無関心ハロウィン「ないごて……」
「いや……その、こうなると思わなかったんですって」
明日、宇佐美と尾形はしばく。そう心に決めた月島は、目の前で膝から崩れ落ちている鯉登の機嫌をどう取るか考えあぐねていた。
*
――先週の金曜日。来月から他支店へ異動する社員のために、同じフロアの部署で集まってささやかな送別会が開かれた。
そしてハロウィンが近いということもあり、余興のゲームで負けた人は罰として、用意された衣装を着て仮装をしなければならなかった。
自分は上司だしゲームには参加しなくていいだろうと思っていたが、「全員参加に決まってるじゃないですかあ〜」と月島の背中をグイグイと押してきたのは宇佐美だった。
「若い奴らだけで楽しめばいいだろ」と逃げようとしたが「月島課長がいればもっと面白いですから。なあ、宇佐美」と行く手を阻んだのは尾形だった。
この2人、普段は罵り合っているくせにこういうときばかり気が合うのは何故なのか。月島は挟み撃ちにされ、そのまま強制参加する羽目になった。
嫌な予感がした時点でフラグが立っていたのかもしれない。あれよあれよと負けが込み、隣の部署の谷垣と一騎打ちとなったが、何かとビリになりがちな谷垣に同情してしまい手心を加えた結果、自分の罰ゲームが確定した。
罰ゲームと言ってもただ仮装するだけなので、モノマネや一発ギャグをやらされるよりは数億倍マシだろうというのが月島の見解だ。
だから顔色一つ変えずに仮装……というかコスプレと何が違うのか分からない衣装だったが、とりあえず着て仁王立ちしておいた。
その無表情っぷりが逆にウケるんですよ、とクスクス笑いながら連写する宇佐美のスマホを鷲掴み、「間違っても拡散するなよ。でなければここで折る」と釘を差した。
そう。釘を差したはずだった。確かに拡散はしていないのかもしれないが、よりにもよってハロウィン当日にその写真を鯉登に送らなくてもいいだろう。
それの何が問題なのかというと、先日鯉登には仮装をすることについて苦言を呈していたからだ。
最近ワイドショーではハロウィン特集が組まれ、去年の様子などをよく放送していた。
月島は若者たちがこぞって街へ繰り出し、不特定多数と接触してお祭り騒ぎする昨今のハロウィンにやや嫌悪感があった。そもそも仮装なんて浮かれたパリピのするものだと。
まあおっさんの俺には関係ありませんけど、と冗談交じりに笑うと、テレビを見ていた鯉登は少し俯いてから「……そうだよな! 当日はパンプキンパイでも焼いて2人で食べよう」といつもと変わらぬ笑顔を月島に向けた。
ここで気付くべきだった。鯉登は季節ごとのイベントが好きなんだから、当然仮装もしたいに決まっているということに。
*
そうして今に至る。宇佐美から送られてきた写真を見た鯉登はひとしきり猿叫を上げ、涙目で月島を責めてきた。
「よりにもよって……なんで仮装がシスターなんだ……!?」
「なんでって言われましても……それはこっちの台詞ですよ。おそらく女性社員に当たったときのことを考えて、露出が少ないものを選んだんでしょう」
「そうなのかもしれないが! なんかこう……月島が着ると……逆にえっちだ! ムチムチしてるし!」
「はあ? そんなこと言うの鯉登さんだけですよ。30半ばのおっさんがこんな格好したって喜ぶ人は普通いません。周りも爆笑してる奴ばかりでしたし」
「仮装すっなら、おいと一緒にしてほしかった……月島、こういうの好きじゃないんだろうなと思ってたから……」
見るからにしおらしくされると胸が痛む。また今でこそいじらしいが、経験上このままいくと鯉登が拗ねて厄介なことになるのは容易に想像できたので、月島は大人しく折れることにした。
