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    karen_nyamnyam

    @karen_nyamnyam

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    karen_nyamnyam

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    遅刻ですがバルサーの誕生日祝いとして書いた囚墓です。
    脱出if、死ネタが含まれます。

    君と出会えた証 机のランプの明かりを頼りに紙にペンを走らせ、数式を書き込む。
     図形を空いたスペースに書き込もうとした時、カチャ、と背後で扉が開く音がした。

    「先生、まだ起きていたんですか? もう、また倒れますよ」
    「……ん、ああ、君か」

     ルカはペンを置き、振り向くと二年前から弟子として迎えた男性が呆れた様子で歩み寄る。

    「そろそろ寝て下さい、先生。もう若くないんですから」
    「歳の話はしないでくれ……と言いたいところだが、そうだなぁ……確かにそろそろ眠ろうか」

     机に手をついてゆっくりと立ち上がり、ぐしゃぐしゃになったベッドに向かっていくと、弟子は「ああもう、またシーツを洗濯に出さなかったんですか……」とため息をつく。

    「まぁ寝れるから大丈夫さ」
    「服まで床に散らかしたままで……明日の朝でいいんで、纏めて置いておいて下さい、洗濯しますから」
    「ははっ、覚えていたらするよ」

     ルカは笑いながらベッドに入り、弟子は「じゃあ、おやすみなさい」と声をかけ、ルカも「おやすみ」と返し、弟子は部屋から出ていく。
     ルカはとある荘園の『ゲーム』で勝ち、賞金を得て荘園から出た後、自分の研究所を賞金で建てた。
     その荘園で過ごした時間の記憶は殆ど無く、今こうして生活出来ているのは荘園での『ゲーム』に勝てたから……ということしか覚えていない。
     こうして身の回りの世話をしてくれる弟子も出来て、弟子と共に次から次へと発明品を作り上げ、ルカは天才発明家として再び世間に名を轟かせた。

    「明日朝起きたら……ああ、そうだ……服を纏めるんだったな……忘れないようにしなければ……また彼に怒られる……」

     思ったよりも疲れていたのか、横になるとすぐに眠くなってきて、ルカの瞼は少しずつ重くなり、やがて静かに閉じた。


    ◇ ・ ◆ ・ ◇


     ふ、と目を開けると、そこに広がる世界は自室などではなく、天井もないただ闇が広がる場所だった。
     ああ、夢を見ているのかと即座に理解し、身体を起こしてみて周囲を見ると、何かが積み上げられた山が見え、そこへ向かってみる。

    「……何だ、これは……人形の腕……?」

     そこに積み上げられていたのは人形の腕のパーツばかりで、薄気味悪いと正直思った。
     どうやら一本一本別個体のものなのか、肌の色が違うものだったり、女性らしい細い腕や男性のような逞しい腕、それから手の甲にホクロがあるものや爪の形すらも違う。

    「よく作り込まれた腕だな……ん?」

     その中の一つで、青白い肌色の腕で傷や一部火傷痕のあるものがあり、ルカはそれを拾い上げる。

    「……これは……」

     どうしてか、その腕が懐かしいと思ったのだ。
     他の腕を見ても何も思わなかったのに、その腕だけは懐かしいと感じた。
     腕なのだからもう片方もあるはずだと思い、山積みにされた腕のパーツの中から同じような腕を探してみる。
     腕を探しているうちに、爪先があまり整えられていない手が見え、ルカがそれを引っ張り出すと持っている腕と同じ傷痕のある腕で、ルカはそれをじっと見つめた。

    「……どうして……私はこの腕に見覚えが……」

     その瞬間頭に激痛が走り、ルカは思わず腕を落として頭を抱えて「っ、ぅ……あ、ぁ……!」と呻き声を上げる。
     それと同時に、誰かの声が聞こえたのだ。

    『ルカの手は……僕よりも大きいんだな』

     その声が聞こえたものの、ルカにはその声の主が誰なのかが分からなかった。
     けれど……その声はとても懐かしく、穏やかな気持ちにさせるものであったのは確かだった。


