「久しぶりに閉じ込められたと思ったら…これはまた随分と特殊な条件だな」
「…………」
「相手の一部を食べないと出られない部屋、か…」
「…………」
「…老温?」
「…………」
「おい、老温」
「…………」
「さっきから黙りこくって一体どうした?顔色も何だか悪いぞ」
「あ………」
「ん?」
「あぁぁぁぁあしゅっ…!」
「老温?そんなに狼狽えてどうした?」
「阿絮はなんでそんなに冷静なんだっ!?」
「この部屋は何度も経験してきたじゃないか。指示されたことさえ遂行すれば必ず出られると分かってるんだ、何を焦る必要がある?」
「だって食べるだよっ!?」
「そうだな」
「相手の一部だよっ!?」
「分かってるが…なにか問題か」
「問題だらけだろっ!?こんな猟奇的なことをしろだなんて……だめだ、此処にいちゃ駄目だよ阿絮…壁を壊そう」
「………は?」
「今まで無茶な指示なんてなかったから放置してたのが失敗だった…こんな部屋があること自体おかしいんだからもっと調べるべきだったんだ。いつも阿絮が素直になったり可愛くなったりして私にとってはご褒美のような部屋だったからいいかと思ってたけど…油断した」
「ちょっと待て老温」
「ん?」
「お前な…」
「どうしたの阿絮」
「……いや、いい…此処を出てから言いたいことは話す。今はこの部屋のことだな…」
「だから壊すのに協力してくれ」
「協力と言われても…壁を壊すのは無理だと初めてこの部屋が現われた時に確認しただろ」
「あぁ…しかし諦めずに調べれば何か方法があるかもしれない」
「無理だな」
「諦めるのが早すぎるよっ、あしゅ…!」
「それより指示に従ったほうが楽で早い」
「だからって相手の一部を食べるなんて…!」
「老温、お前は勘違いをしていないか?」
「……え?勘違い?」
「なにを食べると想像してる?」
「それは肉だけど…」
「…………」
「えっ?だって食べると言ったら肉しかないよね?」
「指示は相手の一部だ」
「うん」
「肉とは限定されていない」
「…………あっ」
「さすがにそんな指示があったら俺だって焦る」
「そうか、私はてっきり…いや…でも、だとしたら相手の一部って…?」
「肉体に傷をつけないことを前提としても、それなりにあるだろ」
「んん…??」
「これは一部と認識されるか微妙なところだが、手っ取り早いのは体液だな」
「………体液?」
「あぁ」
「…………」
「…おい、どうしてそこで赤くなる?」
「だ、だって…体液って……」
「………?」
「…あしゅ、は…いいの…?」
「何がだ」
「その……ここで、しても…」
「っ……!?ち…違うっ!違うぞ!?その体液じゃない!!」
「……その体液って?」
「老温っ」
「阿絮も真っ赤…」
「お前が変な勘違いをするからだ…!」
「変な勘違いって?」
「俺が言いたかったのは涙や血のことで…っ」
「ねぇ、私がどんな勘違いをしたと思ったの」
「っ………」
「教えてほしいな、阿絮」
「老温…!」
「ふふっ…やっぱりこの部屋だと阿絮はかわいくなるね?」
「お前が変な想像をするからだっ」
「阿絮だって分かったくせに」
「…知らん」
「でも本当に同じことを思い浮かべたか分からないから答え合わせをしない?」
「断る」
「阿絮の口から聞きたかったんだけどなー」
「黙れっ」
「そんな顔をしてもかわいいだけだし…」
「いいから黙れと言ってる…!」
「あー…うん、ごめんね阿絮。だからそんな部屋の隅に言ったりしないで…私に顔を見せて?」
「…何を食べるか決まるまでお前の顔は見ない。無理に俺の顔を見ようとしたら此処を出てから数日は口をきかないからな」
「えっ…それはちょっと厳しくないか」
「お前が見ようとしなければいい話だ」
「…私は見たいのに」
「老温」
「わかった、早く決めろって言うんだろ?それじゃあ…まずは体液で試してみる?」
「そうだな。もし一部と認識されなければ他のものを試してみよう」
「ちなみに他って?」
「飲み込めるものと考えれば自ずと限られてくるだろう」
「うーん………あ、爪とか?」
「それもありだな。あとは髪の毛とかな」
「確かに…飲み込めなくはないし、相手の一部としてはちゃんと認識されそうだね」
「だろ」
「でも、少し飲み込みずらそうではあるな」
「だからまずは涙で試してみよう」
「却下」
「…は?」
「だってそれだと泣くのに時間がかかるだろ?だから他のものにしよう」
「じゃあ、血か?」
「それも却下。肌に傷がつくじゃないか」
「…だったら一体なんだ」
「唾液」
「…………」
「口づけすれば唾液の交換もできるよね」
「…………」
「あぁ…ちょっと濃厚なやつじゃないと駄目かもだけど」
「…………」
「あれ?阿絮…なんか、また耳朶が赤く…」
「うるさい」
憮然とした声音で言い放った周子舒は突如くるりと振り向いたかと思えば温客行の襟ぐりを乱暴に掴み、噛みつくように唇を重ねた。唐突なそれに目を見開いた温客行だったが、すぐにうっとりと瞳を細めると愛しい相手を迎え入れるべく、閉じていた唇を緩めたのだった。
果たして唾液の交換で部屋を出ることが出来たのかどうかは、二人だけの秘密らしい。