メランコリック(仮)「それでは本日のゲストに登場していただきましょう。今をときめくモデルの鯉登音乃さんです――どうぞ!」
「よろしくお願いします!」
ヒールを響かせてスタジオの階段を降りれば、観覧席からは黄色い声が上がる。
その様子が映し出された複数のモニターが並ぶ副調整室で、鶴見は「う〜む……やはり……」と首をひねっていた。
セブンスプロダクションの所属モデル、鯉登音乃。今年デビューしたばかりだが、日本人離れした美貌を持ち、抜群のプロポーションで世間を騒がせている。
最近はモデル業だけでなく、バラエティ番組にも出演するようになった。鯉登が美食家だと知ったディレクターが声をかけ、とあるグルメ番組に出演したのがきっかけだ。
当初、体重管理が必須であるモデル業において、グルメ番組は向いていないのではないかという疑問の声も多かった。しかしその華奢な見た目に反して食べっぷりがよく、お酒も強いのでその手の出演オファーが増えていった。
ストイックな鯉登のことだから、問題ないと思っていたが……。
***
収録を終え、すれ違うスタッフに挨拶しながら楽屋へ戻る。履き慣れないハイヒールで傷んだ足を投げ出し、空気が抜けたように椅子の背もたれへ全体重をかけた。
「今日も疲れた……」
誰もいないのをいいことに、大きく伸びをして机に突っ伏す。今日のスケジュールもなかなかハードで、朝から雑誌の表紙撮影でカメラマンやスタイリストとみっちり打ち合わせ、その後インタビューに応じ、車で移動してバラエティ番組2本の収録だった。
明日は化粧品メーカーとのコラボ企画打ち合わせと、あと何があっただろうか……と予定を確認するべく鞄に手を伸ばせば、視界の外から人影が現れた。
「遅くまでお疲れ様。よくやってるじゃないか」
「キェェエエッ! 鶴見どん!!」
封印していた猿叫が飛び出て、椅子からずり落ちそうになる。すると「おっと危ない」とすかさず鶴見さんが支えてくれて、そのトキメキでまた出そうになる猿叫を必死で抑えた。
「な、ないごてこちらに……ご出張んはずでは」
「いや何、少し時間ができたからな。たまには所属モデルたちの頑張りでも見ようじゃないかと」
鶴見さんは音乃が所属する事務所の社長だ。父である鯉登平ニと旧知の仲で、音乃が小さい頃からお世話になっていた。鶴見さんは紳士的で格好良くてずっと憧れで――だからどうしても鶴見さんが経営するモデル事務所に入りたくて、何でも頑張ってやってきた。
「お前はすっかり人気モデルだな」
「そげんこっは……! まだまだ未熟者でッ」
謙遜しながらも頬は緩みきってしまい、にやけが止められてない代わりに顔を伏せていると「鯉登、こっちに来なさい」と手を取られた。
もしかして“ご褒美”がもらえるのか……!?
事務所内では頑張りが認められると、鶴見社長からご褒美がもらえるという噂がまことしやかに囁かれていた。ご褒美と言っても金品ではなく、よしよししてもらえるとか、そういった類のものだ。
鶴見さんに心酔している同期でライバルの宇佐美と、どちらが先にご褒美をもらえるか張り合っていた。
うふふ、宇佐美……一足先に失礼するぞ……!