神様が君を呼びたがっているんだ死人に口なしとはよくいったものだ
君は今にも喋りだしそうなのに
楽しかったこと、嬉しかったこと
もう開くことの無い唇に
僕はそっと口付けした
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花垣武道が死んだ。事故死とかならまだ相手を責めることも出来たかもしれない。しかし死因は老衰、みたいなものだった。未来ある若者に老衰という言葉は違和感があるだろう。しかし武道は度重なるタイムリープを繰り返した、それがいけなかったらしい。
もちろん医者には「この人タイムリーパーだったんです」だなんて言えるはずもなく、ただただ「どこも悪くないのに、身体が老人のようだ」と医者も不思議がっていた。医者より自分たちのが彼の死因を知っているだなんておかしな話だ。
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遡ること一か月前、武道は「なんか最近、身体が上手く動かないんすよ」と周りに良くこぼしていた。
周囲のみんなは「夏バテじゃないか?」とか「たけみっちは弱っちいからなー」など笑って済ましていたし当の本人も「そうだといいな」くらいに言っていた。
しかし数日経っても食欲不振や動きずらい身体に若干焦ったのか武道は誰にも言わず病院へと行った。そこで神妙な面持ちの医者に言われた言葉は
「身体や臓器が高齢者のように弱っています。恐らくこのままだと死にます」
というものだった。
何度も自分の年齢や過去一度も病気はしていない、というのを話しても医者は首を振るだけで「兎に角一度家に帰って入院の準備をしてください」「すぐ戻ってくるように」と言われてしまい、家に戻ると必要最低限のものを持ってまたその足で病院へ歩き出す。
歩いている途中、マナーモードにしていたスマホがポケットの中で振動する。誰かからのメールがきたらしい。
『たけみっち、今、暇か?今日店が休みなんだ。イヌピーと昼から俺ん家で飲んでるんだけど来るか?』
というドラケンからの連絡だった。今までなら「マジすか!今行きます!!」と言っていただろうが今、というかこれからは出来ないんだろうなぁ…と考えて悲しくなってしまう。
「すいません、これから用事があるので…っと」
心配させないように病院、と言うのを伏せ再び病院に向けて歩き出す。だが歩き疲れてしまい近くの公園で一休みすることにした。
「あー…お爺さんってこんな気持ちなのかなぁ」
すると足元でニャーン…と言う声がした。長い尻尾を武道の足に絡み付けスリスリと頬を寄せてくる。
「わ、人懐っこい猫ちゃんだなぁ」
お前一人?と屈んで黒猫に触ると黒猫はグルグルと喉を鳴らして目を細めるのが愛らしい。モフモフとしていて撫でると気持ちよさそうに鳴く。武道は触り終わると近くにあったベンチに座る。すると黒猫は武道が気に入ったのか膝の上に乗ってきた。
その黒猫の温かさに「生きてるなぁ」と感じる。
「しぬ…。死ぬのかぁ…」
今までも死にそうな状況には何度も遭ってきた。痛い思いもしたし、怖い思いも沢山経験してきたのだが、「貴方、死にますよ」と言われることは今までなかった為、どこか現実味の無い今の状況に武道は「マジか」と呟く。
少し体力も戻ってきたこともあり、武道は病院へと行くことにした。
「ごめんなぁ、猫ちゃん。俺、そろそろ行かなくちゃいけないんだ」
そう黒猫に向かって呟くと「そうなのね、分かったわ」と言いたげにしっかりと武道の目を見据えて静かに、軽やかに武道の膝から降りていき、草むらの中へと消えていった。
「賢い子だなぁ…」
黒猫の後ろ姿を見送った武道は立ち上がり、次こそ病院へと向かうことにした。
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入院手続きなどを済ませた武道が案内されたのは大部屋だった。大部屋と聞くと相部屋の人のイビキやトラブルなどが思い浮かぶが大部屋にしては静かだと看護師に聞いてみると
「花垣さんのお部屋はこちらになります。六人部屋なんですけど、個室を選ぶ方が多いので独り占めですねっ!」
と微笑まれた。
「何かあったらナースコールを押してくださいね」
そう言って看護師は病室を出ていってしまった。武道は大きなボストンバッグに入れてきたものを整理しつつ窓の外を見ると、広い中には自然豊かで季節の花々が咲いており、大きな木の下で家族との再会を楽しんでいる人や、ベンチに座って本を読んでいる人もいる。
