付が変わっていることに気付いた。天草が淹れてくれた紅茶もとうに飲み終わっていた。白いティーカップの底に、紅色のか細い三日月だけが残っている。
「いつも遅くまでごめんね」
「かまいませんよ」
いつの頃からか、眠れない夜は天草をマイルームに呼んで他愛もない話をするのが習慣のようになっていた。
「天草、今日はさ……」
勘の良い天草だから、さすがにもう気付いているのかもしれない。だけど、その先はいつも言えなかった。
「ううん、なんでもない。おやすみ」
「おやすみなさい、……良い夢を」
マイルームの自動扉が機械的な音と共に閉まり、笑顔で手を振るマスターの姿が見えなくなる。
知らなくてよかった、と密かに安堵している自分がいた。ありふれた奇跡のような恋物語の影に隠されたのは、秘めた想いを告げられぬまま終わりを迎える悲恋の歌。
――必ず今夜なら 言えそうな気がした
僅か振り返り、自身の手のひらを見る。血で汚れた手を真冬の氷雨は洗い流してくれるが、雪はただその手に落ちて消えるだけだ。刺すような冷たい痛みを残し、島原の民たちの悲痛な叫びがクリスマスソングを掻き消す。
雨が雪に変わり、奇跡のようなホワイトクリスマスが訪れても、手のひらに舞い降りた雪が秘めた熱で解けても、貴女への想いを明かすことはできないのだろう。
それでも私は、貴女の手を取って戦うと誓ったのだ。
明日の夜も、困ったように笑って俺をマイルームに招き入れてくれる貴女のために。
貴女の身体が悲しみで濡れないよう、雨は雪へと変わって消えればいい。
あの恋物語がそうであったように、貴女の旅路の結末には暖かな思い出だけが心に残るように。
たとえ、告げられなかった想いがその雪の下に残り続けたとしても。
夜の静寂の中、銀色の髪が燦く。行き先は、赤黒く燃え続ける懐かしい地獄。
霊体化したエーテルの身体は粉雪のように消えていった。
(終)