    ◇ ・ ◆ ・ ◇


    「……はっ!」

     ルカはベッドで目を覚まし、ガバッと身体を起こすと同時に腰に痛みが走って「い、たた……」と腰を擦る。
     あの夢が妙に頭の中に残り、ルカはあの声の主が誰だったのか考え込んだが、考えても考えても分からなかった。
     考えても思い出せないのならば仕方ないか、と思ってベッドから降り、カーテンを開けて窓を開けると暑い日差しが射し込んでいる。
     ふわりと風が入り、カーテンが緩やかに靡いてルカは小さくため息をつく。

    (所詮は夢だ……意味なんて無い……きっと……)

     そう思いながら向かいの家の屋根から飛び立つ鳩を眺めていると、背後でガチャ、と扉が開く音が聞こえた。

    「おはようございます、先生。……ああ、やっぱり……まだ服を纏めてなかったんですね……」

     昨晩、弟子から服を纏めておくようにと言われたことを思い出したルカは、今思い出したかのように「……あ」と声を上げる。

    「そんな気はしてましたけどねぇ……先生、記憶障害がありますから」

     もう当時のことは思い出せないが、ルカは過去に事故に遭って記憶障害を患った。
     そのことを弟子も把握していて、こうして約束事や日常生活で色々と忘れがちになるルカの為にも弟子が代わりに覚えてくれたりしている。

    「いつも悪いね……」
    「いいですよ、もう慣れましたから。朝食、もう少ししたら持って来ますね」
    「ああ、ありがとう」

     あの夢以外は、いつもと変わらない朝……きっと明日もいつも通りの日常だろうと、ルカはこの時思っていた。


    ◇ ・ ◆ ・ ◇


     その翌日。
     弟子に言われてまたベッドで眠りについたルカは、あの時と同じ夢を見ていた。

    「……いったい、何なんだ……この夢は……ただの夢じゃないのか……?」

     今回積み上げられているパーツは脚のパーツだった。
     ルカは恐る恐る色々と手に取るが、これだと感じるものはなかなか見当たらず、時間だけが過ぎていくものの目が覚める様子が全くない。
     前回はパーツを見つけたことで誰かの声を聞き、目が覚めた。
     もしかすると今回も同じなのかもしれない、と正解の脚を探す。

    「これじゃ……ないな。これでもない……こっちでも……」

     どうしてだか、どれを取ってもこれじゃないと直感で感じてしまう。
     そうして探しているうちに、コツン、と靴のつま先に何か当たり、それを拾い上げてルカは目を見開く。

    「……これ、だ……」

     今回は二つとも脚のパーツが揃って並んでいて、青白い肌色の細い脚だった。
     片方の爪は綺麗に切り揃えられているのに、もう片方はどうしてか深爪をしたかのような切り方で、ルカが不思議に思っているとまた酷い頭痛がしてルカは顔を歪める。

    「くっ……ぅ……また、だ……また……頭、が……!」

     頭が割れる程の痛みの中、あの声がまた頭の中で聞こえてくる。

    『い、いい、自分で爪ぐらい切れる……!』
    『けど、君、そう言って失敗して深爪になってるじゃないか。小指なんて血が出てるし……ほら、早く爪切りを貸したまえ。こっちの足の爪は切ってあげるから』
    『わっ、ちょ、やめ……く、くすぐったい……!』
    『こらこら、暴れたら変なところ切るから大人しくしてくれよ』

     今回は前回聞いた声とは別に、もう一人の声が聞こえた。
     その声は、若い頃のルカの声だったのだ。
     そうして夢から覚め、目を開けたルカは見慣れた自室の天井を見てぽつりと呟く。

    「どういう……ことだ……私と……あの声の主は……知り合い、だったのか……?」

     会話内容からして、仲は良かった人物のはずだ。
     けれど、ルカにはその人物の名前も顔も思い出せない。
     研究所を建てる少し前の時に会った人物なのか、それとも荘園で出会った人物なのか、それよりも前か。
     それすらも今のルカには分からなかった。