自分も後で中庭を散策してみようとしたが荷解きを終えて「あぁ、だめだ。疲れた」と体力の限界を感じ、綺麗で皺一つないベッドに入ることにした。
「そうだ、家族に入院すること言わなきゃ…東卍のみんなには…あまり言いたくないな」
そう思い、両親に『具合悪くなって入院中。部屋の掃除とかお願いします』と簡潔にまとめたメールを送ると、すぐさま返信がきた。武道への心配の文章はあったものの『分かった』と文末に書かれていたので武道は安心して目を閉じた。
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「花垣さーん、ご飯の時間ですよ」
「無理です…食べられない…」
武道は食事をとるどころか身体すら起こせない状態になっており、ベッドの背もたれを高くして何とか食事を食べようとするが一口、二口食べて終わり。それが朝昼晩、と続くものだから点滴も追加されてしまった。
食べ終わった後、うとうと、とうたた寝をしていると遠くで武道の名前を呼ぶ声がした。
「…っち……た…みっち…」
誰だろう、自分のことをたけみっちだなんて呼ぶのは東卍の仲間たちだけなのに、ここには居ないはずなのに、と目を開けずにまたもや夢の中へと入ろうとした瞬間、手に温かい何かが触れた。
「……ん」
「たけみっち!大丈夫か!?」
「ぁ、れ?マイキーくん、ドラケンくん?」
痩せほそった武道の手を、ドラケンの大きく逞しい手が包む。
「どうしてこんなになるまで教えてくれなかったんだよ!」
ドラケンの後ろではマイキーが涙目で武道を問いただす。
「ご、ごめんなさい…でもどうしてここに?」
「たけみっちと連絡が取れないから家に行ったんだよ。そしたら、たけみっちの親御さんが来てて教えてもらったんだよ」
そう言いながら武道の頭を撫でるドラケンの大きな手に武道は安心する。
「マイキーくんも来てくれてありがとうございます」
精一杯の笑顔でマイキーに手を伸ばすと、何故だかマイキーは酷く傷ついたような顔をした。やはり、今の自分では憧れの人にすら触れる資格はないのだと、武道は伸ばした手を下ろす。
「すいません、こんな姿で」
「なぁ、何があったんだ?」
「俺、身体が老人らしいんです」
「は?」
「このままだと死ぬらしいんです」
全く意味の分からない事を告げられた二人の顔に武道は「あはは」と少し笑って
「お医者さんも分からないって言ってました…多分、俺としてはタイムリープの代償だと思ってて…」
イレギュラーなこと沢山起こしちゃいましたしね!と明るく努めて言う武道にドラケンは、胸が締め付けられるようでたけ道をそっと抱きしめた。
「そうか…、頑張ってくれてたもんな」
ドラケンが武道にそう話しかけると、後ろにいたマイキーが武道に近づき
「たけみっち…他の奴等にも伝えていいか?」
と言い出した。
「え…でも…」
「このままだとアイツら、知らなかった、言って欲しかったって後悔すると思うんだ」
今日があるなら明日もある。そう信じて止まないのは何故なのだろう。ドラマですら突然居なくなる大切な人や喧嘩別れしたまま会えなくなるなんて、そんなのはお涙頂戴の外套区ではないか。
「な、いいだろ?」
「あ、…はい、わかりました」
武道からの許可を得たマイキーはその場で東卍の幹部メンバー達にメールを一斉送信し始めた。
「マイキーくん行動はやっ!」
「思いたったが仏滅って言うだろ?」
「それを言うなら吉日だ」
ドラケンがマイキーにツッコミを入れると「知ってるし!!」とマイキーは拗ねてしまう。その様子が可笑しくて武道は思わず笑うとマイキーとドラケンは少し安心したようだった。
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それから次の日には千冬と一虎、その翌日には三ツ谷と八戒、パーチンやペーやんなど沢山の人が見舞いにやってきた。あまりにも賑やかすぎて看護師さんが怒りにきたこともあったが、何せ大部屋を一人で使っているため何の苦情もない。
「それでな、その時パーちんが…」
「おい!三ツ谷それは言わない約束だろ!!」
「あはは」
面会時間終了になるまで人が必ずいるなんて、楽しい病室でいいわね、そう看護師に言われ武道は「ありがたいです」と言ったがその声は弱々しい。面会時間が終わり、みんなが帰ると武道はすぐ眠りにつく。最近は起きていることすら辛い。緩やかに死が一歩ずつ自分に近づいていることを武道は感じていた。
