愛の一枚「ユーリス、良い下着屋を知らないか。紐みたいなのが売ってる店がいいんだけど、なかなか見つからなくて」
「……いきなり何を言い出すのかね、この大司教様は……」
ベレトが至極真面目な顔でそんなことを言い出すのだから、ユーリスは乾いた笑いを零すことしか出来なかった。
ユーリスは現在、ガルグ=マクに残ってベレトの補佐役として働いている。大司教としての公務の補佐がセテス、日常生活の補佐がツィリル、表立っては対処できないような問題の解決をはじめとしたその他諸々の雑事の補佐がユーリス……そんな感じだ。そしてその雑事には、こうして大司教の気晴らしの為に共にお茶会の時間を過ごすことも含まれていた。
「今年からツィリルは士官学校にも在籍しているから、あまりお茶会に付き合ってくれないんだ。他の生徒達はぴしりと固まって楽しそうではないから誘いづらいし……昔レアが寂しそうにしていた理由がよくわかったよ」
「そりゃそーだろうよ。何せかの戦争の大英雄にしてフォドラを導く大司教様とのお茶会だ。よっぽど心臓に毛の生えたやつじゃねえとお茶を楽しむどころじゃないだろうよ」
そんなことはないと思うが……と焼き菓子を齧るベレトはのほほんとしていて、公務面で彼を支えているセテスの気苦労が窺い知れる。
「……で?そんなお偉い大司教様には似つかわしくない言葉が飛び出したように聞こえたが……」
「??下着は皆はくものだろう?口に出して何がおかしい」
「いやそりゃそうだけどよ……本当に苦労してるんだろうな、セテスさん……」
思わず遠い目をするユーリスを気にせず、焼き菓子を呑み込んだベレトは背景を語り始めた。
「実はこの前、ディミトリが下着を贈ってくれて」
「あー……もしかしてあれか。ファーガスの国王様が急にドラゴンで乗り込んできた挙句、鼻血吹き出して倒れたとかいう…」
「そう、それ。あれ、なんでユーリスが鼻血の件まで知っているんだ?王の威厳に関わるからって、セテスが戒厳令を敷いたと聞いたが」
「手当をしたメルセデスと、部屋を片付けたツィリルから聞いたんだよ……あとあんたの部屋の衣装棚に、なんか珍しいもんがあるなとは思ってた」
「こんなのが王様と大司教でフォドラって大丈夫なの……?」と呆れていたパルミラの青年を思い出す。仮にも自分が使えている主をこんなの呼ばわりとはとも思ったが、その場に居たメルセデスは「ふふ、二人が順調そうで嬉しいわ~」と笑っていたし、セテスはセテスで苦い顔をしているだけで何も言わなかったので良しとする。
「鼻血出した理由までは聞いてなかったけどよ……さっきの発言と合わせると、自分が贈った下着を身に着けた先生を見て、鼻血ぶっ放して倒れたってことだろ絶対……」
「うん」
そして冒頭の発言も加味すると、その下着は紐みたいな代物だったのだろう。まったく、昔は級友達に心配される程奥手だったものだが随分と積極的になられたようで結構だ。
(あの真面目ちゃんがそんな贈り物をするとはね……愛ってのは恐ろし―――いや、あいつはもとから割とむっつりスケベだったな)
仕事に疲れて判断力が鈍っていたのだろうとか、ベレトと共に過ごせる時間がなくて供給が足りなかったのだろうとか。一応そのような事態に陥った理由の推測は幾らでもたてられたが、ユーリスは深く考えないことにした。判断力が鈍っていようがベレトに飢えていようが、心の奥に『すけべな下着を身に着けたベレトが見たい』という欲望が存在していたのには違いない筈なので。
「で、思ったんだ。ディミトリはああいう紐みたいなのが好きなんだなって。自分はこれまでそういう色事に全く明るくなかったからな。ディミトリもあまり希望を言ってくれないし。でもああいうのを穿いてディミトリが喜んでくれるなら、いくらでもそうしてやりたい」
「そりゃ相変わらずの素晴らしい献身で……」
いや、素晴らしいか?ユーリスは自分で自分の発言に首を傾げる。
「でも、ああいうのが欲しいと言ったらセテスが卒倒してしまうと思った」
「そこを推測する常識と判断力はあるのか……」
「む、俺だって大司教を務める身だぞ。それに先程は色事に明るくないと言ったが、傭兵だった頃にはその手の下品な話もが周囲に溢れていた」
だから、セテスにばれないようにその手の品を手に入れるとしたらアビスかなって。目の前の男は、そう言って幼子のように自慢げに笑った。話している内容も欲しがっているものも、幼子とは遠くかけ離れたものだったが。
(まーでも面白そうではあるしな……先生も見た目は悪くないどころか極上の部類だし)
普段は自分を着飾ることになど全く興味がないベレトが、例え下着だろうとこうして衣服に興味を持っているのだ。前々から一度好きなようにベレト飾ってみたいと思っていたユーリスにとっては寧ろ好機と言えるのではないだろうか。それにあの程度のお上品な下着を着たベレトを見て鼻血を出していたらしい真面目なディミトリが、ユーリスが見立てるもっと過激で煽情的な衣装でその身を飾ったベレトを見てどんな反応をするのかなど、想像しただけで面白いではないか。
「よっしゃ、あの真面目な王様が一瞬で獣になるような過激なやつ着てやろうぜ」
「この前ディミトリにもらったものも大分過激だったと思うが……布だって殆どなかったし」
「わかってねぇなあ、先生。布地が無ければいいでもんじゃないんだよ。ディミトリにもそれを教えてやる」
「成程……?」
「それに騎士の国きっての職人が作ったからかディミトリに恥じらいがあったからかは知らねえが、あの下着はまだまだお上品さが残ってやがる。そんなもんかなぐり捨ててやれ。やるんだったらとことんやるもんだ。なんでもありのアビスの底力をみせてやるよ!」
「ユーリスは頼もしいなぁ」
完全に面白がる体勢に入りニヤニヤと笑うユーリスと、これでディミトリに喜んでもらえるとほけほけと笑うベレト。そんな二人のお茶会を遠くから目撃したフレンは、「ま!お二人ともとっても楽しそうですわ!」とこれまた微笑んだのであった。
「そうだ、ディミトリの分も選んであげよう。でもディミトリ、紐で全部隠れるかな……だって……」
「それ以上絶対言うなよ先生!俺様は聞きたくねぇからな!あと多分ってか絶対、ディミトリは自分が紐状の下着をはきたいわけじゃねえ!」
◇
「ディミトリ、今日は自分で服を脱ぎたい」
「う、そうだな……また破ってしまっては問題だものな……」
「そうじゃない。ユーリスがそうした方がいいと言っていた。ディミトリはそういうのが絶対好きだからって」
「は?何故ユーリスのなまえ、が……ッ⁉な、先生、それは……ッ‼」
「こういうのは脱ぎかけの状態というのもいいものだとユーリスが……ディミトリ?ディミトリ⁉」
一節後、王城内の国王ディミトリの寝室にて。
そこには再び鼻血を流しながら幸せそうな顔で気絶する国王と、それを慌てて介抱する大司教の姿があったという。