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    koko112_bsd

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    koko112_bsd

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    太宰と中也、両方がβのオメガバースです!
    今回は4年振りの再会から!
    書けたらどんどんここに更新していきます。
    纏めて支部に掲載予定です!

    #太中
    dazanaka
    #オメガバ
    omega-3FattyAcid

    運命とも呼べない関係ならば②【最悪で最低の再会(中也)】

    「太宰さんを捕縛しました」
    それを聞いてすぐに、ピンと来た。そんな筈が無い、と。丁稚を見るが、嘘をついているようには見えない。
    成程。此れは奴の企みか。じゃなきゃ、捕まるなんて莫迦な事はしねぇ。それを暴いてやるか。
    クックッと笑うと、丁稚は引き攣った顔をした。
    「あぁ?なんだ?」
    「い、いえ。久しぶりにそんな凶悪な顔をされていたので」
    おっと。拙い。コホンと軽く咳払いをして、表情を戻す。
    「地下には誰も近寄らすなよ」
    丁稚に念を押すと、「承知しました」と頭を下げた。
    他の人間を近づけてはならない。彼奴の口車に乗せられて、逃してしまうかもしれない。太宰は俺の獲物だ。殺すのは俺だ。

    そう意気込んで地下へ行ったのにも関わらず、結局、俺自身が逃してしまった事は一生の恥なので、誰にも言わないつもりだ。
    一通り笑った奴は、「またね」と言ったが、俺としてはもう会うつもりは無い。関わらない方が幸せだ。



    って思った、数時間前の俺を返せ。




    今日の仕事はある意味疲れた。さっさと家に帰って、休んでいるとインターホンが鳴る。モニターを見ると太宰が笑顔で手を振っている。「はぁ〜い」と言う声まで聞こえた気がする。
    なんでこの家を知ってる⁉︎此処は最近手に入れたばかりだ。名義も部下の名前を使っている。公的書類には俺の名前は無い。しかも、この家に入る時も、尾行には気を使っていたし、送り迎えもこの家にした事は無い。なのになんで、此処にいるのか?
    考えこんでいると、もう一度鳴らされる。このまま無視するか?応答せずにいたら帰るんじゃねぇか?
    そんな希望を持っていたら、太宰がカメラに向かって口パクで喋る。
    『これ、なぁんだ?』
    携帯に映し出されたのは、さっき、地下の拷問室で俺が鎖を蹴り壊した瞬間の写真だった。
    「糞太宰ぃ〜!」
    あの状態で、いつの間にか、カメラを設置してやがったのか!熟、己の甘さに反吐が出る。
    太宰はそのまま、ニッコリ笑う。キレそうになるのを堪えて、解錠するしか無かった。

    「へぇ〜、君、中々いい所に住んでるねぇ?」
    勝手に家に入り、リビングまできた奴の首元にナイフを突きつけるが、そんなの気にも留めず、辺りを見渡す。
    「一体、何しに来やがった!」
    太宰は顔だけ此方を向けて笑う。4年経って更に大人びた太宰は昔と変わらない笑顔だか、色気が増していた。この顔に俺は弱い。
    「ただ、今の君の事を知りたくなった」
    「はぁ?」
    指でクイっとナイフを下ろすと室内を自由無尽に歩き回る。まるでクルクルと踊っているようだ。

    「君が何処に住んでて、どういう暮らしをしてて、どんな事を思っているのか知りたくなった!」
    「どうせ、調べ尽くしているクセに」
    ナイフを片付け、煙草を取り出す。苛々しすぎて、呼吸がし辛い。気持ちを落ち着かせたい。
    「まぁね!でも、会って話して、部屋を隅々まで見ないと分からないじゃないか!」
    リビング、キッチン、トイレに洗面所、お風呂まで覗いては戸棚や引き出しを開ける。それに俺もついていく。
    寝室のドアノブに手をかけた時、此方を見たが思わず目を逸らす。すると楽しそうにドアを開け中へ入る。なんとなく、入りたくないので、入り口で立っていた。
    電気も点けずに入って、流石に見辛いのだろう、ベッドのライトを点けた太宰はそのまま、棚の引き出しを開けたり、ベッドに座って跳ねたりしている。
    「もう、分かっただろ。とっとと消えろ」
    「うーん。まだ分からないなぁ〜。ねぇ、ちょっと来て!」
    そこは寝室で。太宰はベッドに座ってて。ライトの灯りだけで薄暗い。側に行くのは抵抗があったが、ここで逃げるわけにはいかない。
    スタスタ歩き、ベッド側のテーブルに置かれている灰皿に煙草を押し付け、火を消し「なんだよ」と睨む。太宰はニッコリ笑うと、手を引っ張った。そのままベッドに押し倒される。見下ろす太宰は薄暗いせいか、どす黒い目をしているように見えた。
    「やらねぇぞ」
    「それはまた今度。これから忙しくなるからね」
    「今度もねぇよ。俺達は今じゃ敵同士だ。首領を裏切る事はできねぇ」
    相変わらず、犬だねぇと太宰は離れる。何がしたいんだ?と思いつつ俺も身体を起こした。
    「ねぇ、中也。君に"番"はできたかい?」
    「はぁ?俺はβって手前が良く知ってるだろうが!できる訳ねぇだろ!何言ってんだ⁉︎」
    「そうだね。じゃあさ、君にとって、"番"って何?」
    「そりゃあ、Ωとαのカップル的な……」
    「そうじゃなくて、君自身にとっての"番"の意味が知りたいんだ」
    「俺にとっての?どういう意味だ?」
    「まだ応えが出ていないなら、それでいいよ。考えておいて」
    太宰はゆっくり立ち上がる。それを目で追う。そろそろ帰るのだろう。玄関まで見送るつもりはない。煙草を吸おうとテーブルに置いたシガーケースを取ろうとしたら、太宰が顎を掬って、口づけを落とした。
    目を開けたまま、触れるだけの口づけ。何が起こったのか分からず固まっていると、太宰は悲しそうに笑い、「またね」と言って部屋を出ていった。
    玄関のドアが閉まった音がして、身体を倒す。柔らかい枕が頭を包む。

    彼奴が言っていた、俺にとっての"番"の意味。そして、今日の彼奴の行動。全てが分からず、分かりたくもなくって、煙草を吸う気も失った。

    4年ぶりに触れたのは唇だけ。
    それが非常に、余計に、虚しく感じた。

    【最悪で最低の再会(太宰)】

    そろそろかと思った。
    漸く会えると浮き足立つ。
    だけど、不安もよぎる。彼が変わってしまっていたら?拒否られたら?もし、相手がいたら?
    そんな事ばかり考えていたから、こんなに時間がかかったのだ。そろそろ腹を括って会わなくては。

