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    meepoJlo

    @meepoJlo

    呪術の狗🍙棘 夢小説をこそこそ書いています。

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    meepoJlo

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    もうすぐ死んでしまう私と君のお話 15 紡ぐ最期の※死ネタを含むオリジナルです。
    ※多少の流血表現があります。
     自己責任でご覧下さい。
     
    何でも許せる方向け。








    ***

    息をする肩が上下した。
    どくどくと心臓が煩く鳴っている。
    地面に座り込む身体が重い。頭がズキズキと痛む。

    僅かに霞む視界で見上げた彼は、呪霊が居たはずの場所を静かに見ていた。唯の術式の形跡を辿っているのだろうか。

    「ツナ」

    見上げていた唯の視線に気付き目が合うと、棘は唯の元まで歩き、膝を付いてしゃがんだ。
    小さく息を吐いて伸ばしたその手が、唯の頭に軽く触れる。攻撃を受けた際に握り込んでいたのか掌は綺麗だが、彼の手の甲にはたくさんの切り傷や擦り傷があった。制服もあちこちが小さく切れている。

    「明太子?」

    それでも柔らかく笑う紫色の瞳。


    なんだったかな。
    いつだったかな。

    ぼんやりと膜が掛かったようにまた働かない頭に、瞳を閉じて俯く。

    ーーこんな風に、ほら。


    「いくら」


    がんばったね、って。
    頭に乗った大きな掌が温かくて気持ちが良かった。目元がじんわりと熱くなる。

    安堵に胸を撫で下ろした。
    安心するのはまだ早いと分かっている。
    気配は感じないが、低級の呪霊は幾らかいるだろう。それらの元凶もまだ此処にある。

    もう少し、頑張らなきゃいけない。




    唯は息を吐き、深呼吸をして気持ちを抑えた。まだ緊張で鳴り止まない胸に手を当てる。


    ーー胸の中は空っぽで。
    こぼれ落ちて行くものはたぶんもう僅か。



    ただ身体が重い。

    違う。
    軽いのかもしれない。

    ふわふわとして。ものを考えることが億劫で上手くいかない。
    でも、ただ今は目の前のものを祓うだけ。

    棘は立ち上がり、唯に手を差し出した。
    差し出された棘の手を取って、唯も立ち上がる。

    「こんぶ」

    「うん。大丈夫だよ」

    眉根を顰め心配そうな視線を寄越す棘に、唯は笑った。

    大丈夫なのは本当のこと。
    頭が痛むのも、身体が重いのも、呪力を使えばいつも感じる違和感だった。想定よりも呪力を使ってしまったけれど、案外身体は丈夫で動くものだと、唯は他人事のように思う。

    「鏡、『封』印しなきゃいけないもんね。今またあんなの出て来たら困るのは私たちだしさ」

    自分のボロボロの身体を見て、乾いた笑いが込み上げる。
    棘の手を離して、唯は腰のポーチを開いた。
    あの時咄嗟にポーチに入れた『封』とだけ書かれたお札を取り出す。

    「呪専に持って帰って、ちゃんと視てもらわないと。然るべき処に封印してもらうか、壊してしまうのか」

    唯がするのはとりあえずの対処だけ。
    もう呪力もあまり使えないし、使いたくなかった。

    お札を持って祠に近付く。
    微かに冷気を含むような重たい空気。やはり歪んだように見える景色の中に、生える朱塗りの小さな鳥居。更に少し奥には、小さな祠。

    唯が前を歩き、一歩後ろに棘が続く。

    鳥居を潜って祠の前に立つと、空いたままの扉からは古びたお札が貼られた丸い鏡が覗いていた。札には梵字のような模様の独特な文字が書かれている。茗荷家に伝わる『文字』が2文字。『封』『印』。

    唯がそれに触れると、効力のないお札は簡単に剥がれた。はらはらと原型をなくして崩れ落ちていく。


    ーー茗荷家の呪術師は必ず短命に終る。


    理由は未だよくわかっていない。
    それは大きく呪力に影響して命を落とす者や、少しずつ寿命を削る者、ある日急に反動の来る者。そして、身体が力について行けず、幼い内に亡くなる者。

    唯はおそらく17歳まで生きられないーー…


    ただその代わり、茗荷家の呪術師は多くの呪力や、強い術式を持っている。




    「このお札を書いた人は、どんな人だったんだろう」

    ハラハラと崩れ落ちて行くお札に小さく呟く。
    鏡は光を失い反射する事もなく、そこには何も映さない。代わりに、何かが奥で動めいているようにも見える。

    「どんな風に産まれて、何を想って生きて、何故ここに『封印』を施して…。呪術師としてどう言う風に…、死んでいったんだろう?」

    棘は言葉なく、静かに唯を見ていた。


    ーー呪術師に、向いていない。


    俯き、鏡だけを見る。唯の書いた新しい『封』のお札を鏡に貼った。
    もう誰が何故『封印』を施し置いたのかもわからない。2文字のそれよりも、単純に考えて効力は半分程度。
    命を賭して書いたであろうそのお札はきっと、その人の大切な、こぼれ落ちた何かを纏って使命を全うして非術師を守って来たんだろうか。

