闘志と劣情は似ているその日は灼熱の暑さだった。サンディエゴの太陽が容赦なく機体を灼き、マーヴェリックの手厳しい特訓に喘ぐトップガン精鋭たちの体をさらに焦がす。
ルースターとハングマンの応酬がいつもより険のあるものになったのも、きっとそのせいだった。
「おいルースター、そろそろコールサイン変えたらどうだ?お前に"Rooster"なんて勿体ねえよ」
機体から降りて開口一番、ヘルメットを脱ぎ捨て汗を飛ばすように頭を振るハングマンが憎まれ口を叩いた。いつも通り口元は弧を描いているが、その青い眼は険しくルースターの背中を射抜く。
同じく機体から降りてきたルースターに、フェニックスが「奴に構うな」というアイコンタクトを送る。いつもならその視線に軽く一瞥をくれるルースターは黙って踵を返すはずだった。
しかし、その日は違った。
「そうだな、cowardとかどうだ。ぴったりだぜ」
追い討ちをかけるようなハングマンの痛烈な皮肉。いつもは聞き流せるはずのそれが、なぜだかその日は、無性にルースターの癇に障った。
「…そうか、そう言うお前は、slayer(殺戮者)の方が合ってたんじゃないのか」
吐き捨てたルースターの低い声色に、ハングマンの顔つきが変わる。その名はハングマンが入隊仕立ての頃、彼を酷く可愛がったゴロツキの先輩同僚たちが付けた代物だった。ハングマンにとっては思い出したくもない思い出だ。
その場にいたフェニックス、ボブ、そしてコヨーテの空気がにわかに緊張する。飛ぶ前から、いやそのずっと前から、二人の関係が悪い意味で特別なものであることに気づかないほど、鈍い精鋭はここにはいなかった。
それとなくコヨーテが「もう行こうぜ」と肩に手を掛けるが、ハングマンはその手をゆっくりと制する。
「先に行ってろコヨーテ。こいつは俺に用があるみたいだ」
二人とFA18しかない格納庫で、ハングマンは苛立っていた。けれど、自分が苛立っていない風に装うのが得意であることをよく知っているのがハングマンだった。
「どうしたルース。今日は嫌にご機嫌斜めだな?お前らしくない」
余裕の笑みで、愛機のタラップに腰掛ける。ルースターは馬鹿みたいに数歩離れた先で突っ立っていた。汗が首筋をつたい、足元にシミを作る。
「言いたいことがあるなら言えよ。俺もお前の過去を詮索したしな。おあいこってとこか」
新人の頃、ハングマンはその容姿でも飛び抜けた噂が立った。その頃から狡猾ではあったが、今ほど強くもなかった。男だらけの小隊で襲われかけたことも一度ならずある。slayerーー殺戮者という馬鹿げたコールサインも、その時のクズ共に付けられた。そいつら一人残らずぶちのめしたので、ハングマンは数ヶ月の謹慎の後、新しいコールサインを自分で付けた。
ルースターはそれをどこかで聞いたのだろう。特に隠していることでもないが、面と向かってその話をされたのはこいつが初めてだ。度胸は買うが、その代わり逃がさない、と決めたハングマンは口元の笑みを深めた。
「おい、なんとか言えよ。口までノロマになったのか?」
ルースターは黙ってハングマンの顔を見つめている。機体の翼が顔に影を造る。暫く待ってやったが、微動だにしないルースターに苛立ち、ハングマンは踵を踏み鳴らして立ち上がった。
「クソ、なんなんだよ」
喋りもしない木偶の坊に興味はなかった。時間の無駄だ。そのまま格納庫の出口に向かうはずだったハングマンの体は、いきなりFA18の湾曲したボディラインに叩きつけられた。衝撃と痛みで、ハングマンの目が見開かれる。そこにルースターの冷たく熱を持った瞳が映り込んだ。次の瞬間、ハングマンの唇はルースターのそれに塞がれていた。
束の間の水音ののち、ハングマンがルースターを突き飛ばす。しかし鉄のような胸板はびくともしない。ルースターはハングマンを逃すまいとするかのように両腕を彼の両脇に着き、色のない瞳でハングマンを見つめる。お互いの心臓は、まるで10Gが掛かっているかのように五月蝿く喚いていた。
「おいおいお盛んかよ?俺がいくら魅力的だからって、」
「喋るな」
咄嗟に取り繕おうとするハングマンの言葉をルースターが台無しにする。なんなんだこいつ。初めてハングマンの瞳に当惑のようないろが走る。それを見逃す雄鶏ではなかった。
再び噛み付くようなキス。ルースターの肉厚な唇が、ハングマンの薄いそれをまるで食らうように覆い尽くす。夢中で貪るルースターは、再び抵抗を試みようとするハングマンの両手を押し留めることも忘れなかった。
本当に逃げられないわけではない。ルースターの舌を思い切り噛んで、股間を蹴り上げて一喝する事だってできた。けれど、ハングマンはそうはしなかった。ルースターの、熱に浮かされた獣のようで、それでいて探るような舌使いを感じるうちに、この男の急な全発進のベクトルが自分に向いたことの愉悦が込み上げてくる。さっきまで敵機を撃ち落とすことに執念を燃やしていた己の中の闘志が、今度は目の前の男の欲を受け止めることに鎌首をもたげる。ハングマンはルースターの腰を掴み、悪戯に自分の方へぐっと引き寄せた。それが一層ルースターの劣情を煽ったようで、ルースターは唇から首筋、そしてその下へと荒い愛撫を加速させていく。
喰らい尽くされるくらいなら、こっちから喰らい尽くしてやる。もはやどちらの汗が互いの足元を濡らしているのか分からなかった。茹だるような暑さの中で、ハングマンは薄い笑みを漏らした。