    街中を歩いていると、和装姿の少女が近づく。

    君がそうかい?
    「見つけた」
    私と彼を繋げる天使は……

    マフィアに捕まり、地下牢で拘束されて暫くすると芥川君がやってきた。彼を怒らせ、一発頂く。
    コレで仕掛けは発動した。
    「ねぇ、芥川君」
    その場を立ち去ろうとする芥川君を低い声で呼び止める。芥川君はビクッと身体を震わせ、ゆっくり振り返った。
    「私が頼んでた仕事は、ちゃんと出来てるかい?」
    「……なんの事です?」
    ふふふ、あはは!可笑しくて仕方ない!
    「ダメじゃないか!嘘をついちゃ!」
    笑いながら言う私に芥川君の表情が強張る。恐ろしいモノを見てしまった様な表情。ふふふ。

    「私が出て行く数年前に、君に頼んでいた仕事が、あっただろ?忘れたとは、言わせないよ?」
    低い声で睨みつけると、芥川君は突然震え出した。
    「わ、忘れてはおりませぬ。ただ、敵となった貴方に教える必要は!」
    「そんなの関係ないよ。頼んだのは君の上司だった時の私だ。ちゃんと報告してくれないと困るのだけど?」
    まぁ、唯の屁理屈だが、芥川君は殴ってしまった負い目もあり、顔を伏せながら答える。
    「この4年、中也さんに特定の人物はおりません。何名か、部下や取引先で想いを告げられておりましたが、全て断っております」
    「ふぅん。その人達は消した?」
    「……僕は、ただの遊撃隊の一人故、気に食わない等と言う理由だけでは、仲間を殺せません」
    「あ、そ。……まぁ、いいか。で、中也の今住んでる所は?」
    「把握しております。最近、家を変えたそうです」
    「よろしい」
    そう言うと、芥川君は大きく息を吐いた。よく見ると、冷や汗が流れている。
    「では、僕はこれで……」
    「あぁ、御免!一つお願いがあるのだけど」
    今ので疲れきっている芥川君に向かってニッコリ笑う。
    「中也に私が地下牢にいると伝えて」
    「……それだけですか?」
    「それだけで十分だよ」
    芥川君は頭を下げると地上へ帰っていった。

    さて。中也はどのくらいで来るかな?久しぶりの再会だ!楽しみだ。



    暫くすると

    カツン カツン

    と、靴の音が鳴る。ゆっくり階段を降りてくる人影。

    あぁ、やっぱり、君は変わらないね。
    ニヤッと笑った自信たっぷりの顔、変わらない身長、仕草も動きも声も変わらない。少し色気が増している気がするが、歳を重ねたせいだと思いたい。
    「100億の名画にも勝るぜ」
    それは、君だよ。
    さぁて、精一杯、楽しもう!

    中也と昔のようなやりとりを楽しみつつ、しっかり情報も盗んだ。すぐにでも探偵社へ帰って、この情報を渡さなきゃいけない……が、今は無性に会いたい。今の中也の事を知りたいんだ。

    芥川君から教えて貰ったマンションへ向かい、インターホンを鳴らす。一回で出ないのは分かっている。もう一度鳴らして今度は携帯の画面を見せる。口パクで魔法の呪文を唱えると、やっとドアが開いた。
    「さぁてと」
    私は鼻歌をうたいながら、気分良く部屋へと向かった。


    室内に入るなり、首元にナイフをつきつけられた。だが、本気ではないのが分かる。無視してキョロキョロと辺りを見渡す。
    そんな中也の部屋は予想通りだった。白を基調とした部屋に黒い高級家具。昔よりは趣味嗜好が出来たらしく、物を増えている。だが、私が興味があるのはそこでは無い。
    ナイフを降ろさせ、部屋の中を見てまわる。
    中也は特に文句を言う訳でも無く、タバコを吸いながら、後ろをついて歩く。見るのは構わないが、警戒を外したわけでも無さそうだ。
    食器、コップ、カトラリー、歯ブラシ、シャンプー、コンディショナー、、、コレらを見るだけで、恋人や特定の相手がいるかどうか分かる。芥川君の報告が間違っているとは思えないが、確認は必要だ。

    最後の部屋のドアの前に立つと、中也が警戒している気配がした。なるほど。寝室か。此処でも怪しい物は無く、問題無いのだなと、ホッとした。

    ベッドの縁に座り、中也を呼んだ。怪訝な顔をして、灰皿で煙草の火を消した所を引っ張る。思わず、押し倒してしまったが中也の表情は変わらない。
    「やらねぇぞ」
    「それはまた今度」
    今度があるかどうか怪しい。中也も「今度もねぇ」って言われた。そう、今はダメなんだ。今は。
    「じゃあさ、君にとって、"番"って何?」
    この答えを貰うまでは、抱いてはいけない。私の気持ちも伝えてはいけない。じゃないと、また彼は思考を止めたまま、私に流されてしまうから。そんな事はもうしたくない。
    案の定、思考を止めていた中也は答えが出ない。きっと、君は答えを知ってて逃げているんだよ…。

    帰り際、どうしても体温を感じたくて、触れるだけの口づけをした。中也は初めて口づけした時と同じ、何が起こったのか分からない顔をしていた。早く気づいて欲しい……
    「またね」
    きっと近い内にまた出会うだろう。今度は双黒として。その時はもっと冷静になっていたい……

    ドアを閉めて、大きく息を吐く。
    もし、私達がαとΩなら、こんな想いもせずに、抱き合えたのに。"番"の意味も理解でき、お互いの気持ちに向き合えたのかもしれない。
    離反した時とは真逆で、βである事を悲しく想う。そんな身勝手な自分の考えに笑ってしまった。

    4年ぶりに触れたのは唇だけ。
    それが非常に、余計に、嬉しく感じた。

    【双つの黒(中也)】
    久しぶりの汚濁は鳥肌が立つ程、気持ちが良かった。全てが解放される高揚感。中にいる獣が暴れ狂う。身体中が傷ついても、吐血しても、心地よいと感じる。もう、俺には止める事のできない獣を、彼奴は触れるだけで止めやがった。
    昔と同じ。何も変わらない。

    ただ違うのは、触れられた所の熱さと、起きた時に感じる冷たさだった。


    日々の忙しさで、考えるのを放棄していた。
    太宰に問いかけられた『番』の意味。全ての闘いが終わり、久しぶりに帰った自宅で葡萄酒を開けながら、ふと思い出す。
    αとΩ以外に意味なんてあるのか?βの俺には全く分からない。もし、俺がどっちかなら、太宰との『あの関係』に意味があったのかもしれないが……
    意味も無い行為に溺れてしまったのは何故だ?若さ故の欲求不満?
    確かに、あの頃は忙しくて、解消する術が無かったからな……
    なら、今感じるこの気持ちは?
    気持ち?俺は今、何を感じているんだ?

