スロースタータールースターは、別に目立つ存在ではなかった。もちろんトップガンに籍を置くという時点で選ばれた才能ではある。とはいえなんなら俺の方が成績優秀、自他共に認めるトップガンのエースだった。
鈍臭え奴。最初はそう思った。周りからの評価だってそうだ。 ROOSTERーー気取り屋。なんてダサいコールサイン。確かに気取ってるけど、慎重すぎていつもチャンスを逃す。俺には理解できない。そういう意味で、俺があいつを気になるのは必然だった。
「ブラッドショー?」
bloody before me.ひとりでに弧を描く唇から漏れ出たのは本音だった。
「ハングマン。調子良さそうだな」
ハードデックで集められたトップガンの面々。久しぶりに見たルースターは、あの頃机を共にしてた時より軽妙に見えた。まさかお前にここでもう一度会うとはな。ルースターもそう言いたげに肩をすくめる。
「ああ、調子いいぜ。しかもとびきり優秀だ」
俺の軽口にルースターは黙って眉を上げて見せた。それが無性に、俺の腹の底をむず痒くさせる。
フェニックスと仲睦まじく話すルースターの背中を見ながら、俺は澄ました顔でキューを撞く。
「興味あるのは、このエース様方集められたなかで一体誰が編隊長になるかだ。お前らの誰が俺についてこれるかってことも、な」
なあコヨーテ。振り向くと太陽みたいに笑うコヨーテがいて、やっぱこいつは好きだなと思う。
「…お前についていったら、みんな墓場行きだろ」
おいおい、ルースター。なんだって?俺はゆっくりと向き直る。場の空気が、少しだけ緊張を帯びた。
「ルースター。お前が先に飛んだら俺らは…」
キューを置く。ハードデックの喧騒がやけに響いた。
「全員燃料切れだ」
とびきりのスマイルで言ってやった。俺のいいところは、常にチャーミングなところ。勿論自覚して最大限使ってる。でもそれはルースターには通じないようだった。苛立ったようなルースターを見て、フェニックスがフォローしようとする。俺はそれを遮って続けた。
「お前は“最高のタイミング”を待ち続けてる。…永遠に来ないタイミングをな」
ルースターの瞳が真正面から俺を捉える。何が映っているのかはわからない。ただ、今ルースターが俺を見ているという事実に鼓動が早鐘を打った。
ちょうどその時、Slow rideのサビが俺とルースターの間に流れる。いいか、タイミングってのはな、自ら掴みに行くことを言うんだよ。
「この曲、大好きだ」
なんならウインクしてやった。めちゃくちゃいい気分だ。
だがそれは長続きしなかった。
あいつがジュークボックスの電源をぶった切って、古ぼけたピアノでダセえ歌を弾きはじめた。普通に腹立つな。
俺はキューを握りしめて、皆に囲まれて楽しそうにバカみたいに歌うアロハシャツを見ていた。そして、俺は聡いので、唐突に理解してしまった。
腹が立つのは、別に煽られたからでも、slow rideをぶった切られたからでもない。
あいつが気になるのは、単にトロいからでもコールサインがダサいからでもなかった。
ああそうだ。
俺はあいつに、恋してる。
「I've changed my mind, this love is fine
(気づいちまったよ この恋はイイ)
Goodness gracious great balls of fire」
(ああなんてことだ マジで信じらんねえ)
くそっ、理由はわかんねえけどしょうがねえ。そんなもんはこれから見つける。
おいルースター、覚悟しとけよ。
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「ねえフェニックス、なんかハングマンおかしくない?さっきから急に黙ったまま仁王立ちでダーツしてんだけど」
「ボブ、あれはほっとこう。どうせルースターに主役取られたのが気に食わないだけよ」
「そうかな…まあ、なんか、可愛いとこあるね」