Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    sumikko1900

    @soua124

    文字書き/WT🥦/enst🌟/APH立/書いたもの・活動備忘録
    書いている人→@soua124 /お題箱https://odaibako.net/u/soua124

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌟
    POIPOI 5

    sumikko1900

    ☆quiet follow

    2023'07'01-02 エワ即売会(9) 水隠岐プチオンリー「嘘もグズるもお見通し」での展示作品。
    水上と隠岐くんで『かげうら』に行った話。

    #エワ即売会(9)
    #みずおき
    #みずおきお見通し
    #ワートリ
    wartimeStory
    ##ワールドトリガー

    カステラパーティーの所以【WTみずおき】【カステラパーティーの所以】



     ご注文は以上ですかぁという高めの声が、喧騒の中に響く。首肯すれば、アルバイトらしき店員は足早にテーブルから離れていった。地元民に愛される名店とあって、『お好み焼き かげうら』は今日も盛況だ。店員は息つく暇もなく、すぐに次の客に呼び止められている。
    「……隠岐くん?」
    「はい?」
     水上は鉄板を挟んで向かいあっている隠岐に声をかけた。水の入ったグラスを手に小首を傾けた隠岐の表情は、いつもと変わらず柔和だ。あえて言い方を悪くすれば、何を考えているのかわからない顔だ。それを水上はじっとりと睨みつけた。
    「なんやねん、ネギ焼きて」
    「えっ、先輩、ネギ焼き知らんのですか?」
     まさか、と隠岐は目を丸くした。ネギ焼きとは名前のとおり、ザクザク刻んだ大量の青ネギを小麦粉と混ぜて焼いたものだ。具材は『すじこん』ーーすじ肉とこんにゃくを煮たものを入れ、タレはポン酢など醤油ベースが主流という特徴があるが、お好み焼きと同じ鉄板焼きの一種として、隠岐の故郷・大阪ではメジャーな食べ物だ。
     そして水上も大阪出身だ。地元でよく食べられていたネギ焼きを知らないわけがない。
    「アホぬかせ」と淡々とつっこみを入れる。「なんで注文がネギ焼きやねん。お前が言い出したんやろが、『ソースが恋しい』って」
     追求すると、隠岐はへらりと笑った。水上はそんな隠岐から目線を離さずに、ほんの数十分前の出来事を思い出す。そのときもこの男は、なんとも締まりのない顔で笑っていたのだ。