「明日はドラケンくんが来てくれるのか、ありがたいなぁ…」
平和になった未来、助けられなかった人も居る。しかしそれでも皆んなが明るく前を向き、楽しく働いている世界に自分は不要だと世界に言われているようで何だか苦しい。
会えなくなる前に「彼」に想いを伝えたい。彼自身、忘れられない人がいることはわかっている。しかし、それでも自分も彼の記憶に永遠に残りたい。あの人の笑顔、大きな手の温もり、自分を呼ぶ優しい声。その全てを一緒に持って逝けたらいいのに…。
「ドラケンくん…」
武道はそう小さく呟き、頬を伝う涙には気づかないフリをして、武道は目を閉じた
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コンコン、と軽めのノックの音に気づくと、武道はサイドチェストにある手紙を入れて返事をした
「はーい」
「よー、たけみっち。調子はどうだ?」
「今日は調子が良いみたいで」
「中庭で散歩でもすっか?」
外を見ると天気は晴れ、最近は秋が近づいているのか暑さも控えめで寒くはないが暑くもない。涼しやすい気候が増えていた。
「いいですね」
少し嬉しそうな武道の様子を見てほっとした顔をしたドラケンは近くにあった車椅子を広げて武道を支えながらゆっくり移乗させる。
病室を出て、ナースステーションに行き、中庭へ出ていいかを聞くと、主治医に電話で連絡をとった後、「大丈夫、行ってらっしゃい」と見送ってもらった。車椅子を背の高いドラケンが押すのは大変だろうと自走できるハンドリムを掴もうとする武道に「たけみっちが自走したら誰がその腕に付いている点滴持てば良いんだよ」とつっこまれてしまい、ハンドルをドラケンが、点滴を武道が持ちながらゆっくりと移動するが、あまりにゆっくりすぎて武道は笑ってしまった。
「ドラケンくん、もっと早くても大丈夫ですよ」
「そ、そうなのか?あまり押したことないから分かんねェ…」
速さを調整しながらエレベーターに乗り、中庭に着く頃にはちょうど良い速さで車椅子を押せているドラケンに「今度から車椅子押してもらう時はドラケンくんにお願いしたいです」と武道は呟く。
「何でだ?」
「マイキーくんだと加減が分からないのか極端すぎてある意味危ないんですよ」
「あー…確かに…」
「俺がこんな身体じゃなきゃバイクに乗ってどこか遠出したいところですね」
そう言いながら空を仰ぐ武道にドラケンは何も言えなかった。
心地の良い風に木々は揺らめき、木漏れ日が眩しい。こんな良い天気で平和な日なのに武道はもうすぐ死ぬという。
ドラケンには未だに理解ができなかった。
「わり、俺、そこで飲み物買って来るわ。何飲む?」
「え!良いんすか!じゃあお茶で!」
「分かった」
そう言って武道を暑くないように木陰に移動させ、近くの院内売店に走っていった。売店で武道と自分の分のお茶を選んでいると、泣いている夫婦とすれ違った。
「なんであの子が…神様なんていないんだわ」
「ようやく出来た子供だったのに…」
話を聞くに不幸なことがあったらしい。しかしその夫婦の足元にいた子供が「でもさ」と夫婦に話しかけた。
「お姉ちゃんは天使になっちゃったけど、きっと元から神様のお気に入りで手放したくなかったんだよ。」
だから神様が呼んでいたんだよ、とその小さな女の子はいった。すると子供のいったことに母親は更に泣き出し、父親が支えるようにして売店から出ていった。ドラケンは少女の言っていた事を反芻し、飲み物売り場に佇む。
少女の言葉が何故だか頭に残る。
「神様のお気に入りか…」
神様のお気に入り。それは幸か不幸か誰にも分からないことだ。幸せなのだとしたらそれは唯一人、居もしない神だけだろう。
ドラケンはお茶を二つ買って、武道のいる大きな木の木陰へと急ぐ。
「たけみっち悪りぃ、待たせた…な…」
車椅子に乗っている武道は、背もたれにもたれかかる体勢で眠っていた。やけに静かに。ドラケンは慌てて武道の脈を確かめ、何度も名前を呼ぶ。
「たけみっち!おい!たけみっち!!」
中庭で散歩していた複数人がなんだ、なんだとドラケンに注目していたがそんなの知ったことではない。痩せ細った肩を大きく揺さぶると武道はゆっくりと目を開けた。
「…ん、ドラケンくん遅かったっすね」
「お、おう…悪りぃ…よかった。もしかしたら」
