仇追人②「白場君。」
「なんだよ。」
「この時間、御要人と待ち合わせしているので席を外していただけます?」
「あ?」
「その間の分お金は渡しません。二時間程度です。私を守らなくていいのですから当然ですよね。」
「あんたはそれで大丈夫なのか?」
「ええ。相手方からの条件でね、一人で来るように言われてるんです。用心深いお方です。」
「…わかった。」
例のストーカー事件から数日、白場賢人は平然としている。
私の杞憂だったらいいと思ったが、怪しいと思った即日彼の服に盗聴器を仕掛けた。
その晩彼は確かに何者かと会話し、井形正吾を殺したと報告していた。
相手は例の情報屋か、はたまた私が顔も知らない人物か…。いずれにせよ彼が黒なことはわかった。
彼のことだから私が支払う金額よりも大きな金額で買収されているのだろう。
彼に言い渡した二時間の間とあることを済ませ私はまた彼を呼び出した。
「ああ…ああ。お姫様が来た。切るぜ。」
「お待たせしました。白場君。」
「ああ。ところであんた俺の家にある荷物はどうする。」
「ああ、捨てちゃって構いません。」
「は?何でだ。わざわざ運んだのに。」
「人間観察記録は全て貸金庫に移しましたし、それ以外大事なものもありませんからね。貴方の家に持っていったのは主に衣類でしょう?」
「そうだが…使わねえのか?」
「ええ。ああ、捨てるのが面倒でしたら私が業者を手配しておきます。」
「いや、いい。これ以上俺の部屋に入り浸らないくれ。処分しておく。」
「助かります。」
彼は「俺らが安心して寝れない。」というような発言をした。
つまりこれは私の発言、「安心して眠れるとは思わないように。」の答えであった。
その言葉から彼が怪しく見えた。
私の発言を聴いていたのではないか。
あの部屋に本当に盗聴器が仕掛けられていて私の発言を聴いていたから出た言葉なのではないか。
私の推理は当たっていた。
全く、ありえない可能性ではないにしても突然のことに驚いた。
そして、彼との決別の時を迎える。
「こんな時間にすみませんね。」
「かまわない。そういう契約だからな。」
「ふふ、貴方それ口癖の様に言ってますよね。」
「…不満か?」
「いえいえ、今日はいつもとは違う要件なのですよ。」
「いつもと違う?」
「ええ。結論から言いますね。契約解消しましょう。」
「は?」
「これ、貴方と最初に交わした契約書です。」
「おい。」
「これをこうして、こう。」
「!」
「わー、結構いい燃え方しますね。流石紙です。」
「どういうことだ?」
「ふふふ、どういうことですか?騎士様。」
「…?」
「貴方が言ってたんじゃないですか、私のことをお姫様って。」
「…!」
「あはははは!面白い顔ですね!驚いていますか?予想外でしたか?」
「あんた…いつから…!」
「ストーカー事件の後ですね。」
「何で…何故わかった。俺は完璧だった筈だ。」
「勝って兜の緒を締めよ。いや、違いますね。」
「あ?」
「騙す時は騙される覚悟でかかってきてください。」
「…………。」
「それも違いますね。それがバレても良いような保険をかけておくべきですよ。いつも人を騙している私からの助言です。」
「もういい。」
「おっと!あはははは、武力行使ですか?怖い!勝てません!」
「くそっ…!ちょこまかと逃げやがって!」
「こんな人間ですからね、逃げ足だけは鍛えなくては!」
「!」
「ですが残念、鬼ごっこもここまでです。」
「待て!まだ、まだだ…!」
「あははははははは、楽しかったですよー!貴方との騙し合いは!バイバイ白場君!お元気でー!」
「クソっ………クソがっ……!」
事前に用意していた車に乗り込み白場が見えなくなったところで窓を閉め全力で走り上がった息を落ち着かせる。
彼のバレたと知った時の表情は傑作だった。
彼の記録に書き出さなくては、忘れる前に。
「ありがとうございます、協力してくれて。」
「…。」
「藤波君。」
「協力?はっ。脅迫の間違いだろ、安倉さん。」
数日前、白場賢人といた時二時間席を外させた。
その時会っていた人物がこの男、藤波司。
ダメ元だったが彼にコンタクトを取ったら簡単に通じた。
彼は私が以前働いていた職場のホストだった。今では営業職で活躍しているようだ。
「要件は?」
「元気にしてます?私ねえ最近大変なんですよ。ストーカー被害にあったと思ったら本当の裏切り者は私の護衛をしている人間で。」
「興味ない。時間をとったのが無駄だったな。」
「ああ、そう言えば矢辺君…元気にしてます?」
「…ああ、そうか。俺に選択肢はねえと。」
「いえいえ、別にいいんですよ。今から話すお願いを断ってもらっても。」
「全部知ってんだろ。趣味が悪い。」
「お褒めに預かり光栄です。それで要件なんですがこの日の22時にこの場所で、車を構えて待っていていただきたいのです。」
「…何で俺なんだ?これだけの用事なら仁にでも頼めばいいんじゃねえか?」
「はあ、仁君を巻き込んではいけませんよ。彼は表の人間なんですから。」
「俺も表の人間だが。」
「ふふ、彼ではいずれボロを出します。例えば私が危機の時彼は確実に私を守ってくれる様な人間ではありませんから。」
「俺もあんたなら喜んで見捨てるがな。」
「見捨てませんよ、貴方は。では時間なので失礼しますね。」
「…ああ。」
彼との話で出した矢辺、矢辺琉気という男は彼の高校生時代の同級生だ。
彼は矢辺君と出会ったことにより不良になった。
そして、不良との関係を断ち切るために彼は矢辺君を殺した。
これを調べるにはかなり苦労した。
彼は本当に頭が良い。度胸もある。
今、この状況の私に一番必要な人間は彼だった。
「で、詳細は?」
「はい?」
「まさかここまで巻き込んどいて何も話さねえなんてのはねえよな。」
「ええ、それが道理です。の前に、これどうやって借りたんです?」
「免許持ってるホームレスに金渡して借りさせた。」
「ふふ、ああ、ははは、貴方はやはり私が期待した以上の人間ですね。」
「あんたが仁を巻き込まないと言った時からわかっていた。裏の世界での揉め事なんだろ?」
「ええ。」
「俺の足がついてたまるかっての。こっちは平穏に暮らしてんだよ。」
「ふふ、そうですね。」
「で?」
「先日お伝えした事と以上のことはありませんよ。とにかく危機なんです。ピンチなんです。」
彼に事情を話し車を例のホームレスのもとに返し歩いて近くのビジネスホテルに泊まることになった。
彼の聞き分けは良く手際も超一流。
やはり表の世界で生きていく様な人間ではない、彼も本当はそれを望んでいる筈だ。
私はそう信じている。
「なるほど…あんた馬鹿か?」
「はい?」
「何でバレてねえうちにその白場って男から情報収集してねえんだよ。」
「はあ…。私がそんな愚かな人間に見えます?」
「情報あるならさっさと話せよ。」
「無いです。」
「は?」
「だから、無いです。」
「キレるぞ?」
「まあまあ落ち着いてください。見てくださいこれ、彼の部屋の鍵です。」
「…。」
「一緒に白場の家を探検しましょう。」
「死んでくれ。」