    胸が苦しくなってシャツを掴む。
    酔った頭でも、答えは出ない。思考の渦に苦しくなって、そのままソファで横になった。



    ふわっと身体が浮く感じがする。無意識に異能を使ったのか?と思い、目を開ける。そこには太宰の顔があった。
    「だざい?」
    「あ、起きた。君ねぇ、酔ってソファで酔い潰れるの、やめなよ」
    風邪ひくよ、重いんだから、とぶつくさ言いながら、太宰はスタスタと寝室に向かう。
    勝手に入ってくるな、とか、文句を言うならそのままソファで寝かせろ、とか。
    言いたい事はいっぱいあるのに出てこない。さっきより胸が苦しくなった。辛い。
    そのまま、ベッドに降ろされると頭を撫でられた。
    「ちょっと、黙ったままだと気持ち悪いんだけど。飲み過ぎた?」
    口では皮肉を言ってくるのに、撫でる手つきは優しい。その手が、するすると降りてきて、頬を撫でる。さっきまで苦しいのが、治るようだった。その手に擦り寄ると、太宰は動きを止め、離れていこうとする。思わず、その手を掴み、口づけを落とした。
    太宰の顔が固まる。そんな表情が可笑しくて、笑いながらもう一つの手を太宰へ伸ばした。太宰の表情が苦しそうな顔に変わる。
    「君が誘ったんだからね。後悔しないでよ」
    「上等だ」
    太宰の頭をグイっと引き寄せると、口づけを交わす。激しい口づけ。この後、何をするのか、お互いが理解するのに必要な行為。

    昔から、変わらない。

    変わったのは、お互いの立場と気持ちだけ。


    太宰が苦しそうな顔をした時に思ったんだ。
    せいぜい手前も、苦しい思いをしやがれ、って。

    【双つの黒(太宰)】
    やっぱり、君は美しかった。
    何年振りだろう?久しぶりに見た、君の汚濁は。最初に見た時と同じくらい、美しかった。
    あの時、魅了されたのは、異能の強さでは無い。君自身なんだ。

    組合戦が終わり、漸く家に帰っているだろうと予測し、ピッキングで侵入する。

    やっと会える。早く触れたい。でも、まだダメだ。

    そんな事を考えながら、室内入る。電気はついているが、家の中が静かだ。廊下を歩き、「はぁーい!中也!」と大きな声でリビングの扉を開けるが、誰もいない。よく見るとテーブルには高級な葡萄酒が開いている。
    まさかと思い、ソファを覗きこむと、中也が飲んだまま寝落ちしていた。

    「嘘でしょ……」
    疲れていたとは言え、酔った勢いでそのままソファで寝るなんて、彼らしくない。葡萄酒もまだまだ残っている。葡萄酒は勿体無いので、私が飲んであげよう。
    中也の頭の側に座り、使われていたグラスでそのまま飲み進める。寝顔を見ながら飲むのは心地よい。
    本当は色々話をしたかったけど、諦めるしかないだろう。葡萄酒を飲んだら、帰ろうと思い立ち上がる。

    くしゅん

    このタイミングで嚔とは……
    「仕方ないなぁ」
    この前の汚濁の時は置いて帰るしか無かった。今日は寝室まで連れてってやろう。
    中也を横抱き、所謂お姫様抱っこをしてやる。浮遊感を感じたのか、薄ら目を開け、「だざい?」と呟く。重くて落としたかったが、そんな風に呟くもんだから、仕方ない。
    寝室まで連れていこう……

    やっとの思いで寝室へ入ると、ベッドにそのまま寝かした。頭を撫でると、気持ち良さそうな顔をする。その手をそのまま頬へ滑らすと、顔を擦り寄せられた。
    口づけたくなる。本当にこの男は、私をその気にさせるのが得意なのだから。
    このまま居ると拙い。襲ってしまいそうだ。顔を上げ、手を離し、帰ろうとすると手を捕まえられた。すると、その手に中也は口づけを落とす。ギョッとして、固まっていると、中也はもう一つの手を差し伸ばす。
    その表情は、笑っているのに、辛そうで苦しそうで、息をする為に伸ばしているように見えた。
    君は本当に莫迦だ。もう、答えを知ってるんじゃないか。

    「君が誘ったんだからね。後悔しないでよ」
    そう言い放つと、中也はニヤッと笑って、
    「上等だ」
    と答えた。

    本当に君には敵わない。私の決意を悉くぶち壊しするんだから。

    激しい口づけを落とすと、中也もそれに応える。これが、二人にとっての合図だった。


    【新たな苦しみの始まり(中也)】
    一度繋げてしまった熱は、収まる事を知らず。
    酔った勢い、と言えばそれまでだった。朝まで抱き潰された後は、気を失ってしまったが、胸の苦しさも無くなり、スッキリしてしまった。

    その日以来、太宰が毎日のように家に来るようになってしまった。身体を繋げるかどうかは、その時の気分によるが、朝まで抱き潰される事はなく、心地よい眠りにつけられるようになった。

    だがそれが、また胸を苦しくなる原因になっている。


    久しぶりの休日。太宰はグチグチ文句を言いながら仕事に行き、見送った自分は、一体、何をしてるんだろうか、と自己嫌悪に陥る。色々考えたくなって、外に出てみたが、行く所がない。ふらふら駅の近くまできた時、雨が降ってきた。濡れたくないので、他の民衆と同じように建物の屋根に身を隠す。
    「「はぁ」」
    突然の大雨にうんざりして、溜息をつくと、隣の人と声が重なった。
    思わず横を見てしまい、目が合う。
    「あんたは…」
    そこに居たのは、武装探偵社の女医だった。


    数秒、見つめ合った感じになってしまい、慌てて目を逸らす。停戦中とは言え、敵組織の人間だ。仲良くするつもりは無い。すぐ出て行きたかったが、土砂降りになり、雷まで落ちてきそうな勢いだった。
    一人で気不味い空気でいると、女医はクスっと笑う。ムッとして睨むと、「ごめんごめん」と言いながらも笑い続ける。
    「どうせ帰れないんだ、此処でお茶でもどうだい?」
    と言って、雨宿り中の建物を指す。どうやら、ここは珈琲店らしい。どうするべきか、悩んでいると、「それに」と話が続く。
    「これ、ついでに運んでくれないかい?」
    足元にある大量の荷物を見て、断る術を失った。『女性には常に親切であれ』ウチの女帝からの教えられた事だ。

    面識はあるが、蹴りと鉈でやり合う直前までいった相手だ。仲良く会話する話題は無い。雨が止むまでの時間潰しと思い、珈琲を飲む。
    珈琲の香りと共に、嗅ぎ慣れた匂いが微かに漂い、驚いて顔をあげた。
    「おやおや。気づいたのかい?まだ時間はあると思ったんだけどねぇ」
    「て、手前、まさかΩなのか⁉︎」
    女医はニッコリ笑うとカップに口をつけた。