お前が死んでるんじゃないかって…と言おうとした所で口を止めた。冗談でも言いたくない。武道は未だ頭が覚醒しておらず、聞いていなかったのか「?何すか?もう一回」と聞いてきたがドラケンは「いや、何でもない…」と顔を背ける。
「それより、買ってきたぜ」
そういってドラケンが武道にお茶を渡す。武道は「ありがとうございます」と言って受け取ったが開けることができないのか手を真っ赤にしてペットボトルの蓋に苦戦していた。
「開けてやろうか」
「すいません、ドラケンくんお願いします」
そう言って武道から渡されたペットボトルは一捻りで一瞬で開いた。それを見て「ドラケンくん流石っすね!」と武道はいう。
「まーな、…というかたけみっち後少しで開けれたんじゃね?」
「え!おいしいとこドラケンくんに持ってかれたってことっすか!」
「ペットボトルの蓋開けにおいしいも何もないけどな」
「それもそっすね!」
開けられたお茶をゆっくり、ゆっくりと武道は飲む。飲むたびに揺れる喉仏が何故だか妙に色めかしくて、ドラケンはドキリとした。痩せ細った武道の白い肌が簡易的な入院着からチラリと見える。その細い白い身体を何故だか強く抱きしめて、離したくない、誰にも渡したくない隠してしまいたい!そう思えるほどにドラケンは心の中に「何か」がこみ上げるのを感じた。
「ドラケンくん?ドラケンくん?おーい」
「……っ!悪りぃ、聞いてなかった。どうした?」
「大丈夫ですか?ぼーっとしてたので声かけたんすけど」
どこか具合悪いんですか?とドラケンの調子を気遣う武道は心配そうな顔をしていた。
「そっか。サンキュ」
「いえ!そろそろ戻りましょうか」
「だな」
神様、どうか、どうかコイツを連れて行かないでくれ。その為なら俺はどんな事だってする。
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「え?面会できない?」
数日後、千冬が一虎、ドラケンを武道がいる病室から出てきた看護師が止めた。
余談だがすっかり東卍メンバーは看護師たちに顔と名前を覚えられている。
「そうなの、花垣さんね、今は誰とも会えないって言って家族以外の面会を受け付けていないのよ」
そう言った看護師は次の仕事があるのかナースステーションへと行ってしまった。
「相棒…どうしたんだよ…」
「来すぎたとか?千冬うるせーもんな」
「一虎くんだってベタベタと相棒に触りまくって遠慮がなかったじゃないですか!」
「お前らうるせーぞ!」
武道の病室の前で口喧嘩を始めようとした千冬と一虎を諌めたドラケンは武道の病室の扉を三回ノックした
「たけみっち、どうした?何かあればメールでも何でも言ってくれ」
「待ってるからなー」
「なー」
「じゃ、行くな」
「え!帰るんすか!!」
「千冬ぅ、駄々こねんなよ」
「捏ねてないっすよ!」と、またもや口喧嘩になりそうな二人を連れてドラケンは病棟を出ることにした。暫く歩いて、病院の出口へと向かう途中でドラケンは足を止め、先を歩いている千冬と一虎に声をかける。
「わり、俺トイレ行くわ。先帰ってろ」
「りょーかい」
「え!俺待ちます!」
そう言った千冬はドラケンの元へ駆け寄ろうとしたが、一虎に首根っこを掴まれ、「お前はコッチ」と出口に向かって歩いて行く。
「え!一虎くん何でですか!!」
「ばーか、お子ちゃまは分からなくて良いんだよ」
「馬鹿とは何ですか!」
「分かんねーのかよ、愛だよ、愛」
そう口喧嘩しながら病院を後にした千冬と一虎を見送りながらドラケンはトイレとは違う方向、すなわち武道のいる病室へと向かった。
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武道は背もたれを上げたベッドに横たわり中庭を見ていた。もはや車椅子に乗って座位を保つことすら難しい。こんな弱ってる姿を皆んなには見せたくない、と家族以外の面会を止めてもらうよう言ったものの、何だか無性に寂しく感じる。と言っても最近は眠っている時間のが多いのだが…。
うとうと、と船を漕いでいると病室の扉が開く音がする。さっき点滴を変えに来たのにもう終わったのかな?また寝て一日が終わったのか…と思い目を覚ますとそこには
「ドラケン…くん…?」
ドラケンがベッド横にあるパイプ椅子に座って武道の手を握っていた。
「おう、お前に会いたくてな」
「でも、俺はダメだって」
「でも、だって、は関係ねぇ。俺が会いたかったんだ」
お前はいつも大事なことは言わないからな、と武道の頭を撫でる。
「あ、あはは…」
「俺にできること、あるか?」
「え?」