    ◇ ・ ◆ ・ ◇


     後日、またルカはあの夢を見た。
     一体なんなのだと言うのだろうか、毎回聞き覚えはないはずなのにどこか懐かしさと愛おしさを感じる声を聞く。
     きっと今日もあの声を聞くことになるのだろう。
     この夢の本当の終わりが来れば、あの声の主が誰なのか分かるのだろうか。
     今回山積みにされているのは胴体のパーツだ。
     ルカはなるべく青白い肌色の物を調べるようにして胴体のパーツを手に取った。
     確かにいくつかは見つけたものの、なかなか懐かしさを感じるものが見当たらない。

    「……どこだ……?」

     探している時に、ふとルカの頭の中で背中に酷い傷痕や煙草の火を押し付けられた痕のある背中が思い浮かび、ハッと息を呑んで山積みになっているパーツを掻き分けた。
     何個も何個も違うものを退けている内に、それはようやく見つかった。

    「はぁ……はぁ……あった……これだ……」

     そう、その胴体のパーツはルカの頭の中に思い浮かんだ通りの傷痕だらけな上に火傷痕もある背中で、痩せ細っているのか骨ばっていた。
     懐かしさを感じる胴体のパーツを見つめていると、頭が割れそうなほどの痛みに襲われる。

    「っ、ぁ……ぐっ……ぅう……!」

     痛みと共に聞こえた声は、酷く辛そうな声だった。

    『……嫌に、なったろ……だから見せたくなかったんだ……こんな、身体……』

     泣き出しそうなほど震えていて、ルカが息を呑むとその返答の言葉を自然と口にした。

    「……そんな、こと……ない……嫌だなんて……少しも……思って、いない……よ……?」
    『そんなことない。嫌だなんて……少しも思っていないよ』

     一言一句違わず同じ言葉を口にした所でルカは目が覚め、ルカは「……どうして」と呟く。

    「どうして……私は……若い頃の私の言葉が……分かったんだ……?」

     殆ど若い頃の記憶なんて残っていない。
     それなのに、あの夢で続く言葉がどうしてか分かった。
     今まで見ていた夢は、過去に関わるものだと言うのだろうか。
     今思えば、大抵の出来事も夢も忘れてしまうはずが、今まで見たあの人形のパーツを集める夢のことはハッキリと覚えている。

    「……腕と、足……そして胴体……となると……次は……頭……?」

     あの人形が完成した時、いったい何が起こるのか……そう考えたところで頭痛が走り、ルカは頭を抱える。

    「っ……こんな時に……」

     早く頭痛薬を飲まなくては、とおぼつかない足取りで机の横の棚に向かい、引き出しを開けては薬を手に取る。
     水も無いため、水を求めて部屋の外に出ようとするとあの声がふと聞こえたのだ。

    『また頭痛か……? 待ってろ、すぐに水を持ってくるから……』
    「……え……?」

     その瞬間ルカは足がもつれて倒れてしまい、その音でルカの弟子が慌てたように駆け付けてきた。

    「先生……! 大丈夫ですか」
    「っ、ああ……」
    「いつもの頭痛ですよね、すぐに水を持ってきますから……!」

     弟子はルカを支えてはベッドに座らせ、水を取りにまた部屋を出て行く。
     ルカはズキズキと痛む頭を抑えながらあの声の主のことを考えた。

    (思い出せない……彼の顔も、夢以外での彼との思い出も……どこで出会ったのかも……でも……何故だ……彼の声が……こんなにも、愛おしく感じるのは……どうして……)