       *

     そもそもは、隠岐が宿題を抱えて水上の部屋に来たところから始まる。学年は違えど、お互い同じ生駒隊の隊員で寮暮らしとあって、部屋の行き来は日常茶飯事だ。事前連絡なしの、気軽な訪問。ときに外出の誘いであったり、またあるときは図々しくもごはんの懇願だったりするのだが、一番多いのはやはり宿題への助力を乞うものだ。
     一つ上の先輩で、しかも進学校レベルの頭の良さを持つ水上を、隠岐はかなりの頻度で頼りにしていた。水上の方もすっかり慣れたもので、大抵の泣きつきはあしらいつつ、やる気がゼロにならないよう適宜アドバイスを入れつつ、本人は詰将棋の本などを片手に過ごすのが常だった。……のだが。
    「ーーあかんあかん、もう今日はほんまにあかんです頭パァーンなるぅ……」
    「まぁこればかりはしゃーないな」
     ノートの上に突っ伏す隠岐に、水上もため息をこぼす。
     隠岐が持ってきた今日の宿題は、英語の文法ワーク。水上ですら昨年「なんでわざわざこんなややこしい言い回しせないかんねん」とツッコミを入れた覚えのある箇所だった。水上の場合は、教科書や参考書に載っているフレーズを丸ごと覚えることで乗り切った。ややこしい文法論を理解しようとするより、そっちのほうがはるかに楽だからだ。
     だが、水上ほどの記憶力がない隠岐に、同じやり方は通用しない。教科書と参考書を読み込み、覚えました、と言う隠岐に同じフレーズの穴埋め問題を出してみれば、首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべる始末。どこがちゃうかわからん、と言う後輩に対して先輩なりに説明をするものの、首を捻る。あれこれ考えんとひとまず覚えとき、と言っても手の動きは鈍く、おかげでいつもは数ページは進む詰将棋本も、今日は一ページもめくることができなかった。
    「おれ、今きっと、頭から煙出てますわ」
    「アホか、トリオン漏出はしとらんで、ベイルアウトすんなや」
    「いやいや、もう活動限界ですわ、グラホひとつ出すんも無理ですわ……」
     学校の宿題にトリオンを使うわけがないのだが、ぐずぐずとゴネだした隠岐は手を動かす気配がない。時計を見れば、隠岐が訪ねてきてから一時間以上経っており、そろそろ夕食時だ。
     ははぁん、さては腹が空いたってわけか。水上はすぐにピンと来た。助力をもらいながら宿題を終わらせたあと、ついでにごはんも共にする、というのも日常茶飯事のことだった。今回も訪問のタイミングと宿題の内容から、隠岐は始めからその魂胆だったのだろう。いつもなら「お腹空きました」の一言ぐらいはあるのだが、現状の隠岐にはその気力すらないらしい。あー、だの、はぁ、だの、意味のない言葉ばかりだ。このままでは水上の部屋でただの屍になるだろう。
    「めんどくさ……、うどんしかないで」
     水上はため息をついて腰をあげた。冷凍庫を開けて、買い置きの冷凍うどんを取り出す。返事がないのは肯定だと判断した。水上がうどん好きということもあって、隠岐が来たときは八割、ーーいや九割はうどんになる。
     手っ取り早く温めてしまうには電子レンジが便利だ。温められた空気でパッケージを爆発させてしまわないよう、うどんの封に力を込めた瞬間だった。
     
    「……ソース」

    「……」
     バリッと封を開ける音が、二人の間に転がった。
     卓袱台に突っ伏したまま、ポツリと呟かれた声。それはまるで蚊の鳴くような小さくか細いもの。しかし、水上の耳は聞き逃さなかった。呟かれた単語が、無意識でも反応してしまう単語だったからだ。
    「ソースって、一度思い浮かべたらもう一瞬にして口中にワーッと味が広がりません? なに食べようとしとっても一気にその口になってまうというか、恋焦がれる味って、きっとこうゆーやつですわ。鉄板から立ち上る香り、口に入れる瞬間の期待と確信、どれも記憶の中やのに、浮かんでしもたらもう抗えへんくらい強いもんですねぇてか今おれめっちゃソースが恋しいですわ」
     隠岐の声はもともと柔らかく、決して快活でよく通る類ではない。それでもやけに饒舌な主張が、水上の耳に容赦なく入り込み脳を刺激する。思わずじわりと涎が滲んで、はっと口元を引き締めた。こんなところで関西人の血が騒いでしまうとは……。手にした冷凍うどんが、存在を主張するように指先を冷やしていく。しかし水上は知っているのだ。残念ながら、このスイッチは一度入れられてしまうとなかなか元には戻らない。それでも一応の抗いとして、水上は手元を指さした。
    「……隠岐、これ、なんかわかるか?」
     卓袱台の上で頭を転がした隠岐は、しっかり開封済になったパッケージを見つめ、それでもなお、へらりと締まりのない顔で笑った。その目にしっかりと、あざとい確信を浮かべてーー
    「先輩、前にお好み焼き食べたん、いつですか?」
     
