5戦目★好きなもの、最初に食べるか、最後に食べるか旅人四名が集う草原には青葉の香りと花々の香り、そしてふんわり砂糖菓子の甘い香り。
「ーーーーっっっ!!!」
そんな御伽噺の一節をぶち壊したのはピクの愕然の叫びだった。
三分の一程ぽっかりと齧られた焼き菓子を前に愕然としたピクは隣で元三分の一を咀嚼する安原をキッと睨みつける。
「信じられない!一番ラズベリーが入ってるところ一口で食べたよこの男!!」
「お前が食わせたんだろうが。そもそも食べてみろってしつこかったのはそっちじゃないか?」
「遠慮ってものがあるだろう?!」
指差しなじり罵倒する、いつもの小競り合いを平と新は焼き菓子をちまちま食べながらまた始まったねとのんびり眺めていた。
――事の発端は数分前、平と新が穏やかな午後を過ごしていた頃に愛車のオープンカーと共にピクが二人に会いに来た。
当然の様にちゃっかり助手席に座っていた安原に何の疑問も抱かずに新はどうしたんだいとピクに聞くと、座席に乗せていたバケットを平と新に差し出した。
どうやらピクの住むムーミン谷に新しく開店した洋菓子店のお菓子を二人に届けに来たらしい。
ピクの住むムーミン谷は他のムーミン谷に比べ色々と発展している。整備された道路を走る愛車こそその確固たる証拠である。
都会的である為世間の流行の最先端を取り入れるのもひと足早く、気になった最新ブームメントがあるとこうして華やかなスイーツを平や新に買ってきてくれるのだ。
「新しく出来た洋菓子屋さんのクレープがかわいくて、つい買いすぎたから二人にお裾分けって訳さ。君達のムーミン達の分もあるから持って帰ったらいいよ」
いくら何でも買いすぎだろうと思ったが、ピクなりのさりげない優しさなのだろう。平と新はお互い自分の住む谷にいる親友達のはしゃぐ顔を思い浮かべ、自分達の谷では中々お目にかかれない華やかで都会的なスイーツを有難く頂く事にした。
バケットの蓋を開くとまろやかなクリームの香りと共に色とりどりの果物がクリームと卵色の生地で包まれた甘い洋菓子、ピク曰く"クレープ"という洋菓子という。
ラズベリーやアプリコット、ラ・フランスなど色とりどりの果物と真っ白でまろやかな生クリームをパンケーキよりも断然薄く焼かれた卵色の生地に包まれたそれらひとつひとつが小さな花束の様で、バケットの中はさしずめ甘い花畑の様だ。
色とりどりの花束の中、平はラ・フランスを、新はアプリコット、そしてピクはラズベリーのクレープを頂くことにした。
「君は甘いもの苦手だろう?甘くないものも買ったからこっちをあげるよ」
「おう、ありがとな」
「はぁい」
そう言ってピクはバケットとは別に小さな紙袋をひとつ安原に渡す。
甘い物がてんで駄目な安原の為にと渡したクレープはハムとチーズ、そしてチリソースが包まれたホットクレープは作り立てなのかほかほかと薄い湯気を立てている。
穏やかな昼下がりの小さな花畑にちょうどよく空いたお腹、ちょっとしたピクニックみたいだと平と新は思いながらピクの住むムーミン谷に新たに訪れた流行の最先端を一口齧ってみた。
ほんのり甘いもちもちの生地に包まれたクリームは少し甘さ控えめで果物との相性がとても良い。
平は瑞々しい甘さに、新はまろやかな甘みに幸福の舌鼓している横で、ピクは1番上に乗っていたラズベリーを避けながらたっぷりのクリームが零れない様小さく齧っていた、
「君も食べてみるかい?」
「いや、見るからに甘そうだから遠慮する」
「クリーム沢山だけど甘さ控えめでおいしいよ?」
そう言って目の前に食べかけのクレープを差し出された安原。とうの安原はホットクレープをピクが十分の一程を食べ終えた頃には既にペロリとたいらげていた頃。
ピクに勧められ、じゃあ一口とクリームたっぷりのクレープに齧り付いた……という事で今に至る訳だ。
