「阿絮、よい酒が手に入ったんだ。今夜は私と一緒に…」
「駄目だ」
「え?」
「魅力的な提案だがその酒はまた別の機会にしよう」
「なぜ今日は駄目なんだ」
「お前は眠れないから飲みたいだけだろう?」
「………」
「酒は寝つきをよくはしてくれないぞ。むしろ逆効果だ」
「…どうして分かったの?」
「ここ数日のお前の様子を見てれば分かる」
「いい酒なんだよ…?」
「その誘惑にはのらん」
「あーしゅー」
「そんなに飲みたければ俺の淹れた茶を飲め」
「えー…」
「なんだ、その顔は」
「…阿絮の茶は苦いじゃないか」
「ふっ…唇を尖らせて拗ねるなんてまるでお子さまだな」
「苦いのは好きじゃない」
「老温」
「ん?……え?」
「目をつぶれ」
「…(阿絮の顔が間近に!?)」
「………」
「…(な、なになになに!?……んん?耳の後ろを揉まれてる?)」
「どうだ」
「…なにが?」
「安眠の経穴(ツボ)だ。気持ちいいだろ」
「それ、目をつぶる必要があった…?」
「あと頭頂部にもいい経穴があってな」
「阿絮、人の話を…って…ちょっと痛いんだけど…!」
「気が滞ってる証拠だな」
「いや、阿絮の力が強くない…?」
「弱くちゃ効果が出ないだろ」
「まぁそうだけど…」
「ここは万能の経穴でな、色々な効果があるが不眠にも効く」
「へぇ…」
「だが人によっては合わない場合、腹を下すこともある」
「…は?」
「安心しろ、ごく一部の話だ」
「ちょっとまって…全然安心できないけど!?結構力強く押してくれたよね阿絮っ」
「よく眠れるようにな」
「別の意図を感じるのは気のせい!?」
「気のせいだ」
「………」
「どうした」
「…いい笑顔だね、阿絮」
「くくっ」
「あー、もう分かったよ…酒はまた今度ね。今日は阿絮のおかげでよく眠れそう…」
「老温」
「ん?」
「もうひとつあるから目を閉じてみろ」
「いや、私にはこれで十分だよ」
「いいから」
「でも」
「早くしろ、老温」
「…分かった」
「……………」
「………え?」
「おやすみ老温」
「……………」
「これはよく眠れるまじないだ」
「……えっ!?」
にっこり笑って周子舒は背を向けた。一方で温客行は額に触れた温もりに動揺して真っ赤な顔のまま立ち尽くしていたが、周子舒が部屋を出る瞬間、ちらりと見えた耳朶と頬がほんのり色づいていることに気づいてしまう。となれば、その背を追うという選択肢が生まれるのは必然であった。
はたして温客行は安眠することができたのか?それは二人だけが知っている。