唯一必要としてくれる人 脳裏には燃え盛るルイの姿が鮮明に残っており、鼻にはまだ焦げ臭い匂いが残っている。
何度も何度も、ルイが燃え盛る姿や粉々に壊れる姿を見てきた。
けれど、ゾクゾクと背筋が凍るような感覚は嫌でも覚えている。
(……ルイが、戻ってくる……)
ベッドに座りながらぶるりと震え、手をグッと握るとルイの声が頭の中で響いた。
『ねぇマティアス〜、いい加減諦めなよ。無駄だって分かってるでしょ?』
「ッ……うるさい……いい加減消えろよ……!」
『無理な相談だねぇ。だってさ、ボクはキミでキミはボク。切っても切り離せない存在。キミが生きてる限り、ボクはずーっと存在するんだよ』
ルイの声を聞きたくなくて耳を塞いだけれど、ルイの耳障りな笑い声が頭の中でハッキリと響いた。
『あはっ、そんなことしたって無駄だよぉ。分かってるでしょ? それとも分からないフリ?』
「黙ってくれ……! お前の声なんて……聞きたくないッ……!」
そう声を荒らげると、コンコンコン、とノックをする音が響き、マティアスはビクッと震え上がる。
『あ、お客さんだよ、マティアス』
「ぁ……あ、ぅ……」
『ほら、マティアス。ボクがお客さんの相手したげる。どうせキミ、上手く話せないし……お客さんだって、きっとボクと話す方が楽しんでくれるよ。パパやママもそうだったんだから』
マティアスの脳裏にはマティアスよりもルイを大切にしていた両親の姿が過ぎった。
ルイには愛おしさを込めた眼差しを向けると言うのに、マティアスに対しては冷たい眼差しを向けた両親。
二言目にはお前もルイのようならば、と言っていた両親の顔を思い出す度にズキッ……と胸が痛み、やがて意識が遠のいた。
◇ ・ ◆ ・ ◇
「マズイ〜っ、試合が長引いて遅れちゃった……! マティ、怒ってるかなぁ……」
約束の時間から三十分以上も経過してしまい、フロリアンは慌ててマティアスの部屋へ向かっていた。
以前遅れてしまった時は、マティアスは不貞腐れてベッドに篭って出て来なくなり、後日謝り倒しては公共マップでクルトシュアイスを奢って、それで漸く許して貰えた。
一先ず顔を合わせたら謝罪をしなければ、と思いながら辿り着いたマティアスの部屋の前で立ち止まり、コンコンコンとノックをする。
けれどすぐにその扉は開かれず、ああやはり怒らせてしまったか、と思いながらカチャ……と静かに扉を開いた。
「マ……マティ……? ごめん、遅れちゃって……」
「…………」
マティアスはベッドに座ったまま俯いていて、フロリアンはもう一度「……マティ?」と声をかける。
すると、マティアスは顔を上げては満面の笑みを浮かべて「こんにちは、フロリアン」と声を掛けてフロリアンは察した。
今の彼は『ルイ』なのだ、と。
「ねぇ、フロリアン。せっかくだし公共マップにでも遊びに行こ? ボクね、乗りたいもの沢山あるんだ!」
「……それは、楽しそうだね」
「でしょ? きっとボクならキミを退屈させたりなんかしないよ! 沢山遊んで、お腹すいたらご飯食べて……あーっ、想像するだけで楽しみ! ねっ、早く行こ?」
フロリアンの手を握り、無邪気に笑う彼にフロリアンはそっとその手を離させては「ねぇ、ルイ君」と声をかけた。
「僕はね、今日はルイ君とは出掛けられないんだ」
「…………」
「今日はマティと出掛ける約束をしていたんだよ。試合で遅れちゃったせいでこんなに待たせちゃったけど……」
フロリアンは『マティアス』が右目から流している涙をそっと指で拭ってやりながら笑いかけて抱きしめる。
「だからさ。マティを返して。ルイ君」
「…………」
ルイは何も話さなくなり、やがてピクッ……と抱きしめられている彼は小さく震え、やがて恐る恐るフロリアンを見上げた。
「……フロ、リアン……」
「……ごめんね、マティ。待たせちゃったね」
フロリアンがそう言いながら頭を撫でると、マティアスは安心したように目を細めてそっとフロリアンの広い背中に腕を回す。
「……アイス、買ってくれるなら……いい……」
「うん、勿論買うよ。それに、マティが乗りたいアトラクションも沢山乗ろう」
フロリアンの声や抱きしめてくれる腕が、優しく頭を撫でてくれる手が、その全てがマティアスを必要としてくれているとよく分かる。
「……フロリアン」
「ん? なーに?」
「……ありがとう」
そう呟くと、フロリアンは穏やかに笑って「うん」と返してマティアスを抱きしめる力をほんの少しだけ強めた。