    「私もこの人も、呪術師にならなきゃダメだったのかな?」

    誰だか分からないご先祖様なんて赤の他人くらいの感覚だけど。

    確実にそこに“誰か”は居た。

    私と同じ茗荷家の、呪術師に向いていないであろうその人はーー。




    ふわりと背中に温かいものが触れた。
    気付けば唯の指先が震えてる。
    顔を上げると、唯を見て複雑そうに目を細め揺れる紫の瞳。

    「おかか」

    辞めよう、と。
    行動を否定する意味だと唯は気付いたけれど。

    「大丈夫だよ」

    短く言えば、彼は首を横に振った。

    「おかか」

    温かい掌が唯の背を撫でた。

    ーーごめんね。
    そう、胸の中で呟くのは何回目だろう。

    「ありがとう、棘くん。でも本当に大丈夫だよ」

    薄く笑って棘を見るが、そこに彼の笑顔はない。

    呪力が底を尽きたとか、そんな感覚ではなかった。鏡に貼った真新しいお札に触れれば、唯なら確実に『封』は出来る。自分の呪力量なら『封』『印』だって、本当は出来ると思う。

    「ちょっとの間、蓋をするだけだから」

    今大きな呪力を使う事が怖いのは、事実だった。
    いつ、自分の身体にそれが跳ね返って来るのか実際の所は全くわからない。それは今日や明日かもしれないし、もしかしたら本当はまだ、全然大丈夫なのかもしれない。
    そんな不安定な中、唯は呪力を使って来た。


    ーーでも大丈夫。
    思ったよりも、今の自分はまだ大丈夫だから。


    大丈夫。

    きっと、大丈夫。


    こうやって少しずつ前に進んで。
    ゆっくりと呪力に身体を蝕まれていく。

    それならいっそ行けるとこれまで行ってみたい。

    それで、駄目なら…、
    その時は……。



    ーー茗荷はなんで、呪術師になりたいの?


    以前家入に言われた言葉。
    答えは出ない。
    ただ呪術師になると言う理由だけでここにいる。そこに何故は存在しないのだから。


    ーー唯はもう少しだけ、
      広い世界を見てみてもいいんじゃない?


    何にせよ、決めるのはもうすぐ死んでしまう私。


    私はただ、まだ高専に居たいだけ。
    残された時間を呪術師になるみんなと一緒に。

    大好きな人と一緒に、居たいだけなんだ。


    呪術師になりたい理由はないけれど。


    辞めたくない理由はある。





    唯が棘を一瞥すると、頷いた棘は何も言わずに一歩下がって離れた。背中にあった温かなぬくもりが離れていく。


    唯はお札に触れた。術式の発動条件は『文字』に触れる事。
    触れたその手に力を込めれば、呪力が流れてふわりと温かくなった事を、唯だけが感じとる。
    何度も、何度も幼い頃から繰り返して来た。
    ゆっくりと目を開けば、『封』の文字が唯には光たように見える。

    瞬間、ぱちんっと何かが弾けたような気配があった。



    目の前が明るくなって、急に視界が開ける。空気が一瞬の内に変わったように感じた。
    問題の鏡は鏡本来の光を取り戻し、綺麗に反射して唯と棘の顔を映し出している。

