剣伊/内風呂でまったりこれも福利厚生の一つなのだという。
人理を守る為、苛烈な戦いに赴くサーヴァント達にも時にはガス抜きが必要。年末年始の里帰りの他、此処カルデアにも休養できる場所を用意しているらしい。
レクリエーションルームで当世のゲームに興じたり、あるいはシミュレーターで模擬戦闘の後に温泉に入ったり。
だが、このカルデアでヤマトタケルの性別を知るものはなく。現代の銭湯のように男湯女湯が分かれている場所では気軽に入ることもできないだろうと、マスターの厚意で個室に内風呂を用意してもらえることになったのだった。
「イオリ、風呂だ、風呂!」
はしゃいだ声とともに長い三つ編みを揺らし、部屋の廊下を駆けていく。向かう先は。
「だとして、何故俺の部屋に作ったんだ……」
ボーダーにはサーヴァント全員の個室があるわけではなく、普段は霊体化している場合もある。
要するに、どうせおまえの部屋に入り浸るだろうと全会一致だったわけだ。
かくして、かつて浅草で暮らしていた幽霊長屋を模した部屋の隣に増築された檜風呂の内湯。外見に依らず当世のシャワーもついている。薪も使えるそうだが基本的には魔力(電力)で湯を沸かしているらしい。
そもそも金属の自動ドアが開くと幽霊長屋に通じるというつくりなのだから最早驚きもしない。
「先に入っているぞー」と遠くで声がする。
躊躇いなく服を脱ぎながら風呂場に入っていくセイバー。遠目に素肌の色が見え、思わず目を逸らす。脱衣所で脱げと何度も言っているのに、待ちきれないらしい。
暫くしないうちに上機嫌な鼻歌とシャワーの音が聞こえ始めた。当世のシャワーにもすっかり慣れ、お気に入りの一つになったようだ。
やれやれ、と溜息を一つ。
紫式部が管理する図書館で借りてきた本を閉じ、立ち上がる。
「遅いぞ、イオリ」
セイバーはすでに湯船に浸かって足を伸ばしていた。長い三つ編みは簪でまとめ髪にし、健康的な頬は少し紅をさしたように赤くなっている。ぱちゃぱちゃと脚をばたつかせて急かすのを窘めつつ、髷を解き、洗い場で身体を洗う。
「後で勉強だぞ、図書館で分かりやすそうな書を何冊か見繕ってきた」
「なんだ、ここ最近マスターと二人してこそこそと。私は別に困っていないと言っているだろう」
当の本人はいまだに思い当たる節がないときたものだ。
「セイバー、入るぞ」
二人で入るには狭い湯船だ。向かい合わせに入ろうとすると、そうではないと止める声。
「イオリ、逆だ」
「……は?」
言われるがまま、セイバーに抱きかかえられる体勢で湯船に浸かる。ざばー、と音を立てて勢いよく水が溢れ流れ出していく。
「うむ、これでいい」満足そうな声が背中から聞こえた。
にしても身動きが取りづらい。ただでさえ広くはない湯船だというのに。
「イオリ、もっと私に身体を委ねてもいいんだぞ?」
「言い方がやらしい」
「やらしいことをするんだから当然だろう」
「なっ……?!」
と言いつつも、セイバーも小柄な体躯のため手が届かないらしい。湯に動きを絡め取られながらも腕を伸ばして身体を撫でようとするものの。
「こうか?……いや、こっちか?……んんん……」
脇腹を撫で、太腿を指先がさらう。薄くて硬い胸板が背中に押し付けられる。水中で触れられる感覚は普段の褥でのそれとはまた異なるものがあり。
もどかしい愛撫に血が一点に集中していく。
「イオリ……」
「セイバー、駄目だ」
「まだ何も言ってはいないではないか!」
熱を帯びた場所を後ろから押し付けられながら、強請るような声音で名を呼ばれて分からないわけがないだろう。
焦らすような愛撫に昂ってしまった自身に気付かれないように「駄目だと言ったら駄目だ」と続ける。
きみのは散々愛でてやったではないかとむくれる声。これが愛でたうちに入ってたまるか。
「なら、此処で我慢する」
背中に唇が触れる。
静寂の中、水が滴る音とともに、ちゅ、ちゅっ、と愛おしそうに口付ける音。
「愛いな、きみは」
後ろから抱きしめたまま、顔を埋める。
「…………」
「イオリ、寂しいからこっちを向け」
「忙しないな。背を向けろと言ったのはセイバー、おまえだろう」
どうせ湯上り後は明け方まで散々まぐわうというのに。
やれやれと呟き、向かい合わせの体勢に戻る。立ち上がると、随分湯が減ったことに気付く。
「ああ、久方ぶりのきみの顔だ!」
「たかだか二十分程度のな」
太陽のように明るい顔をして、濡れた洗い髪をくしゃくしゃと犬でも愛でるように撫でては、愛い、愛いぞ、と呟く。
「ところでイオリ、バレンタインに貰ったチョコレートは食べたのか?」
「ああ、あれは美味かった。食堂で自分でもまた買ってしまった」
「そうだな!あの抹茶チョコというのは絶品だったぞ!」
「おまえはまた俺の部屋のものを勝手に食べて……」
「イオリのものは私のもの、私のものは私のものだ」
「なんだそれは」
以前、ライブラリで見た漫画にそのような登場人物がいた気がする。傲慢不遜、傍若無人。だが、ここぞという時には皆を率いる、心優しき少年。
「だとして、俺はおまえの何なんだ?」
ふん、と鼻を鳴らしてその皇子は言う。
「言うまでもないだろう」
水が跳ねる音とともに、此方に迫りくるように顔を寄せる。顎を両手で包み込み、慈しむように額を合わせる。顔を近付けたまま、囁くように唇が動いた。
「……イオリも最初から私のものだ」
(終)