     考えても考えても分からず、ルカはただただ頭痛に苛まれるだけだった。


    ◇ ・ ◆ ・ ◇


     その翌日。
     眠ったルカの目の前に広がっているのは、人形の頭部のパーツが積み重ねられた世界だった。

    「……予想はしていたが……あまりいい気分にはならないな……」

     まるで大勢の人間の生首でも集めてきたかのような光景に背筋が凍りそうになる。
     ふと振り向くと、ルカが今まで集めたパーツが組み立てられていて、その身体は黒いインバネスコートを着ていた。
     着古したものなのか修繕した箇所がいくつも見られ、履いているズボンも靴も土埃がついている。
     黒い手袋をしても尚ルカよりも少し小さな手をそっと撫でながらルカはぽつりと呟いた。

    「……頭を見つければ……彼を……思い出せるだろうか……」

     意を決してルカは立ち上がり、人形の頭部が積み上げられた山へと歩み寄る。
     焦げ茶の髪色女性の頭やふわふわとした金髪の男性の頭、黒く長い髪の女性の頭……数多くの頭があり、ルカは男性の物を探し回る。
     一つ一つパーツを持ち上げて顔を確認したり、違うものは決めておいた場所に積み上げていき、少しずつそれは確かな山へとなっていく。

    「……白い……いや……色素が抜けたような……金髪だったか……?」

     明るい髪色を探し、暗い髪色はすぐさま別の場所へと移して探し続けた。
     いったい何体もの頭部のパーツを違うと言いながら退かしたか分からない。
     夢を見始めてからどれほど経ったかも分からない。
     それでも思い出さなくては、探さなくては、とルカはずっと探し続けたのだ。
     そして漸くその時が来た。

    「……あっ、た……」

     鼻と頬に傷痕があり、右側の前髪は伸びている痩せこけた男性の頭部。
     目は閉じられたままで、ルカはその頭部を身体があった場所まで運び、頭部を身体にはめた。

    「……何故だろう……私は……彼に会ったことが……いや……会ったどころか……もっと、もっと深い関係だった……はず……」

     恐る恐る頬を撫でてみれば、人形はピクリと小さく震え、やがてゆっくりと目を開く。
     ルビーのような真っ赤な瞳がルカの姿を映した瞬間、その目は愛おしそうに細められ、優しげに微笑んではルカの手にそっと手を重ねた。

    「……ルカ」
    「……!」

     ルカは息を呑んで目を見開き、ずっとずっと昔にもこんな風に自分の名を呼んでくれる人が居たことを思い出した。

    「『あの木箱』を、開けて」
    「ッ、アン……」

     咄嗟に彼の名を口にしようとしたが、彼の名を口にするよりも前に、ルカは目が覚めてしまったのだった。


    ◇ ・ ◆ ・ ◇


    「……は……っ」

     目を開くと見慣れた部屋の天井が広がっていて、身体を起こしてあの夢を思い返し、弾かれたようにベッドから飛び降りて古いトランクケースを急いで開けた。
     そのトランクケースの中には荘園に居た頃の荷物が幾つか入ったままで、若い頃に着ていた囚人服や装飾品を放り出し、やがて一つの木箱を見つけた。

    『誕生日になるまで開けるな』

     そう書かれたメッセージカードが添えられている木箱をルカは開け、中にあるものを見ては静かに涙を流した。
     箱の中にあったのは、砂時計だった。
     それはただの砂時計ではなく……あの夢に出てきた男性が身につけていたものだったのだ。
     震える手でその砂時計を持ち上げると、下に手紙が置いてあるのが見え、砂時計を床に置いては手紙を広げた。

    『ルカへ。ちゃんと誕生日にこの箱開けたんだよな? プレゼントの砂時計は……僕がずっと持ち歩いていた砂時計なんだ。僕とルカが出会えた証として、僕の一番の宝物をお前に持っていてほしいって思って。勿論、要らなかったら捨ててくれて構わない。ルカがこの手紙を読んでいる頃に、僕はもう生きていないかもしれないし、どこかで生きているかもしれない。そもそも、これを読んでいるかどうかも、今の僕には分からない。ルカは僕のことを忘れているのかもしれない。けど、それでも、今の僕から言えることはある。誕生日おめでとう、愛してる』

