仇追人③「白場の家に行くかどうかはともかくあんたの目的はわかった。」
「目的?」
「外敵を殺したと思って一件落着…と思ったら本当の敵は一番身近に居た、さらに今其奴に指示を出している奴がいる、おまけに頼っていた情報屋がグル又は其奴に指示を出している張本人の可能性がある。」
「…。」
「裏社会の人間自体が信用できねえ状態にあるお前は表世界の人間且つお前がコントロールできるつまり弱みを握っている奴で役に立つ奴が協力関係にあると一番都合がいい。」
「凄いですね…。」
「だから俺が必要だったんだな?」
「その通りです。素晴らしいです。」
「ずっとわからなかった、俺よりスズキさんに金でも積んで協力を仰いだ方が解決は確実に早いだろうしな。」
「確かに、その通りですね。」
「この一連のことが終わるまでは協力してやる。」
「…感謝します。」
「但し一つ条件がある。」
「何でしょう。」
「全てが終わったら二度と俺に関わらねえことだ。」
「…!」
「呑むか?因みに言っとくがここで退くのも手だぞこの条件さえ呑まなきゃあんたは今後いつでも俺を都合のいい時に使える。」
「…。」
「できる限り答えは早い方がいい、俺の今後の人生に関わる問題だ。この条件は俺側のリスクと等価交換だと思うがな。俺が過去にやらかした以上こういう可能性は無かったわけではねえから覚悟の上だ。あんたっていう全く関係ない予想外の人間から持ちかけられるとは思っていなかったがな。」
「貴方という人間は…一体、何者なんですか。」
「そう言われてもな。俺はただの俺だ。」
「…条件を呑みましょう。私もこの協力関係に関して一つ決まり事を提案したいのですが。」
「…何だ?」
「裏切りは無し、と。」
「わかった、成立だ。」
こうして私と彼…藤波司との協力関係が本格的に決まった。
彼には感動させられることばかりだ。
最初の感動は、彼に初めて出会った時。
彼は風格からして他の人間と一味違っていた。
一度彼にストーキング行為をしたことがある。どうしても気になっていたからだ、得体の知れないその自信と力が。その時私は彼に質問を投げかけた。
「貴方は特別な人間ですか?」
と。彼はこう答えた。
「はい。」
ただそれだけ、それだけだったんだ。
何を思ってその様な答え方をしたのかは知らない。だが普通の人間なら確実に"どうしてそんな質問をするのか"という疑問を抱く筈だ。
そんな彼は特別な人間からただの人間に戻った。母親の死というものを体験してただの人間の感情を持つ様になった。
だが彼は確実に戻っている、あの時の特別な人間に。
私はきっと、彼が今の求めている条件の人間じゃなくても彼に救いを求めた。それだけ、彼には価値がある。
話し合いの末、白場の家には二人で行くことになった。勿論細心の注意を払って。その帰り道、また予想外のことが起きてしまう。
その時は突然だった、彼と協力してくれそうな人間を探しに出た時に偶然起こった出来事だ。
「あれ、あれえぇー!?何でー!?」
「でけー声だな。」
「飲み屋街ですからね。って…大きい声の主、近づいてきますよ。」
「うわまじだっ…………て、あ?」
「え。」
「ふじさんとせれさんじゃん!?何で一緒にいんの!?」
「仁!こんなとこで何してんだ。」
「いやいや普通に飲みに行こうか〜って話になってて、なるのライブ帰りにさあ。違うそんなことはどうでも良くって何で二人?一番あり得ない組み合わせでしょ!ていうかせれさん久しぶり!せれさんが辞めてから一度も会ってなかったよね?せれさんおれのLINE殆ど無視してるでしょ!あれ結構心にくるからね?」
「なる?」
「藤波君が辞めてから入ってきたホストですよ。バンドと兼業してる方なのでその方のライブ帰りということです。」
「ああ。」
「ちょ、おれの話ガン無視?ちょ、そういうとこだぞ〜。ねえねえ久しぶりに飲もうよ、メンツも奇天烈だし何で二人が一緒にいるのか聞きたいわ。」
「奇天烈とか言うな。」
「ふふ、確かに奇天烈ですねえ。藤波君私のこと嫌ってましたから。」
「あれ、せれさん知ってたんだ。知っててあの絡み方だったん?」
「ええ。何か問題でも?」
「無いで〜す。」
「今でも嫌いだけどな、そこ間違えんなよ。」
「おや。手厳しい。」
「マジで何で一緒にいるの?ねえ飲もうよ、ていうか強制だかんな?」
