介錯の一撃【WT鳩原未来】2022/07/05 ワートリ公式TwitterのQ&Aより→https://twitter.com/w_trigger_off/status/1544230615850950657s=21&t=_6jJW44ksJS5Y8v7xuMUuA
※嘔吐描写あり。
【介錯の一撃】
本来そこにあるはずがないものが、宙を舞っていた。
「…………なんで」
鳩原が見つめる弾道の先、けれども目標に到達するより手前。
そこにあったのは人の肩から腕の先だった。
狙撃手である鳩原が狙っていたのは、同じ二宮隊の攻撃手・辻と交戦している風間隊の隊長、それもその手に握られたスコーピオン、ただ一点。機動力の高い風間隊長を狙撃するのは容易ではなく、加えて武器だけを吹き飛ばすなど、動いている針に糸を通すようなものだ。
それでも、行ける、と判断した鳩原の弾丸は、先読みどおりに動いた風間の武器めがけて一直線に飛び、その手前で炸裂した。
ほとばしり出るトリオン、それと同時に何もなかった空中が揺らめき、人の体が現れた。それがまだ成長期にある少年の体であることを捉えた瞬間、鳩原の視界からザッと音を立てて色が無くなった。
隠密状態を強制的に解除させられ、ぐらりと傾いたのは風間隊の歌川だった。本来肩があるところに手を伸ばしている。溢れ出るトリオンが狼煙のようにあがっていた。鳩原は息を飲んだまま、そこから目を離すことができなかった。そこは今さっき、銃口から放たれた弾丸が、抉り、突き抜け、吹き飛ばしていったところ。酸素の供給を受けられなくなった心臓が、トリオン体であるにもかかわらず爆発しそうなほど鼓動を早めている。色の抜け落ちた世界で、音すらも遠ざかっていく中で、鳩原の頭の中だけがガンガンと叫びをあげている。ーーそこは弾丸が、あたしの弾丸が、あたしが撃った弾が、あたしが、人を、ひ、あ、あ、ああああ、ああああああああ、
「う……っ、うぇっ」
込み上げてくる吐き気に、思わず口を塞いだ。手にしていたイーグレットが地面に投げ出され、耳障りな音を立てるが鳩原の耳には届かない。
『……い、……らせんぱい、鳩原先輩……!』
内部通話では甲高い声がサイレンのように鳩原を呼び続けていた。
『聞こえますか、鳩原先輩! 応答してください鳩原先輩っ、お願い、応答して……っ!』
二宮隊のオペレーター・氷見の悲痛な声が響く。崩れ落ちて這いつくばっている鳩原の耳も、ようやくその声を拾うようになった。爆発しそうな心臓が押し出す血液のせいで耳の奥では海鳴りのような轟音が鳴り響いていて、氷見の声を掻き消してしまいそうだ。それでも、平時は人一倍冷静な氷見が喉を掻きむしるようにして発する声は、嵐の中の灯台のように鳩原を呼び寄せた。ひゃみちゃんもこんな声を出すことがあるんだね、とどこか乖離した頭で感じながらも、依然として鳩原は返事をすることができなかった。
口を覆っていた手は今、その下に伸びる細い喉を掻きむしっていた。
トリオン体は限りなく生体に近い状態に作られているとはいえ、戦闘でのダメージを軽減させるために痛覚を抑えている。そのせいで鳩原は、容赦のない吐き気に襲われながらも胃酸が逆流するときの痛みがないまま、ただ透明な液体をぼたぼたと吐き出していた。本体あるべき痛み、身の内を焼く痛みがないことが、いっそう鳩原を苦しめ、追いつめていた。
『氷見』
嵐などものともしないような冷静な声が世界に響いた。
『これから五分間、オペを中断しろ』
『えっ……?』
『な……っ、どういうことですか二宮さんっ?』
絶句した氷見に続いて、珍しく困惑をあらわにした辻の声が響いた。非常事態に、どちらもいささか冷静さを失っているようだ。
『……犬飼、了解。二宮さん、俺が行きましょうか?』
対して、冷静さを失わずに応えたのは銃手の犬飼だった。先ほどの狙撃で歌川が落ちたとはいえ、依然として風間隊の猛攻が続いている。場を凌ぎつつ隊長である二宮に問うたのは、狙撃によって位置がバレた鳩原のもとに敵部隊の攻撃手たちが集まりつつあったからだ。自発的に緊急脱出しようにも、すでに周囲六十メートル以内に踏み込まれていて発動は叶わない。
鳩原にも、自分を落とそうとする攻撃手の姿が見えた。涙で歪んだ世界で、武器を手にすることも放棄して、抜け殻のようにただ呆然と攻撃を待つばかりだった。
『ーー犬飼はそこにいろ』
二宮の声に続いて、かなり離れたビルの屋上からおびただしい数の弾が飛んできた。
『俺がやる』
それは鳩原の涙で歪んだ世界を一掃し、焼け野原にするために放たれた、介錯の一撃。
ああ、そうか、私は『これ』すらできないのか……。
冷たく、されど正しさを突きつけてくる声に、鳩原は静かに目を閉じた。自分めがけて飛んでくる光が、不思議と温かく優しいものに思え、そのまま身体が四散させれていくのを受け止める。
一瞬の暗闇。束の間の浮遊感。
瞬きをする間に背中にベイルアウトマットの衝撃が走る。胃液が迫り上がってくる熱い痛みを感じながら、鳩原は安堵感にも似た諦念に任せて、胃の中のものをすべてマットの上にぶちまけた。