    「あとどのくらいだ?」
    「抑制剤も飲んだんだ。あと1時間位かね」
    「なんで余裕なんだよ!迎えは?」
    「呼ばないさ。此処から近いんだし」
    気に留めない様子で、珈琲を飲む女医の真意が分からない。携帯を取り出すと、樋口に連絡し、車を用意させる。
    「おや?親切なんだねぇ」
    「うるせぇ」
    数十分で着くとの事だから、それまでは此処で様子を見なくては。女医の空いている左手を掴む。そこから、心拍を測る。普段の心拍数は知らないが、まだ大丈夫そうだ。手を引き寄せ、指先からの匂いも確かめるが、まだフェロモンは微かにしか感じられない。
    ここで漸くホッとした。
    「対処が的確だね」
    「まぁな。βだからそういう役割もしている」
    女医の手を離し、温くなった珈琲を再度飲む。樋口はまだかと時計を見るが、まだ数分しか経っていない。長く感じる。
    「そこまでしなくてもいいのに」
    「手前の為じゃねぇ。此処で何かあれば、俺が何かしたと思われるだろ。組織に不利な状況が出るかもしれねぇからだ」

    嘘だ。

    俺は今も、不憫な目に合うΩを見たくないのだ。彼等が傷つかないように、少しでも自分の性を受け止められるように。
    そんな願いを込め、彼等に寄り添う。それが俺に出来る唯一だ。

    樋口から着いたと連絡があった。
    「行くぞ。何処まで行けばいい?」
    お金を多めに店員に渡し、席を立って女医の荷物を持つ。手を差し出すと、クスっと笑って女医は手を置き、立ち上がった。
    「武装探偵社」
    ビクっとした。もしかして、番が探偵社に?

    心臓がバクバクしていて、煩い。なのに血の気は引いて倒れそうだ。

    「太宰の所まで」

    女医の言葉に頭を殴られたように気持ちだった。そうだ。この4年の間に相手ができる可能性だってあるのだ。βとΩが繋がる事もある。だが、今の俺にはキャパオーバーだった。
    震える手を抑えるように手を握り、車まで案内する。女医の花のような柔らかい香りが鼻をつく。
    奴はこんな匂いが好きなのか……

    確かに俺達の関係に名前は無い。俺のものではないのだから、責める事はできない。
    でも、なら、なんで?
    そんな事を頭の中を巡る。

    車の中で黙っていると、女医は独特なフェロモンの香りを含んだ溜息をつく。
    「中原、アンタは考えすぎなんだよ。まず、妾に聞くのが先だろ?」
    「……何をだ?」
    段々と症状が出てきたのだろう、辛そうな表情で笑う。
    「妾の番は、乱歩さんだよ」
    「そ、、か」
    上手い返しが出来なかった。
    「太宰には妾の管理をして貰っているんだ。彼奴もアンタと同じβだからね。抑制剤や専用の部屋も太宰が管理しているんだ。乱歩さんは出張中で明日まで帰れない。それまで、妾の監視役さ」
    「監視?」
    「乱歩さんも太宰と同じで、悋気持ちなのさ」
    「へぇー?」
    あの名探偵がなぁ。そんな風に見えないが。太宰はそんな感じがする。人一倍我儘だからなぁ。
    「アンタ、何も分かっていないのかい?」
    「? 名探偵の事はよく知らねぇよ」
    そうじゃないよと女医は呆れた表情をしたが、そこまで敵組織の事調べる必要はねぇだろと、無視した。



    探偵社前に着くと、連絡しておいた太宰が建物前で待っていた。太宰は、紳士然として、女医をエスコートして歩く。荷物は樋口に持たせ、上まで持っていくように指示をした。


    なんとなく、太宰とは話がしたくなかったのと、今、俺が出来る事をする為。携帯で、ある場所にかける。


    電話を切った直後、樋口が戻ってきた。
    「中也さん、帰りは本部ですか?」
    「いや、此処へ迎え」
    「え⁉︎こんな所まで?なんで、また……」
    「つべこべ言わず、早く出せ」
    「は、はい!」
    これは、ただの、自己満だ。それに、今、話をした方がいいのだろう。奴に呼ばれているような気もした。


    ちゃんと考えて、ちゃんと太宰と話をしよう。
    だが、そう思ったその日から太宰は家に来なくなった。


    【新たな苦しみの始まり(太宰)】
    「あ、雨だ」
    ぼんやり外を見ると、いつの間にか暗くなっており、しとしとと雨が降ってきた。それが段々強くなり、土砂降りになる。
    暫く止みそうにない。
    ふと、携帯を見る。そろそろ、与謝野女医の発情期が来る。乱歩さんは、事件解決の為に出張中だ。出来るだけ早く帰ると言われたが、今日は間に合いそうにないだろう。
    女性のΩは男性よりは症状は重くない。だが、フェロモンの強さは男性より濃く、何度か危ない目にあった事があるらしい。
    入社直後から、何かあった時の場合として、対処について相談を受けていた。前職の時から、そういう対応はしてきたので、問題は無かった。
    そろそろ帰ってくるだろうか?迎えに行こうか?そう思い乍もう一度、携帯を見ると、丁度、与謝野女医からメールが届いた。

    【中原中也に探偵社まで送ってもらう事になった】

    「はぁ?」
    なんでこの二人が一緒にいるんだ?そんな疑問が過ぎったが、中也が休みの日にふらふら何処かへ出かける事は良くある。きっと街中でバッタリしたのだろう。
    こんな時、側に中也が居るなら安心できる。誰よりも安心できる人物だ。

    ホッと胸を撫で下ろすと、中也からもメールがきた。

    【そろそろだと思う。匂いが強まってきている】
    【分かった。あとどのくらい?】
    【10分】

    かなり急いで向かってくれているのだろう。という事はあまり時間はないようだ。部屋の準備も薬も用意してある。
    下に降りて与謝野女医達を迎える事にした。


    与謝野女医の顔色を見ると、少し青褪めている。余裕が無くなってきているのだろう。
    「すまないねぇ」
    「いえいえ。私の役目ですから」
    手を差し出して、建物へエスコートする。
    チラッと振り返るが、中也は此方を見ずに樋口さんに荷物を運ぶよう指示して、車へ戻っていった。
    与謝野女医を専用の部屋へ案内し、樋口さんから買い物袋を受け取ると、そのまま帰ってしまった。今日は家に行けないと、言っておきたかったが、まぁ仕方ない。そんな事を気にする間柄でも無い……


