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    sumikko1900

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    sumikko1900

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    名前を間違われたみずかみんぐの話。

    ##ワールドトリガー
    #水上敏志
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    #ワートリ
    wartimeStory

    俗手の好手【WT水上+隠岐】名前を間違われたみずかみんぐの話。/将棋の沼から身を引き上げきれない水上と、将棋とまったく縁がないゆえに水上の世界をちょっと変えることができる隠岐くん。/水上が再現している棋譜はこちらを参考にしました。→https://shogidb2.com/games/e7c37a82c079cd8d5fe1df2db567113c6fbb0f6c/関西弁は雰囲気です。


    【俗手の好手】


     「さとし」なんてよくある名前で、漢字を間違われることだってよくある話だ。実際これまでも何度となく間違われてきたし、携帯端末でズラリと並んだ変換候補から自分の名前を探し出すのが正直めんどくさいことだってある。だから、まぁ、間違えるのもしゃぁないわ、と理解もするし、だいたい、自分はそんな細かいことにいちいち目くじらを立てるほど、几帳面な性格ではない。

     とはいえ。

     水上は封筒を半目で睨みつけた。
     『水上敏士様』と書かれたこの封書は、彼の地元・大阪の役場から、なぜかボーダー本部基地の住所宛に届いたものだ。

     よりによってセキュリティのうるさい本部に、しかも微妙に間違えた名前で届いてしまったせいで、水上が受け取ったときには消印は二週間も前の日付になっていた。追加で押されたセキュリティーチェックの証明印と、さすがに封を切った跡はないことを確かめつつ、自分がいる場所の特殊性をかみしめた。ついつい忘れてまうけど、『ここ』ってほんまに日本とちゃうんやな。

     ともかく、水上はその封書を生駒隊の隊室で開封することにした。わざわざ本部基地に宛てたということは、なにかボーダー内の事務手続きが要る書類なのかもしれない。なら寮で確認するよりここで見たほうが効率的だ。あと単純に、持って帰んのめんどくさ。ということで封を切った水上が書類を取り出すと、それはまだ一年以上先の成人式に関することだった。

     なんやねん、ぜんぜん急ぎでも大したことでもあらへんやん。ドッと肩透かしをくらいながらも、取り出した流れで、ひとまず日付や場所の書かれた一枚目を半目で一読する。一年以上も先の、しかも遠く離れた地元の行事に行くか行かないかなんて、いやそもそもそのときに自分が行ける状態にあるのかすら、今の水上には判断できない。だが裏を返せば、地元に帰っている可能性だってゼロではない。この先ボーダーを辞めることだってあるかもしれない。すべてが推測で、道筋は無限に存在している。だから一応内容は覚えておくか、と惰性で書類をめくった途端、水上はこれがボーダー本部基地宛に送られてきたわけを理解した。

     二枚目はがらりと体裁が違っていた。そこに書かれていたのは、水上へのスピーチの依頼だった。

     いわく、我が街の成人式では毎年その年の成人から数名、各分野で活躍する者に自身の現在や目指す未来を語ってもらう伝統があり云々。つきましては、ネイバーによる攻撃の最前線に立つボーダーにスカウトされ、なおかつ目覚ましい活躍をする貴殿に、ぜひともその活動について地元の同窓に語ってほしく云々。我が市初めてのボーダー隊員である貴殿の存在は同じ年の若者に勇気と希望を与えるものであり、類い稀な経歴を活かす機会として、この依頼をぜひ検討の上よきお返事を云々かんぬん。

     読み進めるほどに眉間の皺を深くして、最終的に水上はひどい渋面になっていた。
     だから宛先がボーダー本部基地だったのか。実家に送るほうが楽で早いだろうに、わざわざ機密だらけの組織を目掛けて送ってきた理由は、これのせいか。もしかしたら送付前に実家に電話の一本でもあったかもしれないが、あいにく連絡は来ていない。水上家は「便りがないのは良い便り」を地で行く連絡不精一家なので、おそらく、そのうちでいっか、と保留しているうちに役場が痺れを切らしたに違いない。その証拠に封筒をポンとひっくり返せば、やけに締め切りの近い返信用ハガキがコトリと落ちてきた。

     げっそりと肩を落としながらも、水上はこれが検閲を免れたこと、そして個人宛に送られてきたことに胸を撫でおろした。もしもこれがメディア対策室に知られる形で届いていたら……。隊員スカウトの広告塔になっている己を想像して、背筋にゾッと寒気が走る。生駒隊が嵐山隊のような広報部隊でないことにも、心の底から感謝した。

     たしかに水上の経歴は『類い稀』なものなのかもしれない。かつては将棋のプロ棋士を目指して奨励会に所属していたのが一転、縁もゆかりもない土地で近界の脅威から人々を守る防衛機関に所属、そんな経歴を持つものは水上以外にいるわけがない。いやいやいたら怖い、引くわ。だから悪目立ちするのもわかる。
     でも、だとしたらなおさら。