    風が靡いて、潮の香りがした。

    思わず唯は目を見開く。
    洞窟の入り口からは光が差し込み、こんなにも空気の澄んだ綺麗な場所だったんだと。

    いつの間にか帷も上がっているようだった。
    唯が棘に目をやると、棘も周囲を気にして見ているようだった。

    「明太子。こんぶ?」

    唯の視線に気付いて棘が声を掛ける。

    「うん。ほらね、大丈夫だった」

    笑って棘を見れば、彼もようやくほっと息を吐く。蛇の目の呪印が入った口元が僅かに緩んで、優しく微笑んだ。

    「ツナマヨ」

    どちらともなく片手を上げて、

    パンッ

    と掌を重ねてハイタッチして叩き合う。



    ーー終わったんだ、と。

    心の底から安堵した。

    頭が痛い。身体が重い。
    苦しい。
    でもそれは、いつも感じる違和感と同じものだった。


    「ツナ?」

    呼び掛けられて顔を上げると、普段と何ら変わりのない彼は紫色の綺麗な瞳で唯の顔を覗き込む。

    「ありがとう。棘くん」

    「すじこ?」

    棘は首を傾げる。唯は小さく息を吐いた。

    「隣りに居てくれて。励ましてくれて、ありがとう。心強かった」

    触れた背にある手が温かくて。思い出すと、自然と笑顔が浮かんだ。

    「今日の任務、棘くんと一緒で良かった」

    棘は目を瞬く。少しだけ口の端を持ち上げて笑み、首を横に振った。

    「おかか。高菜ー」

    それは自分には関係ない、と。

    「いくら」

    がんばったね、を告げて。

    棘の伸ばした腕がまた、唯の頭に触れた。大きな掌が唯の頭を撫でていく。

    その温もりがやっぱり心地良くて、くすぐったくて。唯は小さく目を伏せた。

    「…ありがとう」

    「しゃけっ」



    棘は唯の頭から手を離す。
    入り口を指差した。

    「そうだね。帰ろっか」

    ひとつ頷くと棘は唯の肩に手を置いた。
    言葉なく、唯を通り越してその背を向け、祠へと近付いていく。

    「高菜」

    棘は鏡に手を伸ばして触れる。大きさの割に重みを感じる重たい音を立てる丸い鏡。亀裂が唯の施したお札で塞がれ、感じる呪いの気配はもうかなり薄い。

    鏡を手に取り揺れた鏡に、棘の顔が映る。小さな切り傷がいくつか見える大好きな人の顔。


    紫色の瞳で。
    いつも真っ直ぐに前を見ている。
    時々振り返って、
    唯に、手を差し伸べてくれる。

    優しい君。


    大好きなーー……









    ぼんやりとする視界の中で、唯は手を伸ばした。


    胸の中は空っぽで。
    こぼれ落ちて行くものはもうない。


    ただ大好きなその広い背中に触れたくて。
    でもたぶん、もう届かない。

    届くことはない。



    唯の伸ばしたその腕は、何に触れる事もなく静かに落ちていった。










    大きな重たいものが落ちるような音が辺りに響いた。


    棘が振り向くと、そこにあるはずの笑顔はなくて。恐る恐る視線を巡らせれば、足元に崩れ落ちた唯の身体。


    「…………っ、?!」


    棘は慌てて唯の元に駆け寄り、その身体を抱き起こす。温かな唯の体温。呼吸は静かだが、浅く吸い込む空気は極端に少ない。

    「高菜っ!明太子!!」

    何処か定まらない虚な視線で唯は棘を見ていた。
    唇が僅かに動く。

    「……と…げ、…くん…?」

    掠れた小さな声が、棘を呼んだ。
    ゆっくりとその手が動く。何かを探すように彷徨う唯の手。

    小さな彼女の手は棘の顔近くで空をかく。

    棘は唯の手を受け止めて握った。震えるその指先は酷く冷たい。
    温めるように握った唯の手で自分の頬に触れた。

    「ツナマヨ?」

    ここにいるよ、と告げて握った唯の指を絡めとる。

    絶対に、離さない。
    もう離したくない。


    唯の目がほんの少し小さく笑って。

    「……ツナ?」

    呟くような棘の呼び掛けに、返ってくるはずの唯の声はもうない。

    「ツナ……?」

    棘は奥歯を噛んだ。
    痛いくらいにぎゅっと噛み締める。

    冷たい唯の手には、もうほとんど力は残っていない。

    「……………っ」

    彼女の前では泣かないと、決めたのに。
    紫色の瞳が揺れる。


     死なないで


    咄嗟に開き掛けた口を閉ざして結んだ。


     死んだら嫌だ


    ーーでも。
    告げようとした言葉の意味に気付き諦める。


    「…………ツナ?」

    何も言えない自分が歯痒くて。
    唯の手をただ握り締める事しか出来なかった。


     一緒にいたい

     まだ、一緒にいたい


     ただそれだけなのに。


    唯の身体を抱き寄せる。
    少しだけ乱れた髪を整えて梳くように、そっと撫でた。


    ーー棘くん私ね、
       私、もうすぐ死ぬんだ。


    そう告げた彼女はあの日、力なく微笑んで。
    ごめんね、と静かに告げた。


     死なないで


    辛いのは、俺じゃない。
    怖いのは、唯なのに。


    ーー唯、なのに。


     死なないで


    だんだんと動かなくなっていく唯の身体。その温もりがひとつずつ消えていく。


     消えていく

     失ってしまう


    溢れそうになる涙を堪えて腕の中の唯を見れば、乾いた唇が小さく動く。


    「ありがとう」


    声にならない、小さな空気が揺れる音。
    閉じた彼女の瞳からは、涙が溢れた。



     死なないで


    と、そう何度も胸の中で呟いた。
    今までも。今も、何度も。

    繰り返して。
    繰り返して。

    繰り返して。


    胸の中で呟くけれど。





    でも、叶わなくて。






    俺は、唯を助ける事は出来ないんだと。




    棘はその手で力一杯彼女を抱きしめた。
    まだ温かい小さな身体は、小柄な棘の腕の中で力無く瞳を閉じて横たわる。今にも事切れそうに小さく弱く息をしていた。

    この感覚を、棘は知っている。
    任務で何度も見て来た、救えなかった命をいくつも知っていたから。

    無意識に、はくはくと棘は唇を動かした。


     “ し な な い で ”


    その温もりを失いたくなくて。
    呟くように、捨てたはずの言葉が溢れ出る。

    君を呪ってはいけないと知っている。
    でも。



    それは何よりも。
    何よりも一番大切な呪いの言葉。








    『 唯 』







    言葉は静かに。
    でもハッキリと、彼女の耳に届く。












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