「あー?お前飲みの集まりはいいのか?」
「いいっていいってこんなレアな光景逃す方がやばいって。おーい!なる!俺二次会不参加で!レアモンスター二匹捕まえた!おう!悪いな!」
「ふふふ、相変わらず愉快な方ですねえ仁君は。」
「安倉、いいのか?」
「構わないでしょう。ここで断って後でラブホテルに行ったらしいとか噂流される方が嫌です。」
「んな気色悪い噂誰も流さねえよ。」
「よしよし決まり〜で?何?二人ラブホ帰り?」
「ぶっ飛ばすぞ。」
彼は仁君、もとい福宮仁。
荒れていた時期がある藤波君とは違って正真正銘の表の人間だ。
見ての通り底抜けの明るさが魅力的な人物で藤波君や私が辞めた職場であるホストで今も現役。
人から嫌われがちな私にも平等に接してくれる変わり者でもある。
初入店の日に途中参加にも関わらず藤波君に次いで二番目の売り上げ誇った実力の持ち主でもある。因みに万年ナンバーツーなのを悩みの種にしているとかしていないとか。
彼が車で来ていたこともあり店では飲まずに仁君の自宅で飲むことになった。
これもまた偶然であり奇跡だった。
「お前車で行ってて飲み会に参加しようとしてたのか?」
「んー?そりゃ代行とかに任せるつもりだったよ。」
「あのポルシェを代行させられる業者が可哀想ですね。」
「ふは、確かにい。傷つけられたら一生恨むわ。で、何で二人は一緒にいたの?全然話してくれないから秘密事?ラブホ?」
「麻薬取引。」
「っかぁーっ!そっちかー!」
「藤波君ちょっとリアルなのでやめた方がいいと思います。」
「え、何でリアル?クスリやってんの?」
「何でってお前そりゃ…あ?」
「なになに。」
「いえ、こんな派手な髪をしていると売人に間違われる職質を受けることがよくあるのですよ。」
「うわめっちゃおもしれえじゃん。」
私や藤波君も失言してしまいそうになるほど、仁君に会って気が緩んでいた。
彼にも藤波君とはまた別の力があると感じる。
彼には私が裏の人間だと喋ったことはない。
ましてや今彼に話すことは彼を巻き込むことと同義になるので口が裂けても言えない。
くだらない談笑をして一時間ほど。
彼の家の玄関扉が開く音が聞こえる。
「彼女?」
「ん?誰だろ。」
「わかんねえのかよセキュリティどうなってんだここ。」
「おれんちフリー素材だからなぁ。あれ?四音。珍しいじゃん。」
「客がいたのか。お前こそ珍しいなこの時間に家にいるのは、大概飲みに行ってんだろ。」
「彼は?」
「えっとねー中学の同級生の唐目四音君。なんか家出中らしくて居候させてる。俺ほとんど家帰んないし。そー四音聞いて今日レアキャラと出会ったからさー。」
「どうでもいい。…!お前…。」
「はい?」
「仁に近づくな、仁は表の人間だ。」
「!仁、お前…。」
「え、なになにわからん。俺の奪い合い?外でやってくんね?さみいし。」
「貴方、私とどこかで会ったことあります?勘違いではないですか?」
「ふん、お前二勿斗の女けしかけた奴だろ。つーか表の人間がどういう意味か聞かねえ時点でパンピーじゃねえし。」
「安倉…。」
「やらかしちゃいました。」
「え、マジで何状況がミリもわかんないんだけど。」
「お前は黙っとけ。」
「おれ家主なのに?」
「二勿斗…、唐目という名前を聞いてもしやかと思いましたが貴方唐目兄弟の四男です?」
「いかにも。あんたがけしかけた女抱いたら家勘当されたんだけど。どう責任とってくれんの?」
「はは、はははは………なんて世界は狭いんでしょう。」
「仁、本当に中学の知り合いなのか?」
「そうだけど。え、喋っていい感じ?」
「藤波君、唐目君達兄弟は〇〇区丁度仁君の出身地と学区が同じですので言っていることは本当ですね。」
「安倉さんおれの出身地とか知ってんの?なんで?」
「つかそもそも唐目兄弟ってなに。」
「貴方何もわからないで話聞いてたんですか。」
「因みにおれも何もわかってないんですけどー。」
「アホくせ。マジで飲みに来ただけかよお前ら。」
自分達でも上手く状況が掴めていないので話を整理すると、仁君の家に入ってきた中学の同級生というのも裏世界で名を轟かせている半グレ集団のリーダーの弟だった。
半グレ集団とは不良ではないかと言ってヤクザでもないグレーゾーン、半端にグレている人間たちの集まりのことを指す。