    「漢字間違えんなやボケ!」

     半目で睨んでいた封筒を机に放り出して、ソファにどっかりと身を預ける。苛立ちが胃をぐらぐらと揺らしている。水上は長く息を吐きながら目を閉じ、そのまま天井を見上げ、ゆっくりと目を開いた。

     天井に八十一マスと四十の駒が現れた。パチリ、と音を立てて駒がマスを進む。2六歩、3四歩、7六歩、8四歩、2五歩……。水上の頭上で繰り広げられる、水上にしか見えない盤面は、先日行われたプロ棋士の対局内容だ。7八金、3ニ金、2四歩、同歩……。耳の奥で響く駒音に合わせて、逆立っていた感情がひたひたと凪いでいく。

     苛立つことがあると天井に将棋盤を浮かべ、駒を動かすーーそれは水上の身に染みついた癖だった。奨励会を辞めて、プロ棋士になる夢を諦めて、将棋の話題など縁遠い日々を過ごしていても、この癖だけはほとんど無意識に出てきて消えることがなかった。それは水上の身体から将棋が抜けることがない証のようでもあった。

     まさかこんな苛立つとか、ホンマ調子狂うわ……。だいぶ落ち着いてきた頭で水上はぼやいた。あいかわらず頭上では対局の再現が続いている。結果のわかっている対局であれば、自己分析を同時並行するなど水上には容易いことだ。パチリ、5ニ玉、これは物珍しさを盾に土足で領域に踏み込まれた嫌悪感、パチリ、5八玉、こっちは自分の経歴が客寄せパンダになり得ることへの煩わしさ。盤面に合わせて自身の胸の内が見えてくる。だが思わず「調子狂う」とぼやかせたのは、先の二手のどちらでもなかった。

     パチリ、と目を瞬かせる。読みどおりに盤面が動く。
     こんなに苛立ったのは、名前を間違われたから。たったそれだけ。

     はぁ、とため息をひとつ。ほんまくだらん、アホみたいや。天井を見上げたまま、水上はボサボサの頭を掻く。気づいてしまえば、もうそれ以外に考えられなかった。

     重ねて言うが、水上は名前を間違われたぐらいでいちいち目くじら立てるような性格ではない。ただ今回は組み合わせが悪かったのだ。「敏」の一字でも「さとし」と読めるところに付けられたのが「志」ではなく、偶然にも「士」の字だったことーーそのたった一字で当たり前のように「棋士」を思い出してしまったことによる、呆れと諦めからくる苛立ちだった。

     もちろん士という字を使った単語など、無数に存在することはわかっている。だが、それでも水上とって「士」という字は、富士でも武士でも戦士でもなく「棋士」の字だと思っていた頃が確かにあったのだ。同時にそれが自分の漢字に含まれていること、けれどもそのままの姿ではないことに、感傷を抱いたこともあったのだ。

     そしてあのとき抱いた憧憬と羨望は、今も消えることがないまま水上の中に潜んでいた。それが今でも些細なきっかけで滲み出し、自身を掻き乱したことに、水上はため息をもらした。これはどうしたって水上に染みついているものなのだ。こうして無意識に出てくる空想の盤面と同じように。

     またひとつ駒が進む。自己分析をしている間も進んでいた盤面は、佳境に差し掛かっていた。打たれた一手を見て、あぁこらあかんわ、と水上は思う。リアルタイムの解説では、難しい一手だと分析されていた。絞り出すように繰り出された攻めに転じる一手、とも見えるし、自陣をじわじわと追い詰める展開もまだ続いている。紙一重の選択。そして実際、この一手が勝敗を分けた。

     水上はじっと天井を見上げていた。「あぁこらあかんわ」、これは結果がわかっているものの台詞だ。だが、これがもしリアルタイムだったら? 一手先を、いやそれ以上先の手を読み合うさなかだったら? 自分はすぐにあかんと言えただろうか?

     水上は身をもって知っているのだ。その場で、ヒリヒリとした対局のさなか、読んで、読んで、読んで、それでもその一手しか見えなかったら手を伸ばし打つしかない。それが棋士という生き物であることを。

    「……せやな」

     自分にしか見えない盤面に向き合って水上はぼやいた。
     俺が、プロ棋士の道を辞めたのも、ボーダー入隊を選んだのも、俺の指した「一手」には変わらんな。

     瞬きをすれば、頭上の盤面は消えていた。王手にはまだ数手残されていたのだが、このまま味気ない天井を見ていても仕方がない。すっかり落ち着きを取り戻した水上は目を閉じる。ほな今日はここらで『詰み』にしといたろ……

    「ーー先輩ってこんな土っぽい名ぁでしたっけ?」

     それまで聞こえなかった第三者の声、それも場の空気を瞬時に変えるはんなりとした声がして、水上は文字どおり飛び上がった。かっ開いた目を向けると、すぐ後ろに目を丸くした隠岐が立っていた。