    数時間後、与謝野女医が入った部屋のドア前で本を読みながら待っていると、乱歩さんが帰ってきた。
    「やぁ!太宰!待たせたね!」
    「早かったですね」
    「何でか分かっているくせに」
    乱歩さんは帽子を取ると、私の頭に乗せる。この行動で、どういう意味か分かる。やっぱりそうなのか。
    「太宰、今日は君達に世話になったようだね。だから、この僕から助言をしてやろう」
    「助言……ですか?」
    「そうだ。太宰、今日から素敵帽子君の家には行くな」
    早めに乱歩さんが戻ってきたから、今から中也の家に行こうとしていたのに。
    「……何故ですか?」
    「理由が必要か?それとも、社長命令にした方がいい?」
    こんなに強制するのは珍しい。何が何でも、聞かなければならないのだろう。だが、再び触れてしまった熱から、離れるのは苦しい。しかも、間近でΩの発情期の香りをずっと嗅いでしまっている。早く中也に触れたい。
    「理由を、お願いします。その後で社長命令でも構いませんから」
    宜しい!と乱歩さんはニッと笑う。正直、一緒に笑う事が出来ないほど、余裕は無い。

    「ちゃんと考える時間を与えるんだ。流されるんじゃない」
    思わず、ムッとしてしまう。
    「そんな事、分かっていますよ。何年も考える時間を与えたのに、考えようとしないんですから」
    流されたくなかったのに、流されたいと強請ったのは中也の方だ。乱歩さんに対して、嫌な言い方をしてしまったが、それには気にしていないようで、そのまま話を続ける。
    「莫迦だなぁ、太宰。僕が助言するには意味があるって知っているだろ?」
    「意味?……まさか」
    僅かに残っていた、希望。
    「そうだ」
    乱歩さんの言葉で確信を持つ。漸く辿り着く、答え。

    「素敵帽子君はすでに、答えを出している」
    そうか、やっと、やっとなのか。

    乱歩さんは、あとは、太宰に伝える勇気だけだ、と言うと、部屋へ入っていった。

    この二人には本当に頭が上がらない。
    与謝野女医には、揺さぶりをかけておいた、と言われた。乱歩さんとは何を話したのか分からないが、全てが中也の心を動かしたのだろう。
    今すぐにでも中也に会いたい。会って抱きしめたい。だが、乱歩さんの言う事は絶対だ。二人が導いてくれた可能性を棄てる訳にはいかない。

    あと少しなんだ。
    やっと、彼が手に入る。

    ふと、窓の外を見る。雨が止んだ空は、夜なのに雲一つなく、スッキリしていた。

    【月夜の密会(太宰)】
    「つ、疲れた…」
    夜半過ぎ、漸く社員寮へ戻る。最近は真面目に仕事をしており、疲れが溜まっている。
    そんな中、先輩方に飲みに誘われては行くしかない。
    鱈腹、日本酒を頂き、与謝野女医や乱歩さんに設問責めにあってしまった。
    どうやら、あの二人は中也の事が気にいったらしい。だが、不思議ではない。それが彼の魅力でもあり、腹立たしいところでもあるのだから。
    誰でもパーソナルスペースに入れる訳ではないのに、気遣いや面倒見が良くて、フォローが完璧。そんなミステリアスでもあり、誰にでも優しい彼に人は魅了され、惹きつけるのだ。
    なんとも腹立たしい。

    酔いもまわり、ふらふらと社員寮に帰る。みんなで一緒に帰れば良かったのだが、もう少し一人で居たくなってついさっきまで馴染みの居酒屋にいた。
    乱歩さん達と中也の話をしたせいだろう。
    今、凄く、中也に会いたい。
    空を見上げると、大きな月が出ていた。綺麗な月だ。
    彼は今、何をしているのかな?空をずっと見ていたら、会えるかもしれないと思ってしまった。だが、今は会ってはいけないと乱歩さんに言われている。次、会う時は彼が答えを言える時だ。

    カンカンカンカンと階段を登る。皆、寝ているのだろう。辺りは静かだ。鍵を差し込もうとして、部屋の中の違和感を感じる。

    中に誰か居る。

    誰だかわかる。

    会ってはいけないけど、会わないわけにはいかない。
    会いたかった彼に漸く会える。

    深呼吸をしてドアノブを捻る。
    ゆっくりドアを開けると、玄関から見える奥の部屋の窓枠に会いたかった彼が座っていた。

    「やぁ。不法侵入かい?」
    「手前がいつもやってる事だ」
    靴を脱ぎゆっくり近づく。彼から私に近づいてきたが、不用意に近づくと今にも窓から飛び立ってしまいそうだ。
    「今夜は、月が綺麗だね」
    「……なんで、急に来なくなった?」
    私の言葉に一瞬、ビクっと反応したが、それには返さない。
    「乱歩さんに助言されてね。君に会わない方がいいと言われて」
    「あっそ」
    手を伸ばせば触れられる位置まで近づいた。彼の香水の香りがする。凄く抱きしめたい。
    「ねぇ、君は
    「なぁ、手前にとって”番”ってなんだ?」
    「……私に”番”はできないよ」
    「それ、俺と同じ答えじゃねぇか」
    ふふっと笑った顔が月明かりに照らされて、綺麗だ。思わず顎へ手を伸ばし、此方へ引き寄せると口づけた。だが、表情は変わらない。
    「なら、なんであんな質問をした」
    「君はなんで私に抱かれるのかなって思ってね」
    「ふぅん」
    「君は、答え、出た?」
    「さぁな」
    中也は窓枠からヒラリと降りる。そのまま帰っていきそうな中也の腕を掴む。
    「帰るの?」
    「まぁな。聞きたい事は聞けた」
    「いやいやいや。まだ何も解決していないじゃないか!」
    「名探偵が会うなって言ってたんだろ?なら会わない方がいい」
    「そうだけど!でも、今もう会ったんだし!」
    「今帰れば、問題ないだろ?」
    このまま手を離せば、本当に飛んでしまいそうだ。腕を強く引き、胸に納める。抱きしめられた中也は何も抵抗しない。

    「ねぇ、泊まっていきなよ」
    「壁が薄いからやりたくねぇ」
    「何もしないから。ただ、抱き枕になってよ」
    強く強く抱きしめる。離れたくなくて、逃したくなくて。
    「……分かった」
    家着に着替えると、煎餅布団の上に向き合った状態で横になる。
    「酷いクマ」
    「手前こそ」

    こんなにお互いを求めていて、数日離れていただけで不安定になって眠れなくなるのに。

    「おやすみ」
    「あぁ、おやすみ」

    私達は何故、番ではないのだろう。
    今、久しぶりに抱きしめる事ができて、心は満たされるのに、別の不安が押し寄せてしまった。
    【月夜の密会(中也)】
    その日は月が綺麗だった。
    日付を跨った頃、早めに仕事が終わった。明日は午後に少し出勤するだけだ。少しのんびりできるな、と思ったら帰るのが勿体無く思えた。
    ふらふら歩いていると、探偵社の寮の近くまで来てしまった。