       *

    「……てなわけで、俺はお前に、うどんの口やったんをソースに上書きされたんやぞ」
     水の入ったグラスを傾けつつ、水上は顔をしかめた。すっかり隠岐に絆される形になっているのも、渋い顔の一因だ。しかし隠岐は相変わらず能天気な笑みだ。
    「レンチンする前やったんやから、セーフやないですか。どうせまたすぐに食べる機会はあるやろし、言うて先輩も誘惑に負けたでしょ?」
    「やかましいわ。あんな饒舌に誘うだけ誘っといて、当の本人はソースやないとか、ツッコミ入れんほうがボケや」
    「ツッコミ入れんほうがボケなんは、漫才じゃ当たり前のことですやん……って、そんな睨まんでくださいよこわぁー」
     じとーっと睨まれて、隠岐はわざとらしく身を縮こまらせた。
    「おれだって、さっきまでは完全ソースの口やったんですよ。でもなぁ、先輩が……」
    「あ? なんで俺のせいになんねん」
    「いやいや、だって先輩、店員さん呼び止めんのにめっちゃ時間かかりましたやん」と隠岐がぼやいた。
     隠岐の指摘は事実だった。『かげうら』で席についてから、もう十分近く経っている。店内が混雑しているのは確かだが、それにしても注文まで時間がかかりすぎたのは、ひとえに水上が店員をなかなか呼び止められなかったからだ。
    「なんや全然来ぉへんなぁー、って思ってたらあれが目ぇついて、あ、ネギ焼きもええなぁーと思ってたところにやっと店員さんが来るんですもん」
     誘惑に負けましたわ、と隠岐は壁を指さして言う。そこには写真であるにも関わらず、そこからいい匂いがしそうなネギ焼きの宣伝が目立つように貼ってあった。たしかに魅力的だった。
    「しゃーないやん。呼ぼうにもこの混みっぷりやぞ」
    「いやぁ、そんなことあらへんと思うんやけどなぁ……」
     隠岐は首を傾げつつ、さりげなく「店員さん、すんません」と手を挙げた。声はいつもどおりの柔らかさで、喧騒の中では目立たない。だがすぐに店員のひとりが返事をして、テーブルに近づいてきた。
    「お冷、おかわりもらえます?」
     さらりとお願いすれば、店員は愛想良く返事をして、すぐに水の入ったピッチャーを持ってきた。そのまま、どうぞー、と置いて立ち去る。
    「ほら」
    「うわ、イケメンこわあ」
    「いやなんでそうなります? てか、イケメンとちゃいますて。そんなら先輩のほうがずっと目立つし、無視しようにもできん見た目ってゆうか……」
    「ほーん……」と水上は目を細めた。「せや、明日、防衛任務前に合成弾のコソ練やろ思ってたんや、ちょうどええから隠岐くんに付きおうてもらうわ」
    「えっ? いやいや、それおれ完全にグラホで逃げ惑う役ですやん」
     隠岐は途端に、二宮さんの強化追尾弾ホーネットいまだにトラウマやし勘弁してほしいわー、と泣き言を言い出したが、水上は無視をする。
     しばらく隠岐を放置した水上は「……今日は影浦隊が防衛任務やろ」とおもむろに口を開いた。急になんです、と隠岐は首を傾ける。
    「せやから、今日はカゲがおらんやろ、だから手間取っただけや」
    「ん? ……えっ、先輩まさか、いつもは影浦先輩を黙ァってジィーッて、気ぃついてもらうまで見てたってこと?」
    「それが一番確実やからな」
     しれっと言うと、隠岐は信じられんと口をあんぐりと開けた。
     ボーダーB級上位にいる影浦隊を率いる、影浦雅人。彼はこの店の息子であり、感情受信体質という特異体質のサイドフェクトを持っている。ボーダーの中には、その体質の影響からくる彼の振る舞いで、なにかと過敏になっている者もいるというのに、それをむしろ利用するなんて隠岐には信じられないのだろう。
     だが影浦と水上は、同じクラスで気心も知れた仲だ。もちろん影浦が得意体質のせいで苦労するケースも、よく知っている。それでもこんなことをするのは、確かに水上が店員を呼び止めるのが下手だからだ。
     『かげうら』のような繁忙店だからというわけではない。大阪にいたころからそうだった。声をかけるタイミングが悪いのか、主張がいまひとつなのか、思わず無視されているのかと疑ってしまうほど呼び止められない。
     そんな自覚があるため、同学年と食事に行くときは、他のメンバーに頼るのが常だ。ハキハキとした村上や蔵内、立ち振る舞いのうまい犬飼や当真、常連客の荒船に北添、やけに目立つ穂刈に王子……とくれば、水上があえて手を挙げる必要などない。店員を呼び止める機会に、水上の出番は皆無なのだ。それに今のところ、黙って目線を送るやり方でも影浦にキレられたことはない。店だと影浦の体質を知らない客が大半だろうから、むしろ察しの良い店員として受け流しているのかもしれない。
     そういうことで「影浦先輩も気の毒な……」とぼやいた隠岐に対しても、水上は飄々と肩をすくめた。だいたい、本人は気がついていないようだが、隠岐と外食するときも常に隠岐が店員を呼んでいた。今日は宿題のダメージによって隠岐がゾンビのようだったため、仕方なく水上が役を担った、いわばイレギュラーだ。
     やっぱこれからも隠岐に任せよう、とひとり確信したところに、ちょうど店員の声が響いた。隠岐の頼んだネギ焼きが来たのだ。お好み焼きに比べて薄く、ひっくり返すのにコツがいるため、注文時に店側で焼いてもらうように頼んであった。ついでに水上のモダン焼きも、調理をお願いしてある。
     香ばしい香りにパアッと顔を輝かせた隠岐は、お先にいただきますー、と水上の返事を待たずにコテを伸ばした。レモンの効いた醤油だれにつけて頬張れば、もともと締まりのない笑みがいっそう緩くなる。至福の顔、とはこういうものを指すのだろう。そういえば、隠岐はたこ焼きよりも明石焼き派だったと思い出した。口ではソースが恋しいと言っても、もともとさっぱりしたものの方が好みなのだろう。