    「ビッ、クリさせんなや」
    「いやいや、それはこっちの台詞です。こんな簡単に先輩の背後取れて、次の試合が心配なりますわぁ」

     水上の形相に目を瞬かせつつも、隠岐は、落ちてましたよ、と手にした封筒をヒラヒラと振った。地元の役場名が見えて、せっかく凪いだ胸の内がかすかに漣立つ。どうやら投げ出した弾みで床に落ちていたらしい。思わず渋い顔をしてしまった水上に、隠岐はただへらりと笑って封筒を差し出した。

    「先輩の見た目はな〜んも変わってへんのに、今はやけに湿っぽい上に名前まで土っぽい感じで、なんか気色悪いですわぁ」
    「アホ。……これ、名前、『し』が間違ぉとる。『士』やのうて、俺のは『志』や」

     受け取りながら、水上は指で空中に字をなぞる。「心」がつく「こころざし」のほう、と説明すれば、隠岐は、ああ、と得心がいったようだ。

    「ほんまや。いやぁ、なんか変やとは思ったんです。なるほど、心がなかったんすねぇ」

     あいかわらずヘラヘラとした笑みを浮かべて、一度、ニ度と頷いている。

    「……なぁんか気に障る言い方やな」
    「えぇ〜? 誰も、水上先輩には心があらへんなぁ〜なんて言うてへんのに」

     むしろ心があるほうですやん、とあざとく口を尖らせる後輩に、おまえのその言い方ってもんが、と水上がこめかみを引き攣らせたときだった。

    「それにほら、こっちの間違っているほう? この『水上敏士』じゃぁ、まるで先輩、水陸両用車みたいですわぁ」

     何気ない思いつきのように、なんてことのないように、隠岐は水上に向かってゆるく笑った。

     水上は動けずにいた。無意識に頭上に浮かんだ盤面は、一瞬にして局面が一変したことを示していた。自分以外の誰にも見えない盤面が、この何気ない一言によって番狂わせならぬ「盤狂わせ」を起こされていた。

     急に固まった先輩に隠岐はきょとんとした顔をしている。「先輩?」と屈んで声をかけられ、ようやく動きを取り戻した水上は、大きくため息をついて、腕を上げ、そのまま後輩の頭頂部に振り下ろした。

    「あてっ!」
    「なんやねん、その理屈」

     ぶっきらぼうなツッコミに、ひどいわぁ痛いやないですかぁ、と隠岐が文句を垂れる。むくれる様子を横目で見ながら水上は、やられた、と思った。こいつのこういうところが、ほんま敵わんわ。

     もうこれからは「敏士」と間違われるたびに、「棋士」ではなく、隠岐の言った「水陸両用車」のほうを思い出してしまうに違いない。

     指された一手がその先の局面を決める。そういう世界に、かつて身を置いていた。今もある意味では似た環境だ。それでもときおり、こういう訳のわからん一手を食らって、自分が抱えていた盤面なんかあっけなくひっくり返されることがあって、それが腹立たしいかといえばむしろ逆で、だから俺はここにいるのがおもろくてしょうがないんや。

    「……ほんま、しょーもな」

     そうか、あのときの「一手」も悪くなかったようや、と水上はひとり薄く笑う。隠岐はそんな先輩を、気味が悪いなぁと思いつつも顔には出さずに、いつものようにへらりと笑って見つめていた。

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    sumikko1900

    DONE2023'07'01-02 エワ即売会(9) 水隠岐プチオンリー「嘘もグズるもお見通し」での展示作品。
    水上と隠岐くんで『かげうら』に行った話。
    カステラパーティーの所以【WTみずおき】【カステラパーティーの所以】



     ご注文は以上ですかぁという高めの声が、喧騒の中に響く。首肯すれば、アルバイトらしき店員は足早にテーブルから離れていった。地元民に愛される名店とあって、『お好み焼き かげうら』は今日も盛況だ。店員は息つく暇もなく、すぐに次の客に呼び止められている。
    「……隠岐くん?」
    「はい?」
     水上は鉄板を挟んで向かいあっている隠岐に声をかけた。水の入ったグラスを手に小首を傾けた隠岐の表情は、いつもと変わらず柔和だ。あえて言い方を悪くすれば、何を考えているのかわからない顔だ。それを水上はじっとりと睨みつけた。
    「なんやねん、ネギ焼きて」
    「えっ、先輩、ネギ焼き知らんのですか?」
     まさか、と隠岐は目を丸くした。ネギ焼きとは名前のとおり、ザクザク刻んだ大量の青ネギを小麦粉と混ぜて焼いたものだ。具材は『すじこん』ーーすじ肉とこんにゃくを煮たものを入れ、タレはポン酢など醤油ベースが主流という特徴があるが、お好み焼きと同じ鉄板焼きの一種として、隠岐の故郷・大阪ではメジャーな食べ物だ。
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