「阿絮、私に変装術を教えてくれないか」
「………は?」
「膝まづいて3回頭を下げるんだったな」
「…いや、待て」
「あぁ…師と仰げとも言ってたか」
「違う、それはいいから…なんで急に変装術を?前は全く興味がなかっただろ」
「絶世の美女になりたいんだ」
「美女?」
「阿絮から見て魅力的な女子なら美女じゃなくてもいいが」
「どうしてそこで俺が出てくるんだ」
「そうすれば阿絮に思う存分触れても構わないんだろ?」
「………は?」
「まさか忘れたわけじゃあるまいな?魅力的な娘なら触れていいと言ったじゃないか」
「…そんなことを言ったか?」
「言った。私は傷ついたんだからな…自分の言葉には責任を持て」
「それで変装術を?」
「あぁ。お前に触れてもいい魅力的な娘になりたい」
「…………」
「阿絮?」
「…分かった」
「ほんとうか!?ならば膝まづいて…」
「それはいい」
「えっ…いいのか?」
「そんなことをしなくても教えてやるから鏡の前に座れ」
「わかった」
「………よし。じゃあ目を閉じろ」
「うん」
「…………」
「阿絮?」
「もう目を開けてもいいぞ」
「え?でも…なにもしてないだろ?」
「いいから開けてみろ」
「…………」
「鏡に何が映ってる?」
「…私だが」
「それでいい」
「………どういう意味だ」
「そのままでいいと言ってる」
「私のまま…?」
「…こういう時ばかり鈍いんだな」
「阿絮…?」
「俺の好みの顔はそれだと言ってるんだ」
「……………えっ!?」
鏡の中の阿絮はぷいっと顔を反らして足早に去り、しばらく呆然としていた老温は言われた言葉の意味を理解すると顔を真っ赤に染め上げながらもにやけ顔で慌てて知己の後を追った。
「阿絮…!あーしゅっ」
「うるさい、何度も人の名を連呼するな」
「私の顔が阿絮にとって魅力的なら私は好きなだけ阿絮に触っていいのだな!?」
「…魅力的とは言ってない」
「言った!」
「言ってない」
「絶対に言った!」
「言ってないっ…ただ俺は好みの顔だと…!」
「……(阿絮に好みだって言われた!)」
「……(しまった…口が滑った。二度は言わないつもりだったのに)」
「阿絮、好みってことは私の顔が好きなんだよな?」
「…………」
「なぁ…好きなのは私の顔だけか?」
「…さぁな」
「私はお前がまるごと好きなのに?」
「………老温?いま、なんと……」
「阿絮が言ってくれなければ私も二度は言わない」
「お前の顔だけが好きなわけじゃない…ほら、言ったぞ」
「えぇっ…!?そんな淡々と言われても嬉しくないよっ、阿絮!」
「言ったことにかわりはないだろ。約束だ、お前も言え」
「もう1度!ちゃんと私の名も入れて言って…!」
「お前が言葉にしたらな」
なんて子どもみたいなやりとりを繰り返して、最終的に相手が折れないことに疲れて『仕方ない、そろそろ自分が折れるか…』と考えたタイミングがまた一緒で。『好きだ』と呟くのが重なればいい…どこまでも息が合って仲のいいふたりがいたら可愛いなという妄想でした。