     ……ならやっぱうどんでよかったやん、と話を蒸し返しそうになったが、水上もソースの誘惑に負けたのだから口を噤んでおく。ちょうど水上が頼んだモダン焼きも届いた。こちらは気が済むまでソースを塗りたくり、マヨと鰹節と青海苔もたっぷり。熱々を頬張る。隠岐ほど顔は緩んだりしないが、それでも確かな満足感が体の底から湧き上がってくるのを感じた。
     ふと顔を上げれば、隠岐が水上をじっと見ていた。正確には、水上の手元のモダン焼きをじいっと見つめていた。
    「やらんで」
    「ありゃま」
     言われずともわかる。目の前にして、ソース恋しさが甦ってきたようだ。いや、構われ上手な隠岐のことだ、最初から水上の分を当てにしていたのだろう。そんな思惑は無視してもくもくと箸を動かす。水上だって腹が空いているのだ。
    「……まぁでも、こんな賑やかでも声を聞き取るとか、店員さんってすごいですね」
     ネギ焼きを半分ほど平げたところで、隠岐がしみじみと呟いた。水上は食べつつ「ああ、それな」と返した。
    「人間の耳と脳みそは便利なもんで、意識せんでも耳に入ってくる会話は無意識下で聞いとって、例えば自分の名前とか、関係する話になると、パッと拾えるようになってるらしいで」
    「ああ、それ聞いたことあります」と隠岐はすぐに頷いた。「カステラパーティーゆうんでしたっけ?」
     思わぬ単語に、頬張ったモダン焼きが喉に詰まった。盛大に咳き込んだ水上に驚いた隠岐の手元から、ネギ焼きがこぼれ落ちる。
    「ちょっと先輩、大丈夫ですか?」
    「……カクテルパーティーや」
     グラスの水を一気飲みして、水上は言う。隠岐はきょとんとしている。
    「それを言うなら、カクテルパーティー効果や! なんでカステラやねん、パーティーゆうたら酒やろが!」
    「いや知りませんよ、未成年やもん」
    「カステラパーティーとか、ただの三時のおやつやん、か、カステラて……ふはっ、ははっゲッホゲホッ」
    「あらま、水上先輩がこんなにウケるなんて珍し。なんや嬉しいわぁ」
     身悶えするほど噎せている水上を前に、隠岐は水を注ぎつつのほほんと笑う。動じていないのか、のんきなのか。水上はグラスをもう一度煽ることで、ようやく落ち着きを取り戻した。
    「……はぁ、死ぬかと思った」
    「先輩が今死んだら『死因:モダン焼き』になってしまうんやろなぁ」
    「いや明らかにお前のカステラパーティーのせいやろが」
     隠岐という男はどこまで呑気なのか。明日は強化追尾弾ホーネット祭りで決定やな、と水上は心に誓う。これからカステラを見るたびに、きっと今日のことを思い出してしまうに違いない。
    「あーあ、先輩が目の前でこんだけ苦しんだんやから、詫びくらい欲しいなぁー。豚玉くらいで勘弁したろかなぁー」
    「うわ、ちゃっかりさんや」
    「ええから早よさっきみたいに『店員さぁん』って呼び、今度は待っとる間に俺の気が」変わるかも、と言いかけた言葉は、店員のお呼びですかぁー、という明るい声でかき消えた。
     咄嗟に反応できない水上はポカン、と口を開けるしかなかった。固まった先輩に代わり、隠岐が横から「豚玉ひとつ追加で」と告げる。
    「……手ぇ挙げんでも、店員って来るもんなんやな」
     やがてしみじみと呟いた水上に、大袈裟やなぁと隠岐は笑った。
    「たぶん『すんません』やなくて『店員さん』がカクテルパーティー効果の対象やったってことですね」
    「お、今度は間違えんかったか」
    「いやいや、さすがにもう間違えませんて」
    「てかお前、追加頼まんくてよかったんか?」
     今更ながら隠岐に問う。ソース恋しさが募っているのならば、ここで頼むのも手だろう。だが隠岐は首を振った。
    「いやぁ、今のおれは先輩の豚玉を摘むくらいでええですわ」
    「おいコラ」
    「ソースもええですけど、なんやそれより食べたいものがあって……」と隠岐は呟く。
     途端に嫌な予感が水上に走った。数十分前、今と同じ目を見た気がする。へらりとした笑みの中、あざとい確信を滲ませた瞳。これからする提案に、先輩はきっと乗ってくれる。根拠もないのに自信のある光。
     言っておくが、水上は隠岐の提案を覆す手を持っている。それは簡単で、誰にでもできる手段だ。しかし水上は知っている。隠岐との関係において、こういう手を出されたら、もう自分はその盤面を覆したりしない。
     おかしな話だ。将棋や戦術の盤面ならば、勝利を目指すのがまず第一だ。翻弄される手を自ら選ぶなんて、プロ棋士を目指していたときは思いつきもしなかった。しかし隠岐といるうちに、どうにも後者の手を選びがちになった。勝敗でいえば、自ら負けの手を選ぶ行為に近い。そんな厄介な手は、奨励会にいたころは知らなかった。
     ボーダーに入隊して、生駒隊に入って、隠岐と時間を共にすることが増えて、こういう手もあるのだと知った。隠岐の方も水上のこういった手を何度も経験して、意識的か無意識かうまく利用しているところがある。
     これがはたして悪手となるか、それとも逆か、正直なところ水上にはわからない。
     ただ、この手を選びたくない、とは一度も思ったことがない。だから厄介なのだ。ついつい渋い顔になってしまうのも、それが理由で、その背後にある答えはたったひとつだからだ。
    「カクテルパーティーでもこいつを拾ってしまうんやろな……」
     水上の独り言は店内の喧騒に紛れ込んだ。向かいの隠岐はわかっているのかいないのか、ただ楽しげににこにこと笑っていた。

