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    秘色-ヒソク-

    @hsk_yah

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    秘色-ヒソク-

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    天テラ なんか別れ話みたいになっちゃった。全然そんなつもりなかったのに。ちょっとテㇻくんがしばらくどっか行くだけよ。そんなこともあるでしょう。

    お題 【海を渡るための荷物】

    #天テラ
    emperorTerraFirma
    ##天テラ

     しばらく遠くに行くから、と告げて旅立ったひとのことを思い出している。ひととき、鼓動が止まってしまったかのように感じたのはその結論のせいではなくて、傍を離れる選択に至るまでの過程に自分が介在できなかったということ。
     強い潮風に乱れるのが鬱陶しいからと、長い髪を器用にまとめるはずの彼の手が。ドレッサーの引き出しを開けて迷う素振りを見せるから、これだと思う髪飾りを指したところで止めるとそれを手渡された。鏡越しに合った目が甘えてくるのが愛しくて、望まれるままに叶えてしまう。するりと一房、指通りのいい髪が指の間から落ちる様がほんのりと苦い。何の暗示というわけでもないのに、きっと少しだけ情動的だ。
    「何を見ているんですか?」
    「テラくん」
    「本当に?」
     返事はなかった。鏡越しに浴びせかけられる視線が答えだった。だから目は合わせずに、虚像ではなく生身の身体に触れて飾る。勝手に選んだアクセサリーも文句も言わずに身に付けて、完璧、と呟いた一言。ああ、門出に相応しい。だからそれを合図に、揃って立ち上がり向かう先へと踏み出した。
     別荘のある海沿いを走る単線の線路。車で送ります、という提案を退けた目映いひとは、あれがいい、と二両編成の小さな電車を指差した。
    「ずっと乗ってみたかったんだ」
     足取りは軽くて、目を輝かせて、今どきそうそうお目にかかれない無人改札に笑い声をあげながら、天彦、早く、と掴まれた手を握り返す。昨晩、煌めくピンクゴールドを乗せたはずの爪には、知らぬうちに一輪、花の装飾が施されていた。
    「忘れ物、ないですよね?」
    「何も忘れないからね」
     見ているものは、窓ガラスに映る自分の姿か、遥か先の景色か、それとも。後ろから腕を回すと同時、引き寄せる前に倒れて凭れる身体を受け止める。繁る翠、陽が翳る、深く透ける雲。逃避行のようだ、なんて思うには幸福が過分、満ち足りている。逃げなければならないほど儚く脆い自分たちではなくて、追われたなら振り向いて笑って対峙してしまうような性質だから。これがあなたに必要なことならば引き止めることもなく送り出してしまう。風が雲を押し退ける。燦々、はじける光を水面に湛える、青色は深く、どこまでも。
    「……やっぱり、海を渡る旅にしてよかった」
     まだ港に着いてもいないのに、そう呟く声が愛らしくて、その横顔が忘れられそうもなくて。困ったな、と思わず苦笑が零れたことは気取られないように。
    「ええ。テラさんの旅ですから、絶対に最高ですよ。無欠です」
    「あは、そうだよね! 無欠! それに、最高!」
     餞は用意しなかった。なんだか似つかわしくないと、互いに感じていることに気付いていたから。小さな港まではゆるやかな傾斜の一本道。重たい手動のドアを開けホームに降り立てば、途端に海風が吹き付ける。
     甘え上手なあなたの歩調に合わせる一歩ずつ。海を渡るための荷物は、トランクの奥底、人目にふれない胸の内、潜ませて忘れずに、ときおり指先でくすぐるから。
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    秘色-ヒソク-

    REHABILI天テラ おうた歌ってダウンしてるテㇻくんのお部屋にぁまㇶこがみんなには気付かれないようにこっそり様子を見に行って二人で深夜にイチャイチャしてるはなし。
     この人のこんな顔を見ることになるなんて、と。苦しげな寝姿を見下ろしながら、こちらがショックを受けている。自ら赴いておきながら何を勝手なことを。テラさんが、今は弱っていることはわかりきっていたのに。だからこそと足を運んでおいておかしな話だ。
     誰もが寝静まった夜更け、うなされて、部屋から漏れ聞こえてくる声。何ができるわけでもなくとも、向かいの部屋へと向かったのはもどかしさからのことだ。放っておくには忍びなく、逡巡の果てに自室を後にした。ノックと共に呼びかける。返事はないとわかってはいても。今は施錠されていないドアは、ノブを回すだけで素直に開いた。
    「……テラさん。天彦です。失礼します」
     変わらず、返ってくる言葉はない。ただ苦しげな声が不規則に積もって足元で淀んでいる。灯りを絞った間接照明が浮かび上がらせた姿はぐったりと力なく、信じられないくらいに弱々しい。何かの間違いではないかと思うほど、否、間違いであってくれたならと願うほどに。覗き込んだ顔色は良いとは言えず、惑いののちに触れてみれば唇はかさついている。熱はないようだが心なしか体温は低い。どうすれば、と考えてみてもその先はないまま。
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