リーダーは長男の唐目唐一だがその兄弟の次男の婚約者とかつて私は接触していた。というか交流があった。
その次男の婚約者というのが私の所属する宗教団体の一員だったからだ。私と同じく親が宗教の関係者であり彼女はそれに悩んでいたので私が少し助言をして差し上げた、というのが真相だ。
その結果何故か次男の婚約者は末弟、つまり今いる唐目四音に寝取られたという。
その事件がきっかけで唐目四音は家から勘当されたと。そしてその唐目四音が仁君と中学の同級生…。
本当に世界って狭いですね。
「え、じゃあなるほど?せれさんは、宗教関係者で、うん、へー、そうなんだ。」
「…。」
「怪しい勧誘されたことねえの?お前。」
「ないけど。」
「ホストで働く時の条件としてスズキさんにお客さんには勿論従業員に対する宗教の話は禁じられていましたからね。」
「宗教なんだ。裏の世界がどうとは聞いてたけど初めて知ったわ。」
「で?ふじさんは本物の麻薬取引人っていう…。」
「俺にオチを求めんな。」
「仁君、君は唐目君がどんな家の子が知ってたんです?」
「知ってたけど、喧嘩して家追い出されたーっつってたし別におれ関係ねーし。ふつーだよふつー。ただの友達。」
「おめーなあ。」
「貴方の事勿れ主義も大概ですね。」
「こいつは昔からそうだぞ。つうか、お前はマジで何もねえの?」
「何もないよ。」
「ふじさんは麻薬取引人以外の何者でもないよそんな疑わないの。」
「仁しつけえ。」
「ふうん…。只者じゃねえと思うけどな。俺や唐一と同じ匂いがする。」
「唐一?お前んとこの長男か。」
「ああ。くっせえ雄の匂い。どんな事でも自分の思い通りにしたがる奴の匂いだ。決して俺とお前は仲良くなれねえな、俺とお前と唐一、この人種は一生生存競争をする。雄としてどれだけ自分が強いかを示すために。」
「何言ってんの四音。中二病も大概にしなさい。」
「仁、俺は見たいドラマがあるから帰ってきた。テレビのチャンネル権は譲らねえからな。」
「いいよお、別に俺らここで飲んでるだけだし。」
「…四音君。」
「気安く名前で呼ぶんじゃねえ。」
「失礼、唐目君。貴方に話があります。少々お時間を頂けますか?」
「…ドラマが始まる。十時まであと十三分だ、手短に済ませろ。」
「承知しました。すみません仁君、唐目君お借りしますね。」
「そのまま持って帰っていいよお。」
「…。」
「いっちゃったね。話ってなんだろーね?さっきの事で謝罪とか?」
「…まあ、そんなとこだろ。」
「どしたの、ふじさん元気なくなっちゃって。さっきの不倫話結構応えた?」
「んなわけねえだろ。ただ、色んなことが予想外だっただけだよ。」
「まー四音がギャング的なのは知ってたけど有名人とはねー。安倉さんもなんか怪しい感じ?の人だったっぽいし。」
「それもそうだが、お前がそのギャングと知り合いなのが一番の驚きだよ。」
「いやーほんと出会いは普通だったんよ?中学同じだったんだけどさ、たまったま飲み屋街で再会してみたいな。」
「中学の頃から仲良かったのか?」
「んーどうだろうね、四音は不良みたいな人達と連んでたしおれは普通の中学生だったし。でもそう、四音一応バスケ部だったんよね、幽霊だったけど。」
「部活が同じか…。」
「別におれは怪しいとこないって。んでなんか四音が引きずって部活に来させられてサボってたおれと鉢合わせして、みたいな?」
「その頃からギャングだったのか?唐目君は。」
「それはー…。」
「ふざけんじゃねえよ!」
「!?」
「…!」
「なに、喧嘩!?」
「お前はここにいろ、俺が行ってくる。」
「えぇー…おれ家主なんだけど。」
「…仁、こいつらつまみ出せ。」
「なんで?」
「舐めた事抜かしやがるからだ。さっさとしろ。」
「…ねえ四音、おれ家主なんだけど。」
「あ?言うこと聞けねえのか。」
「チャンネル権とかはどうでもいいよ?おれテレビとかおもしろけりゃなんでもいいし。でもさあおれがおれの家に誰呼ぼうが誰をいさせようがおれの勝手じゃん。」
「ごめんなさい、仁君。私たちはお暇します。」
「は?安倉さん怪我してんじゃん、お前殴ったの!?」
「だからどうした?」
「あーーーーーーーーーーーもうふざけんなよ、うるせえうるせえ全員、黙ってろよ!!」
「仁。」
「何でただ酒飲んで楽しくいたいだけなのにこんなんになるわけ!?取り敢えず四音座れ!」
「あ?俺に命令すんな。」