「今まで沢山、助けてもらったんだ。それに」
「それに?」
「いや、何でもない」
口ごもり黙り込んだドラケンに武道は「大丈夫ですよ」と伝える。しかし武道の瞳は伸びた前髪の奥で「寂しい」「怖い」「助けて」と訴えているようだった。
「お前、本当にいいのか?」
「……」
「俺はお前と一緒に生きたい」
「でも、それは」
「出来ない、んだろ?」
お前は神様のお気に入りだもんな、そう呟くと武道は「どういうことですか?」と聞くがドラケンは首を振り、「何でもない」と言って武道の頬を撫でた。
「くすぐったいですよ」
「なぁ、俺も連れて行ってくれないか」
「?」
「お前のいく所に」
「ダメですよ」
だめ、とすぐに首を振って今度は武道がドラケンに手を伸ばした。
「この大きな手も優しい眼差しも、もう二度と俺は見れないのかもしれないってドラケンくんが来る度に思って辛いんです」
武道は伸ばした手をドラケンの頬に当てた。その頬は濡れており、武道はその涙を拭う。
「泣かないで、俺が明日居なくなってもドラケンくんは―――」
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次の日の夕方、仕事を片付けたドラケンは面会時間ギリギリになりながらも武道の病室に向かう途中で何か胸が騒つく。嫌な予感がした。
「…?」
嫌な胸騒ぎで段々とほぼ走るように廊下を足早に駆ける。すれ違う看護師に注意されてもそんな事は耳に入らない。病室に足を踏み入れるとそこには
「たけみっち…?」
何もなかった。何も。
もしかしたら個室に移動したのかもしれない。そう思いナースステーションへと向かい、武道のことを聞こうとした瞬間、後ろから声がし振り向くと…
「貴方、龍宮寺くん?龍宮寺堅…くん?」
どこか武道の面影のある女性が立っており、「ありがとうね」と涙声で話しかけてきた。
「あ、はい。貴女は」
「あ、ごめんなさい。武道の母です」
「ここでは何なので中庭でお話しましょう」とナースステーション前から外へと移動することにした。
大きな木の木陰にあるベンチに武道の母親が座ると、ドラケンも隣へと座る。そして武道の母親が小さな鞄から取り出したものは小さめの紙切れだった。
「これ、きっと武道が貴方宛に書いた物だと思うわ」
母親は紙切れをドラケンに渡すと「今までありがとう。皆さんにもよろしくお伝えください」と言って去って行く。ドラケンがそっと二つに折られた紙切れを開くと、そこには弱々しくも綺麗に書こうと頑張った武道の文字があった。
『ドラケンくんへ、いつもお見舞いに来てくれてありがとう。俺と一緒に生きたいって言ってくれたことも嬉しかったです。でも俺は一人で逝きます。俺、ドラケンくんのこと大好きです。もし今日俺がいなくなっていても俺の分まで笑って欲しいです』
空は雲一つない正に晴天と呼ぶに相応しい穏やかな日だった。小鳥の歌うような声、暖かい風、それでも何か足りない。その足りないものは分かっている、
「たけみっち…」
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あんなに晴れやかだった天気が嘘のように雨がしとしと、と降っている。今日は武道の葬儀の日だ。しめやかに行われる葬儀には武道の家族は勿論、昔馴染み、友人、そして東卍メンバーが大勢集っていた。
葬儀前、会場外で思い思いに武道を偲んでいる中、ドラケンは一人で会場にひっそりと入っていき武道が納まっている棺桶の窓を開ける。そこには穏やかで柔らかな笑顔で眠っている武道がいた。エンゼルメイクもあるのか肌色も良く、声を掛ければ目を覚ましそうに見える。
「たけみっち」
返事なんてあるわけない。死人に口無し、だ。しかし「何すかドラケンくん!」と幻聴が聴こえる気がする。神様がいるならこう言いたい
「たけみっちを、返してくれ」
童話ではキスをして目を覚ます話がある。しかしそんなことして武道が目を覚ます筈もない。
出棺の時間では誰もが涙し、武道の両親は泣き崩れてしまっている。花に包まれた武道はまるでウェディングドレスを着ているようであまりにも綺麗だった。
荼毘に伏され、何も言わぬ骨になった武道を両親はそれはそれは大事そうに抱えて何ども骨壷を撫でていた。その姿は何とも痛々しく、そしてどこか羨ましくもある。
あの時、棺桶に入っていたならば一緒に連れて行って貰えたのだろうか?そう考えたドラケンは漸く武道のことを好きなのだったのだと気づいた。