       *
    「どうしたん、これ?」
     生駒隊の隊室に入って早々、細井は目を丸くした。
    「あーマリオやぁ、お疲れさーん」
     のんきな返事をしたのは、先にくつろいでいた隠岐だった。その前には机があり、山のようなお菓子があった。昔ながらの華やかな黄色いカステラに、台湾カステラ、カステラ巻きに、鈴カステラ、味も抹茶やココアもあれば、なぜか人形焼が紛れこんでいる。どれもこれも、ことごとくカステラだ。卵とザラメがたっぷりと使われた独特の甘い香りが隊室に漂い、心なしか部屋もいつもより明るく思える。生駒隊の赤い隊服姿でいる隠岐が、コントラストで目立つほどだ。
    「……さすがに体に悪いで?」
    「いやいや、そんな一人で食ったりせんよ?」
     困惑から哀れみの目を向けられて、隠岐は苦笑した。
    「水上先輩とカステラパーティーしててん。今は影浦先輩に呼ばれてあっちの隊室に行ってるけどな」
    「パーティー? 何かめでたいことでもあったん?」
     たしかにパーティーと呼べるくらいの量はある。それにしてもなぜカステラなのか。首をかしげる細井に、隠岐はふわりと笑った。
    「お祝いとまではいかんけど、まぁ嬉しいことはあったなぁ」
    「はぁ、そりゃよかったなぁ」
    「うん。でもさすがに調子に乗りすぎたわぁ」
     照れ隠しに頬を掻いている隠岐は、細井の目から見てもいつもより浮ついているように思えた。よほど嬉しかったのか、と思っていると、隊室の扉が開く音がした。
    「おお、マリオやん。お疲れ」と、水上が軽く手を挙げる。
    「お疲れさま。なぁ、これどしたん?」
    「ああこれなぁ、昨日隠岐が……」
    「あーっと、そんならおれそろそろ射撃手の訓練場に顔出してきますわ」
     明らかに水上の言葉を遮って、唐突に隠岐が立ち上がった。細井も困惑したが、もっと困惑したのは水上だった。「はあ? おい、ちょい待て」と水上が隠岐の首根っこを掴んだ。
    「おーきー、逃げるなんて約束とちゃうやんか。イコさんが来るまで、お前は俺と強化追尾弾祭りやで」
    「あらら、捕まってもうた……」
     マリオ、トレーニングルーム使うで、と言って、水上は隠岐を引きずっていく。「んえぇー」という間の抜けた声を発しつつ、隠岐はされるがままだ。だが一瞬、細井に向かって唇の前に人差し指を立てつつ、口だけ動かした。
    「は?」
     隠岐の唇は「ないしょにしといて」と言っていた。
    「なにを?」
     わけがわからないまま、細井は大量のカステラが放つ甘い香りと共に隊室に残された。しばらく隠岐の言葉に首をかしげていたが、明確な答えは出ない。諦めて、机の上の鈴カステラを数個皿に乗せてオペの机に座り、トレーニングルームの二人を見守ることにした。
    「まぁ、よお分からんけど、ただの三時のおやつ、ってことにしといたるわ」