「どこが甘さ控えめなんだ?このクリーム甘すぎるだろ」
「あれだけ食べててそれは無くないかい?!」
「この世は弱肉強食だぜ。よってちんたら食べてるお前が悪い」
「責任転嫁も甚だしいな?!」
ラズベリーソースと絡み溶け始めたピンク色のクリームそっちのけの二人の間に本日幾度目の喧嘩を告げる笛の音が聞こえた気がした。
「あの二人、今日も元気ですね」
「そうだね。仲が良い事はいい事だね」
「ところで新さん、新さんは好きな物を食べる時、先に食べますか?それとも最後まで取っておきますか?」
いつもの事だと特に案ずる様子などなく、二人の喧嘩を横にクレープを味わう平と新。
平の唐突な質問に小さく首を傾げながら、新は正直に答える事にした。
「そうだな……僕はゆっくり味わいたいから最後に食べるよ。平はどっちなんだい?」
「僕は取られる前に先に食べちゃいます……ねぇ、新さん。好きな物を食べる順番と同じものって知ってますか?」
新もピクと同じくゆっくり味わい、好きな物は最後に大切に食べる派のムムリクだ。
好きな物は先に食べるという平の答えに意外だと少し驚いた新に、平はこっそりと秘密事の様に耳元で囁いた。
「好きな物を食べる順番って、好きな人にアプローチをかける速さらしいですよ」
そう耳元で告げた平は嬉しそうに黒目がちな大きな瞳をにっこりと細める。
好きな物を食べる順番は好きな人に手を出す速度――思い当たる節があったのだろう。新は恥ずかしそうに頬を染めた。
「……っもう、あまり大人をからかってはいけないよ」
「ごめんなさい。貴方の反応がかわいくて、つい」
恋に振り回される乙女の様に頬を染めて恥じらう年上の恋人は早く食べてしまおう。誰かに盗られる前にと平はクレープの中に散りばめられたラ・フランスの最後のひとかけをパクリと食べる。
クレープを食べる平を見て、子供の様に素直に真っ直ぐな好意を表してくれる年下のかわいい恋人に翻弄されるのも悪くない、新は火照る頬を冷ましながら思うのだった。
「……で、安原さんは好きな物は先に食べるけど食べるタイミングをいつも間違ってしまう残念なタイプって事ですね」
「平!お前聞こえてるぞ!!」
平の冷静な判断に図星なのか、穏やかな草原に安原の半ギレ混じりの大きな声が一層強く響き渡ったのだった。
―――後日、平の住む穏やかなムーミン谷にて。
その日も四人の旅人は顔を合わせており、その場をたまたま通りかかったムーミンママから出来たてのベリーのジャムと余ったベリー達を貰い、平達はムーミンママから貰ったベリーのジャムをパンケーキに添えて頂く事にした。
淡い湯気を立てるパンケーキにムーミンママ特製のベリーのジャムをかけ、その上から木苺やラズベリーを散らしたベリーずくしのパンケーキに目を輝かせるピク。
早速頂こうと宝石箱の様なパンケーキにフォークを立てようとした時、ころりと新たな宝石がパンケーキの上に降ってきた。
ピクはフォークを立てようとする手を止め、ころり、ころりと増えていくパンケーキ上の宝石達が降ってくる右側に目をやる。
ピクの右側で自分の皿に乗ったベリー達をひとつひとつ地道にピクの皿へ移す安原と目が合う。
「……やる」
そう言って最後のひとつをころりと転がした安原はベリーのジャムがかかったパンケーキを大口で食べ始めた。
「そっか、君甘いもの苦手だもんねぇ」
じゃあ有難く頂くよと言ったピクの皿には今にもこぼれそうなベリーの山。
沢山のキラキラしたベリーを前に心無しか嬉しそうなピクと無言でパンケーキを食べる安原を前にした二人、平は若干呆れた様な渇いた笑みを、新は嬉しそうな朗らかな笑みを浮かべて思う。
―――そうじゃない、そうじゃないよ!と。
本日の勝負、関節キスを気にも留めなかった為引き分け。