    暫く会えていないので、顔を少し拝んでおくか。

    部屋の前まできたが、これからどうしようか悩んでいると、誰かが近づいてくる。見られるのは拙い。隠れようと建物の屋根へ飛ぶ。様子を伺っていると、何人かの話声が聞こえる。
    「あれ?太宰さんは?」
    「あぁ、彼奴はまだ飲み足りないから、居酒屋に行くってさ」
    そうか。いないのか。
    探偵社の連中が「また明日!」と別れの挨拶をして、各々の部屋へ入っていく。辺りが静かになった所で屋根から降りる。どうせならと思い、ピッキングして中に入る。部屋中に太宰の香りと消毒液の匂いが充満していた。
    この匂いは好きだ。凄く落ち着く。だが、今の俺にこの匂いは毒だ。窓を開けて、外の空気を吸う。タバコを吸いたくなったが、この匂いが完全になくなるのも嫌だと思い、諦めた。


    数時間、窓枠でボーっと外を見ていると漸く家主が帰ってきた。
    「やぁ。不法侵入かい?」
    部屋が真っ暗なので顔が見えない。ゆっくり此方に近づく。俺の側まで来ると、月明かりで漸く顔が見えるようになった。悲しい表情をしている。なんで、そんなに辛そうなんだよ。
    いくつか質問をした。別にどうでもいい質問。ただ、顔が見たくて、声が聞きたくて、帰りたくなくて。口付けもした。だが、もう時間切れだ。そろそろ帰ろうと立ち上がった時に、腕を捕まえられた。
    「ねぇ、泊まっていきなよ」
    「壁が薄いからやりたくねぇ」
    「何もしないから。ただ、抱き枕になってよ」

    仕方ないと、了承した。奴の顔を間近に見ると、クマが酷い。俺も此奴も眠れていないのだ。奴に抱きしめられて横になっていると、やっと呼吸ができた気がして、そのまま寝てしまった。


    日が昇る頃に起き出し、着替える。探偵社の連中が起きる前に帰らなくては。ドアに近づいた時に、「ねぇ」と太宰に声をかけられる。

    「今日の夜、君の家に行ってもいいかい?」
    「……しらねぇ」
    それだけ答えると、部屋からでた。

    久しぶりによく眠れたのに。
    気持ちよい朝を迎えたのに。
    胸が苦しい。

    本当は奴に聞きたい事があった。
    でも、聞くのが怖かった。
    この感情がなんなのか、本当はとっくの昔に知ってるんだよ。

    今夜も会える嬉しさと、また辛くなるのかもしれない憂鬱さが、俺の感情を乱す。

    あぁ、今日は雨が降りそうだ。

    【αとはΩとは、番とは(太宰)】
    探偵社に出勤してすぐに、昨晩会った事と、今夜また会う事を、素直に乱歩さんへ報告した。
    怒られるかな?と思いきや、乱歩さんはあっさり
    「いいんじゃない?」
    と言ってくれたので、ホッとした。
    「答えは出そう?」
    「さぁ?こればかりは何とも言えませんね」
    苦笑いする。でも、今日で絶対答えを出させるつもりだ。その意思が伝わったのか、
    「頑張れ」と労いの言葉まで言われた。


    仕事を定時で終わらせ、メールで『今からそっちに行くね』と送り、中也のセーフハウスへ向かう。
    先程のメールの返事は無いが、そんなのいつもの事だ。
    気にせず、ピッキングで中に入り、横になれるほどの大きいソファでゆったりと座る。
    「早く帰っておいで」
    いつも以上に会えるのが楽しみだったんだ。







    だが、その日、中也は帰ってこなかった。







    最初のメールは既読になっているが、その後の私のメールは既読にもなっていない。
    電話は繋がらない。
    芥川君にも連絡したが、繋がらなかった。
    明らかに何かがあったのだろう。だか、そんな時でも、連絡をしないような男じゃあない。
    ソファで一睡も出来ず、座っていると、電話がなった。慌てて取ると、国木田君だった。
    『おい!太宰!一体、いつになったら出勤するんだ!』
    「ごめん、国木田君…ちょっと無理そう」
    こんな状態では、動けない。
    『……どうした?体調が悪いのか?…ちょっと待て』
    黙っていると、乱歩さんに変わった。
    『太宰、帰ってきていないんだろ?多分、暫くは無理だろう。何があったか、僕が推理してやる。そして、僕があの日、何を話したか、教えてやろう。だから、一度、社に来い』
    「…分かりました」
    電話を切って、スッと立ち上がる。適当にあった紙に【今夜も来るね】と書いて、部屋を出た。



    探偵社に着くなり、乱歩さんに首根っこ掴まれて、会議室に連れて行かれた。まぁ、他の人と会話するよりは、楽だ。
    「それで?乱歩さん、私はフラれたって事なんですかね?」
    「一気に変な風に考えるんじゃない。花袋から情報を探って貰った。それと、僕の超推理の結果だと、ポートマフィア内の誰かが死んだ」
    思わず立ち上がる。
    そんな筈は無いと頭で分かってても、理解しきれない。そんな私に乱歩さんは、手で抑える。
    「分かっているだろ?」
    「でも、恐怖はあるんです」
    「安心しろ。素敵帽子君は無事だ。其奴が死んだのも、抗争とかじゃ無い。自殺だ」
    思わず顔を歪ませる。黒の社会にいたのだから分かる。いつか、死んでしまう事もあると、理解した上で、マフィアにいるはずだ。それでも死を選ぶという事は…
    「そうだ。其奴はΩだったらしい」

    最悪だ。こんなタイミングだなんて。
    ゆっくり椅子に座り、頭を抱える。
    「……振り出しですかね?」
    「可能性は十分にある。だから、お前に、僕が話した内容を教えるんだ」
    「以前、中也が乱歩さんを迎えに行った時の事ですよね?」
    「そうだ」
    「そんなに重要な話を?」
    「僕達にとっては、そんなに重要じゃあない。だが、素敵帽子君の気持ちを揺さぶれたと思う」
    「"僕達"?」
    乱歩さんはコクンと頷く。
    「素敵帽子君に話したのは、2つ。まず、僕達は運命の番だということ」
    頷く。それは探偵社の全員が知る事だ。なので、与謝野女医の発情期は普通のΩより弱く、匂いでαがおかしくなる事もない。甘い匂いはするが、そこまでだ。
    「そして、僕は彼女を発情期の度に抱くわけではない」
    「……え?」
    これは初耳だった。運命の番なら、発情期の匂いに当てられ、甘い刻を過ごすものだと思っていた。そうでもないのか?
    「匂いには当てられるよ。我慢するのは凄くキツイ」
    「なら、なんで?」
    「抱くことが全てではないし、正解だとも思っていない」
    今まで、αとΩの番を見てきた。異性も同性も。だが、その在り方は同じだった。
    「素敵帽子君に質問したよ。『僕に聞きたい事はないかい?』ってね。太宰、お前はどうだい?」