     もう古びて黄ばんだ紙にポタ、ポタ……と涙が落ちて染み込み、ルカは溢れる涙を止められなかった。

    「アン……ドルー……」


     アンドルー、その名を口にしてルカは荘園に居た頃に唯一発明以外に興味を持ち、そして心を寄せた相手を思い出した。
     今まで見ていた夢で聞こえた声も、完成したあの人形も、全てアンドルーだったのだ。
     次から次へと彼との思い出が頭の中で再生され、愛おしさに満ち溢れると同時に今の今まで彼のことを忘れていた罪悪感と己への嫌悪感に苛まれる。

    「何故……何故、私は……君を忘れたりなんかしたんだ……」

     涙が止められないまま床に力なく膝をついていると、ルカの弟子が部屋に入り、弟子はトランクケースの荷物をひっくり返した部屋の有様を見てギョッと目を見開く。

    「先生…… いったいこれは……」

     弟子はルカの傍で膝をつき、床に置かれている砂時計を目にして「先生、この砂時計は……?」と問いかけた。

    「……私の……荘園に居た頃の、恋人の物だ……」
    「先生の、恋人……」
    「これは……彼からの誕生日プレゼントでもあり……そして、彼と出会えた証……」
    「誕生日……あっ、そういえば今日は先生の……!」

     そう、今日はルカの誕生日……だからなのだろうか、夢の中でアンドルーが木箱を開けて、と言ってきたのは。
     この砂時計の存在を教えるために、彼は夢に出てきてくれたとでも言うのだろうか。
     そんな非科学的なことは普段ならば信じないけれど、今だけは信じられるような気がした。
     砂時計をそっと持ち上げては愛おしそうに抱き、ルカはただただ「すまなかった……アンドルー……」と謝罪の言葉と共に涙を落とす。
     弟子はこんなルカを見るのは初めてなせいかどうしたらいいのか分からず、ただただ傍に寄り添うことしか出来なかった。


    ◇ ・ ◆ ・ ◇


     あの日からルカは、砂時計を机の上に置き、椅子に座っては砂時計をひっくり返して、落ちていく砂をよく眺めていた。

    「先生、また砂時計を見ているんですか?」
    「……ああ。私の恋人は……よくこうして暇な時は砂時計をひっくり返して、落ちていく砂を眺めていたんだ。あの頃はよく分からなかったが……今なら、なんとなくそうしたくなる気持ちが分かる」

     ルカは目線を砂時計に向けたまま静かに語り、指先でそっと砂時計を撫でる。

    「砂が落ちる三分間……何も考えなくていいんだ。ただただ砂が落ちていくのを眺めているだけでいい。……そう思うと、気が楽になるような気がするし、砂が全部流れ落ちた後は割と思考も整理されている」
    「……その三分のうちに、出来ることは山ほどあると思います。悪く言えば……時間の無駄かと」

     ハッキリとそう弟子が言うと、ルカは「ハハッ」と楽しげに笑い、弟子の肩を軽く叩いた。

    「やはり君は私が見込んだ弟子だ。私も若い頃は全く同じことを考えたし、それを恋人に口にしてしまったこともある。そうしたら、彼はなんて返したと思う?」
    「……さあ」
    「『お前にはやりたいことがまだ沢山あるから、きっとその三分間ですらやりたいことにまわしたくて、そう思うんだ』と。あの言葉には割と驚かされたなぁ……真理だとも思えたんだから。確かに若い頃は、やりたいことや成し遂げたいことが沢山あった。眠る時間や食事の時間すらも惜しいと思うほどにね。言い換えれば、冷静に思考を整理しようと思うほどの余裕も無かったんだ」

     その言葉を聞き、弟子も思い当たる節があるのかそれ以上は何も言わず、「……確かに、そうかもしれませんね」と呟く。
     そう話しているうちに砂が全て流れ落ち、ルカは砂時計を持ち上げて砂時計越しに窓から射し込む夕陽を見つめた。