「貴方のことだから、テレビを見ていた時点で既に買っていたんじゃないんですか? ハロウィンの衣装。お詫びになるかは分かりませんが、もしあるなら一緒に着ましょう」
「……まこち?」
「まこちです」
月島はもうどうにでもなれ、と半ばヤケになって首を縦に振ると、目を輝かせた鯉登は光の速さで自室に飛んでいった。やはり買ってあったのか。
「月島は色白だからな、これとか似合うと思うんだ」
鯉登はいそいそと包みを開けると、黒のサテン生地を広げて月島の肩に掛けようと腕を伸ばした。
「マント……?」
「吸血鬼……ヴァンパイアだ! 通販で買ってみたがなかなかのクオリティじゃないか? ほら、牙もあるから付けてみろ」
やけに本格的だな、と思いながら言われた通り衣装に袖を通し、あとは鯉登の好きなようにさせた。
「うん、おいの目に狂いは無かった! 月島よかにせじゃ♡」
満足げに目を細めてスマホを構えた鯉登は、ひっきりなしにシャッターを切りまくっていた。
「ところで、鯉登さんは何の仮装なんですか」
「えっと……」
急に歯切れが悪くなった鯉登は、もう1つの包みを後ろ手に隠して気まずそうに視線を落とした。
「まさか俺にだけやらせておしまい、なんてことはないですよね?」
う、と言葉を詰まらせて後退りする鯉登を壁際に追い込む。
「つ、月島が好きそうなのを買ったつもりなんだが……その、試しに着てみたらな? あまりにも破廉恥だったから……」
聞き捨てならない。今の一言一句、全て大事なことだった気がする。
「着てください」
「引かれそうでイヤだ……」
「俺に限ってそんなことあるわけないでしょう。どんな鯉登さんも好きに決まってます。というかむしろ見たいです」
「分かった! 分かったから真顔で詰め寄るのをやめろ!」
少し待ってろ、とそそくさと自室に戻った鯉登だったが、なかなか出てこなかったのでドアをノックすることにした。
「鯉登さん? 着替え終わりましたか」
「やっせん! 開けるなよ!」
「入りますね」
話を聞け! と怒鳴られたがもはや関係ない。勢いよくドアを開けると、ベッドの上でうずくまっている鯉登がいた。
目に入ったのはナース服。胸元が大きく開き、腰のあたりからスリットが入ってほぼ尻が見えている。
グラビアアイドル顔負けのプロポーションで、月島の脳内は一気にいかがわしい妄想で埋め尽くされた。
「ほら、やっぱり……」
しばらく放心状態だったからか、鯉登は不安そうにこちらを見上げてきた。
「すみません、すげえ可愛くて言葉が出てきませんでした。似合ってますよ」
「うう……げんね……」
「俺のために選んでくれたんですよね。じゃあ何してもいいってことですかね」
「うん……うん?」
「今日はこのまま抱いてもいいですか」
「な……ッなんでそうなるんだ!」
「嫌ですか?」
「その聞き方ずるいぞ……」
分かってるくせに、と鯉登が体重を預けてくる。汗ばんだ首筋は艷やかで、美味しそうだった。一瞬本当に吸血鬼になったかのような感覚に陥って、無意識に噛もうとするとフェイクの牙が当たった。
「んっ……」
「これ、取っちゃいますね。俺ので吸いたいんで……」
ぢゅ、と音を立てて強く吸い付くと、鯉登はびくんと身体を跳ねさせた。もう、止まれそうにない。
週の始めから抱き潰し、いつもより多くの痕をつけたせいで鯉登にブツブツ文句を言われた。月島はそれを話半分に聞き流しながら、恋人と過ごすハロウィンは悪くないな、と考えを改めることにした。
*
鯉登に写真を送りつけた宇佐美は、青筋を立てて怒る月島課長を期待していたが、翌日オフィスで「ありがとな」と笑顔で言われてゾッとしたとか……。