    私は疑問の全てをぶつけた。乱歩さんは丁寧に答えていった。
    口付けはする。添い寝もする。必要以上に触らない。抱く事もあるが、それは与謝野女医の意思がある時だけ。驚くことばかりだった。
    「やはり、君達は似ているねぇ。同じ質問ばかりだ」
    「……中也はなんて?」
    「一通り、質問したあと、『そうか』と言って黙ったよ」
    私も黙ってしまった。中也が何を思ったのか、何となく分かる。私達の在り方が異常なのだ。
    「乱歩さん、ありがとうございました。これで中也が何を思ったか、予想がつきました。そして今の現状も」
    「うん。だから、素敵帽子君が帰れるようになったら、しばらく休ませてやるから、今は仕事しろ」
    ビシっと指をさされてしまった。苦笑いしながら、「わかりました」と応えた。

    【αとはΩとは、番とは(中也)】
    こんなことは、よくあることなのに。
    今は、なぜだか、凄く心が痛い。
    本社ビルに着いて早々に報告があった。芥川も何時もの様に報告してきた。無表情だが、うっすら苦い顔をしていた。
    そう、何時もの事なのだ。
    違うのは俺の心のみ。


    部下のΩが自殺した。
    ただ、それだけの事。

    そして、俺は其奴の番だったαを殺した。

    何時もと違うのは俺の気持ちだ。


    俺はすぐに芥川に抑えられ、首領に呼び出された。


    「いかような処分もお受けします」
    「処分までは考えていないけど、中也君の気持ちは聞いてもいいかな?」
    「ただ、むしゃくしゃしただけです」
    片膝をついて、帽子を外し、顔はあげないでいると、首領から声をかけられる。
    「中也君、さっきも言ったように、処分は考えていないよ。今まで君に任せていた仕事だったね。それに関して何も感じていないと思ったけど、君の本心が初めて見えた気がするよ」
    「……本当に申し訳ございません」
    首領はクスッと笑うと「顔を上げなさい」と言われ、姿勢はそのままで顔を上げる。
    「彼は末端中の末端だ。いなくなっても支障は無い。君を失う方が損失が大きいよ」
    「でも、他の者に示しがつきません」
    「そうだね。なら、数日、会計室で仕事を任せようかな」
    「承知しました」
    昔、教授眼鏡がいたあの場所を思い出す。本が積まれた部屋で数字と文字だけを追う仕事。中々辛そうだ。
    「……中也君、君は今、何を思う?」
    首領に投げかけられた、その質問の応えが分からない。
    「答えられないか。なら、私に聞きたい事はあるかい?」

    聞きたい事。それなら、ある。

    「失礼を承知でお伺いします。首領にとって、”番”とはなんですか?」
    「そうか。君はその応えをずっと探していたんだね」
    首領はニッコリ笑うと、席を立つ。ゆっくり歩きながら、窓の外を見る。
    「”番”には色んな意味があると思うよ。ただの"情"と答える人もいると思う。"愛"と答える者もいるだろう。だが、君達は違う」
    「俺達は、一体何なんですか?」
    「君はすでに答えが出ているだろ?」
    そうだ。俺はずっと前から応えが出ている。それを知ってて、受け入れられず、応えられずにいる。いつも、色んな人に聞かれる度に、知らないフリをする。認めたくないから。誰かに決めつけて欲しかったから。でも、皆、俺に決定的な言葉を言わなかった。誰も言えなかった。だって、この関係を、この想いを知ってるのは、俺達だけだから。

    「お、俺は!俺にとっては……」
    「さぁ、君にとって、”番”とは何だね?」

    両膝と両肘をつく。もう、誤魔化しきれない。俺の本心。そして、願い。

    「俺にとって、”番”は、唯一無二で、太宰だけなんです」



    βである俺が
    番なんて持てない俺が
    欲しているもの

    番という結びつきと
    太宰の全て

    ただ、それだけ

    それだけなのに、
    一生手に入らない

    それだけが欲しくて
    ずっと

    辛かったんだ

    【俺達の在り方】
    中也に会えなくなって数日が経った。
    私は相変わらず、中也の家で寝泊まりして出勤する。だが、中也は一向に帰って来なかった。

    乱歩さんと話をしたあと、芥川君から漸く連絡がきて、事情は言えないが中也が暫く帰れないと連絡があった。特に怪我とかではなく、謹慎に近いという。何をやったんだ?あの莫迦蛞蝓。

    2日前には中也からもメールがきた。一言、「わりぃ」と。それが何を意味しているか分かる。「分かった」とだけ返信すると、それ以降は何も送られて来なかった。だが、そろそろ帰ってくるのだろう。気長に待つとしようと思った。

    今日もダラダラと仕事をして、定時に終わって退社の準備をする。今日は帰ってくるかな?いつになったら会えるのか。そんな事を考えながら、外に出ると、雨が降っていた。
    「あら?太宰さん、傘をお忘れですの?」
    事務員のナオミちゃんが声をかける。
    「そうなんだよね〜。しばらく雨宿りしてから帰るよ」
    「それなら!私と近くまでご一緒しましょう?」

    普段は兄である谷崎君と帰るが、今日は外回りで遅くなる為、先に帰るように言われたらしい。それに買い物があって駅まで行くとの事だったので、そこまで傘に入らせて貰う事にした。

    ナオミちゃんと二人になる事は今まで無かった。なので、話が新鮮で面白い。今の学生の流行りや話題を収集する。こういう情報も何かと必要になるのだ。


    二人で歩き乍、談笑していると、横から視線を感じる。パッと其方を見ると、傘をさした中也が立っていた。無表情の彼は、そのまま視線を逸らすと踵を返して来た道を戻っていく。
    「は?」
    思わず足を止めて、呟いた言葉に、ナオミちゃんの肩が揺れる。
    「あ、ごめん。ナオミちゃんの事じゃなくて」
    慌てて弁明しながら、今、何が起こっているのか分からずにいると、ナオミちゃんが傘を持った。
    「太宰さん!走って下さい!早く!追いかけて!」
    そう言われて、傘から追い出される。その言葉に反応して、慌てて走る。少し離れて、振り返り、「ありがとう!」と叫んでまた走った。
    今度こそ、離してはいけない。


    ----------

    太宰さんが追いかけるのを見届けると、鞄から携帯を取り出す。
    「乱歩さん。ご指示通りに致しましたわ」
    『ありがとう、ナオミちゃん。もう帰ってもいいよー』
    私はあの方と太宰さんの関係は分かりません。ただ、乱歩さんや与謝野さんが気にかけるほど、お二人は複雑なのでしょう。
    「はぁ。私もお兄様に会いたくなりましたわ」
    今日はお兄様とどんな事をしようかしら?そんな事を考えながら、家路へと向かいました。

