内緒しばらく長期の任務に出ていた棘からメッセージが届いて、帰校を知ったのは、夜7時を過ぎてからだった。疲れているだろうと、会いたい気持ちを抑えて唯はベッドに転がる。
[ お疲れさま ]
[ 今日はゆっくり休んでね ]
メッセージを送れば、すぐに既読が付く。
そのままメッセージが1件届いた。
[ 会いたい ]
唯は施錠して自分の部屋を出た。辺りを見回すが、誰もいない。元々人も少ない上に大きな建物だから、普段から人と多くすれ違う環境でもないのだが。寮に規定がある訳ではないけれど、この時間に男子寮に行くのはやはり世間的にはなしだと勿論分かっていた。男子寮に泊まるのも、初めてではないけれど。
結局誰ともすれ違う事はなく、無事に棘の部屋に辿り着く事が出来た。
コンコン、と扉を叩くと、中から足音が近付いてくる。扉がゆっくりと開いて、制服のままの棘が顔を覗かせた。
「明太子」
出て来た棘は怪我もなさそうで、声もいつも通り優しい。けれど、気怠そうに目を伏せるその顔は、少し疲れているようにも見える。
「お疲れさま。おかえり」
笑って迎える。本当に身ひとつで来ただけなので、自分には今はそれしか出来ない。
甘いお菓子でも持ってこれば良かったかな、と少し後悔する。
「ツナマヨ」
笑った棘は、やはり少し元気がないように見えた。やっぱり明日にしようと心に決める。
「久しぶりに顔見れて良かった。今日はやっぱり部屋に戻るよ」
ゆっくりしてね、と告げると棘の顔色が一瞬変わった気がした。
「おかか」
唯の手首をぎゅっと握る。そのまま、力一杯引っ張られて唯はバランスを崩し、不可抗力で部屋に足を踏み入れてしまった。日頃の訓練のお陰で踏ん張って転ぶことはなかったが、背後からは扉の閉まる音と、小気味良く鳴った鍵の音が聞こえた。
振り向こうとしたが、それは棘に静止される。肩口から伸びた棘の腕が唯を捕まえた。回されたその手が、唯の胸元で組まれる。
不意打ちに、身体が固まって動けなくなる。
「おかか、高菜」
少しムスッとした低い声が聞こえた。部屋に戻る、は気に入らなかったらしい。
「……棘?」
「…おかかぁ」
唯を抱きしめた腕には力が入る。
おにぎりの具に明確な言葉はないけれど。一緒にいて欲しい、と言われた気がして、急に顔が熱くなる。
「私だって、棘に…会いたかったんだよ」
恥ずかしげに笑って棘の顔を覗くと、その深い紫の瞳と目が合った。間近にあるその顔に、唯の鼓動が早くなる。
棘はその言葉に満足したのか、微かに笑って唯から両手を離す。ホッとしたのも束の間で、唯の腕を握って身体を正面に向かせた。肩を抱き、横の壁に唯の背中を押し付けて、棘よりもひと回り小さなその身体を閉じ込める。ネッグウォーマーのチャックをゆっくりと開いて行く。
「ツナ、すじこ」
耳元で、掠れた声が聞こえて。
思わず身体が反応する。背筋がぞくっとして、くすぐったい。
棘の唇が唯の耳に微かに触れる。かかる吐息が恥ずかしくて、唯は目を逸らした。
棘は唯の髪に触れ、頭をそっと撫でたかと思うと、唇に柔らかな感触が触れる。
「………っ」
目線を上げると、目の前にある綺麗な顔。棘の顔を見ていられなくて、真っ赤になってまた目線が泳ぐ。ふ、と笑う気配があった。
息が上がる唯に対して、余裕の棘が少し悔しい。そんな唯に構わず、もう一度綺麗な顔が近付く。同時に、片方の手は唯の腹部に回り、優しく白い肌に触れた。
コンコン。
と、扉を叩く音があった。
「狗巻先輩、いますか?」
その声に唯の心臓は跳ね上がる。
ふ、ふふふ…伏黒くん?
唯は扉の方を見る。
「………ふ、っ?!」
言い掛けた唯の口を、棘が素早く掌で塞いだ。
もう片方の手は人差し指を一本立てて、呪印のある自身の口元に添える。
「………!?」
目を見開いて驚く唯に、棘は楽しげに笑った。
「狗巻先輩、いないのかな?」
おそらく、伏黒に話し掛けるのは虎杖。
「何処か出掛けたんじゃないか」
「えー。でも電気付いてるっぽいけど」
微かに隙間から灯りが漏れているのだろうか。2人の会話が扉を挟んで真横で聞こえる。
心臓がドキドキと煩く脈打つ。
棘は、唯の口を塞いだまま、その首筋に顔を埋めた。白い首筋を棘の舌がゆっくりと這う。
「〜〜〜〜っ!」
声を押し殺してぎゅっと目を瞑る。
棘の肩に触れて力一杯引き剥がそうと抵抗を試みるがびくともしない。
「すぐ帰って来るんじゃね?」
「いや、まぁ急ぎでもないし、明日の朝でいいか。後でメッセージだけ入れておく」
唯は棘の制服を静かに握りしめて、甘い刺激を受けした。次第に呼吸も早くなる。
「ん?まぁ、そっか。先輩も疲れてるだろうし」
「電気付けたまま寝てるかも…」
「ありえる。俺もよくやる!」
何気ない会話が続く。
棘がいないことを察して、割とすぐに引き上げて行った。
棘は遠くなる2人の声を確認して顔を上げ、唯の口から手を離した。唯は息も絶え絶えに、潤む瞳で棘を睨んだが、そんな視線にイタズラに笑う。
「ツナマヨ」
バレたらイタズラでは済まない。
唯は力なく急にその場にへたり込む。棘はぽんぽんっと唯の頭を撫でてから、軽々と唯を持ち上げた。唯はむくれた顔で、棘の首筋に腕を回し、隠れるように顔を埋めてしがみつく。いつものシャンプーの香りではなくて、微かに汗の混じった彼の匂いがした。
仕返しとばかりに、その首筋に赤い痕を刻む。
「…いじわるするなら、帰る」
「おかか」
元より今日は部屋に戻れるとは思っていないけれど。
唯はそのままベッドに運ばれる。
棘はそっと、電気を消した。
End***