「四音。今日だけお願い事聞けよ、な?」
「……………。」
「で、何、二人何があったの。さっさと話してくれる?何度も言ってるけどここおれの家なんだよね。勝手に暴行事件の現場にしないでくれる?」
数分前。
私は唐目君に話があるとリビングから廊下の方に移った。
まずは最初に過去の謝罪をしたのだがそれに関しては唐目君は平然とした様子だった。
過ぎたことだからどうでもいい、俺は抱きたくて抱いたからお前に仕組まれた訳じゃないと。
そして私は本命の話を持ちかけた。
私の今置かれている状況についてとそれを手助けしてくれないかと。
そうしたら頬のこの怒りの鉄槌とふざけるなという怒号だった。
「はぁー…なに、せれさんピンチなんだ。」
「ええ、まあ。お恥ずかしいことに。」
「四音助けてやればいーじゃん。何でそんな怒るの?」
「さっきの話も踏まえて考えたら言ってることは滅茶苦茶なんじゃないのか、俺は唐目君の方が正しいと思うが。」
「藤波君、」
「…。」
「なーんで?過去のことって許したんでしょ?じゃあ他に何がダメなわけ。」
「俺が勘当されたの間接的にコイツのせいだろ。お前は知らねえと思うが兄貴達に散々リンチされた後ここでは言えねえような辱めも受けた上で勘当されてんだこっちは。家との綺麗さっぱり繋がりなんざねえんだよ。」
「うん。」
「それで唐目の組織を使って協力しろ?できるわけねえだろ馬鹿が。金でどうにかなる問題じゃねえんだよ。隣にATMがいるしな。金には困ってねえ。」
「…出過ぎたことを…失礼しました。」
「仁、唐目君。この話は無かったことにしてくれ。俺からも謝る。すまない。」
「うーん、四音ー…。」
「あ?」
「どー…にかならない?おれこの二人にめっちゃお世話になってんだよねー…。」
「無理だ。」
「ねーお願い、じゃーわかった、四音のお願い事一個聞いたげるから。」
「………。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…………ハワイ旅行に連れて行け。ホテルはスイートルーム。プール付き。七面鳥食わせろ。」
「うぐっ…………うん、はい、わかった。」
「仁…ありがとう。」
「いいよお。てかふじさんも一枚噛んでるんだ、せれさんの裏事情に。」
「…まあな。」
「安倉。」
「はい。」
「詳しい話を聞かせろ。いや待てドラマは!?」
「二人が話してある間に録画しといたよお。ふじさんが。」
「…!ならいい。感謝する。」
「…ああ?」
「唐目の力を使いたいんだったな。瑠三に掛け合ってやる。期待はすんなよ。」
「ああ!そうじゃん四音。ルサちんがいるじゃん。よかったねーせれさん。」
「三男の方ですか?」
「ああ。唐一と二勿斗は完全に俺のことを蔑視してるが瑠三は俺のことを幼い頃から気にかけていたからな。他二人よりはまだ希望があんだろ。」
「ありがとうございます。この恩はいつか必ずお返しします。困った時は私に連絡をください。」
「いらねーよ、礼なら仁にしてやれ。瑠三に電話するから席を外す。」
「おれはたまに飲みに行ってくれるだけでいいよお。あとLINE返して。」
「ふふ、わかりました。仁君には誰にも敵いませんね。」
「…すげえな仁。お前あんな奴と一緒に暮らしてて大丈夫か?」
「大丈夫って?」
「ギャングがどうとか以前に人間として。」
「四音はいい奴だよ?そりゃまあ、多少我儘だけど。」
「多少どころ話じゃない気が…。」
「まあまあほら、ああ見えて自分の責任は全部自分で取るしなんつーか、そういうとこ気が合うんだよね。」
「仁。俺からも礼を言う。ありがとう。ハワイ旅行代は俺が出してやるからな。」
「まじ?普通に助かる。ルームサービスめっちゃたのも。」
「おい。まあいいけど。」
「ははは、おもしれ。」
「仁。」
「んお、どしたの四音。」
「瑠三と話をつけてくる。」
「いってらっしゃい、気を付けてねー。」
「ああ。」
奇跡的な運が重なり四音君が瑠三と呼ばれる唐目家の三男に話をつけてくれた。
四音君曰く長男や次男は話が通じないが三男の瑠三君に関して言えばそこそこ通じるらしい。
四音君の話が本当かどうかはさておき、二日後に会った時協力してくれるかどうかはまた別問題。
しかし、二人でハワイ旅行に行く話を淡々と持ちかけるなんて仁君と四音君は一体どんな関係なんだろうね?