    【カステラパーティーの所以 了】
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    sumikko1900

    DONE2023'07'01-02 エワ即売会(9) 水隠岐プチオンリー「嘘もグズるもお見通し」での展示作品。
    水上と隠岐くんで『かげうら』に行った話。
    カステラパーティーの所以【WTみずおき】【カステラパーティーの所以】



     ご注文は以上ですかぁという高めの声が、喧騒の中に響く。首肯すれば、アルバイトらしき店員は足早にテーブルから離れていった。地元民に愛される名店とあって、『お好み焼き かげうら』は今日も盛況だ。店員は息つく暇もなく、すぐに次の客に呼び止められている。
    「……隠岐くん?」
    「はい?」
     水上は鉄板を挟んで向かいあっている隠岐に声をかけた。水の入ったグラスを手に小首を傾けた隠岐の表情は、いつもと変わらず柔和だ。あえて言い方を悪くすれば、何を考えているのかわからない顔だ。それを水上はじっとりと睨みつけた。
    「なんやねん、ネギ焼きて」
    「えっ、先輩、ネギ焼き知らんのですか?」
     まさか、と隠岐は目を丸くした。ネギ焼きとは名前のとおり、ザクザク刻んだ大量の青ネギを小麦粉と混ぜて焼いたものだ。具材は『すじこん』ーーすじ肉とこんにゃくを煮たものを入れ、タレはポン酢など醤油ベースが主流という特徴があるが、お好み焼きと同じ鉄板焼きの一種として、隠岐の故郷・大阪ではメジャーな食べ物だ。
    8442

    related works

    recommended works