    ----------



    雨の中、濡れながら走る。異能を使っているのか、飛ぶように走る中也に中々追いつけない。外套はどんどん雨を吸って重くなる。中也は時々、振り返りながら、傘を壊さないようにスイスイと人混みを抜ける。
    「くっそ!」
    人混みを抜け、障害物を飛び越え、全速力で走り、手を伸ばす。早く、捕まえたい。

    人通りが少なくなった住宅街で、中也は観念したのか、漸く立ち止まった。その手を掴まえる。
    「はぁ!はぁ!っっつ、はぁ!」
    「えらく必死だな?」
    「体力莫迦と、っっはぁ、一緒に っしないで、くれたまえ!」
    息一つ乱れていない中也は、大きな溜息を吐くと、傘を差し出す。
    「風邪ひくぞ」
    「はぁ、はぁ!誰の、せいだと!」
    「追いかけなきゃ良かっただろ」
    「逃げなきゃ良かったでしょ!」
    中也は無表情のまま。何を考えているのか分からない。
    「なんで、逃げたの。側にいたの、探偵社の事務員って知ってたでしょ?」
    「あぁ」
    「勘違いしたわけじゃないんでしょ?」
    「あぁ」
    「なら、なんで?」
    大きく溜息をついて下を向く。傘の中だから、二人の声しか聞こえない。溜息も間近に聞こえる。

    「別にいいだろ」
    「よくないから聞いているんだけど!」
    「もう、いいだろ。離せよ」
    「ちゃんと答えて!」
    肩を強く掴むと、中也はチッと舌打ちして、手を振り払った。
    「もういいだろ!」
    「よくない!一体、何に苛々してるのさ!」
    勢いよく顔を上げ、中也は傘を投げ捨てる。大粒の雨が二人を濡らす。その表情は今にも泣きそうな顔をしていた。
    「わかんねぇんだよ!なんで手前が女といるのを見て苛々するのか!事務員だって分かってもムカつくんだよ!」
    「ちゅ、中也?」
    「なんで、俺は手前なんかに執着してるのか!なんで手前じゃなきゃダメなのか!わかんねぇんだよ!」
    「ちょ、ちょっと?中也?」
    「なんで、なんで、俺はβなんだよ。なんで手前はβなんだよ……」
    腕を掴んで走った。ここから中也の家はすぐそこだ。中也は黙ったまま、私に素直にひっぱられる。いつの間にか、雨は土砂降りだった。



    素早くオートロックを解除し、中に入る。鍵をかけると、中也を強く抱きしめた。暫くそのまま中也を抱きしめていると、「なぁ」と声をかけられる。
    「αでもΩでもない俺が、なんで手前なんかに執着しちまうんだよ」
    「知らないよ。私も君と同じで、君が欲しくて気が狂いそうなんだから」
    そう言って、身体を離すと中也は驚いた顔をしていた。本当に何も気づいていなかったのか。クスっと笑うと、顔を近づける。顔も身体も雨で冷たくなっていた。だけど、触れるだけの口付けをすると、心も身体も温かくなった気がした。
    このまま寝室へと思ったが、流石に風邪を引いてしまうので、一緒にお風呂に入る。お風呂では交互に身体を洗いながら、口付けを何度も何度もした。念入りに洗って、しっかり温まって。でも直接的な事はせず。
    だけど、もう我慢はできないから早々にお風呂から出て、しっかり拭いて、急かすように、寝室へ向かう。私も中也も必要以上に会話はしなかった。

    ベッドに投げるように押し倒す。中也は戸惑っていたが、嫌そうではなかった。
    「ねぇ、君にとって”番”の意味、応えは出た?」
    これが最後の質問だ。
    フッと笑う中也は眩しい。右手を伸ばして頬を撫でられる。
    「あぁ。俺にとって、”番”は、唯一無二だ」
    ゆっくり顔を近づけて、口付けする。すぐに離れると、中也は笑った。
    「そして、俺の”番”は手前以外ありえない。そうだろ?」
    「正解!私もだよ」

    ずっとこの言葉を待っていたんだ。
    笑い合って、深く深く口付けた。

    もう、一生離れない。









    ふと、目を覚ます。部屋の電気は消えているが、窓から月明かりが差して、明るい。隣ですぅすぅと寝息を立てて中也が寝ている。昔から何度も見てきた光景だが、今は凄く愛おしい。額に口付けを落とすと、「ん〜」と寝言を言いながら寝返りをうった。


    気持ちが想いが通じ合って、さっきまで、ずっと抱き合った。後ろから激しく突いている時に、ぐちゃぐちゃな顔で中也は振り返り、「噛んでくれ」と言った。それが何を意味しているか。その想いが凄く嬉しかった。
    動きを止め、汗でくっついた髪を寄せ、頸を舐める。「ん!!」中也の色っぽい声が聞こえ、ゾクっとした。そこに、ゆっくり、確実に、歯を立てる。どんどん深く食い込むように力を入れる。同時に動きも再開し、更に激しくする。痛みと気持ち良さで中也は喘ぎ、その姿に欲情し、中で達すると、中也は意識を飛ばした。

    今もハッキリと痕が残っている。そこにゆっくり口付けを落とす。そして、ペロっと舐めると、中也がビクッとした。ゆっくり此方を振り返る。
    「手前ぇ、傷口を舐めるなよ」
    「寝たふりしてる中也が悪いんでしょ」
    中也の頭を撫でると、気持ち良さそうな表情をする。
    「ねぇ、中也」
    「腹へった」
    「ちょっと待って!今、そういう空気だったでしょ!?」
    「いやいや。夕飯も食べずにヤってたんだ。腹減るに決まってるだろ」
    そう言いながら、身体を起こし、「冷蔵庫に何があったかな〜」と言いながら、さっさと服を着る。身体を綺麗にしたのは私なのに。
    ベッドから出ようとする中也の腕を掴む。
    「なんだよ?」
    「ねぇ、中也」
    首元の包帯をゆっくり外す。
    「私にも残してよ」
    首元を指さす。中也は驚いた顔をしたが、フッと笑い、近づく。
    「いいのか?」
    「私達にはαもΩもない。だからこそ、私達の”番”の在り方をしたらいい」
    中也は私がやったとの同じ様に、ペロッと舐めるとゆっくり歯を立てる。ゆっくり力を込めていく。痛みと気持ち良さが混じる。こんなに嬉しい傷があるだろうか?
    跡がしっかり残る様に暫く噛んで、ゆっくり離れる。
    向かい合って、二人で笑った。


    「てことは、俺も挿れてもいいのか?」
    「それは絶対嫌!!」








    βで生まれた事を憐れんだ事はない。良かった事の方が多かった。
    でも、”番”に囚われていた俺は、それが不幸に感じる事があったのは確かだ。
    手に入らないと思い込んで、絶望に陥った。
    だけど、今はもう大丈夫。チョーカーの下に隠された歯形に、俺は一生囚われる事になったが、それが今は心地よい。
    もう、迷うことはない。これが俺たちの在り方だ。
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