天文台のキセキの灯4 鯖ぐだごはん企画「天草のご当地グルメと天ぐだ♀」 カルデアのマスター・藤丸立香はその日のミッションと訓練が終わり、いつものように食堂に向かっていた。今日の夕食は何だろう。歩きながらぼんやり考えていると、「マスター、お疲れ様です」と声をかけられた。
「天草、食堂に来るなんて珍しいね。もしかして厨房から出てきた?」
陣羽織姿の天草は立香に「はい」と微笑みかけた。
「今日はとっておきの企画を用意していまして」
「企みじゃなくて?」
「さらっと疑われてますね……まあ、とにかく中へどうぞ」
天草は立香の手を取ると、食堂へと案内した。
食堂の中央には大きな生け簀が用意されていた。中には大小さまざまな魚が泳ぎ、底には伊勢海老が悠然と動いている。
「天草フェアです」
「……はい?」
古今東西の英雄が一堂に会するカルデア。サーヴァントたちの口に合う食事を用意するのは厨房の崇高な使命。壮絶な戦いに赴く皇帝や姫君の舌を満足させるため、厨房では日夜研究がなされているという。彼らのリクエストという命令に応じ、その土地の献立一色になる日もまれにあった。
天草もカルデアに召喚されて久しいが、自身はとある経緯で世界中を旅していた記憶があるためか、出される食事に関してはこだわりなく何でも口にしているようだった。
それゆえに、今回は数日にわたり自身の要望を聞いてもらえることになったらしい。
九州は熊本県・天草地方。彼が生まれた地、上天草は豊かな海に囲まれ、海産グルメが有名だという。中でもクルマエビは身が引き締まって絶品。
地産地消を促すとかで、給食の献立でそういうのはあった気がするけど。それにしても……。
「自分の名前のフェアってどうなの?『藤丸フェア』みたいな?」
「それは……改めて突っ込まれると少し恥ずかしくなりますね」
今頃になって頬を染める天草。この辺が皇帝との違いなのだろう。特異なルーラークラスで召喚され、戦闘時は凄まじい威力を発揮しながらも、自身は戦闘向きのサーヴァントではないと謙遜し、よくてキャスターに引っ掛かるかどうかとまで言ってしまう。
もっと自信を持てばいいのに。『ネロ祭』というネーミングがさらりと受け入れられるのがカルデアなのだから。
そうこうしているうちに、料理が運ばれてきた。刺身の盛り合わせ、クルマエビと野菜の天ぷらが目を引く。味噌汁、香の物、白ご飯。正統派の和食に食欲がそそられる。
立香は手を合わせて「いただきます」と挨拶すると、早速刺身に箸をつけた。真鯛の刺身に甘めのわさび醤油を少しつけて口に運ぶ。
「あっ、お魚美味しい」
身が締まった白身魚の食感に舌鼓を打つ。伊勢海老の刺身も大ぶりでぷりぷりとした食感と甘さが絶妙だ。クルマエビの天ぷらは天草に勧められ、塩で味わう。
「うーん、天ぷらも最高!」
「それはよかった」
味噌汁も素朴な味わいで美味しい。具のわかめも天草産というこだわりぶりらしい。
「籠城戦の際は兵士の腹部から出てきた海草で食糧が尽きたことが知れたらしいですが」
さらりと自虐系ブラックジョークが飛び出し、笑うに笑えない。
「それはそれとして、味噌汁もご飯も美味しいですね」
天草も珍しくご飯をおかわりしている。指摘すると「貴女の食べっぷりを見ていて感化されました」と涼しい顔で返された。
「それ、わたしが大食いってこと?」
「ははっ、冗談ですよ。時に、クルマエビの踊り食いをご存じですか」
知らないと首を振る。シラウオなら分かるけれど。一体どうやって食べるのだろう。
「文字通り、生きたままのクルマエビの首を持って……いえ、先の反応を見る限り、明日は踊り食いはナシにしましょう。代わりに煮物などいかがですか?」
明日?そういえば最初に「数日」と言っていた気がするけれど。
「天草フェアは本日から一週間の開催となります」
「デパートの北海道物産展かな?」
落ち着いた声音のナレーターボイスでのたまう天草。よく見ると、入り口付近には天草土産の販売コーナーまで用意されていた。教会式手作りクッキーまでさりげなく置いてあるし。凝り性の本領発揮。冗談でも何でも、やるからには本気でやる天草らしい。
まぁいいか、と立香は笑ってみせた。
「この一週間は、毎日天草と一緒に夜ごはんが食べられるし」
「その言葉が聞けて何よりです、マスター」
「ちなみにですが」天草は続けた。
「来週からは長崎フェアということで卓袱料理と中華街の点心をご用意していただくことになっています。道術を行使できる方々にもご協力いただき、龍踊りも。その次は熊本フェアを。ジャージー牛乳を使用したスイーツは勿論、具沢山の太平燕は是非ご賞味いただきたく。それから……」
「あーまーくーさーしーろーうー!!」
「はい、貴女のサーヴァント、天草四郎時貞です。困りましたね。私ってば、長崎と熊本をまたぐ英霊ですので。一か月は献立を独占することになるでしょうね」
口では困ったと言いながらも、顔は満面の笑み。「もう一つ困ったことがあるとすれば」天草は顎に手を添えて言った。
「貴女の幸せそうな顔を毎晩目の前で見せられては、私もそのうち貴女ごと……」
「えっ、何?」
さて、いつまで我慢できるか、と天草は今度こそ困り顔で呟く。「何でもありませんよ」と立香に微笑みかけた。
(終)