    「けれどあの頃の私は、図星を突かれて思わずそれの何が悪いんだと子供じみた返し方をしてしまったが……彼は砂時計を腰に戻しながら『何も悪くない、むしろやりたいことが沢山あるのはいい事だと思う。まだこの世界で生きていたい理由になれるんだから』と返してきてね。あの時初めて、彼が私よりも年上だと実感した。……なんて言ったら、彼は怒るかな、流石に」

     弟子はそうやって愛おしそうに、そしてどこか儚げに昔の話をするルカを見て、何故だか胸騒ぎが止まらなかった。
     上手く言葉には出来ないけれど、ルカがこのまま恋人との愛おしく幸せな思い出に埋もれて消えてしまいそうな、そんな気がしたのだ。

    「……先生、新しい発明品の構図を見てもらいたいんですけど」
    「ああ、見せてくれ」

     発明品の構図や用途をまとめた紙をルカに渡し、ルカは素早くそれに目を通すと的確にその発明品の利点や欠点、そして制作にあたる際の問題点を答える。

    「ふむ……悪くない。けれど、この構図で作るにはコストがかかり過ぎる。それに、ここの電気回路……これは前回の発明で使った時の回路と同じものの方が効率が良い」
    「なるほど……ほんの少し見ただけで細かな所まで分かるなんて……流石先生……!」
    「ハハッ、何しろ君が発明に関わった年数の倍以上は発明に人生を捧げていたからな。君より知らなかったらむしろ師匠失格だろう?」

     こうして発明の話をしている間は、今まで通りのルカで弟子はどこか安心した。
     弟子はルカからの指摘をしっかりとメモ書きにして残し、自室に戻ってそれを活かして今度こそ師匠が納得する発明品を、と意気込みルカの部屋から出ていく。
     溢れんばかりの行動力や生き生きとした様子の弟子を見送り、ルカは穏やかに微笑んでまた砂時計をひっくり返した。
     サラサラと流れていく砂を見つめている間、まるで現実世界から切り離された特別な空間にいるかのように静かで穏やかだ。
     そんな時、ふとカーテンがふわりと揺れてルカが目をやると、かつて見慣れていた黒いインバネスコートが見えてルカは目を見開く。

    「……アンドルー……?」

     カーテンの揺れが収まる頃にはハッキリとその姿が見え、アンドルーは穏やかに目を細めてそこに立っていた。

    「どうして……ここに……」
    「ずっと、居た。ルカの傍に」

     アンドルーはコツ、コツ……と少しずつルカに歩み寄り、下へと流れ落ちる砂に目をやっては先程のルカのように指先で砂時計を撫でる。

    「ずっと……? 私が……君を忘れてしまっている時も……か……?」
    「……うん」
    「そう……だったのか……」

     ずっと傍にアンドルーが居てくれていたというのに、アンドルーの事を忘れて発明に没頭しているルカを見て、アンドルーはどう思っていたのか。
     いや、アンドルーがどう思うかよりもまずは彼に謝るべきだろうとルカは思い、口を開こうとすると砂時計を撫でていたアンドルーの指が優しくルカの唇に当てられる。

    「こうして思い出してくれたんだ。それだけで、僕は嬉しい。だから、謝らなくていいんだよ、ルカ」
    「……!」

     ルカの見開かれたグレーグリーンの瞳から涙が溢れ、アンドルーはクスッと笑ってはルカの濡れた頬や目元を拭う。

    「……アンドルー……君に話したいことが……沢山あるんだ。発明のことや、私の自慢の弟子のこと……それから、この街のこと……」
    「うん。全部、聞くよ」

     コツン、とルカの額に自身の額を当てながらアンドルーは愛おしげに微笑み、ルカも嬉しそうに笑ってはアンドルーの頬を撫でた。

     砂時計の砂は既に全て下へと流れ落ちていたが、その砂時計がもう一度ひっくり返され、また三分間砂が流れることは、もう無かった。
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