12戦目★"かわいい"は正義!安原とピク。二人の喧嘩に理由などいらない。言うなればそもそも二人の喧嘩に大した理由などないのだ。
「だからそれのどこに俺の非があるっていうんだ?!」
「だって……っあの時君がちょっかいかけなかったらケンカにならなかった!」
「ちょっかいかけた?あれのどこが必要のないちょっかいだ?お前が危なっかしいから助け舟を出してやっただけだろう?!」
「それが余計なお節介って言ってるんじゃないか!」
喧嘩の発端はあえて記述はしない。日常に溶け込み過ぎたこの華麗なる小競り合い、そもそも発端がどこなのか誰が見ても分からない。
挨拶よりも先にと、今日も今日とて繰り広げられる喧嘩という名のコミニュケーションに理由は不問なのだ。
「あの時俺がいなかったらどうなっていたか言ってみな?」
「うぐっ……」
「言えないのか?」
「〜〜〜っ……」
ピクを見下ろし既に勝ち誇った顔の安原の顔を思い切り鷲掴みたい……苛立ちに拍車がかかりつい脚が出そうになったピクだが、それは些か理不尽が過ぎると手を納めた。
頭では分かっているのだ。今回の一件、安原は何も悪くないと。
寧ろ感謝すらしなければならない立場である。だが安原に借りを作ってしまった屈辱からつい不本意なつっかかりをかけてしまったのだ。
今回の喧嘩の発端はピクの意地っ張りから来る天邪鬼だ。理不尽な理由で自分からふっかけておいて真っ当な事実に言い負かされている、こんな情けない、恥さらしな事があるか。
この時ばかりは自分の安原限定憎まれ口と天邪鬼が憎くて仕方がないと自爆を自覚して奥歯を噛み締めるピク。
この喧嘩、安原の勝利――と思われた、その時。
「……っ!」
ここで素直に負けを認める程、ピクは子供では無かった。
「だっ……?!」
顔を上げたピクがどんな言い訳をするのかと聞いてやろうとした矢先、首元を締めるネクタイを捕まれ安原は力に任せて引っ張られた。
――ピクとの距離、ゼロセンチ。
唇に触れた形容し難い愛らしい柔らかさに安原は目を見張る。
水を飲む小鳥の様に控えめで可愛らしい、触れるだけの初心なキス。そっと離れた唇の後、目の前のムムリクは彩る花の様に可憐な笑みを浮かべている。
上目遣い気味に、長いまつ毛に縁取られた少女の様に大きな瞳が安原を見つめていた。
「……ね、安原?」
上目遣いでじっと見つめ、こてんと首を傾げて安原に伺いを立てるピク。
こんなにも美しく可憐な花のムムリクに貴方だけだと見つめられれば赤の他人なら一発でKOだろう。
だがここでピクの思惑を見抜けぬ程、安原は阿呆ではなかった。
「……なぁにが"ね?"だのこバカ!話をすり替えるな!」
そう言いながら明らかに一段苛立った安原が右手でピクの柔らかい頬を掴む。
むにっ、と聞こえそうなピクの頬を、お返しだと言わんばかりに親指と人差し指で押ししだく安原。
可憐な表情から一変、頬を押ししだかれるピクの眉が釣り上がり拗ねた様に唇を尖らせた。
「ちぇっ、安原なら騙せると思ったのに……」
「俺を何だと思ってるんだ?!」
そう悪態をつき、ピクは不満げにじどっと安原を睨みつける。
伊達にこの面倒臭い陽キャの相手をしていない。ピクの見え透いた嘘を安原が見抜けない訳が無いのだ。
「お前、自分の分が悪くなったらかわいこぶって誤魔化すのやめろよな!?」
「かわいこぶってないもん、かわいいんだもん。ね?」
「だから"ね?"じゃねーよっ!!」
明らかに自分が可愛い事を自覚しているこのムムリクの堂々たるや、お前の辞書に謙遜という言葉はないのかと苛立ちを隠せない安原。
安原の言う通り、自分の分が悪くなると抱きついてきたりキスをする、かわいさを武器に相手をほだして有耶無耶にするのがピクなりの策略である。
男を翻弄する猫の様な策略に何度同じ目に遭って来たのだろう、数える気力すら削がれ、安原は呆れたと渇いたため息をつく。
「ほら、過ぎた事をとやかく言ったって仕方が無い。男なんだから細かい事は水に流そうじゃないか」
「お前が言うな?!」
安原の言う通り、それはとばっちりを受けた安原が言うべき台詞である。
かわいこぶろうが悪態をつこうがけして安原から目線を逸らさないピク。
どうせなら文句の一つや二つ、更に三つ付け加えてやろうと息巻く安原だったが、どうしてかその文句達は尻込みして奥に引っ込んでしまった。
文句を言う気にもなれない安原ははぁ、と重くため息をつきガシガシと頭を搔く。
――惚れた男は恋人にめっぽう弱いのだ。
「……仕方がない、今回だけだからな」
「へへっダーリン大好き♡」
「少しは反省しろよ?!」
自身が可愛いという自覚があるピク。だがその何千倍もピクの事を可愛いと信じて疑わない男が隣にいる事をピクは知らないのであった。
本日の勝負、かわいいは正義。よってピクの勝ち。